2021年12月26日

日々の名残り

1.なごり雪

行人坂教会の「月予定表」の裏に、こうして独り言のようなエッセイを書くのも、今回を含めて残り2回となりました。真に名残り惜しく感じます。

「名残り」と言えば、フォークソングの名曲「なごり雪」(1974年)が思い出されます。♪「汽車を待つ君の横で/ぼくは時計を気にしてる/季節はずれの雪が降ってる/『東京で見る雪はこれが最後ね』と/さみしそうに/君がつぶやく/なごり雪も/降る時を知り…」。1975年に、イルカのカバーで大ヒットしました。イルカの中性的な個性に加え、松任谷正隆のアレンジが初春の雰囲気を見事に表現していたと思います。但し、原曲は、伊勢正三が当時、属していた「かぐや姫」の楽曲として作詞作曲したものです。「東京で見る雪は…」という歌詞ですが、伊勢は故郷の大分県津久見市の津久見駅での情景を思い浮かべながら、この別れの詞を書いたと証言しています。

「君」(「ぼく」のカノジョなのでしょう)が、改めて「東京で見る雪はこれが最後ね」等と呟く程、頻繁に東京では雪は降りません。暖冬が言われる昨今は勿論のこと、1970年代前半だって、雪が降ること自体が珍しかったのでは無いでしょうか。況して「なごり雪」と言えば、春先に降る雪です。ですから「なごり雪」は「冬の別れ」ではなく「春先の別れ」を歌っているのです。一般的に「春先」は2月から3月初旬に当たります。教会暦で言えば、丁度「レント/受難節」に重なっています。

2.日の残り

「名残り」と言えば、日系英国人の作家、カズオ・イシグロの、1989年ブッカー賞受賞作『日の名残り』(The Remains of the Day)も思い出されます。オックスフォード近郊に建つ「ダーリントン屋敷」を舞台に、父の代から、その屋敷の執事(バトラー)を務めるスティーヴンスの目を通して、第二次大戦前夜から戦後(1950年代)に至る時代を回顧する物語です。元々、彼が仕えていたダーリントン卿は、ドイツとの戦争を回避すべく奔走した貴族政治家ですが、対独協力者との汚名を受けて失脚。彼の死後、屋敷を相続する親戚も無く、屋敷は米国の富豪ファラディ氏の所有と成ります。

歴史小説の体裁を採っていますが、語り手のスティーヴンスは、プロの執事として人生を捧げてしまった不器用な男に過ぎません。不遇な元主人への愛着、戦前の伝統への愛惜、更には、女中頭(ハウスキーパー)のミス・ケントンに寄せる愛情(しかし、心に秘めたまま)等が語られるのです。

題名の「日の名残り/The Remains of the Day」は、落日後も西の空に残る薄明を意味します。「一日の最良の時間」だと言うのです。翻訳者の土屋政雄が「名残り」と美しく格調高い邦題をものして下さっていますが、「リメインズ/remains」には「残骸、遺物、残飯、残り物」等、些か自嘲的な意味があります。しかも「日/デイ/day」が単数形だから、辛うじて、落日後の明るさをイメージ出来るのです。これが「デイズ/days/日々」だったら、美しさは消え「ありし日の残骸」「過去の遺物」等と変わり果ててしまうでしょう。

ところで、私は行人坂教会に16年間も在任していたことになります。自分ではズッと錯覚していて「15年間」と思い込んでいたのです。12月5日の臨時総会にて、主任担任教師辞任の申し入れをした際、何度も「15年間」と言っていたのですが、終了後に書記さんから「今年度を入れて16年ですよ」と訂正されたのです(いつも「週報」校正を担当して下さっているだけのことはあります)。自分の在任年数も勘定できないくらい、お馬鹿に成っていることに気付いて愕然としました。

3.たそがれ

このように、16年前の「朝日」も今は「夕日」に成りつつあります。そうそう、「残照」という語もありますね。日は山の向こうに沈み、辺りは暗くなっているのですが、見上げると、夕日の光が空に照り映えているのです。

私は谷間の町に育ったために、毎日の暮らしの中で、オレンジ色に輝く夕日を見ることはありませんでした。学生時代を過ごした京都は盆地でしたが、それでも立派な夕日でした。大阪の夕陽はギラギラと凄かった。宮崎県の串間の海に沈む夕日は圧巻でした。札幌も平野なので夕日はありました。雪景色の暮色も素晴らしい。東京の夕日も絵に成ります。何しろ『三丁目の夕日』という西岸良平のマンガがあるくらいです。

そう言えば、「夕映え」という語もありますね。光瀬龍に『夕ばえ作戦』(1967年)というSFジュヴナイル(青春小説)がありました。1974年に「NHK少年ドラマシリーズ」でドラマ化されたので御存知の方もあるでしょう。大岡山に住む男子中学生が、下校時に古道具屋で不思議なカラクリを見付けて購入。ダイヤルを弄ると、江戸時代の荏原郡にタイムリープしてしまいます。タイムマシンだったのです。ひょんな事から、彼は伊賀忍者の首領に祭り上げられて、敵忍者と対決することに成ります。

面白いことに、この小説、目黒区、蒲田区、大田区、世田谷区などの東急沿線が物語の舞台に成っているのです。主人公は「目黒十三中」に在学という設定です。どうやら、作者が1960年代に教員生活を送っていたのが、東急沿線(特に目蒲線沿線)だったらしいのです。まさか、子どもの頃に見ていた番組の舞台に、自分が住むことに成ろうとは…と、着任以来、何度も思ったことです。しかし、もうすぐ見納めという段、ごく最近に成って『夕ばえ作戦』のことを思い出したりするのですから不思議です。

「NHK少年ドラマシリーズ」それ自体も、夕方の番組で『タイム・トラベラー』『ユタと不思議な仲間たち』『幕末未来人』『七瀬ふたたび』と、何だか黄昏イメージでした。

牧師 朝日研一朗

【2022年1月の月報より】

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2021年11月27日

冬に咲く花

1.暖冬と寒梅

去る11月22日、久し振りに「東京同信伝道会」の講演会があり、霊南坂教会に行きました。生憎の雨もあってか、参加者は非常に少なかったのですが、同窓の方たちと旧交を温める一時でした。小原克博教授(同志社大学神学部)による講演「新型コロナウイルスによって見えてきた課題」も、多くの示唆を受ける内容でした。

その講演の中で「真理似寒梅敢侵風雪開」という新島襄の漢詩が紹介されていました。「真理は寒梅の似(ごと)し、敢えて風雪を侵して開く」と読みます。新島が教え子の深井英五に与えた漢詩です。深井英五は、明治期にジャーナリストとして名を馳せて後、銀行家に転身、高橋是清内閣の時に日銀総裁を務めた人物です。

簡単に言えば、時代の趨勢に抵抗できるような精神が肝要、抵抗の原理と成らないような精神には真理性は無いという意味です。巨大な会場が閑散として、寒々しかったせいかも知れませんが、結局、その漢詩が最も心に残りました。

と言いながらも、気温は低くは無くて、フリースを1枚羽織っているだけなのに、傘を持って移動していると、汗が流れます。今年も暖冬だと感じます。最近はズッと暖冬です。何しろ、私は冬の生まれで、季節の中で一番、冬が好きなのです。だから、身の程知らずにも冬物のコートやマントは何着も持っているのですが、ここ数年、全く出番が無いのです。袖を通す機会は、1年の内、数える程しかありません。

