2013年08月07日

幽径耽読 Book Illuminationその9

  • 「白魔」(アーサー・マッケン著、南條竹則訳、光文社古典新訳文庫)
    ふと、気が付くと、最近、南條竹則訳の幻想小説ばかりです。「プロローグ」の隠者アンブローズとコットグレーヴの対話こそは、マッケンの思想のエッセンスです。物質文明の中を生きなければならぬ、現代の幻視者の立ち位置です。その点で、併録の「生活のかけら」は小説としては限りなく退屈ですが、物質生活から霊的生活へと移動するための(随筆形式の)指南書なのでしょう。マッケンの父親が国教会の牧師であるのは知っていましたが、まさか「高教会派」(High Church)だったとは驚きです。それなのに生活に窮乏していて…。マッケンがカトリックに改宗するのも無理ありません。T・S・エリオット、ブラウン神父(チェスタトン)、そんなのばっかり読んでいます。
  • 「天来の美酒/消えちゃった」(アルフレッド・エドガー・コッパード著、南條竹則訳、光文社古典新訳文庫)
    墓場に最後に埋められた者が、古参の連中の奴隷となって、他の亡者どもに仕えねばならぬという、恐ろしい迷信に囚われた老人の悩み(「マーティンじいさん」)。自分の教区(parish、日本で言えば「教会」)の皆の衆を天国まで導きながら、自らは門扉を閉ざされてしまう牧師のショック(「レイヴン牧師」)。田舎の少年が俳優から信仰復興運動の説教者へと転身、挫折、最愛の女性との死別を経て、修道会の運営する救貧院で死を迎える人生(「天国の鐘を鳴らせ」)。自称無神論者コッパードによるこれらの短編こそ、牧師必読の小説です。
  • 「ソーシャルワーカーという仕事」(宮本節子著、ちくまプリマー新書)
    ソーシャルワーカーは他者の人生に介入する仕事。「それらの人生に向き合うことにより自分の頭の中の引きだしを一つ一つ増やしていく。そうした蓄積を重ねて、ワーカーとして成長出来るのです」。牧師という自分の仕事を振り返ると、その共通性に驚かされました。これまで大勢の人たちに出会いました。その1人1人と交わした対話、一緒に過ごした教会生活、共に祈り働いたこと、そういった事が私の胸の中に抽斗を増やしていたのです。明治から昭和にかけての賀川豊彦、石井十次、富岡幸助など、キリスト者がソーシャルワーカーの先駆的な働きをしていたことも思い出されました(p.166、5〜8行目)。ワーカーが絶望してはいけない。楽天的でなければいけない。しかし、職業的な憂いが必要。この辺り、牧師の仕事そのものです。
  • 「知れば恐ろしい日本人の風習」(千葉公慈著、河出書房新社)
    「ぼたもち」「おはぎ」に関連して、社寺の朱色信仰が血液、それも神への供犠の、台座から滴り落ちる生贄の血を起源とするという話。あるいは「蘇民将来」の一族が「茅の輪潜り」で疫病除けをしたものの、「巨旦将来」の一族が滅亡する話。これらは、まさに「過越祭」の起源譚を彷彿とさせます。福の神を外へ逃がさないため、正月に雨戸を閉め切ったり、掃除、労働せず、物忌み状態で過ごす。これまた「安息日」律法に共通します。巻末の「小泉小太郎」説話から「神仏習合」の粋を抜く辺りの見事さ、感服しました。仏教同様、外来宗教であるキリスト教も、明治以来の禁忌を犯して、習合の営みに踏み出すべきなのかも知れません。
  • 「カイヨワ幻想物語集/ポンス・ピラトほか」(ロジェ・カイヨワ著、金井裕訳、景文館書店)
    「ポンテオ・ピラトのもとに十字架につけられ、死にて葬られ…」とは、今も毎週の礼拝で唱えられる「使徒信条」の一節です。そのピラトが、もしも異なった判決を下していたら…という小説です。「それはシモン・ペトロの切り落とされた耳が奇跡によってもと通りになる話であり…」(p.89)は、「シモン・ペトロによって」とすべきでしょう。併録の「ノア」も、深い洞察に満ちた物語です。大洪水の中、羊飼いの母親が乳飲み子もろ共に大きな鮫に食べられるのを、ノアは目撃してしまいます。その理不尽さに彼の正義感はショックを受けます。ノアは、自分が神によって救われたことを誇りとは感じられなくなり、酒浸りになっていくのです。ワインを飲んで酔っ払う「農夫ノア」の物語(創世記9章20〜28節)を見事に織り込んであります。
  • 「終点:大宇宙!」(A・E・ヴァン・ヴォークト著、沼沢洽治訳、創元SF文庫)
    やはり、怪獣ファンとしては「休眠中」のイーラでしょう。異次元からゾロゾロと侵入して来る「音」のイェーヴド人も、「アウター・リミッツ」や「ウルトラセブン」を思い出させます。昔の翻訳(1973年)のせいばかりではないでしょう。今読むと、懐かしいと言うか、古臭い印象もあります。その辺りが、フレドリック・ブラウンやシオドア・スタージョンと違うのです。それでも(と言うか、それ故に)巻頭の「はるかなりケンタウルス」はオチが最高です。
  • 「ハカイジュウ」第10巻(本田信吾作、秋田書店)
    『世界怪獣映画入門!』(洋泉社MOOK)に大畑創監督(『へんげ』)による実写プロモ版『ハカイジュウ』の写真が載っていて、思わず長男に見せてしまいました。秋田書店のビルが破壊される楽屋落ちみたいな場面があるのですが、編集部から逃げ出している後ろ姿の人物が「手長足長」みたいで、これが一番気持ち悪かった。ハッキリ言って、クラーケンはインパクトありません。新型の巨大フューズの方が印象的でした。
posted by 行人坂教会 at 22:43 | 牧師の書斎から

