2017年12月31日

奇妙なオルガン

1.天馬博士のオルガン

『鉄腕アトム』と言えば、手塚治虫の原作もさることながら、1963〜1966年(昭和38〜41年)に、フジテレビ系列で放映された日本初の国産アニメ(虫プロダクション)が有名です。動きがリアルで丁寧な(ディズニーや東映動画に代表される)フルアニメーションに対して、制作費と製作時間を削減するための、リミテッドアニメーション(フィルム3コマにつき1枚の動画)、バンクシステム(同じセル画の使い回し)を確立した「ジャパニメーション」草創期の作品です。

記念すべき第1話「アトム誕生」の放映は1月1日でした。また、第2話「フランケン」、第3話「火星探検」までは、手塚自身が演出を担当しています。並々ならぬ意気込みが伺えます。

第1話「アトム誕生」では、交通事故で独り息子の「飛雄」を失った天馬博士が、人間型のロボットを発明し、息子の名前を採って「トビオ」と命名します。人間と同じように細やかな感情まで持っている「トビオ」でしたが、天馬博士は次第に、人間のように成長しないトビオに苛立ちを感じるようになり、結局、サーカス団に売り飛ばしてしまうのです。「鉄腕アトム」と命名するのは、サーカス団の団長(ハム・エッグ)なのです。アトムはローマの剣闘士さながら、残酷な「ロボット対戦」をさせられるのですが…。

ところで、天馬博士が「トビオ」=「アトム」を完成させる場面ですが、彼が操作する機械は、明らかにパイプオルガンをイメージしています。但し、そこで響き渡るのはベートーヴェンの「運命」第1楽章の有名な旋律です。

2.オペラ座のオルガン

手塚治虫が映画、とりわけSF映画と怪奇映画に造詣が深かったことは有名です。「アトム誕生」の場面は、ユニヴァーサルの『フランケンシュタイン』(1931年)や『フランケンシュタインの花嫁』(1935年)、『フランケンシュタインの復活』(1939年)を思い出さない訳には参りません。あるいは、フリッツ・ラングの『メトロポリス』(1926年)におけるアンドロイド「マリア」創造の場面も思い出されます。

それにしても、天馬博士のオペレーションがオルガンであるのは、一体、どこから来ているのでしょうか。私がすぐに思い出したのは『バーバレラ』(1968年)です。デュラン・デュラン博士が自身の発明による「オルガニズム拷問マシン」(凄い洒落)に、バーバレラを入れて、パイプオルガン演奏よろしく自ら操作していました。

近くは『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』(2006年)があります。蛸のような顔をした悪霊、デイヴィ・ジョーンズが海賊船「フライング・ダッチマン号」(彷徨える阿蘭陀人!)の中で、両手のみならず、顎から垂れ下がる触手をも使って、パイプオルガンを弾いていました。海賊船の船内にパイプオルガンとは笑えるではありませんか。ともかく、怪奇趣味にはオルガンがよく似合うのです。

恐らく、その原点は『オペラの怪人』=『オペラ座の怪人』(1925年)でしょう。自分が溺愛する無名の新人、クリスティーヌを主役にするために、ファントム(「怪人、幽霊」)と呼ばれるエリックが暗躍する物語です。エリックはクリスティーヌに恋する余り、彼女を誘拐して、ガルニエ宮地下の秘密の部屋に監禁して、自分を愛するように迫ります。しかし、クリスティーヌは、エリックが一心にパイプオルガンを弾いている最中、仮面を剝ぎ取ってしまいます。そこから表われた彼の醜い素顔は…。

ガストン・ルルーの原作は知りませんが、この映画のエリックはオペラ座のオルガニストだったという設定です。それで、このサイレント(無声)映画を上映して、パイプオルガンの即興演奏を入れたリサイタルが行なわれたりしているのです。

3.パスカルのオルガン

17世紀フランスの思想家、ブレーズ・パスカルは『パンセ』の中で、人間を「奇妙なオルガン」に譬えています。

「気まぐれ。――人は普通のオルガンを弾くつもりで、人間に接する。なるほど人間はオルガンではあるが、奇妙な、変わりやすい、移り気なオルガンである。そのパイプは音階の順に並んでいない。普通のオルガンしか弾けない人は、この諧音では音を出すことができない。鍵盤がどこにあるかを知らなければならない。」(松浪信三郎訳、河出書房新社)。

最後の「鍵盤/touches」という語は、草稿に欠落して居り、多くの版本がこれを採用していますが、全く確定していません。パスカル自身、モンテーニュの『随想録』に触発されているらしいのですが、『随想録』には、以下の如き同趣旨の発言があります。曰く「1つのペダル(marche)を踏んだ者は、すべてに触れたも同然である。それは極めて協和的な音の調和であり、決して調子外れになることがない」。従って「鍵盤」ではなく「ペダル/marche」という語を補う本も出て来ています。

突然に「なるほど人間はオルガンであるが…」等と言われても、私たちは狐に摘まれたような気分に成りますが、以前にも申し上げた通り、「オルガン」のラテン語「organum/オルガヌム」とは「道具、楽器」であり、「器官、臓器」の意味にも派生しているのです。ですから「なるほど人間はオルガン」なのです。

「気まぐれ」という訳語も「一定しない事」とする訳者もいます。人間というものは難しい。人間付き合いは難しい。人に接してみると、人によって反応もまちまちで、その日の機嫌や健康状態、天候や気候によっても変わり易く、安定していないのです。だから、この人間というオルガンでは和音を奏でられない。そのようにパスカルは言っているようです。

牧師 朝日研一朗

【2018年1月の月報より】

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2017年11月26日

サンタ解体新書

1.クリスマスホラー

ホラー映画ファンにとっては、『聖し血の夜』(1974年)、『サンタが殺しにやって来る』(1980年)、『悪魔のサンタクロース/惨殺の斧』(1984年)の3作が、クリスマスの定番メニューです。

『聖し血の夜』(再ソフト化に際して『ブラッディ✛ナイト/聖し血の夜』と改題)は、知る人ぞ知るカルト映画です。本来「暗い満月の夜/Night of the Dark Full Moon」という、結構、凝った原題だったのです。よく見ると「満月/full moon」と「晦日(みそか)、月隠(つごもり)/dark moon」)」を掛け合わせてあるのです(それならば「大月隠(おおつごもり)」ということでしょうか…)。しかし、本国でも「聖し血の夜/Silent Night,Bloody Night」という「きよしこの夜」のパロディに改題されてしまいました。

題名が変えられてしまうのは、この類いの低予算ホラーの宿命のようで、『サンタが殺しにやって来る』も同じ運命を辿っています。邦題の通り、サンタクロースの衣装に身を包んだ殺人鬼が、良い子にはプレゼントを渡しつつ、悪い大人たちを惨殺して回る、『13日の金曜日』と同じような(公開年も同じ)スラッシャー映画です。これも原題は「気を付けた方がいいよ/You Better Watch Out」だったのですが、「クリスマスの悪魔/Christmas Evil」と改題されました。