そんな訳で、折角の新島の「寒梅」の詩も近年、何となくではありますが、今一つ迫力を感じられません(勿論、私たち自身の側が…ですよ)。それは、もしかして、もしかすると、やはり、地球温暖化のせいでは無いでしょうか。身を突き刺すような寒さが感じられないのです。それは即ち、私たち自身が時代の趨勢に対して、大きな抵抗を出来ないままに押し流されている現実と、どこかで繋がっているような気がして成りません。

2.ふゆそうび

「冬に咲く花」と言うと、逆境に健気に抗う「ひたむきさ」がイメージされるのか、演歌や歌謡曲に採り上げられることの多いアイテムです。西田佐知子の「エリカの花散るとき」(1963年)、都はるみの「アンコ椿は恋の花」(1964年)、布施明の「シクラメンのかほり」(1975年)、大川栄作の「さざんかの宿」(1982年)、薬師丸ひろ子の「冬のバラ」(1984年)、さだまさしの「クリスマス・ローズ」(2003年)、都はるみの「エリカの花の咲く頃に」(2013年)、SEKAI NO OWARIの「サザンカ」(2018年)…。

花の種類が特定されてはいませんが、中島美嘉の「雪の華」(2003年)、宮本浩次の「冬の花」(2019年)も外せない名曲です。

それで思い出しましたが、日本語には「冬に咲く薔薇」を指して「冬薔薇(ふゆそうび)、寒薔薇(かんそうび)」と呼ぶ美しい言の葉があります。初めて耳にした時、教養の無い私などは「冬装備」と勘違いする始末でした。軍隊の「雪迷彩/スノーカモフラージュ」を連想していたのです。例えば「冬戦争/talvisota」(1939〜40年、ソ連がフィンランドを侵略、芬軍がこれを撃退)における、芬軍の伝説的スナイパー、シモ・ヘイへ(Simo Häyhä)は、赤軍兵士から、その雪迷彩の故に「白い死神」と呼ばれていました。

戦争の関連で言うと、ドラマ部分の内容はともかく、戦艦大和の46センチ砲が火を吹く特撮が素晴らしかった(特技監督は中野昭慶!)映画『連合艦隊』(1981年)のエンドクレジットに、谷村新司の「群青」という歌が流れるのですが、その歌詞に♪「せめて海に散れ/想いが届かば/せめて海に咲け/心の冬薔薇(ふゆそうび)」とありました(これは、後で歌詞を読んで知ったことです)。当時、館内には、太平洋戦争の生き残りと思しき老人たちが(この世の見納めとばかり)大勢観に来て居り、この歌が流れる頃には、館内のそこかしこから異様な啜り泣き、嗚咽が聞こえて来たのでした。

3.薔薇と野茨

行人坂教会の庭にも薔薇があり、冬にも咲くのです。1つは、私が赴任する前から居られる「皇太后」か「庭の主」のような雰囲気の薔薇です。これが大輪の紅い花を咲かせます。もう1つは、妻が植えた薔薇です。黄色い花を咲かせています。これが一瞬、雛菊かと目を疑う程の慎ましやかさなのですが、間違いなく薔薇の花なのです。そう言えば、成瀬巳喜男監督に『妻よ薔薇のやうに』(1935年)という映画がありました。

古い言い伝えに寄れば、薔薇の枝に棘が生えたのは、アダムとエバが原罪を犯してからの事だそうです。野茨を編んで作られたとされる荊冠(茨の冠)が、キリストの額を傷付け、血を流させます。それも人間の原罪を意味しているのです。

ローマカトリック教会では、聖母マリアのことを「棘の無い薔薇」と呼びます。カトリックの信仰では、聖母だけが無垢のまま「エデンの園」に戻ることを許された唯一の人間とされているのです。それ故、彼女は「神秘の薔薇」と呼ばれます。また、信徒が「アヴェ・マリア」の連祷を唱える際に使用する数珠「ロザリオ/rosário」は「薔薇の冠」という意味です。聖心女子学院でお馴染みの「聖心/Sacré Cœur/サクレ・クール」には「聖母マリアの汚れなき御心」という含みがありますが、その紋章もまた、茨を巻かれて傷口から血を流す心臓(ハート)です。ここにも「薔薇、野薔薇、野茨」のモチーフがあります。

「讃美歌第二編」には「マリヤはあゆみぬ」(Maria durch ein’ Dornwald ging)という中世ドイツのカロルが掲載されていました。♪1節「マリヤはあゆみぬ/キリエ・エレイソン/茂る森かげの/いばらのこみちを/キリエ・エレイソン」。3節「いばらの枯木も/キリエ・エレイソン/血にそみしあとに/きよき花さきぬ/キリエ・エレイソン」。

牧師 朝日研一朗

【2021年12月の月報より】

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2021年10月31日

変わる世界の只中で

1.感覚が麻痺する

2020年に引き続き、2021年も「新型コロナウイルス感染症」に対する不安と恐怖から、私たちは外出を控えて暮らさなくてはなりませんでした。特に、夏から秋に掛けての「第五波」は深刻でした。何をどう考えてみても「オリパラ」を強行開催した結果としか思われません。あの時期に入院も出来ぬまま、死んで行った人たちや遺族はどう感じているでしょうか。それに加えて「あの時期を境にして、もうすっかり外出する習慣が途絶えてしまった」という高齢者の呟きを、最近、私は耳にしています。

「オリンピック憲章」の「オリンピズムの根本原理」には、「オリンピズムの目的は、人類の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである」と、立派なお題目が掲げられています。けれども、強行開催によって、日本国民の「尊厳は軽んじられた」と思いました。私たちは逼塞した状況に放置されたまま、マスコミが盛んに「メダルラッシュ」を報じていたのも、到底「調和のとれた発展」とは思われませんでした。

テレビで「オリパラ」の開会式や閉会式を見ていると、新国立競技場に打ち上げ花火が輝く、綺麗な映像を流していましたが、自分が同じ国にいるという感覚を持てませんでした。自動車を走らせれば、僅か18分で行ける距離(11.9キロ)に住んでいると言うのに、どこか遠い他所の国(異世界)で行なわれているようでした。

高齢者の「ひきこもり」程では無いにせよ、最近に成って、自分もまた、何かを失っているのでは無いかと気付いたのです。コロナ感染者は味覚や嗅覚を奪われる事があると言います。同じように、私たちもまた、感覚の一部が麻痺してしまっているのでは無いでしょうか。

2.認識が変容する

10月半ばまで暑い日が続き、衣替えが出来ませんでした。ところが、気温がジェットコースターのように一気に下降してから、慌てて冬物を取り出したのは、私だけでは無いはずです。その時に「自分の中の季節感が変調を来たしている!」と感じたのです。「そう言えば、今年は夏があったのだったかしら」。あんなに暑かった夏の記憶すらも、怪しく成っているのです。驚いた事に、新年や春の記憶もあやふやではありませんか。果たして、自分は2021年を本当に生きていたのか、余りにも実感が乏しいのです。

