2018年05月28日

訪れを待ちながら【ヤコブ5:7〜20】

聖句「あなたがたの中で苦しんでいる人は、祈りなさい。喜んでいる人は、賛美の歌をうたいなさい。」(5:13)

1.《現場を大切に》 バラエティ番組で「料理が出て来るのが速い店」ランキングをしていました。その背景に政府や企業が推進する「働き方改革」「時間短縮」があると知ってゲンナリしました。「上」から命じられることは、実際には待遇改善に結び付きません。却って「改悪」「害悪」に成る場合が多いのです。どの業種にせよ、真の改革は「現場」から始まるのです。

2.《コンテキスト》 聖書の諸文書にも各々の「現場」があるのです。イエスさまの御言葉の受け止め方が、福音書によって異なるのも、パウロの手紙の内容が宛て先によって異なるのも、現場である教会が異なり、抱えている課題が違うからです。それを「コンテキスト/文脈」と言います。単なる文章の前後関係のことではなく、文書が書かれた時代背景や状況、そこに生きた人たちの信仰を丁寧に解きほぐして吟味するのです。そのためには、私たちもまた、常に自らの「現場」から考え、発言して行くことが求められているのです。

3.《教会に留まる》 「忍耐」は「マクロス/大きい」と「テュミア/心」で「寛大な心」です。「気長に、根気強く待つ」ことです。苦難の時の「忍耐」には「ヒュポメノー/生き永らえる、持ちこたえる」が使われています。恙無く過ごす平穏な日々も、苦難に見舞われ悩む日々も、大切なのは祈りと賛美です。苦しい時に神に祈るのは当たり前ですが、上手く行っている時にも、その喜びを神への賛美に向けるのです。共に賛美する時、そこには悩み苦しむ人もいて、それは1つに溶け合って、嘘偽りのない真の賛美へと昇華されるのです。教会生活こそは私たちの「現場」、人生の「場面」、私の「所在地」なのです。

朝日研一朗牧師

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2018年05月21日

祈りが勇気を呼び覚ます【使徒言行録4:23〜31】

聖句「主よ、今こそ彼らの脅しに目を留め、あなたの僕たちが、思い切って大胆に御言葉を語ることができるようにしてください。」(4:29)

1.《出る杭は》 アンドレ・レノレ神父は「労働司祭」として、川崎の建設現場で働き、仲間と共に「貸工」の労組を結成しました。彼の『出る杭はうたれる』は25年前の著書ですが、日本社会が個々人を大切にせず、個性や主体性を圧殺する全体主義的傾向(権力構造)が余り変わっていないことを思わされます。しかし、その中にあっても、声を上げる人たちは確実に増えているのです。

2.《仲間の所》 聖霊降臨と言うと、2章ばかりが採り上げられ、「激しい風」や「炎の舌」等の表面的な描写に囚われがちです。「多言語」か「異言」かの解釈の対立もあります。けれども、大切なのは使信(メッセージ内容)です。4章にも「新しい聖霊降臨」と呼ばれる場面があるのです。神殿の境内で、キリストの死と復活を宣べ伝えた廉で、ペトロとヨハネは逮捕され、最高法院の議員たちの前で証を立てるのです。九死に一生を得て釈放された二人は「仲間のところ」へ戻って来ます。仲間と言っても数人、10人弱に過ぎません。

《大胆不敵》 その仲間たちが「心を一つにし、神に向かって声を上げて」祈った時、聖霊降臨の出来事が起こったのです。「心を一つに」は「命を合わせる」ことです。しかも、彼らは神の助けではなく、大胆に御言葉を語るための勇気を祈り求めたのです。我が身可愛さに主を裏切り見捨てた弟子たちが、自らの弱さと罪、主の赦しの力の大きなことを体験したればこその祈りです。「大胆に」とは「言論・行動の自由、確信をもって」の意味です。自由意志の奪われた「迷信・妄信」ではありません。「大胆不敵」と言いますが、私たちも少数者ながら、誰をも敵とせず、勇気と確信をもって「声を上げ」たいものです。

朝日研一朗牧師

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2018年05月14日

海の星【出エジプト記15:19〜21】

聖句「アロンの姉である女預言者ミリアムが小太鼓を手に取ると、他の女たちも小太鼓を手に持ち、踊りながら彼女の後に続いた。」(15:20)