これらクリスマスホラーの決定打と成ったのが『悪魔のサンタクロース/惨殺の斧』でした。「ポスターやテレビCMを見た子どもたちが、サンタクロースに脅えるようになった」と、全米のPTA団体から抗議が殺到し、NYでは上映反対運動まで巻き起こったのですが、皮肉なことには、その御陰で、シリーズが第5作まで作られる程の、意外なヒット作と成ったのです。原題は「Silent Night,Deadly Night/聖し死の夜」でした。そして、この作品のヒットの御陰で、例の『聖し血の夜』も(改題されて)陽の目を見たという訳です。

2.サンタとなまはげ

『悪魔のサンタクロース/惨殺の斧』のポスターは、サンタクロースの衣装を着た何者かが、雪の積もった屋根の上、煉瓦造りの煙突から民家に侵入しようとしている絵柄です。右手には「惨殺の斧」が握られていて、「死の夜/Deadly Night」の赤い文字からは血が滴っています。日本の毒々しいポスターを見慣れている私たちとしては、こんなデザインのどこが、そんなに子どもたちを脅えさせたのかと思います。

そう言えば、秋田県の「なまはげ」も出刃包丁を手にしています。あれは、冬に働かないで、囲炉裏に当たって怠けてばかりいる、子どもや初嫁の手足に「なもみ」と言われる低温火傷が出来るそうで、それを剝ぎ取るために包丁(あるいは鉈(なた)、もしくは御幣の付いた杖)と桶(勿論「なもみ」を入れる)を持って、家々を回っているのだそうです。「なもみ」を「剝ぐ」から「なまはげ」なのだそうです。

サンタのモデルは、言うまでもなく、3世紀の小アジアはミュラの司教、聖ニコラウスです。しかし、モデルは1つではありません。様々な要素が入り混じっているのです。もう1つは「冬親爺」=「ヘル・ヴィンテル/Herr Winter」です。ヴァイキングが一族の誰か1人に、冬を擬人化した人物を演じさせ、それを丁重に持て成すことで、厳しい冬に挨拶をして、冬を懐柔しようとしたのです。「冬親爺」は、フード付きのコートを羽織り、頭に蠟燭を灯した柊の冠を被っています。これが後に、ドイツで「クリスマス親爺」=「ヴァイナハツマン/Weihnachtsmann」と呼ばれるように成ります。サンタクロースのことを、英国人が「ファーザー・クリスマス/Father Christmas」、フランス人が「ペール・ノエル/Père Noël」と呼ぶのも、恐らく、同じ「冬親爺」の流れを汲むからでは無いでしょうか。

他にも様々な要素が入り交じっています。「ペルヒタ/Perchta」(独)は角のある仮面を付けた怪物で、日本の獅子舞を思わせます。女サンタである「ベファーナ/Befana」(伊)や「バブーシュカ/Babushka」(露)は箒に乗って空を飛び、煙突から民家に侵入します。サンタの従者と言えば、日本ではトナカイだけですが、「黒いピート/Zwarte Piet」(蘭、白)や「鞭打ち爺さん/Le Père Fouettard」(仏)は悪い子を殴りますし、半獣半人の「クランプス/Krampusz」(独、洪)は人の顔に煤を塗り付けます。

『悪魔のサンタクロース』のポスターに、全米の子どもたちが恐怖したのは、もしかしたら、彼らの潜在意識の中にある、これら「黒いサンタクロース」の禍々しい記憶を呼び覚ましたからでは無いでしょうか。

3.クリスマスの親爺

1983年の大島渚監督作品『戦場のメリークリスマス』(Merry Christmas Mr.Lawrence)を御覧になった方は、酒に酔ったハラ軍曹(ビートたけし)が「クリスマスの祝いだ」とばかり、勝手に営倉(懲罰房)入りの捕虜、ロレンス(トム・コンティ)とセリエ(デイヴィッド・ボウイ)を出してしまう場面を覚えて居られるでしょう。

「ロレンスさん、ファーゼル・クリースマス、知っていますか? 今夜、私がファーゼル・クリースマス」と言うのです。原作はローレンス・ヴァン・デル・ポストの『影の獄にて』。戦時下のジャワ島の日本軍の捕虜収容所を舞台にした小説です。私の手元にある「ペンギン」のペーパーバックを開くと「Fazeru Kurīsumasu」と綴られています。

既に明治40年代には、「サンタクロース」という名称が日本の一般社会で使われていました。にも拘わらず、大正生まれ(多分)のハラ軍曹が「ファーザー・クリスマス」と言うのです。ここから、もしや彼は聖公会系の教会の日曜学校に(あるいは、クリスマス会に)一度くらい行ったことがあったかも知れない、そんなことを私は妄想してしまうのでした。

牧師 朝日研一朗

【2017年12月の月報より】

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2017年10月29日

異端審問と魔女狩り

「宗教改革五百年記念」と称して、様々なイベントが行なわれているようですが、違和感を禁じ得ないのは、専ら「宗教改革の成功」だけを記念して、お祝いしているように思われる点です。ルター以前にも、宗教改革の運動は何度も起こっていました。但し、その都度、ローマ教会の強権により圧殺されていたのです。所謂「実現しなかった宗教改革」が幾つもあったのです。

ボヘミアのヤン・フスは、聖書の自国語への翻訳においても、免償符批判においても、ルターの先駆けとなる人物です。1415年に火刑に処せられています。ルターの宗教改革を溯ること、百年も前の出来事です。プラハの礼拝堂で「真理が勝つ」と説教をするフスの勇姿は、アルフォンス・ミュシャ(ムハ)の巨大な絵画「スラヴ叙事詩」にも描かれています。

そのフスに影響を与えたのが、英国のジョン・ウィクリフです。ウィクリフは聖書の英訳を行ない、堕落したローマ教会を批判し、聖餐の化体説も否定しました。その結果、フスが火刑に処せられたのと同じ年に、ウィクリフもまた異端者として断罪され、ローマ教皇庁は彼の墓を暴き、著書を焼くことを命じました。

その他、メディチ家と対決して絞首刑に処せられた、ジロラーモ・サヴォナローラ、異端審問にかけられ、終身禁固刑にされたヴェーゼルのヨハン、オランダのヨハン・ヴェッセル等、「宗教改革前の宗教改革者」がいたことを忘れてはなりません。これらの改革者たちは「異端/Haeresis」の宣告を受け、迫害されたのです。

更に溯れば、11〜13世紀、南仏トゥルーズに起こった「アルビ派」、リヨンから南欧に拡がった「ワルドー派」、東欧の「ボゴミール派」のことも思い出されます。彼らは十把一絡げに「カタリ派」と呼ばれていました。この人たちは、度重なる「十字軍」によって殲滅虐殺されたのです。その二元論的な教えから、世界史の教科書でも「異端」と烙印を押されています。しかし、プロテスタントの代名詞とも言える「ピューリタン/清教徒」という語も、そもそも反対者たちが「カタリ派」という意味で用いた蔑称でありました。「カタリ」はギリシア語の「カタロス/聖潔な、純粋な」から来ているのです。