例えば、冬でも無いのに1年中、マスクをして暮らしています。私たちはマスクをした顔でしか、(家族以外の)他者を見なくなっているのです。今は、飲食店の時短営業が解除されて、アクリル板越しかも知れませんが、同僚や友人と飲食をする事が出来るように成って来ました。でも、それ以外の時間は、マスク着用がエチケットです。公衆の面前に出る時、口と鼻は覆い隠すべきものに成ってしまったのです。つまり、今や私たちは顔の半分以上が覆い隠された状態で、お互いを認識するように成っているのです。これは単に「顔認識」の問題ではなく「他者認識」の在り方を大きく変えてしまうでしょう。

1日の内に何十回も消毒液で両手を拭います。「強迫性障害」の症状の1つに「汚染不安」があります。例えば、自分の手が汚れているのではないかという強迫観念から、何度も何度も手を洗う患者さんがいます。勿論、お店に買い物に行って、消毒液を付けたり検温したりしても、私たちは不安や恐怖に責め苛まれている訳ではありませんが、やっている事は同じですね。社会の構成員が全員で同じ事を、常に繰り返しているのですから、精神が影響を受けない訳がありません。

特に子どもたちの受ける影響が心配です。子どもの描くお絵かきの「顔」から「口や鼻」が消えてしまうのでは無いか。家族を越えた周辺の人たち、近所の人たちを「人」として認識できるのだろうか。家族以外の人たちと飲食をする機会が減って、これまで以上に共生感覚を持てなくなるのでは無いだろうか。潔癖症の子が増えたり、場合によっては「強迫性障害」を発症してしまう子も出て来るのでは無いか…。

3.世界も変わるか

「『コロナ前』と『コロナ後』で世界は変わってしまった」と言われます。けれども、その意味が本当に明らかにされるのは、これからだろうと思います。私たちが社会の変容に気付くのは、随分と後に成ってからなのです。そして、何年も経ってから「あの時を境にして変わったんだね」と皆が認識し始めるのです。でも、もうその時には、次なる変容の波が押し寄せて来ているかも知れません。

聖書の世界で「変容」と言えば「主の変容/Transfiguration of Jesus」です。イエスさまが3人の弟子たちを伴って「高い山」(正教会では「タボル山」とされています)に登った時の出来事です。イエスが白く光り輝く御姿に変わって、旧約聖書の律法者モーセ、預言者エリヤと語り合っていたという話です。このエピソードは古来「これから始まる十字架の受難においても、希望を見失わないように」というメッセージとされています。ローマカトリック教会は、8月6日を「主の変容日」として記念していますが、ルーテル教会は「灰の水曜日」の直前の主日に定めています。

ドイツ・ロマン派を代表する作曲家、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「死と変容」(Tod und Verklärung)も思い出されます。貧しい病人が臨終を迎える姿を描いているのですが、その死によって、彼の世界は恐怖から一転、安らぎに「変容」するのです。ドイツ語では「キリストの変容」を「die Verklärung Christi」と言いますが、「Verklärung/フェルクレールンク」とは「浄化、純化」を意味します。十字架の苦難を通して復活があるように、もしかしたら「変容」がもたらす「浄化、純化」という事もあるのかも知れません。

牧師 朝日研一朗

【2021年11月の月報より】

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2021年09月25日

呪われし者は口塞がれ

1.「ポーの一族」

ホラー小説ファンならば、エドガー・アラン・ポーの処女作『メッツェンガーシュタイン』という短編を御存知かと思います。ハンガリーを舞台に、敵対する貴族家(ベルリフィッツィング家とメッツェンガーシュタイン家)の呪いの連鎖を描いたゴシック文学です。

読んだ事は無くとも、あるいは、映画を御覧になったかも知れません。1967年のフランス映画『世にも怪奇な物語』(Histoires Extraordinaires)の第1話「黒馬の哭く館」です。監督は『素直な悪女』や『血とバラ』で知られる耽美派、ロジェ・ヴァディム。主演したのは、当時ヴァディムの愛人だった(ベトナム反戦運動の闘士になる前の)ジェーン・フォンダと、実弟(『イージー・ライダー』になる前の)ピーター・フォンダでした。

実は、子どもの時に、このアニメ版を観てトラウマになったという人もいます。『まんが世界昔ばなし』(1976〜1979年)に「炎のうま」の題名でアニメ化、放映されているのです。僅か12分程なのですが、陰陰滅滅たる雰囲気は、明らかに「お子様番組」の枠から外れていました。まあ、そもそも、このアニメ番組、「ノアのはこ舟」「ブレーメンの音楽隊」「さいごの一葉」等の定番に紛れて、「ドラキュラ」「フランケンシュタイン」「ファウスト」「メドゥーサの首」が入っていたりしたのですが…。

それはともかく、ポーの『メッツェンガーシュタイン』ですが、その巻頭のエピグラフ(題字)として引用されているのが、マルティン・ルターの言葉なのです。「われ生きるときは疫病なりし。― 死しては汝の死とならん。」(小泉一郎訳/「ポオ小説全集1」)。

私の愛蔵版(カラーイラスト付き)短編集(Fall River Press)、つまり、原文では、ルターの引用文はラテン語です。「pestis eram vivus, moriens tua mors ero.」。

2.ルターの呪詛

このルターの(ものとされる)言葉は、何をどう言い繕っても、呪いの言葉(呪詛)に間違いありません。一体どこから来たのでしょうか。奇しくも、今年は丁度「宗教改革記念日」(即ち、ルターが宗教改革を始めた日とされる)10月31日が11年ぶりに主日(日曜日)と重なります。その記念として「ルターの呪詛」に思いを巡らしてみたいと思います。

ルターが死んだのは、1546年2月18日です。日本では戦国時代の真っ只中、足利義輝が室町幕府第13代将軍に就任した年(天文15年)です。ルターは臨終の床で、宗教改革の同志たちに遺言(と言うか、反カトリックのプロパガンダ)を告げたと言われています。それが「ルターの預言」と称する木版画と成り、恐らくは、パンフレットの表紙か街宣ビラとして印刷され、広く配布されたのでしょう。

木版画の下には、ルターのプロパガンダが箇条書きにしてあるのですが、私は神学者では無いので、余り興味がありません。その上に、ルターの肖像がババンッと描かれています。手前の机の上には、ペンとインク壺、頭蓋骨と砂時計(「死を思え」)が置いてあります。そして、その絵の上に、ドイツ語で「牧師にして領主なるマルティン・ルター博士の預言」等と(まるで「ノストラダムスの大予言」みたく)鳴り物入りの字体で銘打ってあります。その下に、ラテン語で「pestis eram vivus, moriens tua mors ero, Papa」と書いてあるのです。ポーの小説を離れて、訳し直すと「我は生前には、汝の疫病神なりき、死後は汝の死神とならん、ローマ教皇よ」と成ります。

当時、このエピグラム(碑銘)は大ウケしたようで、私の記憶に間違いが無ければ、ルーカス・クラナッハが描いた、ルター臨終の図にも添えられていたように思います。なる程、♪「死して護国の鬼と/誓いし箱崎の/神ぞ知ろし召す」(永井建子作詞「元寇」)とか「御下命、如何にしても果す可し/尚、死して屍拾う者なし」(テレビ時代劇『大江戸捜査網』の「隠密同心の心得之条」)みたいで、中々カッコいい。ラテン詩の専門家によると、「六歩格詩/hexameter」というスタイルの、リズム感のある詩なのだそうです。