1.《海星と暁星》 カトリック教会では「聖母マリア」に「海の星」「暁の星」という称号を冠しています。学校の「海星」「暁星」もマリア会の設立です。航海技術の発達していない時代、夜に海上を行く人たちは北極星と金星を頼りにしていたのです。そこから、人生行路を渡る時に、明らかに道を示してくれるのが「海の星」なる「聖母マリア」であるとの信仰が生まれたのでしょう。

2.《海の雫から》 カトリックの国に行くと、海辺や岬に聖母マリアの像や教会が建立されています。聖母賛歌には「めでたし海の星」と歌われています。マリア、即ちミリアムの名前の意味を「海の星」と言ったのは、「ウルガタ聖書」の翻訳で知られるヒエロニムスとされています。しかし、ヒエロニムス自身は「海の雫」としていたらしい。実は、写本で「海の雫」が「海の星」と誤記されてしまったのです。その後、ローマ教会は現世権力と結び付き、「マリア崇敬」を推し進め、遂にマリアは「天の元后」とされ、王冠に星を輝かせる図像で描かれるように成ってしまったのです。誤記も意図的なものだったのかも知れません。

3.《大海の一滴》 マリアの原型であるミリアムは、「葦の海」の奇跡が起こった時、主を賛美する「海の歌」を踊り歌いました。「デボラの歌」と並んで、旧約聖書最古の詩文とされています。文字が出来て文書化され編集される遥か以前から、何百年も口伝として、親から子へ子から孫へと歌い継がれていたのです。聖書の御言葉は、私たちが「海の雫」の一滴を取り出して吟味する時、「海の星」として輝きを放つのです。ミリアムは「水」と結び付いた存在です。彼女が死んだ時、忽ち民は枯渇するのです。因みに、現代では「ミリアム」の名前は、古代エジプト語の「愛」から来ているというのが定説です。

朝日研一朗牧師

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2018年05月07日

弱さが神の原動力【Uコリント 12:1〜10】

聖句「すると主は、『わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ』と言われました。」(12:9)

1.《氷点と花束》 『氷点』で一世を風靡した三浦綾子は、24歳から13年間も結核で入院生活を送り、その後も「病気のデパート」と言われる程に沢山の持病を抱えながら執筆活動を続けました。パーキンソン病の薬のために、家の中に幻の花束が見えるようになったそうです。副作用の幻覚や妄想に悩まされる患者が多い中、彼女は幻の花束の出現を心待ちにしていたそうです。

2.《アンゲロス》 パウロは何等かの病気か障碍に苦しんでいたようで、それを「棘」「私を打つサタンの使い」と表現しています。シュヴァイツァーは「癲癇の発作」ではないかと言います。当時は原因も分からず、悪霊憑きとされていました。しかし、そんな状態のパウロを使徒として、ガラテヤの人たちは迎え入れ、福音を受け入れたのです(ガラテヤの信徒への手紙4章13〜14節)。「サタンの使い」に苦しむパウロを、不思議なことに、ガラテヤの人たちは「神の使いであるかのように」受け入れたのでした。「使い」は「アンゲロス/天使」です。自分の中に闇を抱えている方が福音は光り輝くのかも知れません。

3.《神の力の種》 物質的な豊かさが実現された現代、何もかも全て揃って、整えられて生まれて来ることが当たり前のことだと、多くの人が錯覚しています。病気や障碍、挫折や弱さを恥ずかしいことと考えて隠そうとする人もいます。しかし、神の光を当てて透かして見たら別のことが見えて来ます。パウロは自らの弱さを通して神の力の働くことを実際に経験したのです。神の力は人の弱さの中で実現する、成し遂げられるのです。私たちが自らの力量に自信を持っている時には、神の力の「種」が蒔かれていることに気付きません。自らの弱さ、無力さと向かい合わざるを得なくなった時、それは発芽するのです。

朝日研一朗牧師

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2018年04月30日

あなたがたの手で食べ物を【マルコ6:30〜44】

聖句「これに対してイエスは、『あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい』とお答えになった。」(6:37)

