2013年04月22日

最初のしるし【ヨハネ 2:1〜11】

聖句「誰でも初めに良い葡萄酒を出し、酔いが回った頃に劣ったものを出すものですが、あなたは良い葡萄酒を今まで取って置かれました。」(2:10)

1.《ベタニヤ出発》 弟子の召命はガリラヤ湖と思い込んでいますが、「ヨハネによる福音書」では「ヨルダン川の向こう側のベタニヤ」です。復活したラザロやマルタ・マリアの姉妹のベタニア村とも違います。むしろ、死海に近いのです。そこから3日後に、イエスさまはガリラヤのカナの婚礼で最初の奇跡を起こされるのです。「死にて葬られ、3日目に…」と繋がる印象です。

2.《予想外の事態》 呑ん兵衛のイエスさまが弟子たち数人と共に飛び入り参加をしたためでしょうか、婚宴の葡萄酒が足りなくなりました。丸1週間、時には2週間も続く婚宴のために準備は整っていたはずですが、思わぬ事が起こったのです。不測の事態に出遭うと、私たちは失望して諦めたり、動揺するばかりだったりしますが、そんな時には、正しい所に訴えることが大切なのです。勿論、古代ですから、酒屋が配達に来てはくれません。母はイエスさまに訴えたのです。

3.《御心に適う時》 イエスさまは「私の時は未だ来ていません」と答えます。困っている者にとっては冷淡な反応に思われます。しかし、主は十字架と復活の時を待って居られるのです。それなのに私たちは身勝手な願いを言ってばかりなのです。それでも御心の成るを信じて待望する時、しるしを見るのです。召し使いたちも徒労に賭けて働きました。謙虚な服従を示していく時、必ず憂い悲しみは取り去られるのです。人生には苦しみが付いて回ります。人間が苦しみに立ち向かうことが出来るのは、未来に希望があるからです。「時は未だ来ていない」のかも知れませんが、「良い葡萄酒の時」は必ず来るのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 21:24 | 毎週の講壇から

2013年04月15日

最初の弟子たち【ヨハネ1:36〜51】

聖句「彼は、まず自分の兄弟シモンに会って、『私たちはメシアに出会った』と言った。そして、シモンをイエスの所に連れて行った。」(1:41,42)

1.《その翌日》 イエスさまの伝道の始めは、弟子たちを召し出されることでした。これを「召命」(呼び掛け)と言います。「ヨハネによる福音書」は「その翌日」の繰り返しでドラマが盛り上がりません。それもそのはず、出来事の記録や説明のために書かれたのではありません。「弟子に成るとは、どんなことか」をテーマにしているのです。「最初の神学書」と言われる所以です。

2.《名の変化》 ポイントは、イエスさまに対する弟子たちの呼び名の変化です。洗礼者ヨハネに紹介されたイエスを「ラビ/先生」と呼びました。共に宿に泊まった後には、時が満ちて「メシア」と言います。「ナザレのイエス」等と「どこの馬の骨か」と馬鹿にしていたナタナエルも、出会った後では「ラビ、神の子、イスラエルの王」と「信仰告白」をします。他の福音書が「3年間」として描いた物語を、「ヨハネによる福音書」は「3日間」に凝縮しているのです。

3.《来て見よ》 テーマは「キリスト者として生きるとは」です。先ず、キリストに「付いて行く」「従って行く」契機として「出会い」があります。私の道が主の歩みと交錯することで、進路変更を余儀なくされるのです。信仰生活は「絵に描いた餅」ではありません。「来て、見て」初めて醍醐味が知られるのです。アンデレはシモンを、フィリポはナタナエルを連れて行きました。伝道の難しさが言われますが、私たちは「その人に出会っている」でしょうか。イエスさまがして下さったように、心を開いて接しているでしょうか。

朝日研一朗牧師

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2013年04月08日

愛によって生きる【Tヨハネ 4:7〜12】

聖句「愛する者たち、互いに愛し合いましょう。愛は神から出るもので、愛する者は皆、神から生まれ、神を知っているからです。」(4:7)

1.《愛する能力》 マザー・テレサは「愛は行ないです。思想や哲学ではありません」と言いました。人間にとって一番重要なもの、人格の中心を形造っているものは「愛する能力」です。1人の人間の進歩を計るのは、知能テストではなく、その人がどこまで愛されているか、愛することが出来るかです。「愛することを知っている」人こそが真に成熟した人間と言えるでしょう。