ともかく、ローマ教皇(当時はパウロ三世)の絶対権力、もしくは、ローマ教皇庁の世界支配に対する呪詛、プロテスタント陣営からの挑戦状だった訳です。それを、ポーは自身の小説に引用する事で、更に普遍的な呪詛として普及させたのでした。

3.見えない恐怖

今現在、私たちも「新型コロナウイルス」という疫病の脅威に、不安な日々を過ごしています。私自身も、何を考えるとも無く「疫病、災い/pestis/ペースティス」という語を唱えていたら、先のルターの呪詛「我は汝の疫病なり」を思い出したのでした。疫病の恐ろしいのは、目に見えない事です。だから、流行の当初、マスコミでは盛んに「新型コロナウイルス」の写真を報道していたのです。「これが正体だ!」と言わんばかりでしたね。でも最近では、赤い突起の写真を改めて見せる事も無くなりました。

そう言えば、エドガー・アラン・ポーには『赤死病の仮面』という短編もありました。「黒死病」ならぬ「赤死病」という原因不明(架空)の疫病が流行して、国中で民がバタバタと死んで行きます。領主のプロスペロ公は、そんな事にはお構いなく、貴族たちを呼び集めて、壮大な仮面舞踏会を開きます。ところが、事もあろうに「赤死病」患者の扮装をした人物が会場に闖入し、招待客たちはパニックに陥ります。

プロスペロ公は「不埒な奴だ!」と激怒し、短剣を振り翳し、この人物を追い回します。ところが、突如、この人物は翻って公に迫り、公は悶絶して死に絶えます。踊り手たちがこの人物を取り囲み、衣裳と仮面を剥ぎ取ると、人間の姿など影も形も無かったのです。そして舞踏会に集まった貴族たちも、一人また一人と倒れて息絶えて行くのでした…。

自民党の総裁選挙に、仮面舞踏会のような優雅さは、欠片もありませんがね。

牧師 朝日研一朗

【2021年10月の月報より】

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2021年08月26日

アルファベット談義

1.コロナの変異株

8月下旬現在、東京都内の新型コロナウイルス新規感染者の殆ど(99%)が「デルタ株」に置き換わったと言われています。報道などで「デルタ株が猛威を振るっている」という言い回しを耳にすることが多くなりました。

「デルタ/δ」はギリシア語で、英語のアルファベット「d」に当たります。インド由来の変異種ですね。その前に流行していたのが、イギリス由来の変異種「アルファ株」でした。「アルファ/α」もギリシア語です。

他にも、南アフリカ由来の「ベータ/β」株とか、ブラジル由来の「ガンマ/γ」株とか、ペルー由来の「カッパ/κ」株もありました(麺麻や河童なら良かったのに…)。最近では、東京五輪の影響なのか、ペルー由来の「ラムダ/λ」株も国内で発見されています。現在、南米の感染者の20%は「ラムダ株」に感染しているとされています。

ギリシア語で「アルファ/α」「ベータ/β」「ガンマ/γ」「デルタ/δ」と順番に来ているのに、その後「エプシーロン/ε」「ゼータ/ζ」「エータ/η」「セータ/θ」「イオータ/ι」と、4つも飛ばして、どうして「カッパ/κ」「ラムダ/λ」に成るのかと、疑問に感じていました。…そう思って「国立感染症研究所」のデータを覗いてみたら、4つの変異株も、ちゃんと載っていました。リスク評価が低いので、名前が出て来なかったんですね。

それはともかく、WHO(世界保健機構)は変異種を3つの枠に分類しているようです。@「懸念される変異株」、A「注目すべき変異株」、B「甚大な被害が想定される変異株」です。「アルファ」「ベータ」「ガンマ」「デルタ」は@に分類されていて、「ラムダ」はAに分類されています。今の所、Bの存在は確認されていません。「災害級」と言われる「デルタ株」ですら、未だBの域に達していないということです。

2.アルファオメガ

ギリシア語のアルファベットの文字は、未だ13も残っています。これからも「新型コロナウイルス」の変異は続いて行くのでしょうか。因みに、最後の24番目に控えているのが「オーメガ/ω」です。「オーメガ」は「ああ、デカイ!」という感嘆語です。今風に言えば「ああ、ヤバイ!」ですかね。「オメガ/Ω」は「腕時計だけにして貰いたい」というのが、私の正直な感想です。

「オーメガ」の小文字「ω」はマンガの子猫の口元のように可愛いのに、大文字「Ω」を見ると、原水爆実験のキノコ雲を思わせるではありませんか。そんな妄想に耽っていると、キリストの御言葉が聴こえて来ました(ああ、ヤバイ!)。「わたしはアルファであり、オメガである」(「ヨハネの黙示録」1章8節、21章6節、22章13節)。

「アルファ」はギリシア語の最初の文字、「オメガ」(正確には「オーメガ」)は最後の文字です。それで「ヨハネの黙示録」では、この御言葉に続いて「最初の者にして、最後の者。初めであり、終わりである」と宣言されるのです。

現在でも、礼拝堂の講壇やステンドグラスなどに「アルファ/Α」と「オメガ/Ω」が組み合わせ文字「アルファオメガ」として描かれていたりします。カトリック教会などの壁画では、右手で祝福のポーズ(人差し指と中指を伸ばす)、左手に聖書を抱えたキリストが天の玉座に腰掛けている御姿で描かれています。その背景に、万物の始まりを示す「アルファ」、万物の終わりを示す「オメガ」が描かれています。

「わたしはアルファであり、オメガ」は「ヨハネの黙示録」のオリジナルではなくて、旧約聖書「イザヤ書」が典拠です。「イザヤ書」41章4節「この事を起こし、成し遂げたのは誰か。/それは、主なるわたし。/初めから代々の人を呼び出すもの/初めであり、後の代と共にいるもの」。44章6節「わたしは初めであり、終わりである。/わたしをおいて神はない」。48章12節「わたしは神、初めであり、また終わりであるもの」。

3.タウ十字架伝説

この段階では、ヘブライ語の「ローシュ/初め」と「アハリート/終わり」という語が使われているだけです。しかし、後のラビ文書(「ミシュナ」や「タルムード」)の中で、ヘブライ文字の最初と最後、即ち「アーレフ」と「ターウ」の文字の組み合わせが用いられるようになったそうです。

要するに「アルファオメガ」とは、@神が「永遠の存在/the Eternal One」であること、更には、A万物の本源であること、Bそこから神の命の力を与えられたキリストこそが万物の「完成者」であること、そのような信仰の告白なのです。そう言えば、ヘブライ文字の最後の「ターウ」には「記号、印」の意味に加え(現代ヘブライ語では「音符」も「ターウ」です)、「十字架」という意味もあるという与太話も聞いたことがあります。

それは恐らく「タウ十字架」のことでは無いかと思います。英語の「T」に当たるのがギリシア語「タウ/Τ」ですが、音の近いヘブライ語の「ターウ」と混同されたのでしょう。要するに「T字型をした十字架」のことです。イエスさまが貼り付けにされた十字架は、私たちが礼拝堂に掲げている「ラテン十字架」ではなくて、史的には「タウ十字架」だった可能性が高いとされています。

