2014年01月27日

安らかに過ごしなさい【Uペトロ3:14〜18】

聖句「だから、愛する人たち、このことを待ち望みながら、疵や汚れが何一つなく、平和に過ごしていると神に認めていただけるように励みなさい。」(3:14)

1.《パドック》 競馬場にはパドックと言われる馬場があります。出走する馬が厩務員に手綱を引かれて数周回するのです。観客は出走馬の品評をしますが、馬たちは筋肉を温め気合を入れたり、落ち着いたりした上で、騎手を乗せてコースへの移動します。教会もパドックのような場です。自らの心を落ち着け、神や人との関係を繋ぎ直して、イエスさまをお乗せして生活へと遣わされるのです。

2.《平和の中》 14節は「平和の内に見出される」が直訳です。前の口語訳は「安らかな心で」、新改訳は「平安をもって」と訳していますが、単に「心安らか」とか「みんな仲良く」という意味ではありません。この語の背景には、ヘブル語の「シャローム/平和」があります。旧約聖書の「シャローム」は、何よりも先ず「私たちと神との正しい関係」を言います。ですから、極端な言い方をすれば、心穏やかでなくても、心がザワザワしていても良いのです。それでも、私たちは神さまによって救われているのです。自分で努力して獲得する「心安らかさ」ではありません。人の目にどう映るかではないのです。真実を見て居られる神に対して、嘘偽りなく生きているかどうかということなのです。

3.《私の足場》 17節の「堅固な足場を失わないように注意しなさい」も大切です。以前は「確信」や「堅実さ」と観念的に訳されていましたが、「堅く据える」という建築用語なのです。16節の「心の定まらない」は、むしろ「足場がグラついている」です。大切なのは「心」ではなく「足場」なのです。信仰者の「足場」とは「キリストを知ること」です。それも単なる知識や教義の丸暗記ではなく、イエスさまと出会うことです。イエスさまとの出会いは、聖書を読んで勉強することだけにあるのではありません。讃美歌や祈りの中にもあります。他の人たちとの出会いや対話の中にも、礼拝の中にもあるはずです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 12:59 | 毎週の講壇から