2013年01月21日

取るに足りない僕 【ルカ 17:5〜10】

聖句「自分に命じられたことをみな果たしたら、『わたしどもは取るに足りない僕です。しなければならないことをしただけです』と言いなさい。」(17:10)

1.《的外れな祈り》 「信仰を増して下さい」という祈りは的外れです。信仰は有るか無いかの2つに1つで、少ないの多いのと分量を測るものではありません。イエスさまは「芥子種1粒ほどの信仰があれば」とまで言って下さっています。当時の人が考える最小の物体です。信仰は量の問題ではないのです。それなのに「増し加えろ」と呟くのは筋違いです。足りないのは私たちの側です。

2.《山をも動かす》 アニメ『ファンタジア』の「魔法使の弟子」は、労働を厭う余りに、箒に呪文を掛けて働かせ、失敗します。イスラムの預言者ムハンマドは、信仰によって山を動かしたという伝説がありますが、ピレンヌは「山が動かなければ、ムハンマドが歩いて行く」と言明しています。これこそが信仰なのです。魔法は、自分は何もせず、人を動かそうとしますが、信仰は自分から働いて行くのです。魔法は自らに仕えさせようとしますが、信仰は自ら仕えて行くのです。

3.《奉仕から奇跡》 信仰が「浅いの深いの」と言うのは「相対評価」です。本当の信仰の世界は「絶対評価」なのです。神さまは、あなたを「世界で1つだけの存在」と言われるのです。測定も比較も出来ません。関係概念なのです。自ら仕えよう、この心さえ取り違えなければ、信仰は奇跡を起こすのです。戦国時代の『どちりな・きりしたん』は「悪魔」を「天狗」と訳しています。世間では善行は美談になりますが、信仰の世界ではニュースになってはいけません。僕は「為すべき事をしたに過ぎない」からです。「取るに足りない」は「無益な」の意味です。主がいらっしゃらなければ、私たちは無に等しいのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 15:11 | 毎週の講壇から