2013年07月05日

幽径耽読 Book Illuminationその8

  • 「秘書綺譚」(アルジャノン・ブラックウッド著、南條竹則訳、光文社古典新訳文庫)
    死んだ友人が訪ねて来る「約束」は、水木しげるが漫画化したことで有名です。他にも巻末の「転移」等も『墓場の鬼太郎』の「夜叉と吸血鬼の対決」の元ネタかも知れません。そう言えば、表題作「秘書綺譚」は、飢えた人狼のような食人鬼とその奇怪な「ユダヤ人」の召し使いに追い回される話ですが、これも「鬼太郎」の「顔の中の敵」の人狼を思わせます。
  • 「ねじの回転」(ヘンリー・ジェームズ著、南條竹則・坂本あおい訳、創元推理文庫)
    中学生の頃でしたか、マーロン・ブランド主演の『妖精たちの森』という英国映画を観ました。貴族の邸宅(マナーハウス)を舞台に、下男クウィントと家庭教師ジェスル先生の愛欲模様を描いていました。結局、その邸の姉弟によって2人は殺されてしまうのです。少し人物設定の変更はあるものの、『ねじの回転』の前日譚ですね。あの映画を観ていたせいで、本書では曖昧にしか表現されない背景も具体的にイメージすることが出来ました。併録の「幽霊貸家」が意外に素晴らしい拾いものでした。
  • 「アド・アストラ」第4巻(カガノミハチ作、集英社)
    「ミヌキウスとアエミリウス」から「和解」にかけて、ジーンと心に染みる良い展開です。登場人物に感情移入しにくい諸星大二郎系の絵だったのですが、随分キャラに血を通わせようと努力なさっています。性格の悪そうなヴァロの表情とか、スキピオの婚約者アエミリアの愛らしさとか…。ローマ歩兵の三戦列の陣形とか、貴族と平民との関係とか分かり易く具象化されていて、我が家の中坊が読んでも理解できる程、よく出来ています。いよいよ次の巻は「カンナエ」です。
  • 「人間和声」(アルジャノン・ブラックウッド著、南條竹則訳、光文社古典新訳文庫)
    「幽霊屋敷もの」のカテゴリーに入るのでしょうが、ホラーとは言えません。クライマックスに達しても、こちらの想像力の不足からか、不安や恐怖を感じることはありませんでした。そうそう、ユダヤ教の神名「YHWH」は、通常は決して発声されることはなく、秘匿されていました。そして、1年に1度だけ、エルサレム神殿の大祭司が至聖所において、その御名を囁くことが許されていたのでした。その話を思い出しました。その手のカバラ話に、音階と色彩と香りを加えてアレンジした辺りが、ブラックウッドの芸達者なところです。古代ヘブル語には母音記号はありませんでした。一旦、死語になったせいで、その文字を何と発声するかは、暗号解読並みに成ってしまったのです。
  • 「怪獣文藝」(東雅夫編、メディアファクトリー)
    吉村萬壱の「別の存在」がエログロの強度で抜きん出ています。但し、全体的な印象は「ゾンビもの」「インフェクテッドもの」で、「怪獣もの」ではありません。語り口の心地良さでは、山田正紀の「松井清衛門、推参つかまつる」でしょうか(これもゾンビでしたが…)。結局、一番感動したのは、夢枕獏との対談で、特技監督の樋口真嗣が「怪獣は夜の闇の中で目が光っているものだと、長年思い込んでいて、実際に光らせてみたら、ねぶた祭りだった」と話しているところでした。やっぱり「幽BOOKS」のせいか、編集者が東先生だからなのか、90%が「怪獣より妖怪」でした。
  • 「見えない日本の紳士たち」(グレアム・グリーン著、高橋和久他訳、ハヤカワepi文庫)
    大学1年生の英書講読のテキストが『第三の男』でした。魅惑的な三十路の女性講師でした。彼女は今頃どこで何をしておられるでしょうか。グリーンはカトリック作家と紹介されていますが、一筋縄では行きません。例えば、「祝福」は、大司教が侵略戦争に使用される戦車を祝福する話、「戦う教会」は、独立前の動乱のケニアを舞台に、カトリックの宣教師たちを描いています。しかし、単純で護教的な信仰譚でもなければ、浅薄な宗教批判でもありません。個人的には、キングのホラーみたいな味わいの「拝啓ファルケンハイム博士」、「庭の下」が気に入っています。
  • 「新・忘れられた日本人」(佐野眞一著、ちくま文庫)
    このような異色人物列伝を書く時の手掛かりとしたのは、かつて著者が『原色怪獣怪人大百科』を編集した時の手法だったとの告白(「あとがき」)にビックリ。確かに「怪人」としか言いようのない異形の人物たちが次から次へと登場します。個人的には、満映、東映に繋がる人たち(西本正、根岸寛一、笹井末二郎、岡田桑三)が面白かったです。とりわけ千本組の組長でありながら、アナキストを支援し、甘粕とも親交を結んでしまう笹井が最高でした。
  • 「「呪い」を解く」(鎌田東二著、文春文庫)
    最初は少し警戒しつつ読み始めましたが、著者の絶妙のバランス感覚(「ブレない」と言った方が良いでしょうか)に、信頼を置いて読み終えることとなりました。「呪い」の世界が一面的ではなく、一筋縄で行かないのと同じく、仏教もキリスト教も、鈴木大拙も平田篤胤も、これを語る時には、あちらこちらに目配りが必要です。その繊細さと、先に述べた「ブレなさ」加減(骨太さ)を持ち合わせて居られます。地下鉄サリン事件の朝に、著者が異常な感覚に悩まされたり、「魔界論」執筆に当たって、霊的妨害を受けたりする辺りも、折口信夫の精神の数少ない継承ではないかと思いました。
posted by 行人坂教会 at 15:55 | 牧師の書斎から