ローマ教会によって異端審問制度が大規模に整備強化されたのは、13世紀前半「カタリ派」の撲滅が目的でした。それが15世紀には宗教改革者たちを弾圧し、一般庶民の間でも「魔女狩り」として猛威を振るうこととなります。密告が市民の義務とされ、拷問や処刑が日常茶飯事となります。ローマ教会だけではなく、宗教改革者の陣営内でも、異端審問や魔女狩りが行なわれていたのですから、皮肉としか言いようがありません。例えば、カルヴァン支配下のジュネーヴでは、神学者のミシェル・セルヴェが火焙りにされました。

「宗教改革五百年」を記念するのは結構ですが、プロテスタントの先駆けとなった信仰共同体や改革者たち、宗教改革の余波とも言える「魔女狩り」で殺されていった無辜の民、そこにも、私たちと繋がる何かが確かにあることを覚えたいのです。


【会報「行人坂」No.255 2017年10月発行より】

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収穫の主に願いを

1.収穫感謝

日本基督教団では、11月第4主日を「収穫感謝日」として礼拝を守っています。「詩編」67編8節が「大地は作物を実らせました。/神、わたしたちの神が わたしたちを祝福してくださいますように。」と歌っているのは「収穫感謝祭の歌」とされています。

ユダヤ教の収穫感謝祭は、春と秋、年に2回ありました。従って、ヘブル語の「収穫」という語も2つあるのです。「カーツィール」は「刈り入れ」、麦の収穫を意味します。「バーツィール」は「摘み取り」、葡萄の収穫を意味します。

4月中旬に大麦の刈り入れが始まり、レンズ豆、スパイスに使うクロタネ草(Nigella)を収穫、その2〜3週間後に小麦、スペルタ麦と続きます。同じパレスチナ地方でも収穫の時期は地域によって差があり(桜前線みたい)、温暖なエリコ付近では、4月に大麦の刈り入れが始まりますが、地中海沿岸地方では1週間遅れ、丘陵地帯では更に1週間遅れで行なわれたそうです。結局、地域による適時の違いから、大麦刈り入れから小麦刈り入れまで、全収穫が完了するのに7週間かかったそうです。

それで収穫の鎌収めの祭りを「七週祭」と呼ぶように成ったようです。ヘレニズム時代には「ペンテコステ/五旬祭」と呼ばれます。「過越祭」の日曜日から数えて50日目の日曜日に当たるからです。こうして旧約聖書の「七週祭」は、新約聖書では「五旬祭」と呼ばれるように成り、私たちは今も「ペンテコステ」を祝っているのです。

それに対して、葡萄や無花果の摘み取りが終わった後に、古代のイスラエル人は「仮庵祭」を祝いました。秋分の日に近い満月の日(9月中旬から10月中旬の間)に始まり、それから1週間続く「秋の収穫祭」です。

2.建国神話

「収穫感謝日」は国や地域によって異なります。収穫の作物と時期が異なるからです。スイスの改革派教会では9月に「Herbst-Communion/収穫の愛餐」が祝われています。ドイツ福音主義教会では、9月29日の「聖ミカエルの日」の後の日曜日が「収穫感謝日」とされています。英国では8月1日に「Lammas Day/ラマスの日」が祝われます。「ラマス」とは「laof mass/一塊のパンのミサ」の事です。

さて、米国では「収穫祭」を、11月の第4木曜日に祝っています。各家庭で七面鳥を料理して食べるので「Turkey Day/七面鳥の日」と言われています。

米国民は、メイフラワー号に乗って北米大陸に入植した最初の清教徒(ピューリタン)たちを「ピルグリム・ファーザーズ/Pilgrim Fathers」と呼んで「国父」のように記念しています。どうして「ピルグリム/巡礼者、旅人、放浪者」なのかと言えば、上陸から10年後、プリマスに入植地を作り、2代目の知事と成ったウィリアム・ブラッドフォードが、自分たちの仲間を記念して、そのように呼んだからです。

「ヘブライ人への手紙」11章13節「この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表わしたのです」。ここで「仮住まいの者」と訳されているのが「pilgrims」です。この聖書からの引用だったのです。

1620年、清教徒たちが北米大陸に入植した冬は大寒波で、寒さと飢えのために半数以上の人が死んだと言われています。しかしながら、近隣の先住民、ワンパノアグ族からトウモロコシ等の栽培の仕方を教えて貰い、翌年の秋には豊作でした。そこで先住民を招いて、神の恵みに感謝して、共に御馳走を頂きました。これが「収穫祭/Thanksgiving Day」の始まりとされる、白人たちの「建国神話」です。日本のプロテスタント教会が11月第4日曜日を「収穫感謝日」としているのも、この米国の風習を受け継いでいるのです。

3.断腸の念

感動的な「建国神話」の「収穫祭」も、先住民の側から見ると「噴飯物」です。ワンパノアグ族の末裔は「感謝祭」の日に、先住民諸部族に呼び掛けて「全米哀悼の日」を開催しています。喪服を着て、虐殺された先祖たちに祈りを奉げているのです。

入植者たちは(土地所有の概念を持たない)先住民の土地を奪って、入植地を拡げて、ワンパノアグ族の度重なる抗議にも拘わらず、森林を伐採し、猟場を奪い、伝染病を蔓延させました。遂には、先住民を殺したり、女子どもを捕らえて奴隷商人に売り飛ばすように成りました。ワンパノアグ族が入植地を攻撃をすると、入植者たちはモホーク族やモヒカン族に彼らを攻撃させて、ワンパノアグ族を虐殺させました。これを「フィリップ王戦争」(1675年)と言います。ワンパノアグ族の酋長メタコメットを、白人は「フィリップ王」と呼んでいたからです。古代マケドニア王国のフィリポス2世から付けた仇名とされています。恐らく、からかって冗談半分に付けたのでしょう。

米国「建国神話」の裏面を思うことで、私は聖書の一節を思い出しました。「マタイによる福音書」9章36節「(イエスは)群集が飼い主のいない羊のように打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた」。「深く憐れまれた/エスプランクニステー」は「はらわた/スプランクノン」です。「断腸の思い」、痛切な悲しみです。そして、主は弟子たちに言われます。「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい」。イエスさまの仰る「収穫」は「打ちひしがれた」大勢の人たちです。神さまは「終わりの日」に、この人たちを迎え入れて下さるのです。

この世の収穫(成功)を求めて働く人は多いのですが、神の国の収穫(救済)のために働く人は少ないのです。それ故、私たちは「収穫の主」に祈らざるを得ないのです。

牧師 朝日研一朗

【2017年11月の月報より】

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2017年09月24日

ジャンプ展

1.六本木ヒルズ

第18号台風一過の9月18日、「創刊50周年記念 週刊少年ジャンプ展」に行って参りました。会場は六本木ヒルズの森アーツセンターギャラリーです。台風が接近する週末に、軽い気持ちで「もしも月曜日、晴れたら連れて行ってやる」と、二男に約束していたのですが、明けて月曜日は青天の夏日…(何という晴れ男でしょう)。と言う訳で、二男の移動介助として同行することになったのでした。