2.《神さまの愛》 誰しも「愛されたい」と願います。人間の追及する快楽は、それに尽きるのです。「人は皆、自分のことを求めるだけで、キリスト・イエスのことは求めていない」と、パウロも言っています。しかし、「愛されたい」自分を変えて、「愛する者」として立って行くのです。愛することが出来るのは「神の愛を知っている」からです。その確信を「信仰」と呼ぶのです。健やかな時も病める時も、順境でも逆境でも、神さまは私を愛して下さっているのです。

3.《私の出発点》 神さまに「愛されている」喜びは結構ですが、そこで終わってしまってはいけません。そこから出発して、活きて働くのが信仰です。私たちは何度も何度も失敗しては、ヨハネの呼び掛け「互いに愛し合いましょう」に帰って行くのです。「放蕩息子の家出」は「自立の旅立ち」へ変えられるのです。神の愛が私たちを必ずや変えて下さいます。カトリックのミサの終わりに唱えられる「イテ・ミッサ・エスト」には二重の意味があります。「ミサは終わった」と「汝らは遣わされる」(ミッションの語源)です。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 20:48 | 毎週の講壇から

2013年04月01日

心の目を開いて【ルカ 24:13〜32】

聖句「すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。」(24:31)

1.《見えない復活》 主の復活は目に見えるような出来事だったのでしょうか。福音書は「見た」という目撃証言ではなく、「見なかった」という証言ばかりです。世の中で「見た」が重視されるのは、誰もが同じように見えると前提しているからです。その前提が崩れると、途端に恐慌を起こすのです。改めて考えると、何と目の見える人本位の世界であることでしょうか。

2.《エマオの弟子》 婦人たちに見えたのは「空虚な墓」、ペトロに見えたのは「遺体に巻かれていた亜麻布」でした。エマオ途上の弟子たちにしても、「イエスだと分かった」瞬間に「その姿は見えなく」なるのです。見た人しか信じられないような信仰、目の見える人しか信じられない復活に価値はありません。福音書が一貫して主張しているのは、「見た」証言ではなくて「現われた」という顕現です。徹底して、個々人との出会い、再会として描かれているのです。

3.《心の目で見る》 エマオに向かう2人の弟子は、復活の第一報を耳にしながら「戯言のように思われて」、早々にエルサレムを跡にしました。しかし、この救いようもなく消極的な逃亡者に、彼らが「愚か」と断じた復活のイエスが、直々に近付いて、共に歩いて下さるのです。物分りが悪く、心の鈍い弟子たちのためには、愚か者を召すためには、自分から愚か者の仲間と成られるのです。漸く弟子たちが悟った時には、御姿が消えて行きます。復活というものは、心で確信するならば、もはや目で見る必要はないのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 17:25 | 毎週の講壇から

2013年03月25日

この人を見よ【ヨハネ 19:1〜22】

聖句「イエスは茨の冠を被り、紫の服を着けて出て来られた。ピラトは、『見よ、この男だ』と言った。」(19:5)

1.《真正面から》 美しく威厳のあるものには人が集まり、「勝利」という語は人を酔わせます。主のエルサレム入城の際、棕梠の枝を振って迎えた群集は消え去り、十字架に近付く者はありません。正面から見詰める者は無く、誰もが斜めから遠巻きに眺めていました。教会の扉を開けると、正面に十字架があります。その度に、私たちの信仰の真意如何を問い掛けられているようです。

2.《目を逸らす》 ある未信者が「生前のイエスを間近に見ることが出来たら信じられたのに」と呟きました。しかし、十字架を間近に見た人は大勢いましたが、信じたのは、同じ責め苦を味わった強盗と、実際に手を汚して磔にした百人隊長だけでした。見物人は決して信じることは出来ないのです。受難のキリストと真正面から向き合うことが信仰なのです。十字架のキリストから目を逸らして、他にどんなキリストがあると言うのでしょうか。

3.《沈黙の意味》 「イザヤ書」53章「苦難の僕」は、救い主の惨めな姿と共に、その沈黙を預言しています。四福音書の全てが「キリストの沈黙」を採り上げています。ドストエーフスキーは『カラマーゾフの兄弟』の「大審問官」で、同じ沈黙を表現しています。私たちは沈黙が恐ろしいのです。どれだけ正当化して弁明しようと、自らの罪から逃れられないのです。十字架は何も言わず、いつも私たちを静かに見詰めています。されば、私たちは、せめて目を逸らさずに、素直に真正面から十字架に向かいましょう。

朝日研一朗牧師

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2013年03月18日

ポンテオ・ピラトのもとに【ヘブライ 13:7〜17】

聖句「私たちは、イエスが受けられた辱めを担い、宿営の外に出て、そのみもとに赴こうではありませんか。」(13:13)