2013年05月26日

幽径耽読 Book Illuminationその7

  • 「モンタヌスが描いた驚異の王国/おかしなジパング図版帖」(宮田珠己著、パイ・インターナショナル)
    ラジオ体操の前屈運動のように、立ったまま両手を地面近くまで伸ばして礼を交わすサムライたち、「悪魔の植物人間」にしか見えない仏像、豊かな乳房を露わにした半裸の大仏、あたかも水木しげるの「妖怪城」のような天守閣、集団自殺のように描かれた補陀落渡海の図…。私たちの想像を絶する異次元の日本の風景が続きます。ラヴェルの歌曲『シェヘラザード』の第1曲「アジア」が脳裏に響くようでした。西洋人の誤解と妄想とが生み出したSF的な異世界です。モンタヌスはオランダ改革派教会の牧師です。
  • 「月を見つけたチャウラ/ピランデッロ短篇集」(ルイジ・ピランデッロ著、関口英子訳、光文社古典新訳文庫)
    白水社刊の『カオス・シチリア物語』とカブっている作品は思いの他少なく、その上、幻想文学の掌篇が集めてありました。表題作『月を見つけたチャウラ』や『使徒書簡朗誦係』は、聖フランチェスコの汎神論的な信仰を思い出させます。『ひと吹き』は、自らが疫病神と成って、町を破滅させていく物語。「出エジプト記」12章の「ネルガル」みたい。『すりかえられた赤ん坊』は、魔女によるチェンジリングを思って読み始めると、やがて、更に恐ろしい現実が見えて来ます。『手押し車』や『笑う男』には、家庭の中で追い詰められている私たち、中年男の現実が余す所無く描かれています。
  • 「禅銃/ゼン・ガン」(バリントン・J・ベイリー著、酒井昭伸訳、ハヤカワ文庫)
    キーパーソンとなる「小姓」池松八紘の喋り方が、テレビアニメ『NARUTO』の自来也そっくりだったので、読んでいる間中、大塚芳忠の声が頭から離れませんでした。豚族がクーデターを起こして、帝国を支配下に置くのは、オーウェルの『動物農場』と同じです。「イタチ族は自然の生み出したもっともすぐれた殺戮機械であり」云々は、斉藤惇夫の『冒険者たち/ガンバと15ひきの仲間』の読者にとっては親しみの持てる意見。それにしても、人猿パウトの活躍が意外な程に少なく、『西遊記』や『ドラゴンボール』の展開を期待した私(バカ)には何とも拍子抜けでした。でも、パウトの禅銃の使用法、私も是非やってみたいです。
  • 「レクィエムの歴史/死と音楽との対話」(井上太郎著、河出文庫)
    プロテンタント陣営からは、J.S.バッハ、H.シュッツ、J.ブラームスの3人が採り上げられているだけですが、『ドイツ・レクイエム』については、著者の思い入れ並々ならぬものを感じました。20世紀後半の「現代音楽」作曲家の作品も同等に扱われていて、その公平な批評眼だけでも敬服に価します。「聴き手は音楽が終わった時、それが鳴っていた『有限の時間』が『無限の時間』に変わる瞬間を体験する。それはなんと人の死に似ているのだろう」。著者は人生、命もまた「メビウスの帯」に例えているのです。私たちが生きている所の、その裏返った所に、死者が「生きる」世界があるのです。
  • 「ハカイジュウ」第8〜9巻(本田真吾作、秋田書店)
    新宿のコクーンシアタービルがロケットと成って飛ぶのは、もう子供の空想そのまんま。お台場封鎖作戦の比ではありません。9巻の「三つ巴」で戦うトール型。これって『決戦!南海の大怪獣/ゲゾラ・ガニメ・カメーバ』でしょう。チブル星人みたいのと、メトロン星人にワイアール星人足したみたいのと、ムルロアみたいのとが戦います。「人間肉団子」もグロかった。フェーズは『メタルギア』シリーズの雷電、押井の『ケルベロス』をグロテスクに発展させたやつです。
  • 「クラシック音楽は『ミステリー』である」(吉松隆著、講談社α新書)
    「ピアノがうまく弾ける」というのは「ボタンの早押し」や「モグラ叩きゲーム」と同じ反射神経の問題だと…。「『絶対音感』にも、パブロフの犬以上の意味はない。それは、訓練と対応能力の問題であって、『音楽』の才能とは全く別の要素だ」。同じことを、私たち素人が言っても笑われるだけですが、作曲家先生が言って下さると説得力があります。どのジャンルでも、早期英才教育による純粋培養種の育成が盛んです。しかし、僅かな環境の変化で忽ち絶滅するのです。絶滅せずとも、各家庭の「不良債権」(『のだめカンタービレ』より)と化している子たちが大勢います。
  • 「Cinematrix/伊藤計劃映画時評集2」(伊藤計劃著、ハヤカワ文庫)
    これを読みながら、著者が既に「屍者の王国」の住人であるという事実に、中々、得心が行きませんでした。彼が生前、個人のウェブサイトにアップしていた映画レヴューということで、語り口がブログのそれなので、そんな気がするのでしょう。特に押井作品評(『アヴァロン』『イノセンス』)が素晴らしいです。ここまで適正な批評をした人を他に知りません。出来ることなら『スカイ・クロラ』評を読んでみたかった…。渡辺文樹の『腹腹時計』体験記など、私も些か覚えがあって苦笑せざるを得ませんでした。そう、見世物小屋、グラン・ギニョール、アングラ芝居の世界が息づいているのです。でも、よく数十人もの観客が集ったものです。サンプラザ市原ホール、凄い。
  • 「ル・グラン・デューク」(ヤン作、ロマン・ユゴー画、宮脇史生訳、イカロス出版)
    ソ連の女性パイロット「夜の魔女」の話は、その昔、松本零士の『ザ・コックピット』で読んだ覚えがあります。ライバルとなる「エクスペルテン」ヴルフの乗る機がFw190、ハインケル219(ウーフー)、Ta‐152H、ミステルと変化して行きます。ヒロイン、リリアの機も複葉機ポリカルポフに始まって、シュトルモヴィク、ペトリヤコフ‐3、La‐5FN、エアコブラと変わります。終戦後、二人が生き延びて再会するのが良いです。まっ、ファンタジーだけど。バンド・テシネ(マンガ)ですから。暗いリアリズム一辺倒では楽しくありません。
  • 「雲の彼方/オドゥラ・デ・ニュアージュ」(レジ・オーティエール作、ロマン・ユゴー画、宮脇史生訳、イカロス出版)
    谷口ジローの絵と似ているのでビックリ。そして、フランスにも滝沢聖峰みたいなマンガ描いている人がいるのね。でも、物語の作風は、やっぱり谷口に近い。谷口の『遥かな町へ』が仏語圏で人気が高く、ベルギーで映画化されたりしているのも頷けます。後半の連作『最後の飛翔』は短いエピソードの積み重ねながら、神風、ノルマンディー、エクスペルテン、ヤコブレフと来て、モザイクのように因果が巡って、エピローグでは思わず空を見上げたくなりました。
  • 「刻刻」第1〜6巻(堀尾省太作、講談社モーニングKC)
    この「ドンドン面白く成って行く」感覚、久しぶりに味わいました。冴えない一家に火が着いて…という意味では、ポン・ジュノ監督の『グエムル/漢江の怪物』にも似ています。雑多で得体の知れない登場人物がザクザク「整理」されて行く力学を楽しむことが出来ます。読者の読みの裏切り方も大したものです。少し岩明均の『七夕の国』を思い出しましたが、この「止界」観はかなり独創的です。
  • 「ヒュペルボレオス極北神怪譚」(クラーク・アシュトン・スミス著、大瀧啓裕訳、草原推理文庫)
    幾度、斬首刑に処しても蘇る怪人と首斬り役人の物語『アタムマウスの遺書』、黒魔術師と彼を捕らえようとした宗教裁判官とが異世界で呉越同舟となる『土星への扉』(悟空とベジータみたい)が私の好みです。17世紀の海賊たちが、偶然、手に入れた酒壷に入っていたのは『アトランティスの美酒』だったという怪異譚、これも単純で面白い。清朝の官吏を主人公にした『柳のある山水画』は、小泉八雲にも同趣向の作品があったように思います。
posted by 行人坂教会 at 15:53 | 牧師の書斎から