今年の春から、二男も電動車椅子の運転が出来るようになったので、「介助」と言いながらも、随分と楽になりました。東京メトロ南北線麻布十番駅から徒歩で、環状3号線をトコトコ進みます。途中、鳥居坂下交差点の急傾斜舗道を横断する際には、親子で戦々恐々としました。坂道を上ったり下りたりする以上に、車椅子は坂道を横断する方が恐ろしいのです。「ヒルズ」に着いてからは、段差のない入り口が見付からず、エレベーターの乗り換えに四苦八苦。これは帰りも同じでした。

エスカレーターや階段が自由に利用できる人には、中々、理解して貰えません。昔のデパートと違って、最近の複合施設(ショッピングモール)はシネコンや美術館やホール等が入っていて、各階ごとにデザインや設計を変えているせいか、エレベーターの場所が移動するのです。況してや、「ヒルズ」のように丘の上から麓に掛けて、幾つかの建造物が連なっていると、どこから出入りしたら良いのか(地上は何階なのか)分からなくなるのです。

2.少年ジャンプ

要するに「少年ジャンプ」の回顧展、歴代「少年ジャンプ」に連載されたマンガの原画展なのです。「少年ジャンプ」は1968年に創刊されて、来年が50周年だそうです。それを「創刊〜1980年代」「1990年代」「2000年代〜」と3期に分けて開催する、今回は、その「VOL.1」なのでした。

今回の目玉は、武論尊+原哲夫の『北斗の拳』、ゆでたまごの『キン肉マン』、鳥山明の『Dr.スランプ』『ドラゴンボール』、高橋陽一の『キャプテン翼』、秋本治の『こちら葛飾区亀有公園前派出所』、北条司の『キャッツハート(トランプ)アイ』『シティハンター』、車田正美の『聖闘士星矢』と、主に1980年代のヒット作品です。これら一時代を画した大ヒット作品には、1作品ごとに1つのスペースが割り当てられています。

しかしながら、私としては、創刊直後のスペースに展示されていた、永井豪の『ハレンチ学園』、本宮ひろ志の『男一匹ガキ大将』に釘付けで、感動してしまいました。それらの原画を見た瞬間、小学校の風景(スカートめくり、番長ごっこ)が蘇えって来たのです。その影響力の深さと濃さたるや一生もの。恐るべしです。

吉沢やすみの『ど根性ガエル』、とりいかずよしの『トイレット博士』、梶原一騎+井上コオの『侍ジャイアンツ』、山川惣治(『少年ケニヤ』の!!)+川崎のぼるの西部劇『荒野の少年イサム』、池沢さとしのレース物『サーキットの狼』、これらが私が小学校時代に愛読していた「ジャンプ」でした。ところが、同じ時代に「ジャンプ」には、中沢啓治の『はだしのゲン』も連載されていたのです。しかるに、私自身は『はだしのゲン』は図書館で読んだ印象しかありません。図書館に置かれている唯一のマンガだったのです(当時は、手塚治虫すら置かれていませんでした)。

諸星大二郎の『妖怪ハンター』『孔子暗黒伝』にもビックリ。所謂、民俗学的ホラー、伝奇文学的ホラーですが、「ジャンプ」に連載されていたとは知りませんでした。読んだのは大学生になってからです。諸星の後継、星野之宣の海洋SF物『ブルーシティー』については、その連載を覚えているのです。つまり、諸星のマンガは、当時の私には難し過ぎて、目で見ていても、心と頭で読んではいなかったのでしょう。

これらは皆、1970年代のマンガ作品です。こうして改めて俯瞰してみると、ジャンルは別として、70年代の「ジャンプ」の絵は(星野を別として)洗練されていませんが、「荒ぶる魂」とでも言うべき猛々しさに満ち溢れていたように思います。

3.神さまもいる

今泉伸二の『神様はサウスポー』(1988〜90年)のカラーイラスト(1990年)にはビックリ。コピーは「ボクサーにして修道士!目指すは世界チャンピオン!!」。主人公がノックダウンした対戦相手を抱きかかえています。その背後には、十字架のキリストが…。こんなマンガがあったのですね。解説によると「アメリカの修道院で育った少年」が亡き父の夢であった「ボクシング世界チャンピオンを目指す」のだそうです。「神の力が宿る左から繰り出す必殺パンチも話題になった」とも書いてあります。

そう言えば、『北斗の拳』(1983〜88年)には、キリスト教の祈りを感じさせる原画がありました。十字の墓標を刺した盛り土の上に、種を蒔くケンシロウ。それを見て「ケッ そんな所に まいたって実るわけ ねぇだろ」と吐き捨てる、スレッカラシのバット。「実るさ…」と種を蒔き続けるケンシロウ。「下に あの老人が 眠っている」と、十字架の上から種を蒔き続けるケンシロウ、天の雲間からは光が差し込んでいる(1983年)。

ケンシロウに七つの傷を負わせた男、南斗聖拳の使い手シンを倒した後、その埋葬の準備を黙々と続けるケンシロウに向かって、「なぜだよ なぜ そんな男に墓を つくってやるんだよ」と吐き捨てるバット(またかよ)。その時、ケンシロウはシンの遺体を抱き上げて言うのでした。「同じ女を 愛した 男だから」と。彼らの前には墓穴が、遠景には、瓦礫と化したビル群がありますが、なぜかケンシロウの後ろには、大きな十字架が描かれているのです。しかも、コマからはみ出しちゃってます!(1983年)。ある意味、現代の聖画です。

牧師 朝日研一朗

【2017年10月の月報より】

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2017年08月27日

ドラマと映画の落穂拾い

1.夏目漱石の妻

録画したままの番組(映画やドラマ)を、何とか夏休みの間に観ようと思ったのですが、やはり、全く消化できませんでした。NHK土曜ドラマ『夏目漱石の妻』(尾野真千子、長谷川博己の出演)は、なぜか最終回だけが未見のまま何ヶ月も放置されていたのですが、先に観た妻が「やはり、オノマチは凄く良い!」と強く勧めたこともあり、いの一番に鑑賞、漸く観終えることが出来ました。

妻のオノマチ好きは、連続テレビ小説の『カーネーション』、土曜ドラマの『足尾から来た女』、映画『きみはいい子』等、その都度、聞かされているので「ああ、やっぱり、そうなのね」…。しかし、私からすれば、どうしても長谷川博己の演技に興味が行くのです。『シン・ゴジラ』も良かったのですが、何と言ってもBSプレミアム版『獄門島』の金田一耕助の情緒不安定ぶりが衝撃的でした。特に、了然和尚役の奥田瑛二との最終バトルでの「無駄無駄無駄無駄無駄無駄!無駄ぁぁ!」という攻撃の台詞には、一緒に見ていた二男までが、思わず仰け反り、「ぎゃあ!」と声を上げた程です。マンガとアニメでお馴染み『ジョジョの奇妙な冒険』のDIO、もしくはジョルノ・ジョヴァーナの口癖なのです。