「エゼキエル書」9章4節では、神さまが預言者エゼキエルに「都の中、エルサレムの中を巡り、その中で行われているあらゆる忌まわしいことのゆえに、嘆き悲しんでいる者の額に印(ターウ)を付けよ」と命じています。この「印」が「タウ十字架」を指すと考えられたのです。アッシジのフランシスコは自らの修道会に「タウ十字架」を採用し、「清貧、貞潔、従順」の誓いの印としたのでした。「嘆き悲しむ者」全ての慰めを祈りつつ…。

牧師 朝日研一朗

【2021年9月の月報より】

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2021年07月31日

我々は単なる数なり Numerus sumus

1.核兵器五輪

コロナ禍の今、オリンピック東京大会が開催中です。私も息子と一緒に、サッカー日本代表の試合だけは欠かさず観ていますが、「平和月間」の8月に相応しく、核弾頭保有国のランキングを発表したいと思います。

ロシア6,260発、米国5,550発、中国350発、フランス290発、英国225発、パキスタン165発、インド160発、イスラエル90発、北朝鮮40発(2021年6月1日現在、長崎大学核兵器廃絶研究センター)と成っています。しかも、現在の核兵器1発の破壊力は、広島型原爆「リトルボーイ」の百倍と言われています。あの「リトルボーイ」等というフザケタ名前の通りに、かつての原爆の破壊力が如何にも「ごく小さい」と言われているかのような、異常な錯覚に陥りそうです。

世界に1万3千発余の核兵器が存在し、総計6千6百メガトンの破壊力があると言われています。広島の「リトルボーイ」が15キロトン、長崎の「ファットマン」が21キロトンです。「メガトン」とは「キロトン」の千倍を意味します。つまり、TNT爆薬の爆発に換算すると、1メガトンは百万トンです。その6千6百倍ですから、66億トンでしょうか。原爆投下直後の広島や長崎の惨状を思い浮かべながら、その3億倍、2億倍をイメージしてみるしかありません。

勿論、そんなことを、原爆を体験していない私たちがイメージすることは不可能です。けれども、その2億倍なんて、たとえ被爆者の人でも想像することは出来ないでしょう。

2.関心喪失点

先日、逝去されたジャーナリスト、立花隆が「単位とイメージ」という文章の中で、こんなことを書いていたのを思い出します。少し長くなりますが、引用させて頂きます。

「核兵器の実験があるたびに、あるいは核戦略が問題にされるたびに、われわれはメガトンということばをきき、広島原爆何千発分という表現をきく。しかし、広島の被爆者のケロイドの写真を見て、食事がノドを通らぬ思いをした人たちでさえ、そうした数字をきいても、まるっきり無感動に受け止めてしまっている。」

「なぜだろうか? 慣れだろうか? それもある。が、それだけではない。人間には、イメージできる量の限界がある。量が大きくなりすぎても小さくなりすぎても、人間は無感動になって、関心を失ってしまう。」(立花隆著『文明の逆説』講談社文庫より)

この後、立花は「パーキンソンの法則」(Parkinson’ s law)を援用します。シリル・ノースコート・パーキンソン(Cyril Northcote Parkinson)は英国の政治学者・歴史学者です。自国の官僚制を分析した結果、人間が金額に対して(それも大きな金額と小さな金額に対して)「関心喪失点」を持っていることを発見したのです。

英国の財務委員会が1千万ポンドの原子炉建造計画の予算見積もり審議に要した時間は僅か2分半だったそうです。それに対して、事務職員の自転車置き場を350ポンドで作る予算審議に対しては、「屋根をトタンにすれば300ポンドで出来る」という意見が出て、45分間の議論。共同福祉委員会の会合の茶菓代、月35シリングの予算請求に対しては、1時間15分も沸騰した議論が続いたと言うのです。

多分、この時代(1950年代末)は1ポンドが(現在の貨幣価値で)5千円くらいの時代です。シリングは1ポンドの20分の1ですから、茶菓代35シリングは8,750円。自転車置き場の300ポンドは150万円。原子炉建造は500億円です。

ここからパーキンソンは、小さい数字の「関心喪失点」は、その人が賭け事で失っても良い金額、もしくは、慈善団体に寄付しても良いと思っている金額に等しいとしました。大きい数字の「関心喪失点」について、パーキンソンは書いていなかったそうで、立花は「私見だが、たぶんその人が一どきに費消した経験がある金額の十倍から二十倍くらいが極大点になるのではあるまいか」と述べています。

3.数字の魔力

例えば、悪名高き「アベノマスク」の費用総額は260億円だったそうです(内、配送費76億円)。当初言われていた466億円に比べれば、ズッとマシですが、それでも、詰まらない思い付きのために行なわれた、途方も無い無駄遣いです。私が安倍元首相なら国民に申し訳なくて、首を括っているはずです。

「東京オリンピック・パラリンピック」の大会経費は(今の所)1兆6440億円と言われています。歴代五輪の中で最も経費がかかった大会と成る見込みです。しかも、これまた、チケット販売などの回収は無くなり、観客による宿泊費、旅行費、飲食費などで事業者に零れ落ちる利鞘も全く見込めなくなりました。「夢の跡」には、用途を失った沢山の巨大施設が残ることでしょう(選手村はマンションとして売り出すそうですが…)。五輪の後も、しばらくは、各種競技の大会などを積極的に誘致するのでしょうが、そんなに利用料を見込めるものではありません。

結局、1兆6440億円と聞いても、260億円と聞いても、私たちにとってはイメージすることの出来ない数字です。核爆弾の66億トンも同様です。コロナの感染者数、死者数、重症患者数などの発表にも、私は大きな違和感を抱いています。その一人一人に人生があり、暮らしがあり、愛する家族が居るのです。それが全く見えない。

アッシリア帝国に攻め滅ぼされようとする、北王国イスラエルに向かって、ホセアは言いました。「これはあなたがたが自分の戦車を頼み、/勇士の多いことを頼んだためである。」(ホセア書10章13節/日本聖書協会訳)。

牧師 朝日研一朗

【2021年8月の月報より】

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2021年06月23日

カインの烙印

1.毒の盛り皿

「東京都の小池百合子知事は31日、新型コロナウイルスの新たな感染者が463人確認されたと発表した。30日の367人を上回り、2日連続で過去最高を上回った。200人を超えるのは4日連続。100人を超えるのは23日連続となる。7月の累計は6466人となり、最多だった4月の3748人を大きく上回った。…」

これは「朝日新聞デジタル」から拾い出した記事です。但し、昨年の記事です(2020年7月31日)。僅か1年前の記事ですが、これを読むと、長期化する「コロナ禍」の中で、私たちの感覚がどんなに麻痺してしまっているか分かります。因みに、2021年7月22日、東京の新規陽性者数は435人、遡って1週間の平均は405.9人、6月6日から22日までの17日間累計は7043人と成っているのです。

ワクチンの大規模接種、職域接種などの様子が盛んに報道され、声高に喧伝されるにつれて、人流の抑制が効かなくなっています。私の身の周りでも、二度のワクチン接種を終えた高齢者からは「安心しました」という喜びの声が聞かれます。「個人的な安心感」という意味では、誠に結構な話です。しかし、この国が「集団免疫」とやらを獲得するには「程遠い」という厳しい現実認識を持つべきかと思います。国民の7割が接種すれば「集団免疫」が獲得されると言われていますが、現在、1回のみの接種者が18%、2回接種者が8%、つまり、国民の2割程度に過ぎないのです。