2013年04月05日

幽径耽読 Book Illuminationその6

  • 「鳥と雲と薬草袋」(梨木香歩著、新潮社)
    「旅をしたことのある土地の名が、ふとしたおりに、『薬効』のようなものを私に与えてくれていると気づいた」(「あとがき」より)。なるほど、「富士見」「姶良」「由良」「京北町」「日向」「樫野崎」「西都原」「新田原」…。旅行の経験の僅かな私ですが、それでも著者の愛着とカブる地名がありました。訪れた時の暑さ寒さ、空の色と風の音、同じ時と場を過ごしながら、今は音信の絶えた人たちが蘇って来ます。
  • 「四つの四重奏」(T・S・エリオット著、岩崎宗治訳、岩波文庫)
    受難週からイースターまでの期間に鑑賞しました。「空ろな人間」と「灰の水曜日」は、大学時代、原詩を誦していたのでしたが、今回は、綿密な訳註にビックリ。随分、誤解していたことがありました。「滴る血だけがわれらの飲み物、/血にまみれた肉だけがわれらの食。/それなのに、われらは思いがち、/自分は健やかで血と肉に満ちているのだと――/それなのに、われらはこの日を佳き金曜日と呼ぶ。」 四重奏の第2楽章「イースト・コウカー」のクライマックスです。ホラーではなくて、十字架の受難です。
  • 「荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画」(荒木飛呂彦著、集英社新書)
    アニメ化された『ジョジョ』を見たら、エンディングにイエスの「ラウンドアバウト」を使っているではないですか。死ぬ程カッコ良かったです。「田舎に行ったら襲われた」系ホラー(『悪魔のいけにえ』『サランドラ』『変態村』)というジャンル命名に感動。背景に著者の原体験もあって納得。「見る人が恐怖するしかないような状況を描く映画」というホラー映画の定義から始まる辺り、著者の溢れる思いが感じられます。その定義によれば、『プレシャス』や『エレファント・マン』は純然たるホラーなのです。
  • 「見て学ぶアメリカ文化とイギリス文化/映画で教養をみがく」(藤枝善之編著、近代映画者SCREEN文庫)
    副題の「教養をみがく」が恥ずかしいです。けれども、採り上げる映画1本につき、必ず3冊の参考書籍が挙げられているように、勉強をして裏付けを取った知識を紹介しています。その誠実な態度に好感がもてます。『グリーン・フィンガーズ』は、私のお気に入りの作品。ミルトンの『失楽園』のエデンは「整形式庭園」から「風景式庭園」に設定変更が為されたという薀蓄、勉強になりました。
  • 「厭な物語」(アガサ・クリスティー他著、中村妙子他訳、文春文庫)
    読後感の悪い短編のアンソロジーです。大好きなシャーリィ・ジャクソンの『くじ』が入っているので買いました。要するに「ヨシュア記」7章の「アカン」の話です。私の心臓の直球ド真ん中に来たのが、ジョー・R・ランズデールの『ナイト・オブ・ザ・ホラー・ショウ』。ハッキリ言って趣味悪いです。登場人物は語り手の主人公も含めて、全て反吐の出そうな奴ばかり。残忍極まりないのですが、なぜか切ない印象が後を引きます。
  • 「邪悪な植物」(エイミー・スチュワート著、山形浩生監訳、守岡桜訳、朝日出版社)
    最近、連れ合いが中庭でハーブと花を育てるようになり、園芸店で足止めを食うことが多くなりました。有名なキョウチクトウに始まり、ホテイアオイ、ルバーブ、ニワトコ、クズ、ライム、ジンチョウゲ、ニセアカシア、アジサイ、スズラン、スイートピー、チューリップ、ヒヤシンス等、園芸店は「毒草」の宝庫です。普通に園芸やってて、ホーソンの『ラパチーニの娘』に出て来るような「毒草植物園」が作れます。
  • 「食糧の帝国/食物が決定づけた文明の勃興と崩壊」(エヴァン・D・G・フレイザー、アンドリュー・リマス著、藤井美佐子訳、太田出版)
    中世の修道院は、農地開発と食糧加工技術、製粉権の独占によって農業ビジネスを展開し、現代のウォルマートに匹敵する存在だったそうです。例えば、小麦からビールを製造したのも、流通販売に適切だったからとか。フェアトレード運動の元祖は、エドナ・ルース・バトラーというメノナイト教会の信徒だったとか、神智学者のルドルフ・シュタイナーが有機農法の原則を確立したとか、19世紀英国社会がエールから紅茶へ嗜好の大転換を果たした時にメソジスト教会が影響を与えたとか…。宗教ネタも豊富です。現代の大規模化し作物特化した農業は、原子力産業と同じカラクリなのです。そう言えば、昔から、東京水産大学の水口憲哉先生は「農業の工業化、漁業の農業化」と言って、警鐘を鳴らして居られました。
  • 「花の日本語」(山下景子著、幻冬舎文庫)
    牡丹の異称「深見草」は渤海から伝わったとされ、日本では渤海を「ふかみ」と呼んだとか…。満州國を舞台にした、安彦良和の『虹色のトロツキー』の主人公の名前が「深見」だったのは、そういう含みだったのですか。バナナの和名を「実芭蕉」と言うの件で、吉本ばななのペンネームに松尾芭蕉気取りを発見したり、梨の異称「有実」と聞いて、女優の有森也実を思い描いたり、カラスウリの異称が「玉章(たまずさ)」と知っては、『南総里見八犬伝』の玉梓の怨霊を想い起こしたり…。
  • 「とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢」(ジョイス・キャロル・オーツ著、栩木玲子訳、河出書房新書)
    私にとって、少年時代最大のトラウマ映画は『小さな悪の華』です。表題作はその血を受け継いだ悪夢です。アメリカを代表する写真家、ダイアン・アーバスの作品には、繰り返し「双生児」が採り上げられ、社会不安が表現されていました。「化石の兄弟」「タマゴテングダケ」を読んで、アーバスの写真と森脇真末味のマンガを思い出しました。「ヘルピング・ハンズ」「頭の穴」には、ブッシュ政権とイラク戦争のもたらした国民生活の逼迫がホラー仕立てで表現されています。
  • 「Running Pictures/伊藤計劃映画時評集1」(伊藤計劃著、ハヤカワ文庫)
    丁度、今、聖書研究で「ヨブ記」を読んでいて、著者の『プライベート・ライアン』評にグッと来ました。「語るのではなく、描写すること。説教するのではなく、突き付けること」。これぞ「ヨブ記」です。因果応報という、その世界の秩序付けを護るため、繰り返し「説教する」ヨブの友人たちに対して、ヨブは「オレの姿を見ろ!」「これが世界の現実だ!」と叫び続けるのです。『グラディエーター』評で、「アウグストゥス」のことを「アウグスティヌス」と、2度も誤記されていました。誰か校正してやれよ。こんなことでは、故人たる著者が浮かばれません。
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2013年02月16日

