2022年02月14日

炎の舌に死の毒【ヤコブ3:1〜12】

聖句「わたしたちは舌で、父である主を賛美し、また、舌で、神にかたどって造られた人間を呪います。同じ口から賛美と呪いが出て来るのです。」(3:9,10)

1.《コロナ禍》 英語圏での「COVID-19感染爆発」や「コロナウイルス危機」という用語に比べると、短くて使い易い語です。しかし「禍」には「災難、不幸」の含みがあります。その点では、英語の「プレイグ/plague」に該当します。但し、現代では、文学や宗教の世界でしか使われません。「禍」は便利ですが、医療や検査の体制、行政機能の課題、社会や政治の問題をスルーして、単なる「個人の不運」や「自己責任」として片付けられてしまう危険性を感じるのです。

2.《地獄送り》 ネット時代が到来して以後、ツイッター等の電子掲示板に大量の誹謗中傷が寄せられて、個人が攻撃される出来事が増えています。1つ1つの「ツィッター/囀り」や「スレッド/縒り糸の1本」は小さく細くても、それが積み重なれば、誰かを死に追いやる程の呪いと成ります。「舌禍」「筆禍」ならぬ「ネト禍」です。「ヤコブの手紙」は、そのような呪いの連鎖(舌)を「不義(邪悪)の世界」であると断罪します。人を呪う言葉によって、自らの鬱憤を晴らそうとする身勝手な行為は、自らを「因果応報の車輪」の生き地獄(オルフェウス教の概念)へと追いやり、遂には「火の地獄/ゲヘナ」(ユダヤ教の概念)に落とされると言います。まさしく「地獄から地獄へと」流されて行くのです。

3.《祝福の道》 この「ヤコブの手紙」の著者も誹謗中傷に苦しんだ経験があったのでは無いでしょうか。神を賛美したのと同じ舌が、人を呪う等ということがあってはならないと言います。他方「舌を制御できる人は誰もいない」とも言います。主イエスもパウロも「呪うのではなく祝福しなさい」と勧めています。「賛美」とは「祝福/エウロギア/良き言葉」です。「良き事聞く」のが「福音」です。私たちも呪いの溢れる世界の中にあり、自らも呪いを吐き散らしながら生きています。所謂「立派な人」「正しい人」も、その立派さ正しさによって人を呪っています。正しければ正しい程、厳しい審判が待っていると知りましょう。むしろ、私たちは「大言壮語する/大きな事が出来ると威張る、大きな事を自慢する」のを止めて、自らを小さな器と認め、そこに祝福と賛美を盛り付けましょう。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 20:53 | 毎週の講壇から