2012年02月24日

われらの時代のイコン

パソコンの画面(ディスプレイ)脇に並ぶ小図像を「アイコン」と言います。この「アイコン」という語は、東方正教会で大切にされている板絵の聖画像「イコン」から来ているそうです。最初に「アイコン」と命名したのは「マック」(アップル社)だそうで、それを「ウィンドウズ」(マイクロソフト社)も踏襲しているということです。

そもそも「イコン」は、ギリシア語の「エイコーン」(「面像」という意味)から来ています。「エイコーン」をラテン語にすると「イマゴ」、英語の「イメージ」の語源です。例えば「御子は、見えない神の姿であり、すべてのものが造られる前に生まれた方です」(コロサイの信徒への手紙1章15節)という聖句の中にある「神の姿」は、ラテン語で言えば「イマゴ・デイ」です。「神の画像」と訳しても良いでしょう。

東方正教会の伝説では、最初にイコンを描いたのは「福音書記者の聖ルカ」とされています。ル力が「聖母子像」を描いたのだそうです。但し、現存するイコンの殆どは、10世紀以後に、ロシア・バルカン地方で作られたものです。

東方正教会の信徒にとって、イコンは「天国に通じる窓」とされています。以下、高橋保行司祭の著作、『イコンのこころ』『イコンのあゆみ』『イコンのかたち』(春秋社)から得た知識です。高橋司祭は神田の「ニコライ堂」、東京復活大聖堂教会に奉職なさった人物です。イコンは「聖堂」の中にだけあるものでは無くて、曰本の仏壇や神棚のように、各人の家庭に安置されて、それを前にして祈るのです。また、信徒にとって、それは、神の御心を解き明かす「聖書」でもあるのだそうです。

私自身は、15世紀ロシアのイコン画家、アンドレイ・ルブリョーフに興味があります。しかし、厳密に言えば、彼の「作品」等というものは存在しません。有名な『至聖三者』(聖三位一体)は、ルブリョーフの代表作とされていますが、美術的にも、ただ「ルブリョーフ派」と表記されるに留まっています。それは、イコンというものが作家の個性を発揮する媒体ではなく、礼拝すべきものとされていたからです。同じ時代に、西方のカトリック教会では、ルネサンスの華が開き、ダヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロ等が互いに腕を競い合って、自分の「作品」を発表していました。如何にも対照的です。

イコンには「贋作」は存在しません。芸術作品として価値が高まったり、売買される物では無いからです。主題も決められていて、既に画風が確立しているので、それを模倣して描いても構いません。それをもって礼拝に奉仕することが出来さえすれば、それは立派なイコンなのです。

別に「聖画」を教会に飾ろうとは思いません。プロテスタント教会の伝統の中には、イコンも存在しません。しかし、もしも「天国に通じる窓」が、私たちの暮らしの至る所に、開かれていたら、素晴らしいと思うのです。私たちにとっての「イコン」は何でしょうか。

【会報「行人坂」No.244 2012年2月19日発行より】

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