それはともかく『夏目漱石の妻』ですが、要するに夏目漱石と鏡子の夫妻を演じる二人の演技合戦なので、『獄門島』の時も思ったのですが、こうして互いに火花を散らす役柄だと、役者さん同士は共演しても、きっと仲良くはなれないのだろうなと思いました。妻視点のドラマなので、幾分ロマンチックなエンディングにしてありましたが、夫視点で描いたら、もっと渋い終わり方もあり得たかも知れません。

2.悲しき破壊神

『精霊の守り人U/悲しき破壊神』全9話も、7月末くらいから空いている時間を利用して、少しずつ消化していましたが、目出度く観終えることが出来ました。山本八重を演じたNHK大河ドラマ『八重の桜』以来、綾瀬はるかはアクション(殺陣)が出来る女優として定着した感があります。さすがに第2シーズンともなると、女用心棒バルサの役に全く違和感を抱かせなくなりました。

今回のバルサは、破壊神の依り代にされた少女アスラを守って、ロタ王国の呪術師たちと対決するのですが、ライバルのシハナ役の真木よう子の台詞回しが相変わらず舌足らずで、私は気になって仕方ありませんでした(「それが可愛い」と仰るファンがいることも知っていますが…)。因みに、妻の目撃情報によると、真木よう子は(丁度このドラマの撮影中に当たると思われる時期)目黒アトレのユニクロで下着の大量買いをしていたそうです。さぞかし、アクション演技で汗をかいたのでしょう。

第1シーズンでは、バルサは精霊の卵を宿した新ヨゴ国の王子チャグムを守って戦っていたのですが、今回、そのチャグム(板垣瑞生)は青年に成長していて、サンガル王国の捕虜になったり、海賊に助けられたり、タルシュ帝国の王子に陰謀を持ち掛けられたりと、別の国で冒険をしているのです。こうして全く平行線を進んでいた2つのドラマが、最終の第9話で繋がるのです。チャグムの母親ニノ妃から「用心棒」の依頼を受けたバルサが、絶体絶命のチャグムの所に駈け付ける、この場面では不覚にも泣いてしまいました。「いいかい、私の後ろから離れるんじゃないよ!」「忘れたのかい?私はあんたの用心棒だよ」。ああ、私もこんなカッコいいお姐さんが欲しかった…。

3.桜の花びらが

『君の名は。』で有名な新海誠監督の『秒速5センチメートル』(2007年)も、漸く観ることが出来ました。「一緒に観ようね」と男の約束を交わしていた二男(入院中)からは「裏切り者!」呼ばわりされてしまいました(これが人の世です)。しかも、実際に鑑賞してみて、内容の重さにすっかり打ちのめされてしまいました。敢えて言うならば『雲のむこう、約束の場所』(2004年)に連続する味わいです。

『雲の向こう』においては、思い出の津軽半島の風景があり、その海峡の向こうには北海道の大地が広がっています。それに比べると、東京の街は多少なりとも無機質で薄汚れていますが、それでも美しい。同じように『秒速』においても、東京と地方の風景とが、登場人物たちの「心の距離」として描かれています。

第1話「桜花抄」、両毛線岩舟駅(栃木県)の佇まい、とっぷりと暮れて雪の積もった田畑の遠くに仄かに見える岩船山(東映「スーパー戦隊」もののロケ地)の黒い影、寒くて切なくて、死ぬまで引き摺りそうな予感です。第2話「コスモナウト」、水平線と地平線に丸みを強調して、種子島(鹿児島県)の海と空を表現した風景、これは、私も都井岬の近所に住んでいたので、凄く納得できます。吹っ切れているように見えて、海の青さも空の青さも悲しみの色だったことに、後になって気付かされるような感じ。

第3話「秒速5センチメートル」は、東京で社会人になった主人公たち(貴樹、明里)の物憂い日常が描かれていますが、そのエピローグが、映画冒頭アバンタイトルのプロローグと合わせて「インクルージオ/囲い込み」の反転構造になっています。プロローグと同じく桜の季節で、桜の花びらが風に舞っています。題名の「秒速5センチメートル」とは、新海監督がノルウェーの新聞の取材インタビューで語ったところによると、「桜の花びらが舞い散る速度」なのだそうです。

地方に離れ離れになってしまった時と違い、お互いの物理的距離は狭まったのですが、互いに異なる人生を歩み出してしまった彼らの「心の距離」(秒速5センチメートルで離れて行って13年間)は埋まらず、小田急線の踏切の「すれ違い」として描かれるのでした。

牧師 朝日研一朗

【2017年9月の月報より】

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2017年07月30日

バイブル・ゴースト・ストーリー

1.怪談会

夏と言えば、怪談です。幕末から明治期に掛けては、江戸の庶民は「怪談噺」を聴くために、挙って寄席に通ったのです。幕末の初代林家正蔵(1781―1842)が「怪談噺」の元祖とされていますが、「怪談噺」と言えば、やはり、初代三遊亭圓朝(1839―1900)でしょう。『牡丹燈籠』『真景累ヶ淵』『怪談乳房榎』は圓朝の創作です。また「グリム童話」の『死神の名付け親』を翻案した『死神』は今も上演されることの多い人気演目です。圓朝は稀代の幽霊画コレクターでもありました。

怖い話を聴くと、自然と汗も引くというので、明治時代には、有名無名の語り手たちが集まって「百物語」をする「怪談会(かいだんえ)」が盛んに催されました。泉鏡花が呼び掛け人になって、柳田國男や田中貢太郎、小山内薫、柳川春葉などが取って置きの逸話を披露し合っていたのです。このような「怪談会」は、今でも日本各地で夏の風物詩として開催されていて、大変に人気があります。

ネットのイベント情報を調べてみると、東京四谷は勝興寺、福島は本法寺、高崎は少林山達磨寺と、会の性質上、お寺を会場に開催されることが多いようです。やはり、お墓の近くが盛り上がるのでしょうか。しかし、意外にも京都の「怪談会」は五条間之町(あいのまち)、「甚松庵(じんまつあん)」という「抹茶体験セミナー」等をやっているお店が会場になっていました。京都は寺が多過ぎて、敢えて外したのでしょうか。それとも、参加者の間口を広げるための企画なのでしょうか。感心しました。

2.幽霊譚

聖書にも「幽霊」という語が出て来ます。すぐに思い浮かぶのが、イエスさまが「湖の上を歩く」エピソードです(「マタイによる福音書」14章22〜33節、「マルコによる福音書」6章45〜52節)。

イエスさまは、弟子たちを舟に乗せ、ガリラヤ湖を渡るように送り出します。御自身は独り山に登って祈っています。しかし、弟子たちの乗った舟は逆風に悩まされて、岸に着けないで難儀しています。夜も明けようかという薄明の中を、人影が湖上を歩いて、こちらに近付いて来るではありませんか。弟子たちは恐怖の余りパニックになり、「幽霊だ!」と叫びます。ギリシア語原典には「ファンタスマ」と書いてあります。ラテン語でも英語でも「Phantasma」は「幽霊」の事です。

