2014年04月14日

墓穴に向かって叫ぶ【ヨハネ11:38〜44】

聖句「こう言ってから、『ラザロ、出て来なさい』と大声で叫ばれた。」(11:43)

1.《暗闇に叫ぶ》 黒澤明監督の『赤ひげ』の中に「長次の話」があります。服毒して一家心中を図った両親は死んでしまいますが、幼い長次が死に瀕した時、診療所の女たちが庭の井戸の奥底に向かって、彼の霊を呼び戻そうと一斉に叫ぶのです。父親がカトリック信者で、自身も日曜学校出身の山本周五郎は、恐らく「ラザロ」の場面を念頭に置いて、この場面を書いたのではないでしょうか。

2.《憤りと涙と》 普通に考えれば、ラザロが息を吹き返す訳はありません。マルタの「4日も経っていますから、もう臭います」という台詞が、死体のリアリティを私たちに突き付けます。現在の私たちは、葬儀社の人に拭き清められ、ドライアイスや香料や化粧で装われた遺体しか目にすることはありません。しかし、死後4日も経てば、体中の穴から汁も出て来ています。そんな中、イエスさまは「心に憤りを覚え」たと書かれています。人間を捕らえて離さない死の力に対して怒って居られるのです。陰府の力は死んだ者を支配するだけではありません。生きている者の心の中まで、絶望で真っ黒に塗り潰していくのです。そして、イエスさまの流された涙は、憐れみの涙です。死の力に支配され、打ち拉がれ、信仰と希望を失っている人たちを何とかして救いたいという涙です。

3.《復活の生命》 私の後輩Yは3歳の時、17歳の姉の自死に出遭いました。焼却炉の穴に棺が呑み込まれる光景に、幼心ながら戦慄を覚えたと告白していました。小説家を目指していた彼は、その後、牧師となり、自殺未遂や自傷行為を繰り返す少女たちと向き合っています。自分を愛すること、人を信じること、神に望みを置くことが難しい時代です。陰府の支配は着実に人間を蝕んでいるかに思われます。しかし、イエスさまは墓さえも開かれます。暗闇の中に留まっている私たちに向かって「出て来なさい」と叫んで下さるのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 23:16 | 毎週の講壇から