2021年11月29日

暗闇の中で生まれた光【マタイ4:12〜17】

聖句「暗闇に住む民は大きな光を見、/死の陰の地に住む者に光が射し込んだ。」(4:16)

1.《クリスマス》 クリスマス(主の降誕日)を12月25日に決めたのは、325年のニカイア公会議からです。ミトラ教の「不滅の太陽の誕生日」をパクったのです。東方教会は1月6日としていますが、オシリスの祭りが起源だそうです。他にも、神の子は「生没同日」であるべきとの考えから「受難日」とする説、聖書の記述から計算して、ユダヤ教の秋の収穫祭「仮庵祭」と同日とする説もあります。けれども、既に日本社会が受容した通り、12月25日で良いのです。

2.《メッセージ》 クリスマスにとって重要なのは「何月何日か」ということではありません。その内容、メッセージなのです。単なる季節のお祭りにしてはいけないのです。クリスマスのメッセージは「暗闇の中の光」です。明るい光のみを求めて、光ばかり見ようとすると、却ってクリスマスに辿り着けません。「マタイによる福音書」が預言の成就として引用する「イザヤ書」9章では「闇の中を歩む民は…」です。「闇路を行く」なのです。「マタイ」は上の句も下の句に合わせて「住む」と読みました。それは「座る」という動詞ですが、ソファーで寛いでいるのではありません。世の闇に押し潰されて「座り込んでいる」のです。

3.《家なき子ら》 広島で被爆し、朝鮮戦争の開戦後に自死を遂げた原民喜という作家がいます。彼は原爆が再び使用されるのでは無いかと不安に苛まれながら、友人に宛てた手紙に「家なき子らのクリスマス」という詩を書いています。しかし、日本社会は「朝鮮特需」の中、戦争で深い傷を負った者たちの痛みに蓋をしたまま、経済成長に突き進んでいました。マロの『家なき子』にも、クリスマスに賑わう街の喧騒をよそに、寒空の下でイヴを迎える場面があります。ドビュッシーが生涯最後に書いた歌曲(作詞も)「家なき子らのクリスマス」では、第一次大戦の戦災孤児たちが「プレゼントは無くても良いから、せめて日毎の糧を!」と悲痛な祈りを奉げています。クリスマスは元来、暗闇を見詰める季節です。信仰者の人生は「暗闇の中に生まれる光を探し求める旅路」なのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 20:54 | 毎週の講壇から