勿論、弟子たちが「幽霊」と思ったのはイエスさまでした。イエスさまは「安心しなさい。私だ。恐れる事はない」と語り掛け、溺れそうになったペトロには「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」と叱り、弟子たちは「本当に、あなたは神の子です」と讃えるのでした。それが聖書の本筋なのです。

しかしながら、このエピソードには、やはり、どこか怪談(と言って悪ければ、怪異譚)の趣きがあるのも事実です。皆さんも自分に当て嵌めて想像してみて下さい。海辺や湖で夜釣りをした経験があれば、真っ暗な水底の恐ろしさを身に沁みて感じるはずです。それどころか、弟子たちの場合には、陸地に辿り着けぬまま、ボートの上にあり、風が出て波立っています。そんな時、こちらに向かって、黒い人影が湖上を近付いて来ます。かなり、ヤバイです。私などは恐怖の余りに失禁してしまうかも知れません。

3.口寄せ

旧約聖書で幽霊譚を「1つ挙げろ」と言われれば、何を措いても「サムエルの亡霊」でしょう。「サムエル記上」28章の物語です。紀元前1000年、イスラエルの王サウルはペリシテ軍との最終決戦を前にして、大きな不安を覚えます。既にサウル王は主なる神ヤハウェから見限られていたために、託宣によっても夢によっても「ウリムとトンミム」(祭司の使う占いの道具)によっても、ヤハウェは何も応えて下さいません。

思い余ったサウルは、夜に兵を2人だけ従え、陣を抜け出して、エン・ドルに住む「口寄せの女」を訪ねるのでした。かつて口寄せ女と魔術師を追放したのはサウル王でしたが、皮肉にも今や王自身が口寄せ女の力を借りようとしているのです。しかも、陰府から呼び出す相手は、何と預言者サムエルだったのです。若き日に自分を指導してくれたサムエルに「為すべき事を教えて下さい」と、サウル王は泣き付きます。しかし、サムエルの預言は厳しいものでした。サウルの軍勢は敵軍に破れ、王も王子たちも殺され、イスラエル王国はダビデのものになると言うのです。それを聴くや、サウル王は忽ち地面に倒れ伏すのでした。

口寄せを行なう巫女と言えば、日本では、恐山のイタコ、琉球のユタが有名です。朝鮮半島にはムーダン(巫堂)がいます。こちらは政治にも介入するので厄介です。最近では、朴槿恵(パク・クネ)大統領失脚の原因となった崔順実(チェ・スンシル)もムーダンです。古くは、李氏朝鮮第26代王高宗(ゴジョン)の妃、日本人によって暗殺された閔妃(ミンビ)もムーダンで、莫大な国費を呪術のために浪費したとされています。

欧米でも「チャネリング/Channeling」と言って、より高次な霊的存在、即ち神や聖霊、天使や精霊、死者や宇宙人と直接交流(交信)する宗教(及び疑似科学)が引きも切らず存在しています。「幸福の科学」の大川隆法が、仏陀やイエス・キリストや宇宙人の「霊言」を語ると称しているのも、この流れを汲んでいます。

それにしても「より高次な存在と交信した」等と称して悦に入っているのは、如何にも愚かしいことではないでしょうか。イエスさまが、庶民の悲しみの声、苦しみの叫びに耳を傾けて居られたことを忘れてはなりません。「群集を見て、飼い主のいない羊のような有様を深く憐れ」まれた(「マルコによる福音書」6章34節)と書いてある通りです。

牧師 朝日研一朗

【2017年8月の月報より】

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2017年06月25日

天使の挨拶

1.現代の保育園

近所に「アンジェリカ保育園」があります。有名なラブホ「目黒エンペラー」の並び「パークキューブ目黒タワー」という高層マンションの1階に入っています。当然、園庭などというものは存在しません。頭の古い私などは、それだけで「託児所」としか思えません。試しにHPを見てみると、「会社概要」「社名」「代表取締役」「株式会社」等の語が並んでいて益々、保育園とは思えなくなります。

「各園のご紹介」を見ると、東京23区内に手広く15施設を経営されているとの由。「大切にしていること」として「食育」「英語」「リズム」「絵本」を挙げて居られます。特に「食育」については、埼玉県の直営農園で栽培した安全な野菜を使用した給食であること、それを子どもたちが実体験するためのカリキュラムもあることが書いてありました。「リズム体操」は、園庭の無いことを補うためのプログラムでしょう。

「英語」は「ネイティブの先生が保育士として子どもたちに接する機会を設けています」とのことです。「ネイティブの先生」と言っても、どうやら「原住民の先生」や「先住民の先生」のことではないようです。私などは「色々な少数民族の先生が来たら面白いのに!」と思ってしまうのですが、残念ながら、単に英語の「ネイティヴ・スピーカー/母語話者」という意味のようです。そう言えば、時折り幼児を「お散歩カー」(映画『猿の惑星』で人間を捕らえて入れる檻の馬車みたいな)に入れて、彼らが英語の童謡を歌いながら移動している珍妙な風景を目にしたことがあります。

とにかく、旧態依然の私たちが抱く保育園のイメージで捉えると、今風の「保育園」には大きなギャップを感ぜざるを得ません。でも、きっと、これが現代の親御さんたちが求めている保育に違いないのです。

2.天使とエロス

私が「アンジェリカ保育園」のことを書きたいと思ったのは、郵便局に用を済ませた帰りに、丁度、お昼寝の時間だったのでしょう、保育士の女性がお二人、外で相談をされている場に出くわしたのです。側を通り過ぎる時に、私は見るとも無く、彼女らの揃いのTシャツを目にしたのでした。そこには「nursery Angelica」というカッコ良いロゴと共に、弓矢を弾く2人の「天使」の姿が描かれていました。

ん、違うぞ。「弓矢を弾く天使」って…。これ「天使」ではなくて、ローマ神話の「クピードー」でしょう。つまり、ギリシア神話の「エロース」でしょう。「アンジェリカ」の名前もイタリア語の「angelicato/天使のような」から派生した女の子の名前「Angèlica/アンジェリカ」から採ってお付けになったに違いありません。でも、エンブレムは「天使」ではなくて、「エロース」なのです。つまり、恋愛と性愛とを司る神なのです。エロースの「黄金の矢」で射抜かれた者は愛情に取り憑かれ、反対に「鉛の矢」で射抜かれた者は恋愛を嫌悪するのです。左右対象に描かれた2人のエロース(反対方向を向いている)は、当然、黄金の矢と鉛の矢を示していますから、恋愛依存症と恋愛恐怖症とを暗示しているのです。子どもの親御さんたちは、そんなことは思いも寄らないでしょう。実際、殆どの日本人は「天使」と「クピードー/エロース」の違いを意識していません。