幽径耽読 Book Illuminationその5

  • 「米軍が恐れた「卑怯な日本軍」(一ノ瀬俊也著、文藝春秋)
    米陸軍の対日戦マニュアル「The Punch below the Belt」から説き起こし、満州事変、日中戦争、張鼓峰事件、ノモンハン事件の「戦訓」も分析。圧倒的な火力を誇る敵軍に対しては、誰しも「卑怯な戦法」を採らざるを得ないのです。日本軍は、そのゲリラ戦においても中途半端だったことが分かります。「無策のツケは、最終的に現場が自らの創意工夫で支払わされることになった」。「上層部の無策を現場が頑張って解決しようとしてしまうという、今でも続く日本社会の構図」。これ、米軍戦車に対抗するのが、肉攻による地雷という話です。
  • 「失脚/巫女の死/デュレンマット傑作集」(フリードリヒ・デュレンマット著、増本浩子訳、光文社古典新訳文庫)
    『故障』が抜群に面白い。料理の描写が美味しい。『失脚』は、スターリンからフルシチョフに権力交代した時はこんな感じだったのかと思わせます。本の栞に登場人物紹介があって助かりました。映画監督のベルトラン・タヴェルニエが京都で講演した時に、サインを貰ったことがあります。タヴェルニエの『判事と暗殺者』はデュレンマットの原作だったのですね。
  • 「ゾティーク幻妖怪異譚」(クラーク・アシュトン・スミス著、大瀧啓裕訳、創元推理文庫)
    洞窟を抜けると異世界に。その庭園の果実を食べると、失われた王族の人生を辿る。『クセートゥラ』は『千と千尋』です。人生の歩みが文字化される『最後の象形文字』、人間の屍に魔界の植物を接ぎ木する『アドムファの庭園』が大好き。首が鈴生る椰子、耳の咲く蔓、乳房の実るサボテン、花弁の中で動く目…。これはIPS細胞か、はたまた、天才会田誠の「愛ちゃん盆栽」か。
  • 「せどり男爵数奇譚」(梶山季之著、ちくま文庫)
    うちの教会員に、梶山の事務所に勤めていたKさんがいます。それを知って以来、身近に感じるようになりました。最初は「男爵」然としていた笠井氏が、中盤から「…でげす」とか「…でさあ」と、お下品な喋り方になります(微妙なキャラ変更)。永井荷風のイメージを推し進めたということでしょうか。梶山お得意の「京城もの」、本格推理(松本清張の『黒い福音』とカブる)みたいな「キリシタン版」は、さすが名手と思わせます。巻末の「人皮装『姦淫聖書』」に至っては、サド侯爵も乱入して、悪ノリが過ぎています。でも、私なら刺青を入れた人皮にするな。Kさんの家には、梶山の描いたキリストの絵があるのだそうです。
  • 「英語で読む罪と罰の聖書」(石黒マリーローズ著、コスモピア)
    高校時代に購読していた「スクリーン・イングリッシュ」で、著者の文章を読んだことがあり、懐かしくて買いました。「創世記」のエピソードに、かなりの分量が割かれています。犯罪、セックス、悪魔、地獄という皆の大好きなテーマで勉強しましょう。「煉獄」と「アブラハムの懐/the bosom of Abraham」の関係、これは使えるネタです。
  • 「奇形建築物世界遺産100」(珍建築研究所編、扶桑社)
    樫の木の中に造られた礼拝堂(仏)、先住民プエブロ族の伝統を採り入れた土壁のカトリック教会(米)が、職業的に参考になりました。個人的な趣味としては、シュヴァルの理想宮(仏)、湖畔の岩の間に建つ家(仏)、ストーンハウス(葡)、仏教テーマパーク(ラオス)に行ってみたい。要するに、大企業や行政が巨費を投じて作った「箱物」が嫌いなのです。改めて納得しました。
  • 「HUNTER×HUNTER/ハンター×ハンター」第0巻「クラピカ追憶編」(冨樫義博作、集英社)
    二男が映画『緋色の幻影』を観に行って貰って来ました。丁寧な画線、完成した構図、短けれども素晴らしい物語…。最新刊32巻「完敗」(題名通り)の手抜き作業と比べるべくもありません。あれは「間奏曲」としても許容外です。
  • 「ブラウン神父の無心」(ギルバート・キース・チェスタトン著、南條竹則・坂本あおい訳、ちくま文庫)
    それにしても、ブラウン神父の口から出るスコットランド長老派に対する揶揄は凄まじい限り。ピューリタンに対するイヤミもありますが、スコットランド人は異教徒扱い、カルヴァン派が本当に嫌いだったのですね。まあ、幾分その気持ちは理解できます。「他のすべての人間の聖書も読むのでなければ、自分の聖書を読んだって無益だ」。全くその通りです、神父さま。
  • 「キャプテン・アメリカはなぜ死んだか/超大国の悪夢と夢」(町田智浩著、文春文庫)
    アーミッシュの「ラムシュプリンガ」、デヴィッド・ロシュの「信心80%の教会」等、結構、キリスト教ネタがあり、勉強になります。これを読んでいた時に、丁度、コネティカットの小学校の虐殺事件が起こりました。あの国が経済、政治、文化、軍事、宗教などによって、世界を牽引しているかと思うと呆然とします。いずれ行き着く先は破滅かと…。
  • 「18の罪/現代ミステリ傑作選」(ローレンス・ブロック他著、田口俊樹他訳、ヴィレッジブックス)
    昔、虫明亜呂無が引用した文章に接して以来、ジョイス・キャロル・オーツの作品を読みたいと思っていました。勿論、オーツの『酷暑のバレンタイン』は巻末を飾るに相応しい傑作。札幌時代、私の後輩の牧師に、これと似た状態の死体を発見する羽目になった人がいます。いずれ劣らぬ傑作揃いのアンソロジーです。
  • 「汚辱の世界史」(ホルへ・ルイス・ボルヘス著、中村健二訳、岩波文庫)
    学生時代に『悪党列伝』(晶文社)として出版された本書を読んでいました。30年を経て、改めて読んでみると、ボルヘス独特のネジレが心に沁みるのです。巻頭の、ラス・カサスが「インディオスの破壊」について訴えなければ、黒人奴隷も存在せず、ハバネラもブードゥー教も生まれなかったという件などは典型です。煉獄に行ったメランヒトンの話(まるで幻想文学の筆致ですが)、本当にスウェーデンボルク自身がこんな風に書いていたとは思えません。
  • 「シュトヘル」第7巻(伊藤悠作、小学館)
    スドーが消えてシュトヘルが還って来た!! ジルグス戦で手負いのハラバルと完全復活を果たしたシュトヘルとの死闘は、まさに『キングコング対ゴジラ』の迫力でした。当然の引き分けの後に、新キャラ登場。これで繋いで行きます。やはり、西夏文字は海を渡って、日本に来るのですかね。
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2012年12月12日

