2013年10月26日

『八重の桜』人物解説

1.襄とジョー

うちの息子たちは「オダギリジョー異常」というネタが大好きです。ただ、画面にオダギリジョーが出たら、そう言ってみるだけという、限りなく下らないネタです。NHK大河ドラマの『八重の桜』の「新島襄役にオダギリジョー」と聞いた時には、思わず笑ってしまいました(単なる名前の語呂合わせかよ)。しかし、さすがはドラマです。毎週、見ていると「まあ、こんなのもアリかも」と思ってしまいます。

「赤シャツ」も真っ青になる程、徹底的にアチャラカに描かれた新島襄に、見ている私たち(同志社卒業生)の顔は紅潮します。しかし、明治維新の4年前に脱国した新島は、ボストンの名士の養子と成り、フィリップス・アカデミー、アーモスト大学、アンドーヴァー神学校に学びます。当時のアメリカの最高級の教育を受けるのです。

フィリップスは米国のエリートを養成するボーディング・スクール(寄宿制私立高等学校)で、英国のパブリック・スクールに当たります。アーモスト(アマーストとも言う)は、ハーバード大学神学部がユニテリアン(単一性論者)の牙城と化したことに危機感を覚えたクリスチャンが設立した名門カレッジです。後々、余り学問が得意でないことがバレる新島ですが、単に学歴のみならず、言葉やエチケットや価値観も最良を得たはずです。

これに匹敵するのは、津田塾大学の創立者となる津田梅子、「鹿鳴館の花」となって大山巌と結婚する山川捨松(水原希子演)くらいでしょうか。しかし、帰国後の梅子は通訳を介さないでは日本人と話せなくなっていたそうです。捨松も大山と英語で会話して、初めて安らぎを得たと言いますから、当時の帰国子女の苦労が思い遣られます。

2.熊本バンド

1871年(明治4年)、熊本藩が青少年教育のために洋学校を開設、教官として米国から北軍の陸軍大尉、リロイ・ランシング・ジェーンズを招きました。ジェーンズは熱心な信仰者であったので、数年後には御法度のキリスト教を説くようになり、有志学生35名が熊本城外花岡山で祈祷会を催し、キリスト教をもって祖国を救う誓いを立てます。これを「熊本バンド」と言います。当然、洋学校は閉鎖、ジェーンズは解雇、バンドのメンバーは大変な迫害を受けます。そして、創立間もない同志社に流れて来るのです。

ドラマで最初に登場したのが、柄本時生演じる金森通倫でした。そう言えば、柄本の母親の角替和枝は三軒茶屋教会の会員でしたね。金森は岡山教会、東京番町教会の牧師を歴任した人物です。思想的な振幅が激しく、棄教したり、救世軍に入ったり、ホーリネス運動にハマったりした挙句、最後には洞窟で暮らす「今仙人」となります。自民党の石破茂は曾孫に当たります。当教会の初代牧師、二宮邦次郎先生も金森通倫から洗礼を受けています。

日本のジャーナリズムの草分けとなる徳富猪一郎(蘇峰)は、若い女子に人気の中村蒼が演じています。古川雄輝演じる小崎弘道と言えば、霊南坂教会の建設にYMCA創立で有名ですが、そもそも京橋の新肴町教会の牧師として赴任しているのです。つまり、行人坂教会の前史に深い所縁があります。「青年」「宗教」という日本語の作者でもあります。

阿部亮平演じる海老名喜三郎(弾正)は、安中教会、本郷教会、神戸教会を歴任。伊勢みや子(坂田梨香子演)と結婚します(海老名弾正の二女、大下あやさんに生前、私はお目に掛かったことがあります)。彼の門下の渡瀬常吉は、朝鮮伝道を行なって、京城教会と平壌教会を設立します。永岡佑の演じる市原盛宏は、代理教員の立場で強権的な授業運営をして、在学生からボイコットを受ける話がありました。この人は後にイェール大学で経済学を学んで、横浜市長、朝鮮銀行初代総裁となります。

黄川田将也の演じる伊勢(横井)時雄は、山本覚馬の娘、みね(三根梓演)と結婚します。今治教会、本郷教会の牧師、政治家、新聞記者にもなります。実は、彼は幕末の儒学者、横井小楠の長男なのです。そう言えば、『龍馬伝』で、福井藩主、松平春嶽の政治顧問をしていた小楠に、龍馬が教えを乞う場面がありました。

他にも「熊本バンド」には、宮川経輝(大阪教会)、不破唯次郎(前橋教会)、蔵原惟郭(政友会創立)、浮田和民(天満教会から早稲田の政治学へ)、下村孝太郎(日本で初めて硫化アンモニウムの大量生産に成功した化学者)、吉田作弥(外務省)、原田助(神戸教会)、大久保真次郎(北米移民の日系人教会)、家永(辻)豊吉(法学者、慶応と一橋)、そして、小説家の徳冨健次郎(盧花)がいます。盧花、いずれ出て来るでしょうね。

3.バンド以外

英学校設立の際、一番に学生になりながら、「自分は医者になりたい」と言って同志社を去って行くのが、礼保の演じた杉田(元良)勇次郎(兵庫県の三田藩出身)です。ドラマの中では「熊本バンド」の連中に愚弄されて、散々に苛められていました。しかし、実際のところ、彼はボストン大学に留学して、ジョン・デューイの薫陶を受け、プラグマティズムを日本に紹介します(東大教授)。あの最初の8人の中には、福知山出身の中島力造(倫理学)や上野栄三郎(京都大丸社長)もいたはずです。

津田仙(津田梅子の父親)は、青山学院や筑波大学附属盲学校の創立に関わった偉大な教育者ですが、新島とも親しく、長男の津田元親を同志社に学ばせています。

湯浅治郎、湯浅吉郎の兄弟(上州安中出身)も忘れてはいけません。吉郎はイェール大学で聖書学を学び、古典ヘブル語を習得した、恐らく最初の日本人です。治郎は政治家として活躍、廃娼運動の推進者でした。治郎の息子には、洋画家の湯浅一郎、農学者、昆虫学者の湯浅八郎がいます。八郎は京大で、今西錦司、森下正明、内田俊郎らの動物生態学者を育て、やがて国際基督教大学(ICU)の初代総長となる人物です。

牧師 朝日研一朗

【2013年11月の月報より】

posted by 行人坂教会 at 14:08 | ┣会報巻頭言など