2014年06月16日

花の命は短くて【ヤコブ1:9〜11】

聖句「日が昇り熱風が吹きつけると、草は枯れ、花は散り、その美しさは失せてしまいます。」(1:11)

1.《一輪の草花》 太平洋戦争の勃発と共に、アメリカ合衆国の日系人たちは政府によって家財産を没収され、手持ちの荷物だけで各地の収容所に送られました。収容所は砂漠のような人里離れた場所に建てられています。最北のワイオミング州ハートマウンテン収容所に入れられたHさんは、収容所には「色がなかった」と証言されています。やがて、収容所でも礼拝を行なっているとの噂を聞きつけて、近所の教会の人たちが毎週日曜日に花を届けてくださるようになりました。礼拝の出席者は、自分のバラックに1輪ずつ花を持ち帰り、1週間、花を飾っていたそうです。萎れて枯れてしまっても、茎だけになっても、大切にして眺めて居られたそうです。そこだけに「色」があったのです。

2.《花のいのち》 大人気の連続テレビ小説『花子とアン』のヒロインは、『赤毛のアン』シリーズの翻訳で知られる、村岡花子がモデルです。彼女の人生を辿って見ると、東洋英和女学院、婦人矯風会、教文館、賀川豊彦、大森めぐみ教会など、私たちにも馴染み深い名前が出て来ます。しかし、彼女が『放浪記』の作家、林芙美子と親しくしていたことは、意外に知られていません。『アンのゆりかご』が出版されて、林芙美子の「花のいのちはみじかくて」の出典が初めて明らかになりました。終生、村岡はその詩を額に入れて飾っていたのです。「苦しきことのみ多かれど/風も吹くなり/雪も光るなり」と歌われていて、一種の「信仰」を感じさせる詩です。神さまは「造花」ではなく「生花」を創造されました。生きた花だからこそ萎れて枯れるのです。人間は花が枯れれば、さっさとゴミ箱に捨てますが、神さまは、散っても枯れてもお捨てになりません。そこから新しい命を芽生えさせることもお出来になるのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 15:11 | 毎週の講壇から