1.《使徒信条から》 使徒信条に「ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け」と告白されています。この一句は紀元2世紀前半の「ローマ信条」にまで遡ることが出来ます。イエスさまを十字架で殺した張本人の名前、使徒たちにとっても忌まわしい記憶でしょうに、唱え続けて来たのです。イエスさまが現実の歴史の中に生きられ、それは私たちの歴史と地続きなのです。

2.《ピラトの下に》 台湾長老教会の高明俊牧師が来日した際に「日本基督教団の信仰告白には『ポンテオ・ピラト』がありませんね」と指摘されました。台湾では1947年の「二二八事件」以来40年間も戒厳令が敷かれ、軍事独裁政権が続きましたが、その中で草の根の民主運動を支えたのは教会と神学校だったのです。イエスさまが「ピラトのもとに」時代の只中を生きられたように、私たちも日本の国にあって「ピラトのもとに」生きているのです。

3.《信仰の現場に》 むしろ、戦前戦中の日本のキリスト教会は「ピラトのもとに苦しみを受け」るよりは、生き残り戦略として「ピラトのもとに」身を寄せたと言っても過言ではありません。朝鮮総督府の資金援助による朝鮮伝道、満州開拓団キリスト村、ホーリネス弾圧の黙認…。黒歴史ですが、主は何もかも御存知ですから、私たちの不真実を引っ提げて御前に行くより他はありません。キリストは「門の外で苦難に遭われた」のです。私たちの信仰が求められる現場は、教会という「宿営」以上に、「宿営の外」なのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 17:56 | 毎週の講壇から

2013年03月11日

茨の冠、葦の棒【マタイ 27:27〜31】

聖句「イエスの着ている物を剥ぎ取り、赤い外套を着せ、茨の冠を編んで頭に載せ、また、右手に葦の棒を持たせて…」(27:28,29)

1.《引き渡す》 ローマ帝国側の責任者、ユダヤ総督ピラトは「私には責任がない」と言います。「水を持って来させ、群集の前で手を洗う」というパフォーマンスまで演じています。しかし、彼はイエスさまを「十字架に付けるために引き渡した」と明記されています。自分で直接手を下さずとも人は殺せるのです。責任を感じないままに、私たちも大切な何かを「引き渡して」いるかも知れません。

2.《私の責任》 十字架に掛ける前に、死刑囚を嘲るのがローマ兵の習慣でした。しかし、総督官邸から引き出された時には、イエスさまは自分の十字架を担ぐ力も失っていました。磔刑は、受刑者が体力頑健な場合には、数日も生き長らえたと言われますから、数時間で絶命したイエスさまは衰弱していたことが分かります。拷問と虐待、暴行が行なわれたことは明らかです。しかし、福音書は兵士の拷問を告発する代わりに、十字架への信仰告白を行なうのです。

3.《責任告白》 自らの責任を告白せずに、如何なる信仰告白もありません。「赤い外套、茨の冠、葦の棒」は、いずれも私たちの罪と弱さを表現する品物です。しかしながら、緋のような罪もキリストの血によって浄められるのです。茨の棘はアダム以来の原罪を表わします。全国水平社の「荊冠旗」にまで受け継がれています。これも、神が触れる時に救いの徴と変えられる(グレゴリウス1世)のです。葦の棒で頭を打ち叩かれるイエスさまの御姿は如何にも惨めですが、本当に惨めなのは、葦のように折れ易い私たちの弱さでしょう。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 16:53 | 毎週の講壇から

2013年03月04日

あなたのために祈った 【ルカ 22:24〜34】

聖句「しかし、私はあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」(22:32)

1.《権力争い》 「最後の晩餐」と言えば、レオナルドの横並びの構図を想像しますが、実際には、車座に地べたに座っていたはずです。イエスさまの十字架の前夜、「聖餐式」の原点とも成る「最後の晩餐」の最中ですが、弟子たちは「誰が一番偉いか」という不毛な議論をしていたのです。

2.《跡目争い》 「ルカによる福音書」9章にも同種の議論があります。つまり、これは弟子たちにとっての最大の関心事であり、主の受難を前にして、いよいよ熱を帯びて来ていたのです。「ポスト・イエス」の指導権争い、教団の跡目争いだったのです。単に愚かな話ではありません。そもそも「裏切り者探し」に端を発しています。駆け引き、下心、野心、打算、疑惑、恩の着せ合いと売り合い、力関係、血縁や縁故、しがらみ等が渦巻く生臭い世界だったのです。弟子たちが血道を上げている内に、一番大事なイエスさまは十字架に付けられたのです。