お菓子メーカーの「森永」と言えば「エンゼル」が有名です。「森永」の創業者、森永太一郎は熱心なクリスチャンでありました。終生、伝道の意欲を失わなかった人です。米国で製菓修行を終えた森永が、帰国して最初の発売したマシュマロは「天使の糧」として売り出されました。勿論、「出エジプト記」の「天の糧/マナ」のイメージでしす。その発想は今も「森永マンナ」というビスケットの商品名として受け継がれています。しかし、エンブレムに描かれていたのは、聖書由来の「天使」ではなくて「クピードー」でした。しかるに、彼はその登録商標を「エンゼル/天使」と呼んだのです。以来、誰もがあれを「エンゼルマーク」と呼んでいるのです。

「天使」と「クピードー/エロース」との混淆を招いた一因は、確かに森永太一郎にあります。但し、これは彼独りの責任ではありません。当時の米国でも「天使」、即ち、聖書由来の「ケルビム/智天使」「セラフィム/熾天使」を描く場合には、幼児体型の「クピードー」を模していたのです。既に西欧社会でも混同されていたのです。

3.天使の挨拶を

ラテン語の慣用句には「天使」に纏わる面白い言葉があります。「angelica vestis/アンゲリカ・ウェスティス/天使の衣装」と言ったら「白い死に装束」をも意味します。「angelus tutelaris/アンゲルス・トゥーテーラーリス/後見の天使」と言ったら「守護天使」のことです。そして「angelica Salutatio/アンゲリカ・サルーターティオー/天使の挨拶」は、「ルカによる福音書」1章28節「おめでとう、恵まれた方」という「受胎告知」の第一声を意味します。所謂「アヴェ・マリア」です。

「サルーターティオー」には「挨拶、敬礼」以外に「訪問」という意味もあります。形容詞の「サルーターリス」には「健康に良い、有用な、無病息災の」と共に「救いの」という意味があります。それらを溯ると「サルース/健康、幸い、無事、安全/救済」という語に辿り着きます。「挨拶」が「健康」や「救済」に繋がって行くのです。これは、とても大切なことのように思うのです。自分から挨拶をするのは、何より、自身の健康のため、自身の救いのためであることを忘れてはなりません。

そして、あなた自身もまた、誰かにとっての「天使」かも知れないのです。神さまから遣わされた「御使い」となる可能性を、お互いに誰もが秘めているのです。

牧師 朝日研一朗

【2017年7月の月報より】

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2017年05月28日

教会の臓器移植

1.怪盗ニック

短編ミステリーの名手、エドワード・D・ホックの代表作に「怪盗ニック」というシリーズがあります。現在、翻訳で『怪盗ニック全仕事』(木村二郎訳、創元推理文庫)第1〜2巻が入手できます(以後、第6巻まで刊行予定)。

「怪盗ニック」こと、ニック・ヴェルヴェットは2〜3万ドルという高額な報酬を受けて、依頼品を盗み出すプロの「泥棒代行業者」です。「価値のないもの、もしくは誰も盗もうとは思わないもの」を専門にしています。当然、依頼は珍妙極まるものばかりです。「プールの水を盗め」「既に公演が終了した芝居の切符を盗め」「服役中の囚人のカレンダーを盗め」「大リーグの弱小野球チームを盗め」「シャーロック・ホームズのスリッパを盗め」「博物館のティラノサウルス骨格標本の尾を盗め」…。

第1巻の6話目にあるのが「聖なる音楽を盗め/The Theft of the Sacred Music」、「教会の巨大なパイプオルガンを盗め」という依頼です。近日中に、オルガン奏者としても知られる高名な医師が、近所の聖公会の教会のオルガンを演奏し、それをレコード会社が録音しにやって来る予定です。それまでにオルガンを盗み出し、その後は元通りに戻して欲しい(依頼人は「教会の人たちには何の恨みもないので…」)と言うのです。

その依頼の場面が傑作です。キャロル・オランダー夫人は「怪盗ニック」に、臓器移植の専門医にして高名なオルガン奏者、ドクター・エルキンの話をした後、「オルガンを盗んでいただきたいのです」と依頼します。それを受けて、ニックは「心臓とか腎臓といった内臓器官(オルガン)のことですか?」と聞き返すのです。

2.オルガヌム

オルガンはラテン語で「オルガヌム/organum」と言います。「道具、楽器、オルガン、器、器官、臓器」と意味が派生して行きます。因みに、近年よく使われる「オーガニック/有機的な」という語も「オルガニクス/organicus/道具の、機械の、楽器の、音楽の」が語源になります。

以前にも、私は「オルガンは教会の内臓」という趣旨の文章を書いたことがあります。今回は、その「教会の内臓」の「臓器移植」についてのお話です。

我らが行人坂教会では、ドイツ製の「アルボーン/Ahlborn」というメーカーの電子オルガンを使って参りました。今は無き「クロダオルガン/クロダトーン」が輸入していたオルガンです。伊藤多恵子さん(元フェリス女学院オルガニスト、伊藤義清牧師の夫人)が主唱されて、1983年12月に導入したオルガンです。『行人坂教会百年史』には「天上の高い礼拝堂に響くその音色はパイプオルガンに勝るとも劣らぬ素晴らしいものである」と絶賛されています(まあ、パイプオルガンも「ピンからキリまで」ありますしね)。

パイプオルガンに比して如何かはともかく、私たちは30年以上も、あのオルガンの演奏で瞑想し、あのオルガンの伴奏で讃美を歌い続けて来たのです。礼拝堂が満員の時もガラガラの時も、葬式の時も結婚式の時も、喜びの日も悲しみの日も、牧師の離任の時も着任の時も、無牧師の月日も、変わらずに、あのオルガンが私たちを力付け続けてくれたのです。あの音色には、深い愛着を感じています。

しかし、数年前から急に音が出なくなったりすることが発生し始めました。オルガニストの咄嗟の機転で、スイッチを切り替えたら、音が出るようになったこともあったようです。それこそ宥(なだ)め賺(すか)して、騙し騙しして、何とか保って来たのです。けれども、昨年秋の特別音楽礼拝の際、音楽指導に来て下さった飯靖子さん(霊南坂教会、青山学院大学オルガニスト)から遂に、「もう、いつ壊れても不思議ではない」「新しいオルガンの購入を計画した方が良い」と「余命宣告」を受けたのでした。

それ以来、牧師とオルガニスト、役員会の間では「もしも、礼拝中に突然音が出なくなったら、ピアノ伴奏に切り替えましょう」と話し合いをしていたのです。

3.夢見る者ら

「壊れても部品が無い」「修理を請け負う代理店も無い」と「無い無い尽くし」の中で、オルガンが鳴らなくなったら「建築等基金を取り崩してオルガンを購入しようか」等と、役員会では話し合っていました。そんな時、大口献金をして下さった方があったのです。聖句を添えて献金して下さった方の献身の祈りを、私たちの礼拝を導くオルガン(器官)として活かすことが、御心に適っていると確信しました。

