2021年03月28日

テウルギアの復権

1.層雲堆を成して

聖所聖域と呼ばれる場所は、ある日突然に生まれるのではなく、古い祠や寺院の上に建て増しされます。聖なる都エルサレムもまた、ダビデ王が征服する以前から、先住のエブス人の聖所でした。更に遡ると「創世記」14章には、サレム(エルサレムの古名)の祭司王メルキゼデクが、戦功を上げた族長アブラハムを祝福したという記事があります。現在では、キリスト教徒やイスラームも、エルサレムを「聖地」と指定しているために、却って厄介な事態を引き起こしているのは御存知の通りです。

同じように、それぞれの宗派が旨とする聖典も、ある日突然に生まれたのではなく、他の宗教の聖典経典や説話説法、教義教訓や戒律など幾つもの古い伝承が積み重なって形成されて行ったものです。例えば「創世記」6〜8章の「洪水物語」は、バビロニアの「ギルガメシュ叙事詩」や「アトラ・ハシース叙事詩」が原型に成っていますし、「ヨブ記」は、アッカド語の「ルドゥルル・ベル・メネキ」や「バビロニアの神義論」から「罪なき義人の苦しみ」というテーマを受け継いで発展させた傑作です。

「これ、まんま、パクリじゃん」「オリジナルでは無いから価値が無い」等と考えるのは、著作権で金儲けが出来るように成った近現代の浅墓な論理です。むしろ「詠み人知らず」のまま、時代を超えて語り継がれ歌い継がれ、引用され借用され、時代や状況に応じて改変され、語り手や歌い手、聞き手の思念が何層にも積み重ねられたテキスト(本文)であればこそ、尚の事、尊いと言えるのでは無いでしょうか。そのような骨太なテキストは、実に多種多様な読み方を受容してくれます。つまり、懐が深いのです。

丁度、皆さんが愛でる薔薇の花と同じです。チベット原産ですが、中近東や北アフリカに拡がり、クレオパトラやネロ帝に愛好されました。イスラーム世界ではムハンマドやアッラーを象徴する花とされ、十字軍が欧州に持ち帰っては聖母マリアの花とされました。数千年に渡り、交雑による品種改良が繰り返された結果、今の薔薇が存在しているのです。

2.聖なる過越の宴

イースター(復活日)の前の1週間を「受難週/Passion Week」と言います。カトリック教会では「聖週間/Holy Week」と呼んでいます。イースターの前の日曜日が「棕梠の主日/Palm Sunday」です。その週の木曜日は、主イエスが「最後の晩餐」の時、弟子たちの足をお洗いになった「洗足木曜日/Maundy Thursday」、その翌日の金曜日は主イエスが十字架に磔にされた「受難日/Good Friday」と成っています。

悲しむべき「受難日」なのに「グッド」と言うのは、「良い」の意味ではなく、教会によって「聖別された」の意味です。「洗足木曜日」の「モーンディ」はラテン語の「マンダートゥム/mandātum/委任、命令、指図」から来ています。「私があなたがたに与える新しい命令(a new commandment)」(英訳聖書「NRSV/新欽定訳」)です。即ち「ヨハネによる福音書」13章34節「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」に当たります。

さて「洗足木曜日」から始まる「受難週」のクライマックスとも言える3日間ですが、カトリック教会では「聖なる過越の3日間/Sacrum Trīduum Paschale/サクルム・トリードゥーム・パスカレ」と言います。1570年のトリエント公会議で、この典礼が確立したと言われています。それ以前には、教会は土曜日の晩から(日没と共に翌日のイースターが始まります)徹夜の祈祷をしていただけでした。

確かに「最後の晩餐」とは「過越祭」の食事(儀式)に他なりません。「一同は賛美の歌をうたってから、オリーブ山へ出かけた」(「マタイによる福音書」26章30節)と書いてあるのも、過越の食事の終わりに歌う「ハレル詩編」(「詩編」115〜118編)の事でしょう。

3.神に働き掛ける

「出エジプト」の出来事を祝う春の祝祭が「過越祭」です。英語では文字通り「パスオーヴァー/Passover/過ぎ越す」と訳されています。主なる神ヤハウェの命令に従って、供犠(くぎ)として小羊を屠り、その血を自宅の鴨居と柱に塗ったイスラエルの民の家では、災いが「過ぎ越した」のです。しかし、何も知らないエジプト人の家では、その家の初子が全て死んだのです(「出エジプト記」12章29〜30節)。

何が「過ぎ越した」のかと言えば、ズバリ、死神です。バビロニアの疫病と死を司る祟り神「ネルガル」との類似点を指摘する聖書学者もいます。ヘブライ語で「過越祭」を「ペサハ」と言いますが、その語源は「霊魂を宥める」という意味のアッカド語「パサッハ」と同じなのだそうです。つまり、本来「過越祭」は「厄除けと霊的な加護」を祈る儀式だったのです。家内安全と疫病退散のための魔除けの儀式なのです。

ローマ教会の堕落(免罪符)からの反動もあってでしょう、宗教改革以後、キリスト教会では、祈りは専ら内面的(霊的)なものが尊ばれ、聖書的な裏付けが必要とされました。その結果、「悔い改め」「感謝」「賛美」ばかりが重んじられ、「祈願」は軽視されて来ました。しかし、本来「祈願」こそは、祈りの中心では無かったでしょうか。

「テウルギア/Theurgia」という語があります。「招魂術、妖術」等と訳されることが多いのですが、語義的には「神働術」と訳すべきでしょう。要するに「神に働き掛ける術(すべ)としての祈り」です。祈りは、私たち人間の側から神さまへの呼び掛け、助けを求める叫びや悲鳴、訴えや嘆願です。「我らを試みに遭わせず、悪より救い出し給え」という「主の祈り」を嚆矢としますが、子どもが親に糧(パンや卵)を求めるのと同じように、もっと素直に、もっと飾らずに、「コロナ禍」の今こそ、自分たちの加護や癒しを祈りましょう。

牧師 朝日研一朗

【2021年4月の月報より】

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