2021年11月08日

いのちのカレンダー【ヨハネ 11:1〜16】

聖句「昼間は十二時間あるではないか。昼のうちに歩けば、つまずくことはない。この世の光を見ているからだ。」(11:9)

1.《基礎疾患》 私は軽度の糖尿病を持っていて、毎日錠剤を服用し、毎月血液検査をして体調をコントロールしています。ウイルスワクチン接種の際に、基礎疾患を持っている人が優先されるということがあって、お得感を抱いたものです。基礎疾患は「生活習慣病」と重なる要素が大きい。病気に罹ってから治すのではなく、致命的な病気に罹る前に対処するという「予防医学」の発達の御蔭です。勿論、今から2千年前の古代社会には、基礎疾患も生活習慣病もなく、予防医学の考え方も存在しませんでした。あるのは「病気」だけでした。

2.《ある病気》 「病人」「病気」という語が繰り返されていますが、それが何の病気であったのか、どんな症状なのか、どこが苦しそうなのか、全く説明がありません。病気を特定していません。と言うことは、これはラザロ個人の病気ではなく、私たちの病気であるということです。「病気/アステネイア」は「力が無くなる」という意味です。つまり、私たちの生命も「病気」が進行しているようなものです。体力、知力が衰え、やがては飲食する力、呼吸する力も削ぎ落とされて行きます。昨日できたことが今日はできなくなる。まさしく、生き続けることは「無力」に成って行くプロセスに他なりません。

3.《命の日付》 そんな人間の現実に対して、主は「この病気(無力)は死で終わるものではない。神の栄光のためである」と仰るのです。即ち「命は死で終わるものではない」のです。病気の他にも、この世には不条理な死が溢れています。ホスピスケアのために尽力した精神科医、キューブラー=ロスは、脳梗塞を発症して半身不随となり、そんな自分を受け容れることが出来ず、神を呪いましたが、最期は愛する家族に囲まれて安らかに息を引き取りました。岩崎航という詩人は、3歳で進行性筋ジストロフィーを発症し、17歳で自死を考えるまでに絶望しますが、25歳から詩を詠み始めました。自分の周りに光の源を感じ、そこから自分が自然に光を受け取っていたことに気付いたそうです。「日付の大きい/カレンダーにする/一日、一日が/よく見えるように/大切にできるように」。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 23:43 | 毎週の講壇から