2022年04月25日

福音のためならなんでもする〜18歳と81歳のリアル【第一コリント9:19〜23】

以前、四国の松山教会に在任していました。松山教会は1885年に二宮邦次郎という牧師によって設立された教会です。実は二宮邦次郎牧師は1903年に行人坂教会の前身である日本組合教会京橋教会を設立した初代の牧師でもあります。二宮牧師が松山教会を創設した時代はキリスト教や教会に対する迫害の強い時代でした。松山での伝道は非常に困難でしたが、二宮牧師は果敢に伝道に取り組みます。しかし、二宮邦次郎の働きは牧師だけではなく、松山教会創設の翌年に女子のために四国で最初の高等学校を創立し、さらに貧困ゆえに学校にも行けず、昼間から街中でたむろしているこどもたちのために「夜間学校」を作り、職業教育を行ったのです。二宮は教会を建て、伝道だけではなく、当時の社会で片隅に置かれていた女性や学校にも行けなかった子供たちのための働きをしたのです。それらも福音の宣教であったのです。二宮邦次郎の口癖は「福音のためなら、わたしはどんなことでもします。それは、わたしが福音に共にあずかるためです」でした。

わたしは若い頃、しばらく大阪の浪花教会の副牧師でした。その時の主任牧師は三井久牧師で、「行人坂教会百年史」には「1947年4月、東大森教会牧師であった三井久牧師を行人坂教会の牧師として正式に招聘した」とあります。三井牧師は行人坂教会での3年間の牧会の後、浪花教会へ転任したのです。

三井牧師も教会内だけでなく、日本の教会には労働者がほとんどいないことを反省して、「関西労働者伝道」という活動を行い、責任者となっていました。教会はただ教会のために存在しているのではなく、神の造られたこの世界の中で社会の片隅に置かれている人々と共に生きることを主張していました。

行人坂教会はいま新しい牧師を招聘しようとしています。どのような牧師を招聘するのか、そして行人坂教会はいま世界が直面している現実(リアル)に対してどのようにイエス・キリストの福音を伝えていくのか、教会が建てられている近隣地域の課題をどう担って行くのか、それがいま問われているのではないでしょうか?

上林順一郎牧師

posted by 行人坂教会 at 06:00 | 毎週の講壇から