1.《主の復活メシ》 『サラメシ』『地球メシ』『ダンジョン飯』『女くどき飯』と「何とか飯」が流行です。個人的には『侠飯』を推薦します。「食べることは生きることだ」と思わされます。イエスさまは復活の後、弟子たちと食卓を囲んだり、自ら食事の用意をしたり、時には「何か食べ物はないか」と所望されたりします。まさしく、これこそは「復活飯」と言うべきでしょう。

2.《天国の大宴会》 「飲食」と言うように食べるに飲むは付きものです。イエスさまも葡萄酒の水割り飲料を飲んだはずですが、「最後の晩餐」の際に「神の国で新たに飲む日まで、葡萄の実から作った物は飲まない」と宣言された手前、それ以後、何も飲まれません。「ワイン断ち宣言」の無い「ヨハネによる福音書」だけは、十字架上で「酸い葡萄酒」を飲むのです。主の「ワイン断ち宣言」は「共観福音書」が「イザヤ書」25章6節の預言「終末の祝宴」の預言を受け継いだからです。実際には復活の主は飲み食いされたはずです。宴会のような非日常もあるのでしょうが、復活の御姿は日常の食事にこそあるのです。

3.《日常の暮らし》 「五千人の養い」の記事を読むと、私たちは、5千人、1万人もの人に給食する、イエスさまの奇跡の大きさに目を奪われがちです。しかし、数の多さではなく、主の御心に目を向けるべきです。「荒れ野」まで付いて来る群衆の寄る辺無さに、主は胸を痛めて「何か食べ物を」と仰るのです。弟子たちは「2百デナリオンの経費」を計算してしまいます。それに対して「与えよ/彼らに/あなたがたが/食べることを」を告げられたのです。主の御心は単純です。目の前にお腹を空かしている人がいれば食べ物を分かち合う。その人と共にいる。それこそが愛の本質であり、愛の業だと思います。

朝日研一朗牧師

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2018年04月23日

箱舟の行方【創世記6:9〜22】

聖句「この地は神の前に堕落し、不法に満ちていた。神は地を御覧になった。見よ、それは堕落し、すべて肉なる者はこの地で堕落の道を歩んでいた。」(6:11,12)

1.《沈みゆく箱舟》 最近では動物園や水族館が「ノアの箱舟」としての使命を主張するようになりました。生物種の精子や卵子、DNAを保存する「冷凍動物園」もあります。現在、1年間に4万種もの生き物が絶滅しています。この40年で「種の絶滅速度」が急速化したのです。環境学者、ノーマン・マイヤーズはこの状況を予見して「沈みゆく箱舟」に私たちは乗っていると言いました。

2.《もののあはれ》 日本的な感受性なのでしょうか、私は「洪水物語」を読むと「平家物語」の「壇ノ浦」(安徳天皇入水)を思い出すのです。滅び行く者たちに思いが向かうのです。SF作家のケン・リュウは、小惑星の衝突で地球が消滅する直前に、宇宙船に乗り組んで「最後の日本人」となった青年を描いています。その彼も宇宙船の船外修理に自らの命を捧げて、彼の死と共に、日本文化も日本語も、日本的感性と悟性も失われます。しかし、彼は宇宙船を未来に送り出したのです。かつて日本人の両親が自分たちは乗船せずに、彼だけを宇宙船に乗せて送り出したように…。箱舟に乗らずに、箱舟を見送った人たち、送り出した人たち、動物や植物がいたのではないでしょうか。

3.《箱舟を去る日》 勧善懲悪のハリウッド映画では、箱舟に乗れなかった人たちは全て「極悪人」のように描かれますが、本当でしょうか。「堕落」と訳されているのは「壊す」、神の秩序の破壊です。「不法」は「暴力」です。破壊と暴力によって犠牲になっている人たち、動植物もいたのです。箱舟の生活も互いに譲り合わなければ生き延びられない窮屈さに、震災後の公民館や体育館が思い出されます。「箱舟」とは「箱/テーバー」です。私たちは限りある命、儚い存在なのです。だから互いを大切にしなければならないのです。「箱」から出る未来に、私たちが主の描く虹を見ることを展望しているでしょうか。