幽径耽読 Book Illuminationその4

  • 「HUNTER×HUNTER/ハンター×ハンター」第13巻「参戦」(冨樫義博作、集英社)
    私が一番好きなキャラはレオリオです。そのレオリオが放出系(?)の念能力で、ジンに一撃を喰らわす場面が愉快。ネテロ会長亡き後の選挙戦から、ゾルディック家のお家騒動へ話がシフトしつつあります。いつものことだけど、面白くなれば良いです。
  • 「六本指のゴルトベルク」(青柳いづみこ著、中公文庫)
    娘をピアニスト、ヴァイオリニストにしようと懸命な母親たちがいる。つくづく「駱駝が針の穴を通る」ような虚しい夢なのだと思う。それも、児童虐待に近いという意味では悪夢。しかし、その悪夢の中から、ミステリーやホラーが生まれるのだから、満更、捨てたものではありません。
  • 「戦闘技術の歴史2/中世編」(マシュー・ベネット他著、浅野明監修、野下祥子訳、創元社)
    ボヘミアのフス派が単なる宗教集団ではなく、「車輪の壁」という戦術兵器を開発した戦闘集団だということが分かりました。軍師ヤン・ジシュカ、偉い。コンスタンティノープルを攻め落としたオスマン帝国のスルタン、メフメト2世がキリスト教徒の女奴隷の息子だというのは知っていました。しかし、彼のために攻城用大砲(重量18トン)を作ったのも、ウルバンという名前のハンガリー人「背教者」だったのです。
  • 「邪悪な虫」(エイミー・スチュワート著、山形浩生監訳、盛岡桜訳、朝日出版)
    昔、厭魅の呪術で蠱毒を作ろうとしたことがあります。「矢毒」コーナーに紹介してあるアメリカ先住民ヤヴァパイ族の毒の製法が傑作。「鹿の肝臓にタランチュラ、ガラガラヘビを詰めて地中に埋め、その上で火を焚く。それから掘り出して腐らせた物をペースト状にする」のだそうです。まさに蠱毒です。
  • 「アヴェロワーニュ妖魅浪漫譚」(クラーク・アシュトン・スミス著、大瀧啓裕訳、創元推理文庫)
    ラブクラフトとの最大の違いは、魅力的な女性の存在です。魔女、女吸血鬼、恋人、犠牲者…。「イルゥルニュ城の巨像」は、ゴーレム、大魔神、庵野秀明の巨神兵、エヴァの系列です。「分裂症の創造主」は、旧約聖書の真面目な読者が必ず突き当たるテーマを、上手にドラマ化しています。
  • 「新世紀エヴァンゲリオン」第13巻(貞本義行画、GAINAX作、角川書店)
    遂に「生命の樹/セフィロト」が青空を背景に具現化。お母さん、唯の台詞から、セカンド・インパクト後は、季節が夏限定であったことが漸く分かりました。確かに「夏」は黙示録や終末のキーワードですものね(マルコによる福音書13章28節以下)。
  • 「アド・アストラ/スキピオとハンニバル」第3巻(カガノミハチ作、集英社)
    独裁者ファビウスの苦しい消耗戦が描かれています。いよいよ、次の4巻では、カンナエの戦いに突入する訳ですが、ファビウスの最大の政敵、ウァロの登場場面が僅か過ぎて(説明不足でしょう)、少し心配です。
  • 「アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない」(町山智浩著、文春文庫)
    私が「アメリカ・キリスト教史」を教わった森孝一先生は、2004年当時、「民主党がグァンタナモ収容所の告発を徹底していれば、ブッシュ再選を防ぐことが出来たのに」と言っていました。しかし、民主党政権にとっても、グァンタナモは必要なのです。
  • 「エストニア紀行/森の苔、庭の木漏れ日、海の葦」(梨木香歩著、新潮社)
    テレビの紀行番組には、こんなに地味な素材はありません。この紀行文を読みながら、私は「地味」ということをズッと考えていました。ここに紹介されている、バルト海沿岸に広がる葦原の風景のように、静かにゆっくりとした営みを、東京のド真ん中にあっても、続けることは出来ないものでしょうか。
  • 「黄色い部屋の謎」(ガストン・ルルー著、宮崎嶺雄訳、創元推理文庫)
    うちの教会員に、翻訳者の娘さんがいます。「父は一行訳すのに一晩を費やしたこともありました」と言っておられました。本書は旧版が76版、新版が4版、計80版を重ねた古典中の古典です。古典なので読み進むのに難渋する章もあるにはありますが、それだけに最後の釣る瓶落としのような展開は胸がすきます。
  • 「影が行く/ホラーSF傑作選」(フィリップ・K・ディック他著、中村融編訳、創元SF文庫)
    異星の先住民の地下墓地に入った調査隊が出遭う恐怖を描いた「ヨー・ヴォムビスの地下墓地」が最高。フェイスハガーの如き生物、大きな骨壷の列の中を逃げ回る情景などは『エイリアン』です。「睡の樹」に登場する、周辺環境ごと変化させて定着しようとするエイリアンも凄い。
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2012年10月16日

幽径耽読 Book Illuminationその3

  • 「アド・アストラ」第2巻(カガノ・ミハチ作、集英社)
    第1巻を読んだ時には、露骨に諸星大二郎みたいな絵だったのですが、アシが付くように成ったのか、第2巻は中和されています。ポエニ戦役を扱ったマンガには、先に岩明均の『ヘウレーカ』という傑作があります(イタリア映画『シラクサ攻防戦』が基礎)。そこで「per ardua ad astra/艱難を経て、星を目指せ」とエールを送ります。
  • 「シュトヘル」第1〜6巻(伊藤悠作、小学館)
    歴史伝奇物として抜群に面白いです。西夏文字を刻んだ玉板を、モンゴル軍の追撃をかわしながら、南宋まで運ぼうという話。高校生が前世にログインするという(ゲーム等の)スタイルを採った導入が、今後どのように展開するかがミソでしょう。大ハーンの少年時代の顔が高橋葉介の『夢幻紳士』です。シュトヘル≒スドーの顔を見て、柴田昌弘の『紅い牙/狼少女ラン』を思い出しました。個人的には、とても嬉しいです。
  • 「スキャンダルの世界史」(海野弘著、文春文庫)
    寡聞にして、19世紀アメリカのカルト「オナイダ共同体」は知りませんでした。イェール大学神学部出身の提唱者が「性の共産主義によるユートピア」を目指したのです。歴史的に見ると、宗教には時折、突然に、このような逸脱が生じます。入会した人には、気の毒としか言いようがありませんが…。
  • 「ハカイジュウ」第1〜7巻(本田真吾作、秋田書店)
    長男に借りて読みました。『漂流教室』+『寄生獣』の味わい。「ヘドラ」「レギオン」「グエムル」「エイリアン」「ザ・グリード」に、ダリの絵を思わせる所もあります。人間の側も武重先生とか村内とか立川の特殊部隊隊員とか特殊生物系が登場。その真骨頂は、「物体X」みたいに寄生された一条君が関西弁で泣きながら襲撃して来る場面でしょう。
  • 「お菓子の髑髏/ブラッドベリ初期ミステリ短篇集」(レイ・ブラッドベリ著、仁賀克雄訳、ちくま文庫)
    不思議なことに、読み終わって数日後に、ブラッドベリの訃報に接しました。ブラッドベリは、多分、少年時代に、私が最初に好きになったSF作家でした。きっと、今頃は、天国で「たんぽぽのお酒」を飲んでいることでしょう。本作品集では、血友病患者が主人公の「用心深い男の死」が心に引っ掛かっています。
  • 「知らなかった!衝撃のアニメ雑学」(日本博識研究所著、宝島社)
    そう言えば、先日、宮崎駿の『名探偵ホームズ』を改めて見たら、イタリアRAI側のプロデューサーの名前が「マルコ・パゴット」(『紅の豚』)でした。
  • 「The Indifference Engine」(伊藤計劃著、ハヤカワ文庫)
    やはり、ルアンダ内戦をモデルにした表題作が圧巻。一種の『時計じかけのオレンジ』なのですが、内戦終結後の「平和」の虚構を痛々しく表現しています。サイバーパンク風のジェームズ・ボンドもの(『女王陛下の所有物』)では、カンタベリー大司教が「ヨシュア記」2章(文語訳)を読みます。
  • 「ばら物語」Vol.1(滝沢聖峰作、大日本絵画)
    滝沢聖峰と言えば、第二次大戦のパイロットものが最高なのです。これは珍しく、2人のヒロインを軸にして描く、近世イタリアを舞台にした戦争ものです。当時の傭兵たちの生活と契約、武具や砲術の考証は面白いのですが、緻密なデッサンで有名な滝沢にしては、スイス長槍部隊の絵が何だか雑な気がして…。
  • 「映画は父を殺すためにある/通過儀礼という見方」(島田裕巳著、ちくま文庫)
    オランダ人の文化人類学者、ファン・ヘネップの「イニシエーション」理論から幾つかの名作を解読します。マニア向けの作品は外して、万人の知っている作品だけを「材料」にして分析していくところに、著者の姿勢が出ています。個人的には、解説の町山智浩(映画業界の人)の「ランボー」=キリスト説が一番笑えました。
  • 「世界軍歌全集」(辻田真佐憲著、社会評論者)
    若い人がこんな凄い本を纏めたことに絶句。捲っていて、讃美歌「聖地エルサレム」は勿論、労働歌「ワルシャワ労働歌」「インターナショナル」、ドイツの軍歌「パンツァーリート」等、自分の歌える歌が数多くあることが分かって、また絶句。YouTubeで曲を聴けば、もっと知っている歌が増えるかも知れません。
  • 「時間の種」(ジョン・ウィンダム著、大西尹明訳、創元SF文庫)
    『トリフィド時代』で有名なウィンダムの短編集です。「強いものだけ生き残る」を読んでいて、強烈な既視感を抱きました。それもそのはず、子供の頃、この話、算盤教室に置いてあったマンガ雑誌で読んでいたのです。さて、作者は誰だろう。
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幽径耽読 Book Illuminationその2