昨今の人流増加、根拠なき安心感については「箍(タガ)が外れている」と感ぜざるを得ません。この危機感の欠落、感覚の麻痺には度し難いものがあります。「カミカゼ五輪」「本土決戦」断行も相俟(あいま)って、「毒を喰らわば皿まで」という事でしょうか。

2.悪魔の奴隷

身体機能の「麻痺」は「パララシス/paralysis」と言います。この語と「オリンピック」とを組み合わせた造語が「パラリンピック/Paralympic」です。「マルコによる福音書」2章には「中風の人/パラリュティコス」が登場して、イエスさまによって癒されています。その語源がギリシア語である事が分かります。

それでは、身体機能の「麻痺」ではなく、「心の麻痺」の方は如何でしょうか。「テモテへの手紙T」4章に、人々を迷わせて信仰の道を踏み外させる「偽り者/プセウドロゴス」に対する批判の言葉があります(「プセウドス/虚偽」+「ロゴス/言葉」)。4章2節「このこと(信仰から脱落する者がいる事)は、偽りを語る者たちの偽善によって引き起こされるのです。彼らは自分の良心に焼印を押されて居り」、善男善女の結婚を禁じたり、食物規定を強要したりしていたそうです。

「良心に焼印を押されている」は余り直訳に過ぎて、私たちには何の事なのか、チンプンカンプンです。福音派の「新改訳」は「彼らは良心が麻痺しており…」と訳しています。これが分かり易い。ここには「カウステーリアゾー/焼印を押す」という動詞が使われています。そこで「自分の良心を焼き金で焼かれている、自分の良心に焼印を押されている」と訳されているのです。古代社会には、所有者が家畜と同じように「奴隷に焼印を押す」習慣があったと思われます。そこから「罪の奴隷、悪魔の奴隷に成っている」という意味に転じたと言うのです。つまり、自身の「良心が悪魔の奴隷(所有物)に成っている」とするならば、それ即ち「良心が麻痺している」事なのです。

「良心」は英語で「コンシャンス/conscience」と言います。「コン/con-」は「com-/共に」、「サイエンス/science」は(「科学」と訳される事が多いですが)本来は「知識」です。ギリシア語も同じで、「良心」と訳されている「シュネイデーシス」は「シュン/共に」+「ヌース/知識、思考、分別」なのです。語源の「シュノイダ」という語は「ある事柄を誰かと共に知る、共に考える」事なのです。ですから、独り善がりや独断専行は「良心」から最も懸け離れた横暴なのです。「最初から結論ありき」等というのは、まさしく「良心を悪魔の奴隷にして」しまっているのです。

3.偽ブランド

その昔、アラン・ラッド(『シェーン』の人)主演の『烙印/Branded』(1950年)という西部劇がありました。賭博師が悪党に唆されて、行方不明の牧場主の息子に成り済まして、牧場の財産を横領しようと企んだものの、牧場主の娘を愛するようになって、善の道に立ち帰るという粗筋です。題名の「ブランデッド」とは、牧場主が焼印を押して、自らの所有とした畜牛(cattle)の事です。

つまり「ブランド」があるか無いか、どんな「ブランド」が押されているかで、所有者が判別されるのです。他所の牧場の「烙印/ブランド」のある畜牛を持っていたら、「牛泥棒」として縛り首にされるのです。現代では「ブランド品」等と言って「商標、銘柄」という意味で使われますが、「偽ブランド」を販売したら、手が後ろに回るのは同じです。言うまでもありませんが、「オリンピック」もブランドです。

五輪のエンブレムの入った商品に、特別な価値があるとされているのは、ブランドだからです。五輪のメダリストに対しても「レジェンド」として最高の敬意が払われています。私もスポーツ観戦は好きですから、目くじらは立てたく無いのですが、「オリンピック貴族」とも言われる「IOC/国際オリンピック委員会」一族による、破格の贅沢三昧な要求などを耳にするにつけ、アスリートの流す血と汗と涙を(それに加えて国民の税金を)糧にして私腹を肥やし続けている人たちがいるのだと実感しました。「感動のドラマ」の陰で、ビッグマネーが動く、このカラクリだけは、この際、見据えて置いた方が良いと思います。

牧師 朝日研一朗

【2021年7月の月報より】

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2021年05月29日

ひとりぼっちじゃない

1.ぼっち礼拝

当教会では「緊急事態宣言」発出に伴う休止中には、音声配信を行なっています。けれども、これは所謂「ライヴ」ではなく、事前に「録音」されたものです。それとは別に、日曜日の午前10時半に、牧師は礼拝堂において、会員とその家族、教友、CSの子どもたちとその家族のために祈りを奉げています。お一人お一人の名前を唱えてお祈ります。勿論、コロナ禍の収束のためにも祈れないではいられません。

カトリック教会では、聖職者(司教、司祭、助祭)のみで「非公開ミサ」を執り行なっているそうです。プロテスタント教会でも大規模教会では、数名の教職(牧師、副牧師、伝道師)が通常のプログラムに則って、礼拝を執り行なっているそうです。それを「YouTube」で配信なさっているのです。

さて、私の場合ですが、独りで祈っているので、冗談半分に「ぼっち礼拝」等と名付けていました。それを妻(現在、京都にいます)に言うと、このように叱咤されたのでした。「そんな悲しいことを牧師が言っちゃいけないよ。神さまがいらっしゃるでしょう!」。

自分の愚かさに呆然としました。そんな当たり前のことすらも、私は忘れてしまっていたのです。否、むしろ、私たちが「独りぼっち」と感じる時にこそ、孤独や孤立、疎外に悩んでいる時にこそ、主なる神は側近くにいて下さるのです。

2.共にある主

その秘義を私たちに最も明らかに示してくれたのが「インマヌエル/神は我々と共におられる」という御言葉であったはずです。この「インマヌエル」という語は、有名なクリスマスの記事の中に出て来ます。許婚のマリアの懐妊を知り、離縁しようと悩むヨセフに、主の天使が語り掛けたのでした。

「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。/その名はインマヌエルと呼ばれる。」(「マタイによる福音書」1章23節)。この「インマヌエル預言」は「イザヤ書」7章14節からの引用です。ヘブライ語の「インマーヌー・エール」の「エール」が「神」です。「イム」が「共に」、「アーヌー」が「私たち」です。直訳は「神は我らと共に」です。従って「おられる」とか「いる」とかの動詞は、飽く迄も説明的な付加に過ぎません。

例えば、ドイツの宗教改革者、マルティン・ルターは、ヴォルムスの国会に召喚されて審問を受けた時、「我ここに立つ。他に為し能はず。神よ、我を助け給へ。/Hier stehe Ich. Ich kann nicht anders. Gott hilffe mir.」と言ったそうですが、この「我ここに立つ」も「神は我らと共に」を前提としていると考えられます。

ルターの名文句「我ここに立つ」は、ディズニーの大ヒット映画『アナと雪の女王』の、これまた大ヒットナンバー「ありのままの/Let It Go」の中の、最も重要な歌詞に受け継がれています。「Here I stand and here I stay/ここに私は立つ、ここに私は留まる」です。怪物呼ばわりされ、祖国を追われたエルサが最果ての山に辿り着き、そこに自らの氷の城を築き、自分独りで生きて行く決心を謳い上げる、最も感動的な場面です。「ここに立つ!」と、自らの足でドンッと地を踏むエルサの姿は、恐らく、これを幼少時に観た少女たちの心に深く刻まれたはずです。そして、もう後10年もすれば、その子たちが声を上げ始めるに違いありません。これもまた、ルターの遠い反響なのです。