朝日研一朗牧師

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2018年04月16日

朝の食事をしなさい【ヨハネ 21:1〜14】

聖句「イエスは、『さあ、来て、朝の食事をしなさい』と言われた。弟子たちはだれも、『あなたはどなたですか』と問いただそうとはしなかった。」(21:12)

1.《食文化の変容》 数年前、朝食を摂らない子どもたちの実態が明らかになり、官民挙げての「朝食キャンペーン」がなされました。しかし、1日3食は近代に生まれた文化です。元禄時代までは朝夕の2食が普通、農民は以後も1日2食でした。先進の欧米でも2百年前まで昼夕の2食が普通でした。1日3食の背景には、各国とも技術革新と産業界の思惑があったのです。

2.《招かれた食事》 復活のイエスさまが弟子たちを「朝の食事をしなさい」と招かれました。「アリスタオー/朝の食事をする」という動詞の存在に驚きます。健啖家の古代ローマ人は1日4食、その「遅い朝食」に当たるのが「アリストン」とされています。古代ギリシア人は1日3食、古代ユダヤ人は1日2食、彼らの「遅めの朝食」は殆どランチタイムでした。事実「ルカによる福音書」14章12節では「アリストン」が「昼食」と訳されています。朝か昼かの時間帯よりも、イエスさまが正式に招待され、その招きに応えて、弟子たちが共に会食した「正餐」であることが一番大切なことなのです。

3.《主に赦されて》 日本社会には「接待」文化があり、業務時間外に取引相手の社員を招待して会食をします。接待では、嫌いな人であっても、上辺だけ取り繕って飲食を共にします。しかし、ユダヤ人は、嫌いな人、許すことの出来ない人とは決して食事をしません。だからこそ、イエスさまが徴税人や罪人と食事をしているのを見て、ファリサイ派が不快感を表明するのです。共に食事をすることは、イエスさまが罪を赦されている何よりの証明です。しかも、主の赦しの恩寵に、弟子たちが気付いて、それを受け取って初めて、赦しは成立するのです。それが主の「ブレックファスト・クラブ」だったのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 20:54 | 毎週の講壇から

2018年04月09日

それでも、平和があるように【ヨハネ20:19〜23】

聖句「弟子たちはユダヤ人を恐れて、…家の戸に鍵をかけていた。そこへイエスが来て真ん中に立ち、『あなたがたに平和があるように』と言われた。」(20:19)

1.《ヤムニア会議》 第一次ユダヤ戦争から20年後、紀元90年代に、ファリサイ派がヤムニア(ヤブネ)で宗教会議を開きました。そこでヘブライ語聖書のみを正典とすること、クリスチャンをユダヤ会堂から追放することが決定されました。その影響を受けて「ヨハネによる福音書」は書かれたのです。私たちの信仰が「異端」の烙印を受けることから出発した事実を忘れてはなりません。

2.《恐怖を認める》 「ユダヤ人を恐れて」は「ヨハネ福音書」のキーワードです。「フォボス/恐怖」の語から「恐怖症/フォビア」の用語が生まれました。この場合なら「ユダヤ人恐怖症」です。イエスさまに敵対する者たちは十把一絡げに「ユダヤ人」と括る「ヨハネ」が、9〜10章でのみ「ファリサイ派」と言います。主に癒された盲人を会堂から追放する場面です。「ポボス」は敵前逃亡、臆病風を吹かせる神です。恐怖や不安や嫌悪を否定してはなりません。力で捻じ伏せようとすると、却って大きくなります。自分の中に棲む嫌悪に気付き、その恐怖と向き合うことなしには、それを乗り越えることは出来ないのです。

3.《罪を赦す権威》 マグダラのマリアが復活の知らせを告げても、弟子たちは恐怖の中に打ち沈んでいます。ゾンビ化したイエスさまが復讐に来ると思っていたのです。しかし、彼らの閉ざした戸の鍵も心の殻も何のその、主は真ん中に立って「あなたがたに平和を」と祝福されます。主が共に居られることが本当の平和なのです。「弟子たちは、主を見て喜んだ」のです。主を真ん中に喜ぶこと、これが真の福音です。イエスさまは、人を罪に定めたり、人を裁いて滅ぼしたりする権威ではなく、人の罪を赦す権威を、弟子たちにお授けになりました。「ヤムニア会議」を乗り越えて、福音が世界に伝えられるのです。

