2012年08月26日

ある少年の夏

1.川平メソッド

夏休みを利用して、二男が「鹿児島大学医学部附属霧島リハビリテーションセンター」に入院する運びとなりました。8月2日から9月2日までの丁度1ヶ月間です。川平和美ドクターの居られる病院です。

「NHKスペシャル」で紹介され、『あさイチ』でも採り上げられ、脳卒中後遺症の麻痺のリハビリ法が全国的に知られるようになりました。「川平メソッド」は正式には「促通反復療法」と言われます。タッピングにより筋肉に刺激を与えて、麻痺した腕や脚の反復運動を行なうのです。そうすることで、ダメージを受けた経路を迂回して、新たな神経回路を患者が自律的に獲得して行くのです。その方向付けが「促通反復療法」です。

これまで、川平ドクターの著書は専門書籍に限られていましたが、ごく最近、『やさしい図解「川平法」/決定版!家庭でできる脳卒中片マヒのリハビリ』(小学館)という一般向けの本が出版されて、大いに評判に成っているようです。

実は、二男が小児脳梗塞を発症し、両手両足の麻痺、発話困難が明らかになった3年前から、絶望の淵にあった私たちを、何とかして「霧島」の川平ドクターと繋ごうと必死に働きかけを続けて下さった方があったのです。友人の作家、NKさんです。彼女自身、息子さんが幼少時に脳炎脳症に罹り、川平ドクターのお世話になっていたのです。

しかし、発症直後の夏は急性期病院にありました。2年目の夏は「初台リハビリテーション病院」が特別入院プログラムを提供して下さり、退院後の生活に憔悴していた私たちは矢も盾もなく飛び付いたのでした。3年目の夏には、家族旅行を優先してしまいました。こうして、4回目の夏を迎えて、私たち家族にも、漸くNKさんのお誘いに応じられる余裕が生まれたのです。このように時が巡って来るのを辛抱強く待ちながら、彼女は川平ドクターのお連れ合い、Mさんと連絡を取り続けて下さっていたのです。

2.霧島ドライヴ

霧島へのドライヴも大変でした。「霧島の別荘を使って頂戴!」というNKさんのお言葉に甘えて、自家用車で出発したのですが、名古屋を越えた辺りで、予約していたフェリー(大阪南港から宮崎港に向かう)が「台風のため欠航」と成ったことが判明しました。台風は接近中というだけなのですが、その影響で外海は高波なのです。

仕方なく高速を走り続けて、広島に1泊、翌日の午前中に九州に渡り、霧島に入った頃には夕方でした。最初は「東京−神奈川−静岡−愛知−三重−滋賀−京都−大阪−兵庫−岡山−広島−山口−福岡−佐賀−熊本−宮崎−鹿児島」と、地理の勉強がてら、子どもたちと通過した都府県名を唱えていたのですが、もう1つ別の台風が接近して来て、土砂降りの雨と強風とが断続的に襲って来るではありませんか。

穏やかな天候の時でも、高速のパーキングエリアで休憩する度に、車椅子の二男を降ろしてトイレに連れて行くのは骨が折れました。とりわけ、迫り来る山中の夕闇、豪雨と強風の只中、私たちばかりか、NKさんのご家族も総出で、二男を別荘の中に収容する時などは、一種の修羅場と化していました。

けれども、ズッと後になって、旅行中も入院後も変わらず、二男が健康な状態にあったことに気付きました。「こんな大旅行を出来るくらいに、体力がついて、元気になったのだ…」と、しみじみと夫婦で話し合ったものです。

センターに行ってみて、二男と同じように、夏休みを利用して「霧島」に入院するためにやって来ている子どもが大勢いることを知りました。鹿児島市内から来ているAちゃんは、中学1年生の愛らしい女の子。脳梗塞を発症して車椅子です。二男と同室になったDくんは中学3年生。滋賀の彦根市から来ています。彼は杖で歩行が出来ますが、片方の手にも麻痺があるようです。鹿児島市内から来た三つ子ちゃんは小学校3年生です。3人共に半身麻痺があります。更に、可愛い4歳の女の子がいて、傍目には全く麻痺があるようには見えません。でも、何かの麻痺があるから来ているのでしょう。

3.美しい夏の日

先に東京に戻らなくてはならず、私と長男が霧島に滞在したのは2週間足らずでしたが、晴れ渡る日は少なく、その名前の通り、俄かに霧雨が降って来ることが多かったように思います。その合間に、南九州独特の陽光がギラギラする世界でした。別荘のある山からは錦江湾が一望できるのですが、靄に包まれて桜島は見えません。それでも、その幻視画のような風景に、長男は感心すること頻りでした。

因みに、「霧島」と言われる地域は、鹿児島県と宮崎県とに跨っています。それで思い出されたのが、宮崎県出身の映画監督、黒木和雄が撮った『美しい夏キリシマ』(2002年)でした。宮崎県側の霧島に疎開した自身の少年時代を綴った作品です。『TOMORROW/明日』(1988年)、『父と暮らせば』(2004年)と合わせて、黒木監督の「戦争レクイエム三部作」と呼ばれています。その『美しい夏キリシマ』の英語版の題名は「A Boy’s Summer in 1945」だったことを思い出したのです。

どんな男の子にも「少年の夏」があります。山野を駆け巡って、虫採りや山歩きに興じたり、海辺に行って、釣りや素潜りを満喫する。それこそ典型的なイメージですが、それだけが「少年の夏」ではありません。ステレオタイプに囚われると、リハビリに精を出す二男の姿が可哀想にも思われます。しかし、妻からの電話では、今日は、前述のAちゃん、後から入院した女子高生のお姉さんとトランプをするとか…。きっと、彼自身の「少年の夏」も今、それなりに輝いているはずです。

牧師 朝日研一朗

【2012年9月の月報より】

posted by 行人坂教会 at 11:17 | ┣会報巻頭言など