2021年07月05日

ありとあらゆる患いを【マタイ4:23〜25】

聖句「イエスはガリラヤ中を回って、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、また、民衆のありとあらゆる病気や患いをいやされた。」(4:23)

1.《癒し系アイドル》 日本社会では、今も「癒し系」という語が広く流通しています。実際「癒し系グッズ」の名で売り込んでいる商品が沢山あります。それに加えて「癒し系」が持て囃されるのが芸能界です。毎年「癒し系タレント」「癒し系イケメン」等のランキングが発表されます。バブル経済崩壊後の1990年代に始まった「癒しブーム」は今尚続いているのです。まさに「失われた30年」、働けども我が暮らし楽にならず、日本国民の多くは潜在的に、生活苦と不安に喘ぐ中で「癒されたい」「癒して欲しい」と願っているのです。

2.《癒しは卑しい?》 90年代の「癒しブーム」に対して「癒しは卑しい言葉だ」(1999年)と頭ごなしに否定したのが、宗教学者の山折哲雄、仏教学者のひろさちや等でした。誰もが「癒されたい」と受身のみで語られる「癒し」は「卑しい」と警鐘を鳴らしたのです。しかしながら「癒されるパワースポット」「ヒーリングスポット」等と、現在、マスコミと共に「癒しブーム」の旗振り役を務めているのは、山折の大スキな寺社仏閣(所謂「日本文化」とやら)であるというのは何とも皮肉な話です。キリスト教にも「癒しの信仰」を前面に出して、教勢拡大に利用している教会があります。患者を医療から遠ざけたり、見世物にしたり、引き替えに破格の献金を要求したり、その多くが「破壊的カルト」です。

3.《病者に仕える者》 福音書の中にも繰り返し「癒した」との語が出て来ます。それを根拠に「癒しの信仰」を主張する教会もあります。そこで改めて、イエスさまが何を為さっていたのか調べてみました。「癒す/テラペウオー」は「セラピー/療法」の語源です。患者本人の成長や発達、回復を促していく事です。しかも「テラペウオー」は「仕える、奉仕する、看護する」が第一義です。名詞の「テラポーン」に至っては「従者、下僕、奴隷」です。治療士(ヒーラー)が霊能力を誇示する癒しではありません。イエスさまは、病気や患い(病名も付けられない症状)に苦しみ悩んでいる人たちに仕え、寄り添って行かれたのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 20:53 | 毎週の講壇から