2021年08月05日

旭日亭菜単(続き)その66

  • 「文豪怪奇コレクション/猟奇と妖美の江戸川乱歩」(東雅夫編、双葉文庫)
    ドラキュラ映画ばかり観ていた小学生の私を心配して、「少しは読書も…」との親心から、母がプレゼントしてくれたのが、江戸川乱歩の「吸血鬼」でした(笑)。母は児童小説と誤解したのでしょう(明智探偵も小林少年も登場するのですが、ドロドロの三角関係です)。「陰獣」や「孤島の鬼」ではなかったのが、せめてもの救いです。さて、本書は「鏡地獄」「押絵と旅する男」「白昼夢」「人間椅子」「人でなしの恋」「芋虫」…と、言わずと知れた名編をセレクト。夏休みの読書感想文に最適です。東京大空襲の惨禍の中に滅びの美を見てしまう青年(かなりの近眼)が登場する「防空壕」、『姦婦の生き埋葬』ならぬ「寝取られ夫の生き埋葬」を描いた「お勢登場」が今回最大の収穫でした。「芋虫」と同じくマゾヒズムの極致です。
  • 「プリニウス」第11巻(ヤマザキマリ+とり・みき作、新潮社)
    ヤマザキの趣味なのでしょうか、少年時代のプリニウスが可愛い。コモ湖の近くの町(コムム)で、大自然に触れ合って成長したんですね。子ども時代に、どれだけ自然物に触れたかで、人間が決まると、私は今も固く信じています。青年時代のプリは騎兵隊長として、ゲルマニアで戦役に就きますが、この戦闘場面は『グラディエーター』を参考にしています。でも、マンガとして精密に描くのは大変だったと思います。
  • 「異形のものたち/絵画のなかの「怪」を読む」(中野京子著、NHK出版新書)
    「怖い絵」シリーズ(角川文庫)で知られる著者の本です。疲れた時の気分転換用にピッタリです。表紙にも成っているジョヴァンニ・セガンティーニの「悪しき母たち」が魅力的です。見渡す限りの雪原から、ポツンと生えた枯れ木に、蓑虫のように捕らえられ、赤子に乳を吸われて悶絶する裸婦の絵です。何でも「堕胎の罪」を犯した女たちが送られる一種の煉獄なのだそうですが、黄昏の空も美しく、応接間に飾りたい一枚です。オディロン・ルドンの「キュクロプス」は、山の向こうから一つ目巨人ポリュペモスがニュッと頭を覗かせている構図、これこそは『ゴジラ』の最初の登場シーンに間違いありません。つまり、河内桃子はガラテア、平田昭彦(芹沢博士)はアキスなのですね。
  • 「消えた心臓/マグヌス伯爵」(モンタギュー・ローズ・ジェイムズ著、南條竹則訳、光文社古典新訳文庫)
    マッケンに続いてM・R・ジェイムズ。どちらも牧師の息子です。日常と異次元とが交差する一瞬を描くマッケンの難解な作風に比べると、こちらは、クリスマスの夜更けに同僚や学生に披露する怪談として書き溜めたものですから、とても読み易いです(訳文も半世紀近い隔世があります)。巻末の「トマス修道院長の宝」が面白いです。昔の修道院長は呪術の使い手でもあったのです。「秦皮(とねりこ)の木」には蜘蛛、「マグヌス伯爵」には蛸の魔物が出て来ます。これまた、後のラブクラフトやギーガーに連なる系譜です。著者の後書きが傑作です。「多くの平凡なものが報復の手段となり得るし、報復が必要でない場合は、悪意をかなえる手段となり得る。家までの私道で拾った包みは、注意して扱いなさい」。
  • 「恐怖/アーサー・マッケン傑作選」(アーサー・マッケン著、平井呈一訳、創元推理文庫)
    やはり「パンの大神」は名作です。圧倒されました。古典発掘フェアなのか、最近、ペンギンから安いPBが出ているので買おうかと迷いましたが、平井翁の名訳を読むと、諦めて良かったと納得せざるを得ません。脳にメスを入れて神経中枢を刺激することで、異次元の世界が見えてしまう、そんな生体実験を、傲慢な医師が無垢な少女に施すのですが、これって、ラブクラフトの先駆ですよね。「内奥の光」「輝く金字塔」「赤い手」と連作に成っています。「生活の欠片」と「恐怖」は初めて読みました。後者は第一次大戦下の各地で、原因不明な怪異事件が次々と起こるのです。それ程の「恐怖」では無いのですが、読後、一瞬「地獄の釜の蓋が開いた」ような独特の錯乱を覚えます。これが本作品の醍醐味です。
  • 「ゴールデンカムイ」第26巻(野田サトル作、集英社)
    再び手を結んだ杉元と土方のチームが「入れ墨人皮」を確保しようという矢先に、鶴見中尉の第7師団が乱入、札幌麦酒工場が崩壊って、まさに網走監獄の再現です(勿論、実際には、どちらの建物も破壊されたことはありません)。キリストの「十字架の言」を嘯(うそぶ)く「切り裂きジャック」ですが、杉本が内臓を引き摺り出し、牛山が頭を踏み潰して殺します(良し!)。三つ巴の激闘の中、再びアシリパさんと杉元は引き離されます。でも、これって既視感あります。些かマンネリ気味では…。
  • 「時代劇聖地巡礼」(春日太一著、ミシマ社)
    著者は『時代劇は死なず!』(河出文庫)で知られる時代劇研究者です。映画やドラマのロケ地を撮影した、情感溢れる美しいカラー写真を見て、思わず買ってしまいました。単なるロケ地探訪のガイドブックではありません。何しろ、写真の構図一つ取っても、作品を忠実に再現しているのです。ドラマで江戸として描かれた風景が京都や滋賀であったということも、例えば『鬼平犯科帳』エンディング(♪ジプシーキングス)は仁和寺とか、初めて気付かされました。京都で学生時代を過ごした私にとっても、丑三つ時に魔法陣を描いた下賀茂神社「糺の森」、友人(住職の孫)宅のお堂に泊まって遊んだ「くろ谷金戒光明寺」は思い出深い場所です。八幡市の「流れ橋」は、早川光監督の『アギ/鬼神の怒り』の舞台として愛着があります。
posted by 行人坂教会 at 19:04 | 牧師の書斎から