3.孤独の中で

ベン・E・キングの大ヒット曲「スタンド・バイ・ミー/Stand by Me」(1961年)もまた、同じ心情を歌ったナンバーです。実は「スタンド・バイ・ミー」は、黒人霊歌「主よ、我が傍らに立ち給え/Lord, Stand by Me」(1905年)にインスパイアされたものだと言われています。要するに「神への呼び掛け」を「友への呼び掛け」に置き変えたのですが、あの歌を聴いて、私たちの魂が震えるのは、その底流に「神への呼び掛け」が隠されているからなのです。「孤独な魂」の叫びなのです。

コロナ禍の現在、孤独に苦しみ悩む人が増えていると聞きます。インターネットに飛び付く気持ちも分からないではありませんが、ネットの世界は「危険がいっぱい」です。むしろ、こんな時だからこそ、自らの孤独を深めて欲しいと、私は思うのです。実は、信仰にとって「孤独」は重要な要素です。魂が孤独でなければ、本当に神に近付くこと等は出来ないのです。神さまを呼び求めることもないのです。

14世紀ドイツの神秘主義者、マイスター・エックハルトは「離在/アプゲシャイデンハイト/Abgescheidenheit」という語で表現しました。独和辞典では「隠遁、隠居」等と訳されていますが、神秘主義の研究者の間では「離在、離脱」と訳されています。「思い煩いなく純粋であろうと欲する者は、唯一のもの、即ち、離在を得なければならない」。これはエックハルトが「ルカによる福音書」10章41〜42節「マルタよ、マルタよ、あなたは多くのことに心を配って思いわずらっている。しかし、なくてならぬものは多くはない。いや、一つだけである」(協会訳)という御言葉に付け加えた註釈です。

この世から離れ、社会から退き、愛する家族や友と別れ、独りぼっちになった時、その時にこそ「なくてならぬものは多くは無い。たった一つである」と仰る御方に近付くことが出来るのでは無いでしょうか。孤独の中でこそ「共に居られる」神と出会うのです。

16世紀のスペインの神秘家、サン・ファン・デラ・クルス(十字架の聖ヨハネ)も言います。「孤独な鳥の条件は五つある。/第一に、孤独な鳥は高く高く飛ぶ。/第二に、孤独な鳥は仲間や同類に煩わされない。/第三に、孤独な鳥は嘴を天に向ける。/第四に、孤独な鳥は決まった色を持たない。/第五に、孤独な鳥は優しく歌う」。

牧師 朝日研一朗

【2021年6月の月報より】

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2021年04月25日

天国への階段

1.ツェッペリン

もう長い年月、久しく忘れていた、一つの光景と音色が蘇って来ました。

障碍のある次男が京都の大学に進学し、その支援のために妻も京都に行ったことが契機となり、母教会のメンバーと約30年ぶりに連絡を取り合うようになったのです。

学生時代に通っていた母教会では、礼拝が終わると、毎週「ポトラック/Potluk」(持ち寄りの食事会)が行なわれていました。貧乏学生の私たちは、専ら食べる係でした。いや、それは幾ら何でも言い過ぎ。食事の後片付け(テーブルや椅子の収納と皿洗い)を担当していました。しかしながら、牧師から「お前、日頃ろくなもん食ってないんだから、もっと食べろ」等と勧められるまま、それを真に受けていたのは事実です。片付けが終了すると、庭に出てタバコを吸ったり、皆で次の会報の相談をしたり、お喋りをしながら、のんびりと日曜日の午後を過ごしていたものです。

そんな傍らで、Y君はアコースティックギターを爪弾いていました。礼拝の奏楽のために彼が持ち込んだギターでしたが、今思えば、下宿で練習するよりも、心置きなく弾けたからかも知れません。練習していたのは、どれもブリティッシュ・ロックの曲でした。その定番の練習曲の1つが、1970年代英国のロックバンド、レッド・ツェッペリン(Led Zeppelin)の「天国への階段/Stairway to Heaven」(1971年)でした。勿論、彼が弾くのは、ギターソロのイントロ部分だけだったのですが、私も大スキな曲だったので、彼がそれを弾き始めた時だけは、思わず、うっとりと耳を傾けていたものです。

因みに、当時、文学部国文学科に在籍していて「作家になりたい」と言っていた、そのY君も牧師になり、今は岩手県の教会にいます。

2.メイクイーン

急に思い出したのは、主の「昇天日/Ascension Day」のことを考えていたからでもあります。イースター(復活日)から40日目の木曜日が「昇天日」です。「使徒信条」に「天に昇り、全能の父なる神の右に座したまへり」とあるように、このキリスト昇天こそが復活の御業の完成とされています。実は「偲ぶ会」(昨年、コロナ禍のために延期された)を5月に開催することにしたのも、この「昇天日」に因んでのことです。

そこで、ツェッペリンの「天国への階段」を聴き直してみると、歌詞の中に「生垣の中からざわめきが聞こえても驚かなくていい/それはメイクイーンを迎えるための掃除なのだから」という一節があったりして、益々、啓示のように感じてしまったのでした。「メイクイーン/May queen」は文字通り「五月の女王」です。「五月祭」の際に、白いドレスを着て、花の冠を被って踊る少女のことです。勿論、ジャガイモの「メークイーン」という品種も英国発祥で、「五月の女王」から採られたものです。

大学時代の先輩(これまた国文科)Mは、福岡女学院で国語の教師をしています。彼から女学院では、毎年5月18日の創立記念日には「メイポール・ダンス」が行なわれると聞いてビックリしたことがあります。「メイポール/五月柱」と呼ばれる、飾り付けをした柱の周りで、夏服(当然、白い)に衣替えした女学院の生徒たち(中学2年生)が、柱に結ばれた紅白のリボンを持って、大群舞を繰り広げるのです。ポールの高さは3.5メートル、リボンは12本です。学年全員が参加するのですから、校庭にポールは何本も立てられるのでしょう。1916年から行なわれているそうです。「それで、ジャガイモの女王を選ぶんよね」と言われて、思わず「それって、メークイーンじゃん!」と応えたのを思い出します。

福岡女学院はセーラー服の発祥校としても知られていますが、創立者は、米国メソジスト監督教会の宣教師、ジェニー・ギール(Jenny Gheer)です。厳格なメソジスト系の学校で、キリスト教以前に遡る習俗が行なわれているのは奇異に思われます。しかし、そこにも歴史の変転があるのです。英国本土では、イースターやペンテコステ(聖霊降臨日)にも「メイポール・ダンス」が行なわれていたのですが、ピューリタン(清教徒)の批判を浴びて一旦は廃れました。それが、19世紀末に民謡収集家のセシル・シャープ(Cecil Sharp)のフィールドワークにより発掘、再評価され、学校教育に導入されるに至ったそうです(讃美歌104番「愛する二人に」(The Water Is Wide)が歌えるのも、この人の御蔭です)。

