2011年10月24日

キリスト教こんにゃく問答\「天災と天主」

1.神はどこに?

エリ・ヴィーゼルというユダヤ系の作家をご存知でしょうか。1986年にノーペル文学賞を受賞しました。彼はアウシュヴィッツ強制収容所での自身の経験を、『夜』(La Nuit)という小説の中に書きました。その中に、こんな描写があります。

ナチス親衛隊の隊員が、二人のユダヤ人と一人の子供を、皆の見ている前で絞首刑にします。二人の男はすぐに息を引き取りましたが、子供は体重が軽いために、死の痙攣を半時間も続けていました。ヴィーゼルの後ろで、それを見ていた男が泣き叫びました。「神はどこにいるのか?神はどこにいるのか?」。それからまた、時間が経ちました。けれども、未だ子供は絞首索で苦しんでいました。また、あの男が呟きました。「一体、今、神はどこにいるのか?」。

その時、ヴィーゼルは、心の奥底から一つの声が答えるのを耳にしました。「ここに神はいる。神は絞首台のあそこで吊されているのだ」。

2.静かに囁く声

実に、重い問いかけ、実に重い応答です。問いかけにも応答にも、人間の実存が掛かっているように思います。これを読む時、併せて思い起こされるのが、「列王記上」19章にある預言者エリヤの物語です。

紀元前850年代、北王国イスラエルのアハブ王治世、預言者エリヤは、王妃イゼベルによって暗殺されそうになり、命辛々、落ち延びます。やがて、契約の山ホレブ(シナイ山)へ導かれ、そこで主なる神に直訴します。

「わたしは万軍の神、主に情熱を傾けて仕えて来ました。ところが、イスラエルの人々はあなたとの契約を捨て、祭壇を破壊し、預言者たちを剣にかけて殺したのです。わたし一人だけが残り、彼らはこのわたしの命をも奪おうとねらっています」。

その後、主がエリヤに御自身を啓示されます。「見よ。そのとき主が通り過ぎて行かれた。主の御前には非常に激しい風が起こり、山を裂き、岩を砕いた。しかし、風の中に主はおられなかった。風の後に地震が起こった。しかし、地震の中にも主はおられなかった。地震の後に火が起こった。しかし、火の中にも主はおられなかった。火の後に、静かにささやく声が聞こえた」。

神は地震の中にはおられないのです。嵐の中にも、原発の火災や水素爆発の中にもおられないのです。それらはどれも大惨事で、大勢の命を一瞬にして奪ったり、町や村を壊滅させたり、環境(人体をも含む)を汚染したりして、大変な被害を与えます。昔の日本人は「崇り神」「荒ぶる神」として、これを恐れて来ました。そのことには、旧約の民も変わりがありません。神の下される天罰としての三大災害は、「飢饉」「外敵の襲来」「疫病」なのです(「サムエル記上」24章13節以下)。

天災であれ人災であれ、自然災害であれ人為的な事故であれ、とてつもなく不幸な事が起こるのは、神の審判、天罰と考えたのです。確かに、そういう物の見方は、旧約聖書の中にも、根深く残ってはいます。今、エリヤ自身が直面しているのは、王権による弾圧と迫害と脅迫、暗殺の魔手、民からも見捨てられた絶望と孤独です。災害ではありませんが、大変に破滅的な状態であることは同じです。

エリヤの重苦しい問いに対して、災いをもたらすために神があるのではないと応えておられのです。あるいは、神の御心は地震や嵐や火災の中にあるのではない、と。聖書の神はその御心を、御自身の存在を、大きな災いの後に「静かにささやく声」として表現しておられるのです。

3.不愉快な質問

山浦玄嗣さんと言えば、新約聖書をギリシア語原典から「ケセン語」(岩手県気仙地方の方言)に翻訳した、カトリック信徒の医師です。彼自身も、今回の震災では被災なさったようです。彼の言葉をご紹介します。

「津波の後、東京からいろいろなジャーナリストたちが来て、不愉快な質問をしましたね。つまり人の信仰を根底から覆そうとするような質問。お前はキリスト教徒で神様を信じているそうだけれども、こんな災害に遭ってもなお信じるのか、と。旧約聖書に登場するヨブに対するあのいじめと同じような質問ですよ」。

