2021年01月05日

1月第2主日礼拝

       1月10日(日) 午前10時30分〜11時30分
説  教 ”安息日にこそ救いを” 音楽     朝日研一朗牧師
聖  書  ルカによる福音書 14章1〜6節(p.136)
讃 美 歌  150、490、206、222、26
交読詩篇  詩編104編24〜30節(p.118)


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2020年12月29日

クリスマスイヴ賛美礼拝オンライン配信録画のご案内

クリスマスイヴ賛美礼拝オンライン配信の録画を視聴できます。


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https://vimeo.com/495421307
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1月第1主日礼拝(2021年新年礼拝)

       1月 3日(日) 午前10時30分〜11時30分
説  教 ”亡命者はナザレをめざす音楽     朝日研一朗牧師
聖  書  マタイによる福音書 2章19〜23節(p.3)
讃 美 歌  150、490、94、463、26
交読詩篇  詩編104編24〜30節(p.118)


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2020年12月22日

12月第4主日礼拝

      12月27日(日) 午前10時30分〜11時30分
説  教 ”脱出せよと天使は告げた音楽    朝日研一朗牧師
聖  書  マタイによる福音書 2章13〜18節(p.2)
讃 美 歌  177、490、272、219、25
交読詩篇  詩編113編1〜9節(p.130)

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2020年12月15日

クリスマス(降誕節)礼拝

      12月20日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 ”人生は光に導かれる旅音楽     朝日研一朗牧師
聖  書  マタイによる福音書 2章2〜12節(p.2)
讃 美 歌  177、490、247、279、25
交読詩篇  詩編113編1〜9節(p.130)

・讃美歌練習(1月の讃美歌:150番) 礼拝後     礼拝堂

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2020年12月11日

12月第2主日礼拝(アドベント第3主日)

      12月13日(日) 午前10時30分〜11時30分
説  教 ”人として生まれ、人として生きる音楽 朝日研一朗牧師
聖  書  ルカによる福音書 2章1〜7節(p.102)
讃 美 歌  177、490、250(@E)、257、25
交読詩篇  詩編113編1〜9節(p.130)

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2020年12月01日

12月第1主日礼拝(アドベント第2主日)

      12月 6日(日) 午前10時30分〜11時30分
説  教 ”闇を歩む時、光は輝く音楽     朝日研一朗牧師
聖  書  イザヤ書 9章1〜6節(p.1073)
讃 美 歌  177、490、275、243、25
交読詩篇  詩編113編1〜9節(p.130)

・配信リハーサル       午後5時から15分間


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2020年11月24日

11月第5主日礼拝(アドベント第1主日)

      11月29日(日) 午前10時30分〜11時30分
説  教 ”誰も知らない音楽         朝日研一朗牧師
聖  書  マルコによる福音書 13章32〜37節(p.90)
讃 美 歌  27、384、229、230、24
交読詩篇  詩編105編1〜11節(p.119)

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2020年11月17日

11月第4主日礼拝(収穫感謝日、謝恩日)

      11月22日(日) 午前10時30分〜11時30分
説  教 ”涙と共に種まく人は…音楽     朝日研一朗牧師
聖  書  詩編 126編5〜6節(p.971)
讃 美 歌  27、62、384、17、こどもさんびか101、24
交読詩篇  詩編105編1〜11節(p.119)

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2020年11月16日

母さん、もう泣かないで【ルカ7:11〜17】

聖句「主はこの母親を見て、憐れに思い、『もう泣かなくともよい』と言われた。」(7:13)

1.《ナオミの心》 私が最初に赴任した大阪の某教会には、専業主婦と職業婦人の婦人会がありました。「職業婦人」と言えば、何か華々しく思われるかも知れませんが、終戦後の独身女性、離婚経験者、早くに連れ合いと死別した女性たちで構成されていました。「結婚が女性の幸せ」との風潮が残っていて、彼女たち自身も、何となく肩身の狭い思いをされていたのです。やがて若手女性が加わりましたが、先輩たちの思いを受け継いで、会の名前を「ナオミ」と変更されたのです。

2.《寡婦の悲嘆》 「ナオミ」は「私の喜び」という意味ですが、「ルツ記」の物語の故に寡婦を象徴する名前になりました。ヘブライ語の「寡婦」はアラビア語の「痛みを感じる」という語との関連が指摘されています。ギリシア語は「奪われて孤独である」の意味です。ナインの町の門から葬列が出ようとしていました。寡婦の女性が先導して、担架には彼女の独り息子の遺体が載せられています。夫に先立たれたばかりか、独り息子にまで先立たれたのです。息子は二十歳前後、あるいはハイティーンだったかも知れません。町の門に入ろうとして、その葬列に遭遇したイエスさまは「五臓六腑(スプランクノン)を震わせる」程に、この母親の悲しみに共鳴されました。それこそがキリストの「憐れみ」です。

3.《生死の交錯》 ここに興味深いコントラストがあります。葬列は町の外に出ようとしていて、イエスさま一行は町の中に入ろうとしていたのです。「出る」と「入る」は町の城門の出入り、旅立ちと帰りですが、同時に私たちの誕生と死を意味しています(詩編121編8節)。私たちの生と死とが交錯する所に、主は立たれるのです。命の主イエスが死者の葬列を押し留め、若者を復活させた福音と読むことも出来ます。しかし、現実はもう少し複雑です。主に蘇らせて貰った若者も再び死んだのです。信仰者であっても死は恐ろしいし、愛する者を失えば絶望して生きる意欲も失うのです。しかし、そんな不信仰な私たちの所に、キリストの方から訪ねて下さるのです。たとえ、私たちの人生が死に向かう歩みであるとしても、復活の命を湛えた主、イエスさまが訪ねて来て下さるのです。

朝日研一朗牧師

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