3.《祈り仕える》 そんな弟子たちに、イエスさまは「仕えること」をお勧めになります。自らパンを裂いて手渡し杯を差し出す給仕のような姿、足を洗う姿を示されたのです。これは単なる謙遜のポーズなのではなく、この世の権力に対する抵抗なのです。反権力闘争をして、権力を倒しても、次は自らが権力と成るのは間違いありません。自らの力に拠り頼まず、「仕える者のように」生きることは、自らの無力を投げ出して、祈っていくことです。イエスさまがペトロを指名されたのは、彼が挫折をすることを見通して居られたからです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 10:02 | 毎週の講壇から

2013年02月25日

まさか、わたしが…【マタイ 26:17〜25】

聖句「弟子たちは非常に心を痛めて、『主よ、まさか私のことでは』と代わる代わる言い始めた。」(26:22)

1.《アクシデント》 東日本大震災と原発事故の時に「想定外」が流行語になりました。私たちの身の周りにも「まさか」と思うような事件が起こりますが、この場合の「想定外」は、流行語として済ませるには余りにも過酷な現実です。とは言え、何重に安全装置を施そうが、飛んでいる物は落ちるし、走る物は衝突するし、エネルギーを起こす物は爆発するのです。それが道理です。

2.《不祥事の隠蔽》 イジメによる生徒の自殺事件が起こると、学校や教育委員会がこれを「不祥事」「あってはならない事」としてキャンペーンを展開します。しかし、事件の解明に向かわず、隠蔽による組織防衛に力学が働くようです。教会の牧師によるセクシュアル・ハラスメント事件の場合も同様です。結局、隠蔽は加害者を放置し、被害者に更なる迫害を加え、排除して行きます。むしろ、私たちには「あってしまう事」と向き合う勇気が求められています。

3.《裏切りと赦し》 裏切ったのはユダだけではありません。バッハは「マタイ受難曲」で「私の事か?」と12回合唱させています。底本のルター訳は、マンガ風に言えば「グサッ、図星!」です。全員に「心当たり」「思い当たる節」があったのです。しかし、その厳しい罪の宣告の直後に「主の晩餐」が備えられているのです。「まさか」の裏切りを行なってしまう、罪に汚れた私たちのために、しかし、イエスさまは罪の潔めと赦しの聖餐を備えられたのです。そして、その罪を御身に負って十字架に付かれたのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 16:06 | 毎週の講壇から

2013年02月18日

墓場のレギオン【マルコ 5:1〜20】

聖句「イエスが、『名は何というのか』とお尋ねになると、『名はレギオン。大勢だから』と言った。」(5:9)

1.《レギオン》 「レジオンドヌール勲章/名誉軍団国家勲章」も、「レジオネラ菌」の名前の由来「在郷軍人/レジョネーア」も「レギオン」から来ています。ローマ帝国の軍団単位から「大勢」を表わす意味で、当時のユダヤでも使われていたようです。ロラン・バルトは「悪霊は複数である」と定義し、人間関係の中に生成する感情(絶望、嫉妬、拒絶、欲望、自己喪失、高慢、虚栄心、不安)に、私たちが振り回される様を例えていました。

2.《病の分類》 近代以後、「汚れた霊に取り憑かれた人」の症状から「精神病」と分類されて来ました。確かに「病人」と「悪霊憑き」はセットに成っていて、体の病と心の病と考えられます。しかし、皮膚病も「癩病」も衣類や家屋の黴も同じ語で表わす時代です。原因の分からない病気は何もかも「悪霊憑き」としたはずです。北海道の「べてるの家」のメンバーは「自分の病気は自分で命名」しています。その病を背負って生きている者にしか本当のことは分かりません。それどころか、私たちが自分の病に気付かない場合もあります。

3.《家に帰る》 レギオンに取り憑かれた人は墓場にいました。生きながらにして死の世界に置かれていたのです。鎖や足枷で縛っても問題は解決しません。反対に信頼さえも失われてしまいました。直訳は「汚れた霊の中における人間」なのです。大勢の中にいても無感覚で無関心、愛も希望もありません。これは私たち自身の姿です。私たちの解放の根拠は神さまです。神に根拠を置いてこそ、愛は愛となります。イエスの悪霊祓いとは、閉鎖的な自己喪失状態から私たちを解放して、改めて社会と家族に送り返して下さることなのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 15:36 | 毎週の講壇から