2014年06月09日

神のギフトの取り扱い説明書【Tコリント14:1〜19】

聖句「愛を追い求めなさい。霊的な賜物、特に預言するための賜物を熱心に求めなさい。」(14:1)

1.《トリセツ》 家電の梱包には、製品本体と共に取扱説明書が入っています。テレビの情報番組がハシリでしょうか、10年程前から、略して「トリセツ」と言うようになりました。「英文法のトリセツ」「小学生男子のトリセツ」「女子社員のトリセツ」「心のトリセツ」「仮設のトリセツ」等の書籍やHPがあります。どうやら、そこには「取り扱いにくい相手と、どのようにして付き合うか」という含みがあるように思います。つまり「取り扱い注意」です。

2.《カリスマ》 ところが、英語の「マニュアル」はラテン語の「マヌス/手」から来ていますが、「手で出来ること」「取り扱い易さ」を言っているのです。生き方においても、人間関係においても、いずれに立つかで随分違います。勿論、私たちの手に余ることもあります。神から与えられるもの、それを私たちは「賜物/ギフト」と呼んでいます。ギリシア語は「カリスマ」です。現在では、特別な能力を言うのに使われますが、語源的には「神が慈悲深く授ける、親切にする」の含みです。だから、パウロは「賜物」を「神の愛」と言うのです。

3.《パラパラ》 パウロの時代のコリント教会でも「カリスマ」ブームがあり、その中心は「異言」でした。30年近く前、ペンテコステ系の教会で「異言」が流行しました。異言が有無が聖霊の有無の証拠、救いの条件のように言われて、傷付いた人たちが大勢いました。そこに愛はあったでしょうか。むしろ、聖霊の一番の働きは、他の人の「徳を高める」ことです。自分が向上することではないのです。「慰め/パラクレーシス」と「励まし/パラムティオン」です。「パラ」とは、その人と共に、その人たちの中にあり、その人たちの間で生きていくことです。「預言」は「予言」ではなく、キリストの十字架と復活が、私の人生にどのように関わるかという信仰の「証し」に他なりません。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 11:57 | 毎週の講壇から