2013年04月08日

愛によって生きる【Tヨハネ 4:7〜12】

聖句「愛する者たち、互いに愛し合いましょう。愛は神から出るもので、愛する者は皆、神から生まれ、神を知っているからです。」(4:7)

1.《愛する能力》 マザー・テレサは「愛は行ないです。思想や哲学ではありません」と言いました。人間にとって一番重要なもの、人格の中心を形造っているものは「愛する能力」です。1人の人間の進歩を計るのは、知能テストではなく、その人がどこまで愛されているか、愛することが出来るかです。「愛することを知っている」人こそが真に成熟した人間と言えるでしょう。

2.《神さまの愛》 誰しも「愛されたい」と願います。人間の追及する快楽は、それに尽きるのです。「人は皆、自分のことを求めるだけで、キリスト・イエスのことは求めていない」と、パウロも言っています。しかし、「愛されたい」自分を変えて、「愛する者」として立って行くのです。愛することが出来るのは「神の愛を知っている」からです。その確信を「信仰」と呼ぶのです。健やかな時も病める時も、順境でも逆境でも、神さまは私を愛して下さっているのです。

3.《私の出発点》 神さまに「愛されている」喜びは結構ですが、そこで終わってしまってはいけません。そこから出発して、活きて働くのが信仰です。私たちは何度も何度も失敗しては、ヨハネの呼び掛け「互いに愛し合いましょう」に帰って行くのです。「放蕩息子の家出」は「自立の旅立ち」へ変えられるのです。神の愛が私たちを必ずや変えて下さいます。カトリックのミサの終わりに唱えられる「イテ・ミッサ・エスト」には二重の意味があります。「ミサは終わった」と「汝らは遣わされる」(ミッションの語源)です。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 20:48 | 毎週の講壇から