  • 「月は無慈悲な夜の女王」(ロバート・A・ハインライン著、矢野徹訳、ハヤカワ文庫)
    「課税する権力、そいつを認めたら最後、際限がないものなんだ。それはそれが破壊するまで続くものだよ。…ときどきわしは思うよ、政府とは人類が逃れることのできない病気かもしれぬとね。だが、それを小さく、貧乏で、無害なものに留めておくことは可能かもしれない」。ベルナルド・デ・ラ・パス教授、あなたのお説、最高です。
  • 「フランケンシュタイン」(メアリー・シェリー著、森下弓子訳、創元推理文庫)
    博士の助手のイゴールが出て来ません。落雷の電気で「被造物」が命を得る場面もありません。「花嫁」も出て来ません。しかし、怪物がド・ラセーの一家の物置に潜んで、言葉を覚え、家庭の温かさに触れ、「笠地蔵」みたいになりますが、そこで「よい精霊が」という会話が出て来ます。これは『ミツバチのささやき』の出典です。
  • 「ゴースト・ハント」(H・R・ウェイクフィールド著、鈴木克昌他訳、創元推理文庫)
    メイポールを題材にした『最初の一束』が面白い。諸星大二郎と『ウィッカーマン』のファンは読むべきです。そう言えば、福岡女学院では、今もメイポールの祭りをして、メイクイーンを選んでいるのでしょうか。カトーという日本人が登場する『彼の者、詩人なれば…=x、インドを舞台にした『チャレルの谷』も良い雰囲気出しています。
  • 「韓国映画史/開化期から開花期まで」(キム・ミヒョン編、根本理恵訳、キネマ旬報社)
    今でこそ、日本でも隆盛を極める韓国映画ですが、1980年代以前には、公開作もソフト化も殆どありません。『族譜』『憎くてももう一度』『下女』くらいでしょうか。香港のショウ・ブラザーズ製作のカンフー映画、『キング・ボクサー大逆転』のチェン・チャンホー監督は、韓国人のチョン・チャンファだったのですね。初めて知りました。
  • 「怪獣博士!大伴昌司/『大図解』画報」(堀江あき子著、河出書房新社)
    少年時代に、「ぼくら」「少年画報」「少年マガジン」「少年サンデー」等の雑誌に掲載されていた、二色刷り特集記事を貪るように読んだものでした。テレビの怪獣や宇宙人はスーツに過ぎないと知っていながら、大伴の体内構造図を隅々まで目を通さずには居られませんでした。
  • 「超常現象の科学/なぜ人は幽霊が見えるのか」(リチャード・ワイズマン著、木村博江訳、文藝春秋)
    日本人は「疑似科学」が大好きです。その結果として、日本社会はオカルトに甘く、増殖するカルトに対しても無警戒に過ぎると思います。恐らく、科学的思考の基礎が身に付いていないのです。しかし、これを読むと、欧米も似たようなものだと思います。日本でも、もっと、本物の(トリックを暴く)ゴーストハンターが出て来て欲しいです。山田奈緒子だけでは心許無いです。
  • 「古代オリエントの宗教」(青木健著、講談社現代新書)
    著者の言う「聖書ストーリー」が何故に「膨張」し続けるのか。「各民族の神話ストーリー」は何故に「圧倒」されてしまったのか。ブラックホールの正体が知りたいですね。逆に、私の立場は「聖書」の中に取り込まれた異教の残滓を掘り起こしながら、それを日本の土俗信仰(仏教、神道、修験道、陰陽道も含めて)とリンクさせることです。
  • 「雪と珊瑚と」(梨木香歩著、角川書店)
    著者には申し訳ないのですが、今回は、唐津のり子の装画と名久井直子の装幀に魅かれて、新刊即日買いしてしまいました。そろそろ私も「くららさん」の役回りです。古い田舎家のスリッパの中にムカデが入っているのは、私自身、田舎の実家で何度か経験したことです。その生死に関わらず、捕まえたムカデを瓶詰めにしながら、蠱毒を作るようにして、溜めて置くと、凄く良く効く傷薬が出来ます。
  • 「パイド・パイパー/自由への越境」(ネヴィル・シュート著、池央耿訳、創元推理文庫)
    英国の老紳士が幼児を引率して、ドイツ軍占領直後の混乱するフランスから、イギリスへ脱出行を繰り広げます。道中、不運な籤を引くようにして、同伴する子どもの数が増えて行くのですが、そんな失敗と思われる選択が活路を拓いて行くのです。ピーター・オトゥール主演でテレビ映画化されたそうです(放映邦題「はるかなるドーバー」)。
  • 「文人悪妻」(嵐山光三郎著、新潮文庫)
    明治の文壇には、キリスト教主義学校や教会の関係者が多いです。国木田独歩の妻、佐々城信子(『或る女』モデル)が傑作。自由奔放に生きた挙句に開拓伝道をします。それにしても、彼女が「栃木県真岡市に開いた」という「日曜学校」は、その後、どう成ったのでしょう。現在の真岡教会(基督兄弟団)と何か繋がりがあるのでしょうか。
  • 「エロスとグロテスクの仏教美術」(森雅秀著、春秋社)
    圧巻は「ジャータカ」の中にあるという、釈迦の女弟子、蓮華色比丘尼(ウッパラヴァンナー)が、「あなたの瞳に惚れた」と言って付き纏う、ストーカーのバラモンに、自らの両眼(しかも、青い目なのだ!)を抉り取って渡す話です。「マタイによる福音書」5章29節より凄惨です。
posted by 行人坂教会 at 12:57 | 牧師の書斎から

