2013年12月16日

受ける喜び、与える幸せ【使徒言行録20:31〜38】

聖句「主イエス御自身が『受けるよりは与える方が幸いである』と言われた言葉を思い出すようにと、私はいつも身をもって示してきました。」(20:35)

1.《誕生日》 今でこそ降誕日は12月25日になっていますが、アレクサンドリアのクレメンスは5月20日と推測しました。聖書の記述からすれば、雨季の最中に羊飼いが野宿するはずはありません。春の雨と大麦刈りの終わった5月末が相応しいのです。ミトラ教の冬至祭や農業祭サトゥルナリアに対抗するため、教会が日程を振り替えたのです。御自分の与り知らないところで、誕生日を決められて、さぞやイエスさまも驚きになったことでしょう。

2.《人の心》 だからと言って、クリスマスを否定するのでは人情がありません。つまり、12月25日の意味は人情にあるのです。巡り巡って、寒い冬の最中にお祝いされるようになったことにも、神の御心があるのです。私の師匠、深田未来生牧師は自由学園を退学になった後、16歳で渡米して、皿洗いと掃除夫をしながら苦学しました。けれども、高校から大学までの間、一度も寂しいクリスマスを過ごしたことはなかったと言います。ある時は、級友たちがプレゼントを山積みしてくれました。毎年、招いて迎え入れてくれる家庭もあったのです。

3.《温かみ》 現代日本の子供たちにとって、クリスマスは「プレゼントを貰う」だけの季節に成っています。しかし、本当は「受ける喜び」と「与える幸せ」とは切り離すことが出来ないのです。お返しの出来ない人に与えて、見返りを求めることをしないで済む所に「与える幸せ」があります。「受くるより与えるが幸いなり」と言いますが、「受ける喜び」まで否定する必要はありません。また、受け入れることも大切です。O・ヘンリーの『賢者の贈り物』は、貧しい夫婦が行き違いの贈り物をする話です。お互い無益なので「バカな贈り物」なのですが、相手のことを自分より大切に思った結果なのです。これが宝です。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 19:44 | 毎週の講壇から