3.グリッターズ

さて、ツェッペリンの「天国への階段」は、こんな歌詞で始まります。「輝くもの全て黄金なりと信じる婦人がいる。/彼女は天国へと続く階段を買おうとしている。/そこに辿り着きさえすれば/たとえ商店が全て閉まっていても/それが一言で手に入れられると思っている。/ああ、彼女は天国への階段を買うつもりなのだ」。

作詞・作曲は、ジミー・ペイジ(Jimmy Page)とロバート・プラント(Robert Plant)の共作ということに成っています。ペイジの静かなアコースティック・ギター・ソロ、プラントの呟きか呻きのような歌声で始まり、最後にはハードなシャウトに達して、また静かに終息して行きます。演奏時間8分にも及ぶ大曲です。

実は、冒頭の「輝くもの全て黄金なり」と思い込んでいる女性の妄執は「輝くもの全てが黄金に非ず/All that glitters is not gold」(「輝くものが全て黄金であるとは限らない」)という言葉のモジリなのです。シェイクスピアの『ヴェニスの商人』の中で、ポーシャに求婚したモロッコの大公が、彼女に渡した黄金の宝石箱の中に入っていた紙切れの警句、それが「輝くもの全てが金に非ず」だったのです。

今の世の中は「光輝くもの/グリッターズ」に満ち溢れています。しかし、私たちにとって、本当に「輝いているもの」とは何でしょうか。

牧師 朝日研一朗

【2021年5月の月報より】

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2021年03月28日

テウルギアの復権

1.層雲堆を成して

聖所聖域と呼ばれる場所は、ある日突然に生まれるのではなく、古い祠や寺院の上に建て増しされます。聖なる都エルサレムもまた、ダビデ王が征服する以前から、先住のエブス人の聖所でした。更に遡ると「創世記」14章には、サレム(エルサレムの古名)の祭司王メルキゼデクが、戦功を上げた族長アブラハムを祝福したという記事があります。現在では、キリスト教徒やイスラームも、エルサレムを「聖地」と指定しているために、却って厄介な事態を引き起こしているのは御存知の通りです。

同じように、それぞれの宗派が旨とする聖典も、ある日突然に生まれたのではなく、他の宗教の聖典経典や説話説法、教義教訓や戒律など幾つもの古い伝承が積み重なって形成されて行ったものです。例えば「創世記」6〜8章の「洪水物語」は、バビロニアの「ギルガメシュ叙事詩」や「アトラ・ハシース叙事詩」が原型に成っていますし、「ヨブ記」は、アッカド語の「ルドゥルル・ベル・メネキ」や「バビロニアの神義論」から「罪なき義人の苦しみ」というテーマを受け継いで発展させた傑作です。

「これ、まんま、パクリじゃん」「オリジナルでは無いから価値が無い」等と考えるのは、著作権で金儲けが出来るように成った近現代の浅墓な論理です。むしろ「詠み人知らず」のまま、時代を超えて語り継がれ歌い継がれ、引用され借用され、時代や状況に応じて改変され、語り手や歌い手、聞き手の思念が何層にも積み重ねられたテキスト(本文)であればこそ、尚の事、尊いと言えるのでは無いでしょうか。そのような骨太なテキストは、実に多種多様な読み方を受容してくれます。つまり、懐が深いのです。

丁度、皆さんが愛でる薔薇の花と同じです。チベット原産ですが、中近東や北アフリカに拡がり、クレオパトラやネロ帝に愛好されました。イスラーム世界ではムハンマドやアッラーを象徴する花とされ、十字軍が欧州に持ち帰っては聖母マリアの花とされました。数千年に渡り、交雑による品種改良が繰り返された結果、今の薔薇が存在しているのです。

2.聖なる過越の宴

イースター(復活日)の前の1週間を「受難週/Passion Week」と言います。カトリック教会では「聖週間/Holy Week」と呼んでいます。イースターの前の日曜日が「棕梠の主日/Palm Sunday」です。その週の木曜日は、主イエスが「最後の晩餐」の時、弟子たちの足をお洗いになった「洗足木曜日/Maundy Thursday」、その翌日の金曜日は主イエスが十字架に磔にされた「受難日/Good Friday」と成っています。

悲しむべき「受難日」なのに「グッド」と言うのは、「良い」の意味ではなく、教会によって「聖別された」の意味です。「洗足木曜日」の「モーンディ」はラテン語の「マンダートゥム/mandātum/委任、命令、指図」から来ています。「私があなたがたに与える新しい命令(a new commandment)」(英訳聖書「NRSV/新欽定訳」)です。即ち「ヨハネによる福音書」13章34節「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」に当たります。

さて「洗足木曜日」から始まる「受難週」のクライマックスとも言える3日間ですが、カトリック教会では「聖なる過越の3日間/Sacrum Trīduum Paschale/サクルム・トリードゥーム・パスカレ」と言います。1570年のトリエント公会議で、この典礼が確立したと言われています。それ以前には、教会は土曜日の晩から(日没と共に翌日のイースターが始まります)徹夜の祈祷をしていただけでした。

確かに「最後の晩餐」とは「過越祭」の食事(儀式)に他なりません。「一同は賛美の歌をうたってから、オリーブ山へ出かけた」(「マタイによる福音書」26章30節)と書いてあるのも、過越の食事の終わりに歌う「ハレル詩編」(「詩編」115〜118編)の事でしょう。

3.神に働き掛ける

「出エジプト」の出来事を祝う春の祝祭が「過越祭」です。英語では文字通り「パスオーヴァー/Passover/過ぎ越す」と訳されています。主なる神ヤハウェの命令に従って、供犠(くぎ)として小羊を屠り、その血を自宅の鴨居と柱に塗ったイスラエルの民の家では、災いが「過ぎ越した」のです。しかし、何も知らないエジプト人の家では、その家の初子が全て死んだのです(「出エジプト記」12章29〜30節)。

何が「過ぎ越した」のかと言えば、ズバリ、死神です。バビロニアの疫病と死を司る祟り神「ネルガル」との類似点を指摘する聖書学者もいます。ヘブライ語で「過越祭」を「ペサハ」と言いますが、その語源は「霊魂を宥める」という意味のアッカド語「パサッハ」と同じなのだそうです。つまり、本来「過越祭」は「厄除けと霊的な加護」を祈る儀式だったのです。家内安全と疫病退散のための魔除けの儀式なのです。

ローマ教会の堕落(免罪符)からの反動もあってでしょう、宗教改革以後、キリスト教会では、祈りは専ら内面的(霊的)なものが尊ばれ、聖書的な裏付けが必要とされました。その結果、「悔い改め」「感謝」「賛美」ばかりが重んじられ、「祈願」は軽視されて来ました。しかし、本来「祈願」こそは、祈りの中心では無かったでしょうか。

「テウルギア/Theurgia」という語があります。「招魂術、妖術」等と訳されることが多いのですが、語義的には「神働術」と訳すべきでしょう。要するに「神に働き掛ける術(すべ)としての祈り」です。祈りは、私たち人間の側から神さまへの呼び掛け、助けを求める叫びや悲鳴、訴えや嘆願です。「我らを試みに遭わせず、悪より救い出し給え」という「主の祈り」を嚆矢としますが、子どもが親に糧(パンや卵)を求めるのと同じように、もっと素直に、もっと飾らずに、「コロナ禍」の今こそ、自分たちの加護や癒しを祈りましょう。

牧師 朝日研一朗

【2021年4月の月報より】

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