そこで役員会での決議の後、教会音楽委員会に業者と機種の選定をして頂くことになりました。相談に乗って頂いた飯靖子さんからは「アーレン/Allen」を推薦されました。また、非公式ながら伊藤多恵子さんからも「今買うならアーレンね」とのご意見も伺いました。飯さんから、日本での代理店「パックスアーレン」の社長さんを御紹介いただき、3月30日に、お話を伺うことが出来ました。また、4月5日には、オルガニストが実際に弾き比べて機種選定が出来るように計らって頂きました。

その結果報告などを踏まえて、4月23日の定例役員会、5月21日の臨時役員会において「アーレンオルガンCHANCEL(チャンセル)CF-4型」と決定、再度細かいことを協議して契約を承認しました。8月末に納入予定の運びと成りました。秋から春にかけての、新オルガン購入についての急展開は、まるで夢を見ているようでした。

「詩編」126編1節「主がシオンの捕らわれ人を連れ帰られると聞いて/わたしたちは夢を見ている人のようになった」。お献げ下さった御家庭、オルガニストの方々に感謝します。そして何よりも、主に栄光を帰したいと思います。ハレルヤ。

牧師 朝日研一朗

【2017年6月の月報より】

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2017年04月30日

明日この世界が終わるとしたら

1.悪魔の選択

「朝鮮人民軍」創設85周年記念日に、北朝鮮が弾道ミサイルを発射するか、核実験をするかして「挑発行動」を取るかも知れない。それに対して、米国が「懲罰」として何等かの軍事作戦を展開するかも知れない。すると、それは「朝鮮半島有事」に発展するかも知れない…。浅田真央の引退記者会見の騒動が治まるのと入れ代わるようにして、そんな言説が盛んに報道されるようになりました。

何しろ、崖っぷちの北朝鮮の独裁者は金正恩(キム・ジョンウン)、それに対峙する米国の大統領は、何を仕出かすか分からないドナルド・トランプです。韓国は朴槿恵(パク・クネ)大統領罷免により権力の空白状態が続き、日本の安倍晋三首相はひたすら米国のお追従。その周りを取り囲んでいるのは、中国の習近平(シー・チンピン)、ロシアのウラジミール・プーチンと、カネと権力に己が魂を売り渡しているという意味では、いずれ劣らぬ「悪魔的」な政治指導者たちです。

この人たちには、人の命を大切に思う心も、平和を願う祈りも、正義と公平を実現しようとの情熱も、そんなものは一欠けらもありません。彼らの頭の中にあるのは、お金儲けのこと、自国の(いや、自分の)権力や面子だけです。まさに、私たちは「悪魔」の手の中に置かれていることが明らかになりました。たとえ今回、無事に終わったとしても、この「悪魔的」状況はこれからも続くのです。

私たちは、毎日の暮らしが如何に脅かされているか、この機会に認識すべきです。また、自分たちが当たり前と思っている世界が如何に脆弱なものか、バランスが崩れかけているかに、思いを向けるべきかも知れません。

2.命の瀬戸際

北朝鮮のやっている危険な駆け引きを、政治用語では「瀬戸際政策」「瀬戸際戦術」と言います。英語で「ブリンクマンシップ/Brinkmanship」と言います。緊張を高めることで、相手の譲歩を引き出そうと迫る政治手法のことです。「ブリンク/brink」が「縁、端、瀬戸際、危機」、「…マンシップ/-manship」が「技量、手腕」です。しかし、その危険なパワーゲームのせいで、結果的には、日本に暮らす私たちまでもが、否応無く「瀬戸際」に立たされているのです。

恐らく、本当の「有事」の際には、私たちには殆ど何も知らされないと思います。1962年10〜11月の「キューバ危機」の時、米ソは全面核戦争寸前の状態にありました。しかし、その事実関係が詳細に分かったのは冷戦終結後のことです。9月の段階で、キューバには、ワシントンを射程に置く中距離弾道ミサイル42基(核弾頭150発)が配備済みでした。もし仮に、カーティス・ルメイ空軍参謀(大戦中、日本の焦土化計画を立案実行した)の主張に従って、ジョン・F・ケネディ大統領がキューバの基地に空爆を加えていれば、直ちに核戦争が勃発したことでしょう。その際、ニキータ・フルシチョフ首相は、ワルシャワ条約機構軍を西側に侵攻させて、ヨーロッパでも戦争を始めるつもりでいたのです。しかし、幸いにも戦端は開かれず、私たちは命拾いしたのです。さもなくば、私たちの現在は無くなっていたはずです。この「もしも」が明らかになるまでには、二十数年もの長い歳月を必要としたのです。今思えば、あの時、全世界の人間と生態系が「命の瀬戸際」に立たされていたのです。

あの時、ケネディやフルシチョフのような、人間味に溢れる指導者が与えられていたのは幸運でした。それに比べて、先に挙げた政治指導者たちの顔ぶれを思い描くと、あの時よりも危機的に思われるのは、私だけでしょうか。しかも、米ソ二大国の対立という分かり易い構図ではなく、中国も加わっての「三竦(すく)み」です。いずれが蛇で、いずれが蝦蟇(がま)、いずれが蛞蝓(なめくじ)かは知らねども…。

3.りんごの木

4月24日の夕食の時、妻が子どもたちに訊きました。「もし、明日この世界が終わるとしたら、何をして過ごしたいか?」と。息子たちの答えは同じでした。「いつもと同じようにして過ごしたい」と。大変に善い答えだと思いました。いつ何が起こってもおかしくないのであれば、いつ何が起こるか分からないのであれば、尚の事、不安に怯えて無為に過ごすのではなく、淡々と日々の務めを果たして行きたいと思うのです。

「たとえ私が明日世界が滅びることを知ったとしても、私は今日、私のりんごの苗木を植えるだろう/Und wenn ich wüsste dass morgen die Welt unterginge,so würde ich doch heute mein Apfelbäumchen pflanzen」という言葉があります。

マルティン・ルターの言葉として引用されることが多いのですが、ルターの著作文献には、そんな言葉は認められません。どうやら、20世紀以降に流布するようになった格言であるらしいのです。ルーマニアの作家、コンスタンチン・ゲオルギウの小説『第二のチャンス』の巻末に引用されて、日本でも広く知られるようになりました。この言葉について詳しくお知りになりたい方は『ルターのりんごの木/格言の起源と戦後ドイツ人のメンタリティ』(マルティン・シュレーマン著、棟居洋訳、教文館)をお読みください。

「知ったとしても」なのか「知ったとしたら」なのか、訳し方も迷いますが、いずれにせよ、この人は「知った/wüsste」のです。私たちは「知らないまま/ohne zu wissen」終わってしまう気がします。…でも、そんなことで満足して良いはずはありません。

「そりゃあ、大人は十分生きたんだから、死んだっていいよ!」「でも、この子たちは未だ幾らも生きちゃいないんだよ!」。黒澤明の『夢』(1989年)第6話「赤富士」、原発事故でメルトダウンする赤富士を前にして、小さな子たちを連れて逃げ惑う母親の絶叫です。

牧師 朝日研一朗

【2017年5月の月報より】

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