2014年03月24日

天国の鍵

小学生の頃、近所に「金田」という在日コリアンのジャンク屋がありました。妹がその家の娘と仲良しだったものですから、私も割り込むようになり、やがて、悪童の友人たちと一緒に、広大な敷地の中、無造作に積み上げられた廃車の山を、車から車へと飛び移って遊ぶようになりました。

今から思えば危険極まりないのですが、不思議と廃車に押し潰されて死んだ子はいませんでした。ところが、しばらくして、テレビの映画番組で『007/ゴールドフィンガー』を観たのです。その中に、ジェームズ・ボンドが廃車に閉じ込められたままプレスされそうになる恐ろしいシーンがありました。しかも、ハロルド坂田演じる「オッド・ジョブ/よろず屋」という殺し屋は、実は朝鮮人という設定です。それ以来、何となくジャンク屋には寄り付かなくなってしまったのでした。それはともかく、廃車の山の中から、私たちが競い合って集めていた物があるのです。それは、自動車のイグニッションキーでした。それで、私たちは自分らを「キイハンター」と呼んでいました。

集め始めてみると、時折、珍しい自動車のキーが出て来るのです。例えば、アメ車のキーがあったりしたら、もう絶叫ものです。あるいは、銀色の頭蓋骨とか親指マリリン・モンローとかの面白いキーホルダーが付けられた物もあったのです。それを持ち帰って、高砂屋のお菓子の空き缶の中に溜め込んでいた訳です。

伝統的な日本家屋で育った者にとって、鍵は憧れの的でした。何しろ、和風建築というのは、障子と襖を全て取り払ったら、前庭から中庭まで、風が吹き抜けて通る構造です。その点、鍵は個室のシンボルです。自分だけの世界を作り出すことが出来るのです。必死になって、自動車のイグニッションキー等を収集したのは、「自分だけの世界を持ちたい」という願望の表われだったのでしょう。

教会の牧師になって良かったことの一つに、沢山の鍵をお預かりする喜びがあります。単に建物の管理人と言ってしまえばそれまでです。けれども、建物の開け閉めをするということは、それだけの責任を委ねられているのですから、最初にお預かりした時には、身の引き締まる思いがしたものです。

キリスト教会は使徒ペトロを祖としています。そして、イエスさまはペトロに「天国の鍵」を託されました。「あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。…わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上で繋ぐことは、天上でも繋がれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる」(マタイによる福音書一六章一八〜一九節)。

そこで、ローマカトリック教会は、ペトロを初代教皇とし、教皇の紋章にも交差する「鍵」がデザインされています。しかし、考えてみると、「鍵」は独占と孤絶のシンボルでもあります。カトリックはともかく、プロテンタント教会はそれで良いのでしょうか。

【会報「行人坂」No.248 2014年3月発行より】

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