2013年08月07日

幽径耽読 Book Illuminationその9

  • 「白魔」(アーサー・マッケン著、南條竹則訳、光文社古典新訳文庫)
    ふと、気が付くと、最近、南條竹則訳の幻想小説ばかりです。「プロローグ」の隠者アンブローズとコットグレーヴの対話こそは、マッケンの思想のエッセンスです。物質文明の中を生きなければならぬ、現代の幻視者の立ち位置です。その点で、併録の「生活のかけら」は小説としては限りなく退屈ですが、物質生活から霊的生活へと移動するための(随筆形式の)指南書なのでしょう。マッケンの父親が国教会の牧師であるのは知っていましたが、まさか「高教会派」(High Church)だったとは驚きです。それなのに生活に窮乏していて…。マッケンがカトリックに改宗するのも無理ありません。T・S・エリオット、ブラウン神父(チェスタトン)、そんなのばっかり読んでいます。
  • 「天来の美酒/消えちゃった」(アルフレッド・エドガー・コッパード著、南條竹則訳、光文社古典新訳文庫)
    墓場に最後に埋められた者が、古参の連中の奴隷となって、他の亡者どもに仕えねばならぬという、恐ろしい迷信に囚われた老人の悩み(「マーティンじいさん」)。自分の教区(parish、日本で言えば「教会」)の皆の衆を天国まで導きながら、自らは門扉を閉ざされてしまう牧師のショック(「レイヴン牧師」)。田舎の少年が俳優から信仰復興運動の説教者へと転身、挫折、最愛の女性との死別を経て、修道会の運営する救貧院で死を迎える人生(「天国の鐘を鳴らせ」)。自称無神論者コッパードによるこれらの短編こそ、牧師必読の小説です。
  • 「ソーシャルワーカーという仕事」(宮本節子著、ちくまプリマー新書)
    ソーシャルワーカーは他者の人生に介入する仕事。「それらの人生に向き合うことにより自分の頭の中の引きだしを一つ一つ増やしていく。そうした蓄積を重ねて、ワーカーとして成長出来るのです」。牧師という自分の仕事を振り返ると、その共通性に驚かされました。これまで大勢の人たちに出会いました。その1人1人と交わした対話、一緒に過ごした教会生活、共に祈り働いたこと、そういった事が私の胸の中に抽斗を増やしていたのです。明治から昭和にかけての賀川豊彦、石井十次、富岡幸助など、キリスト者がソーシャルワーカーの先駆的な働きをしていたことも思い出されました(p.166、5〜8行目)。ワーカーが絶望してはいけない。楽天的でなければいけない。しかし、職業的な憂いが必要。この辺り、牧師の仕事そのものです。
  • 「知れば恐ろしい日本人の風習」(千葉公慈著、河出書房新社)
    「ぼたもち」「おはぎ」に関連して、社寺の朱色信仰が血液、それも神への供犠の、台座から滴り落ちる生贄の血を起源とするという話。あるいは「蘇民将来」の一族が「茅の輪潜り」で疫病除けをしたものの、「巨旦将来」の一族が滅亡する話。これらは、まさに「過越祭」の起源譚を彷彿とさせます。福の神を外へ逃がさないため、正月に雨戸を閉め切ったり、掃除、労働せず、物忌み状態で過ごす。これまた「安息日」律法に共通します。巻末の「小泉小太郎」説話から「神仏習合」の粋を抜く辺りの見事さ、感服しました。仏教同様、外来宗教であるキリスト教も、明治以来の禁忌を犯して、習合の営みに踏み出すべきなのかも知れません。
  • 「カイヨワ幻想物語集/ポンス・ピラトほか」(ロジェ・カイヨワ著、金井裕訳、景文館書店)
    「ポンテオ・ピラトのもとに十字架につけられ、死にて葬られ…」とは、今も毎週の礼拝で唱えられる「使徒信条」の一節です。そのピラトが、もしも異なった判決を下していたら…という小説です。「それはシモン・ペトロの切り落とされた耳が奇跡によってもと通りになる話であり…」(p.89)は、「シモン・ペトロによって」とすべきでしょう。併録の「ノア」も、深い洞察に満ちた物語です。大洪水の中、羊飼いの母親が乳飲み子もろ共に大きな鮫に食べられるのを、ノアは目撃してしまいます。その理不尽さに彼の正義感はショックを受けます。ノアは、自分が神によって救われたことを誇りとは感じられなくなり、酒浸りになっていくのです。ワインを飲んで酔っ払う「農夫ノア」の物語(創世記9章20〜28節)を見事に織り込んであります。
  • 「終点:大宇宙!」(A・E・ヴァン・ヴォークト著、沼沢洽治訳、創元SF文庫)
    やはり、怪獣ファンとしては「休眠中」のイーラでしょう。異次元からゾロゾロと侵入して来る「音」のイェーヴド人も、「アウター・リミッツ」や「ウルトラセブン」を思い出させます。昔の翻訳(1973年)のせいばかりではないでしょう。今読むと、懐かしいと言うか、古臭い印象もあります。その辺りが、フレドリック・ブラウンやシオドア・スタージョンと違うのです。それでも(と言うか、それ故に)巻頭の「はるかなりケンタウルス」はオチが最高です。
  • 「ハカイジュウ」第10巻(本田信吾作、秋田書店)
    『世界怪獣映画入門!』(洋泉社MOOK)に大畑創監督(『へんげ』)による実写プロモ版『ハカイジュウ』の写真が載っていて、思わず長男に見せてしまいました。秋田書店のビルが破壊される楽屋落ちみたいな場面があるのですが、編集部から逃げ出している後ろ姿の人物が「手長足長」みたいで、これが一番気持ち悪かった。ハッキリ言って、クラーケンはインパクトありません。新型の巨大フューズの方が印象的でした。
posted by 行人坂教会 at 22:43 | 牧師の書斎から