2013年11月23日

冬の楽しみ

1.越冬

今思い出しても、やはり、北海道の冬は厳しいものでした。3月の初旬になっても尚、街全体が氷雪に閉ざされていることも多く、中空と地上を灰色に覆いながら降り止まぬ雪を見ながら、思わず「もういい加減にしてくれ!」と泣き叫びそうになったことが、幾度かありました。実際、4ヶ月も雪に埋もれて暮らしていると、元気な人でも鬱状態に陥ってしまいます。況して、体調を崩している人や弱っている人はテキメンです。

私たちが住んでいた琴似という街は、札幌の中でも早くから「和人/シサム」が居留地を置いた所です。近所には「琴似屯田兵屋」が文化財として保存されていました。1874年(明治7年)、札幌で初めて屯田兵が入植した所です。その屯田兵たちに付いて、京都の辺りから女郎も何十名かやって来たそうですが、冬を越すことが出来ず、次の春までに全員死亡していたという話を耳にしたことがあります。私は、吹雪く琴似の街を歩きながら、何度も、その話を思い返したものです。

「越冬」等と言うと、動物や鳥や虫の話と思われるかも知れません。しかし、私たち、人間も冬の寒さを乗り越えるために、それなりの意識が必要なのではないでしょうか。実際、東京の冬は穏やかな晴れの日が多く続き、過ごし易いと思います。さすがに徳川家が幕府を開いただけのことはあります。北海道や東北、北陸、甲信越、山陰地方などの冬の厳しさを思えば、天国みたいなものです。けれども、それだけに「越冬」意識が低く、冬を迎えることが上手では無いように思うのです。

2.遊び

北海道に赴任した時、先輩の牧師たちから「冬を楽しむように」「冬の楽しみを見つけるように」と異口同音に勧められました。しかし、残念ながら、私はスキーにもスケートにも行かずに、教会の玄関前とベランダの雪かきだけを「運動代わり」にして過ごしてしまったのでした。けれども、「冬の楽しみ」を全く味わうことが無かった訳ではありません。確かに、楽しい事はありました。

例えば、主日礼拝と諸集会が終わると、幼い子どもたちを自動車に乗せて、毎週のように「農試公園」に行きました。そこには、高低差10メートルくらいの緩やかなダウンヒルが作ってあり、幼児がプラスチック製の橇に乗って滑り降りるのです。そんなことを日が暮れるまで繰り返していました。

2人の子供を保育園に連れて行く時には、木橇に乗せて、後ろから押して歩きました。歩いて買い物に行く場合にも、木橇を使っていました。その当時は、妻が「生活クラブ生協」に入っていて、集積所の担当をしてくださっている方のお家まで、木橇に長男を乗せて行きました。橇が重い方が道路で滑る危険が少ないのです。

毎年、積雪が完全な根雪と化す1月には、ベランダの雪を固めて、大きなカマクラを造りました。北海道の雪はパウダースノウで、案外、雪だるま等も作りにくいのですが、根雪になると、水分が多くなり、何でも造れるようになります。札幌の雪祭りが2月上旬に開催されているのも、同じ理由かと思います。雪山を造り、それを踏み固めて、その後に横穴を掘って行きます。最後に天井を広げて完成します。

琴似中央通教会はビルのような建物で、牧師館はビルの4〜5階部分に当たります。ベランダは4階です。ベランダ一杯に出来た雪山の上を、幼い子たちが歩いていたのですから、妻は心中穏やかでは無かったようです。ベランダに柵があるのですが、雪山はそれよりも高く聳え立っていたからです。こんなことも、今となっては、楽しい冬の思い出です。

3.祝祭

古来、日本各地には夏祭りがあります。それだけ、日本の夏が苛酷で、過ごし難く、辛かったのです。だからこそ、祭りが生まれたのではないでしょうか。「夏の楽しみ」を作り、意識することで、苦しい夏を乗り越えようとしていたのです。思えば、同じような思いから、クリスマスも誕生したのではないでしょうか。

クリスマスが発達したのはヨーロッパ、特に雪深い諸国においてです。クリスマスは、古代ローマの冬至祭、「太陽の誕生祭り」に対抗して、教会が「義の太陽イエス・キリストの降誕」をお祝いしたのが始まりとされています。それがローマから北上してヨーロッパ各地に広がり、3世紀末に定着したそうです。

ところが、それから百年も経った385年の記録「エテリア巡礼記」(邦訳は『エゲリア巡礼記』、太田強正訳、サンパウロ)によると、コンスタンティノポリス(現在のイスタンブール)やアンティオキア(現在のアンタキヤ)では、既にクリスマスが守られていたのに、エルサレムでは全く受け入れられていなかったそうです。それから更に150年を経た530年頃になって漸く、エジプトのアレクサンドリアの教会で採用されるようになり、エルサレムの教会がそれに続いたとされています。つまり、ヨーロッパでクリスマスがお祝いされるようになって、250年の歳月を経た後に、クリスマスは聖地エルサレムに輸入(逆輸入?)されたという皮肉なお話です。

寒くて冷えるからこそ、嬉しいものがあります。湯たんぽ、お風呂、お鍋、熱燗…。熱いお茶、ホットワインを嗜む人もあるでしょう。そう言えば、札幌には、暖炉の前で熱いココアを飲ませてくれるお店がありました。私には、寝床での読書用に、妻が買ってくれた(指が出せる)手袋があります。温かいこと、熱いことに有り難味を感じる季節なのです。つまり、寒くて冷え込んで来れば、それに適った楽しみ、それに応じた嬉しさを、私たちは求めて来たのです。クリスマスは、間違いなく、その1つでしょう。

牧師 朝日研一朗

【2013年12月の月報より】

posted by 行人坂教会 at 15:54 | ┣会報巻頭言など