「当たり前だ、と言ったんです。地球の歴史はこういうものなんだ、と。…一度に何万人も死ぬから皆腰を抜かすのですが、よく考えると人生は災害の連続です。…災害は非常に不条理にも見えるのだけれど、長い目で見ると、そのお陰で、前の時代では出来損ないとしか思われないようなものが次世代を造って、生物も人類も進歩していく。ですから災害を呪ったり、なんで神様は私たちを救ってくれないのか、という問いは見当外れもいいところだと思います」。

大変に長い引用になりました(カトリック教会の信徒雑誌『あけぼの』9月号の特集対談『今、生きてて良かったと思えれば…』から)。しかも、『キリスト新聞』の紹介文からの孫引きなので、お恥ずかしい限りですが、是非とも紹介したかったのです。『フランシーヌの場合』で有名な歌手の新谷のり子(カトリック信徒)との対談の中での言葉です。

何故、このような悲惨があるのか。それは、その悲惨を身に負わされた者だけが問うことの許される言葉なのです。何の傷も損害も受けていない他所の人、況してや、ジャーナリスト如きが軽々しく語るべき言葉ではないのです。それこそ、ヴィーゼルの後ろに立っていた男のように、自らの死を願う程に追い詰められたエリヤのように、自らの胸を打ち叩き、泣き叫びながら尋ねるべき言葉なのです。

4.神も仏も無い

悲惨な状態に遭って、日本人が悲憤慷慨する時の慣用句の一つ、それが「神も仏も無い」です。芝居などで役者が「神も仏もあるものか!」と叫んだりします。恐らく、この表現そのものが「神仏混淆」「神仏習合」の成果なのです。土着の神道的信仰に、渡来の仏教信仰を接ぎ木するための「神仏同体説」に基づいて、両者を折衷したのです。

ブッダの教えからすれば、この世に「神も仏も無い」のは当然のことです。この世は有限で相対的(一切皆苦)であり、人は必ず死ぬ(諸行無常)のですし、この宇宙には何等永続すべき実体は無い(諸法無我)からです。その現実を直視し、「我執」を捨て去り、「煩悩」が消えた時、静かな境地が得られる(涅槃寂静)というのが、仏教の根本思想です。その意味で「神も仏も無い」のです。

イエスさまもまた、十字架の上で「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と叫んで、息を引き取られました。その意味では、全く「神も仏も無い」のです。恐らく、この経験を過ぎ越さなくては、本当に神さまと出会うことは出来ないのでしょう。ですから、「神も仏も無い」は、英語に言う「カタストロフ」(悲劇的結末)ではなく、ラテン語の「カタストロファ」(変遷、運命の転換」として受け止められるべきでしょう。回心と再出発の言葉なのです。

ボンヘッファーは言います。「われわれと共にいる神とは、われわれを見すてる神なのだ。神という作業仮説なしにこの世で生きるようにさせる神こそ、われわれが絶えずその前に立っているところの神なのだ。神の前で、神と共に、われわれは神なしに生きる。…神はこの世においては無力で弱い。そしてまさにそのようにして、ただそのようにしてのみ、彼はわれわれのもとにおり、またわれわれを助けるのである。キリストの助けは彼の全能によってではなく、彼の弱さと苦難による。」(E・ベートゲ編、村上伸訳、ボンヘッファー獄中書簡集『抵抗と信従』より)

大きな災難や不幸に付け込んで、これを「伝道の好機」「布教のチャンス」として利用する宗教団体も数多くあります。また、自分が痛くも痒くもない所から、芝居がかった悲憤慷慨のポーズで、「お前の神はどこにあるのか」と冷笑する人々も数多くあります。まさに「我が仇人は/囲み立ち/我に向かいて/『汝が神は/いずこにある』と/罵れば/涙ぞ常に/糧なりし」(旧『讃美歌』322番)です。両者はコインの両面なのです。

このように申し上げれば、私たちの立ち位置は、自ずと明らかになるでしょう。私たちは「神も仏も無い」現実を生きていかなくてはならないのです。但し、私たちの前には、キリストがいらっしゃるのです。いや、むしろ、そこにこそ、十字架のキリストと共に生きる道が開かれている、と言うべきでしょうか。


【会報「行人坂」No.243 2011年10月23日発行より】

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