朝日研一朗牧師

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2018年04月02日

ハートに火をつけて【ルカ24:13〜35】

聖句「二人は、『道で話しておられる時、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか』と語り合った。」(24:32)

1.《女性たちの証言》 十字架の時も留まっていた弟子たちが、エルサレムを後にしてエマオを目指して歩いています。仲間の女性たちの証言(空っぽの墓、天使の御告げ)に愛想が尽きたのです。当時、女性の証言などは法的信頼性を認められてはいませんでした。女性の証言は虚言と見られたのです。しかし福音書では、主の復活の最初の証人は女性たちであることが強調されています。

2.《聖書が心を開く》 証言の正当性を示すために「エマオ途上」の弟子は男性2名なのです。女性たちの証言を認めなかった彼らに、復活の主が顕われて「この馬鹿」「心が鈍い」と叱り付けるのです。ヘブル語でもギリシア語でも「心」は思考の座です。そこで弟子たちは目覚めるのですが、その契機と成っているのがイエスさまと共に食事をする「愛餐/アガペー」です。主の愛によって彼らの目は開かれます。もう1つは「聖書を開いていた」時です。彼らの思い込みとは異なる、別のイエスさまの御姿、別の聖書の読み方、捉え方に気付いた時、新しい気付きが与えられ、彼らの「心は燃えていた」のです。

3.《心に小さな種火》 ロケット発射のカウントダウンで「イグニション/点火」という語が使われます。これは「点火の物語」なのです。「心が燃えている」と言うと、私たちは熱狂的なクリスチャンの姿を想像しますが、心は感情の宿る場所ではなく、思考の宿る場所です。「理性は、神が魂に点火した光なり」(アリストテレス)です。轟々と燃え盛る炎ではなく、ランプやキャンドルの灯火、炭火や熾き火、種火のイメージです。その炎は人や家、暮らしを焼いたりしません。闇の世界を一瞬にして明るくしたりしません。私たち自身の闇を照らし、足元を照らし、一隅を照らす奥床しい小さな光なのです。

朝日研一朗牧師

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2018年03月26日

麦粒が地に落ちる時【ヨハネ12:20〜26】

聖句「人の子が栄光を受ける時が来た。…一粒の麦は、地に落ちて死ななければ一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。」(12:23,24)

1.《何かの合図》 イエスさまのエルサレム入城を、群衆がナツメヤシの葉を振って歓迎した日です。群衆は「ホサナ」と歓呼しました。「ホサナ」は「詩編」118編25節の「今、救い給え」に由来する祭りの掛け声です。「救い」を意味するイエスさまの名前ともリンクしています。初代教会では挨拶として使われました。単なる挨拶にも、自らが何者であるかを確認する徴、合図があるのです。

2.《訣別の宣言》 入城後、ギリシア人がイエスさまへの面会を問い合わせて来ました。ユダヤ人が異邦人と接することを避ける時代状況にしても、随分と遠回しな交渉をしています。しかも、その後、主が彼らと面会して話したのかどうかすら記されていなくて、とても奇異な印象を受けます。この件を耳にしたイエスさまは「時が来た」と宣言されます。これまで「私の時は未だ来ていません」と仰っていたのです。つまり、ベタニアで香油を注がれて「メシア」、「ホサナ」の歓呼によって十字架の贖い、この訪問によって異邦人の救いと、主の目的が明確にされるのです。これは、神さまからイエスさまへの合図だったのです。

3.《自分に死ぬ》 日本では「死んで花実が咲くものか」「命あっての物種」と言います。ところが、イエスさまは「麦は死んでこそ実る」と仰るのです。「死ぬ/アポトネースコー」は「枯死」を意味します。麦本体は枯死するのですが、蒔かれた種は生きているのです。麦粒が蒔かれて発芽し、育って行くためには、それ相応の時間が掛かるのです。私たちはインスタントに慣れ、信仰を舐め切っていて、レンジで1分温めればキリスト者が出来ると思い込んでいます。自分が収穫を味わうことを期待するのです。けれども、本当にイエスさまにお仕えするクリスチャンに成るのは、私たちの一生涯の課題なのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 19:54 | 毎週の講壇から