2021年08月26日

アルファベット談義

1.コロナの変異株

8月下旬現在、東京都内の新型コロナウイルス新規感染者の殆ど(99%)が「デルタ株」に置き換わったと言われています。報道などで「デルタ株が猛威を振るっている」という言い回しを耳にすることが多くなりました。

「デルタ/δ」はギリシア語で、英語のアルファベット「d」に当たります。インド由来の変異種ですね。その前に流行していたのが、イギリス由来の変異種「アルファ株」でした。「アルファ/α」もギリシア語です。

他にも、南アフリカ由来の「ベータ/β」株とか、ブラジル由来の「ガンマ/γ」株とか、ペルー由来の「カッパ/κ」株もありました(麺麻や河童なら良かったのに…)。最近では、東京五輪の影響なのか、ペルー由来の「ラムダ/λ」株も国内で発見されています。現在、南米の感染者の20%は「ラムダ株」に感染しているとされています。

ギリシア語で「アルファ/α」「ベータ/β」「ガンマ/γ」「デルタ/δ」と順番に来ているのに、その後「エプシーロン/ε」「ゼータ/ζ」「エータ/η」「セータ/θ」「イオータ/ι」と、4つも飛ばして、どうして「カッパ/κ」「ラムダ/λ」に成るのかと、疑問に感じていました。…そう思って「国立感染症研究所」のデータを覗いてみたら、4つの変異株も、ちゃんと載っていました。リスク評価が低いので、名前が出て来なかったんですね。

それはともかく、WHO(世界保健機構)は変異種を3つの枠に分類しているようです。@「懸念される変異株」、A「注目すべき変異株」、B「甚大な被害が想定される変異株」です。「アルファ」「ベータ」「ガンマ」「デルタ」は@に分類されていて、「ラムダ」はAに分類されています。今の所、Bの存在は確認されていません。「災害級」と言われる「デルタ株」ですら、未だBの域に達していないということです。

2.アルファオメガ

ギリシア語のアルファベットの文字は、未だ13も残っています。これからも「新型コロナウイルス」の変異は続いて行くのでしょうか。因みに、最後の24番目に控えているのが「オーメガ/ω」です。「オーメガ」は「ああ、デカイ!」という感嘆語です。今風に言えば「ああ、ヤバイ!」ですかね。「オメガ/Ω」は「腕時計だけにして貰いたい」というのが、私の正直な感想です。

「オーメガ」の小文字「ω」はマンガの子猫の口元のように可愛いのに、大文字「Ω」を見ると、原水爆実験のキノコ雲を思わせるではありませんか。そんな妄想に耽っていると、キリストの御言葉が聴こえて来ました(ああ、ヤバイ!)。「わたしはアルファであり、オメガである」(「ヨハネの黙示録」1章8節、21章6節、22章13節)。

「アルファ」はギリシア語の最初の文字、「オメガ」(正確には「オーメガ」)は最後の文字です。それで「ヨハネの黙示録」では、この御言葉に続いて「最初の者にして、最後の者。初めであり、終わりである」と宣言されるのです。

現在でも、礼拝堂の講壇やステンドグラスなどに「アルファ/Α」と「オメガ/Ω」が組み合わせ文字「アルファオメガ」として描かれていたりします。カトリック教会などの壁画では、右手で祝福のポーズ(人差し指と中指を伸ばす)、左手に聖書を抱えたキリストが天の玉座に腰掛けている御姿で描かれています。その背景に、万物の始まりを示す「アルファ」、万物の終わりを示す「オメガ」が描かれています。

「わたしはアルファであり、オメガ」は「ヨハネの黙示録」のオリジナルではなくて、旧約聖書「イザヤ書」が典拠です。「イザヤ書」41章4節「この事を起こし、成し遂げたのは誰か。/それは、主なるわたし。/初めから代々の人を呼び出すもの/初めであり、後の代と共にいるもの」。44章6節「わたしは初めであり、終わりである。/わたしをおいて神はない」。48章12節「わたしは神、初めであり、また終わりであるもの」。

3.タウ十字架伝説

この段階では、ヘブライ語の「ローシュ/初め」と「アハリート/終わり」という語が使われているだけです。しかし、後のラビ文書(「ミシュナ」や「タルムード」)の中で、ヘブライ文字の最初と最後、即ち「アーレフ」と「ターウ」の文字の組み合わせが用いられるようになったそうです。

要するに「アルファオメガ」とは、@神が「永遠の存在/the Eternal One」であること、更には、A万物の本源であること、Bそこから神の命の力を与えられたキリストこそが万物の「完成者」であること、そのような信仰の告白なのです。そう言えば、ヘブライ文字の最後の「ターウ」には「記号、印」の意味に加え(現代ヘブライ語では「音符」も「ターウ」です)、「十字架」という意味もあるという与太話も聞いたことがあります。

それは恐らく「タウ十字架」のことでは無いかと思います。英語の「T」に当たるのがギリシア語「タウ/Τ」ですが、音の近いヘブライ語の「ターウ」と混同されたのでしょう。要するに「T字型をした十字架」のことです。イエスさまが貼り付けにされた十字架は、私たちが礼拝堂に掲げている「ラテン十字架」ではなくて、史的には「タウ十字架」だった可能性が高いとされています。

「エゼキエル書」9章4節では、神さまが預言者エゼキエルに「都の中、エルサレムの中を巡り、その中で行われているあらゆる忌まわしいことのゆえに、嘆き悲しんでいる者の額に印(ターウ)を付けよ」と命じています。この「印」が「タウ十字架」を指すと考えられたのです。アッシジのフランシスコは自らの修道会に「タウ十字架」を採用し、「清貧、貞潔、従順」の誓いの印としたのでした。「嘆き悲しむ者」全ての慰めを祈りつつ…。

牧師 朝日研一朗

【2021年9月の月報より】

posted by 行人坂教会 at 19:58 | ┣会報巻頭言など