幽径耽読 Book Illumination

  • 「ディミター」(ウィリアム・ピーター・ブラッディ著、白石朗訳、創元推理文庫)
    モザイクのように、断片が組み合わされ、最後に1枚の聖画が姿を現わすような印象を与える作品です。前半のアルバニア編がニコス・カザンザキスの諸作や遠藤周作の『沈黙』を思い出させます。『エクソシスト』の原作者、ブラッディが偶然、フリードキン監督のオフィスで目に留めた新聞記事から生まれた小説なのだそうです。
  • 「カオス・シチリア物語/ピランデッロ短編集」(ルイジ・ピランデッロ著、白崎容子・尾河直哉訳、白水社)
    ピランデッロの作品には「諦念」があります。例えば、『母との対話』の中には、「死者の目を通して、もう一度、世界を見て御覧」というような、不思議な助言があります。因みに、『誘拐』は、3人の若者に誘拐された老人が監禁状態のままで、若者たちと家族のような関係を育む、岡本喜八の映画『大誘拐』そっくりの話です。
  • 「交響詩篇エウレカセブン」全6巻(BONES原作、片岡人生、近藤一馬画、角川書店)
    テレビアニメ放映時より、髪留めをしておでこを一杯に出したエウレカとアネモネのデッサン(特に、エウレカのコスチューム)が好きで、通しで読んでみたいと思っていました。1巻目はトラパーの波に乗り切れませんでしたが、2巻目で胸キュン、3巻目で目頭が熱くなりました。ジュヴナイル版『惑星ソラリス』です。
  • 「図説・死因百科」(マイケル・ラルゴ著、橘明美監訳、紀伊國屋書店)
    山田風太郎の『人間臨終図巻』は有名人の死に方を享年順に解説した名著ですが、こちらは死因別に扱っています。題名通り著者の主たる関心事は「死因」にあります。従って、結果的に著名でない人々も数多く採り上げられていて、庶民の生き死にについても一様ではないと感慨深く読みました。巻末付録の「墓碑銘」は傑作です。
  • 「しどろもどろ/映画監督岡本喜八対談集」(岡本喜八談、ちくま文庫)
    『肉弾』製作の資金集めのために、私立の「学校債」を参考にした等という、お連れ合いの岡本みね子の話は実感があって泣けます。私たちの業界もビンボーなので、会堂建築の時には「教会債」を買って貰って、借金を返済して行くことが多いですから。
  • 「虎よ、虎よ」(アルフレッド・ベスター著、ハヤカワ文庫)
    SFバイオレンス版『不思議の国のアリス』。作者自身は、デュマ・ペールの『モンテ・クリスト伯』を下敷きにしたようですが、ファンタジーとして読むことも出来るような気がします。実際、クライマックスの文字遊びは「アリス」です。核攻撃を受けた瞬間に「ジョウント/テレポート」する等、相変わらず、欧米人の核意識は楽天的ですね。
  • 「ロマンポルノの時代」(寺脇研著、光文社新書)
    映画作品そのものへの愛情溢れる批評もさることながら、映画制作に携わったスタッフとキャストに向けられた細やかな目配りに驚きました。第12章「ロマンポルノの男優」は圧巻です。多様なスタッフとキャストの組み合わせ(にっかつの製作システム)から生まれる「新鮮な化学反応」が数々の名作を生み出したのですね。
  • 「世界の特殊部隊/戦術・歴史・戦略・武器」(マイク・ライアン他著、小林朋則訳、原書房)
    イスラエルの特殊部隊がテルアビブで「民間人を避難させてから空爆を行なった」から人道的であるかのような記述があり、その事実性も含めて、これには違和感があります。専ら体制側からの視点です。それよりも、作戦が失敗した事例が抜群に面白いです。1985年の航空機乗っ取り事件で、エジプトの特殊部隊(第777任務部隊)の救出作戦が失敗、人質57名を死亡させる結果に終わります。凄すぎるでしょう。
  • 「牛乳屋テヴィエ」(ショレム・アレイヘム著、西成彦訳、岩波文庫)
    言わずと知れた『屋根の上のバイオリン弾き』の原作。時代背景が日露戦争とあって、日本への言及も意外に多く、『坂の上の雲』にも登場する米国のユダヤ人銀行家、ジェイコブ・シフのことを思い出しました。映画だと「三女ハヴァ」の話(異教徒との恋愛結婚)で終わりですが、四女、五女の話もあったのでした。テヴィエ、苦労してます。
posted by 行人坂教会 at 09:02 | 牧師の書斎から

2008年03月09日

牧師の書斎から

この世を生き抜くためのサバイバル・キット

この国では、年間、3万人以上の人たちが自らの命を断っています。立ち止まって、周囲を見回してみても、子ども、若い人たち、 若い母親たち、父親たち、中高年の人たち、老人たち…。 誰を見ても、平和を謳歌し、幸せを享受しているとは、到底、思われません。 不幸の影は深く社会を覆っているが、その元凶が何なのか、どうすれば、その影を取り除くことが出来るのか、誰にも確かなことは言えません。

ただひとつ言えることは、それでも、私たちは、この酷い世の中を渡って行かなくてはならないということです。「この世で生き抜くためのサバイバル・キットとして役立つ、フィクションが必要だ」と、「ブラッカムの爆撃機」 (岩波書店)巻末の解説「ロバート・ウェストールの生涯」に、ピーター・ホリンデイルという人の言葉が紹介されていました。

もしかしたら、私たちが手にしている聖書も、胸に抱いている信仰も、脳裏に明滅するファンタジーも、 他者との間に切り結ぶ愛や信頼や友情も、そもそも「この世を生き抜くためのサバイバル・キット」では無かったでしょうか。 この酷い世界と戦い続ける「勇気」を与えてくれるものでは無かったでしょうか。 その意味で、私たちは、沢山の「物語」を若い人たちに伝えなくてはならないと思います。

posted by 行人坂教会 at 12:13 | 牧師の書斎から