2020年09月27日

パンとワインと夢

1.主の食卓

10月第1主日は「世界聖餐日/World Communion Sunday」です。世界中の教会が十字架の主に結ばれて存在していることを確認するための記念日です。1936年に、米国の長老派教会が、10月最初の日曜日の礼拝で、聖餐式を執行したのが始まりとされています。ローマカトリック教会の「ミサ」や東方正教会の「奉神礼」では、日曜日毎に「聖体拝領」(正教会では「領聖」)が行なわれていて、それこそが礼拝の中心とされています。

ところが、多くのプロテスタント教会では、聖餐式は三大聖日(イースター、ペンテコステ、クリスマス)にしか行なわれていなかったのです。当時は、ペンテコステですら祝っていない教会が多数あった程です。それ故、同じ日に一致して、プロテスタント諸教会の信徒が聖餐に与ることに価値があるとされたのです。

特に1940年代になると、世界中に戦争の暗雲が立ち込めました。そんな中、世界中のキリスト者が共に「主の食卓」に就くことで一致し、お互いを認め合うことを願って、米国の超教派団体「連邦教会協議会/Federal Council of Churches/FCC」がこれを採用。その後身団体である米国「キリスト教協議会/National Council of Churches/NCC」によって引き継がれ、世界各国各地の「NCC」に拡がり、日本基督教団でも、1958年以降「世界聖餐日・世界宣教の日」として守られています。

2.聖餐中止

さて「コロナ禍」の中で「世界聖餐日」を、どのようにして記念したら良いでしょうか。そもそも、いつに成ったら、礼拝の中で聖餐に与ることが出来るのでしょうか。

今から十数年前に、「オープン聖餐」(未受洗でも希望する者の陪餐を認める)の是非を巡って、日本基督教団内部で批判が巻き起こり、教団執行部は未受洗者への陪餐を認める教師を免職処分にするという事件が起こりました。1969年「教団紛争」以来の黴の生えた怨恨が生み出した事件です。本来は信仰者の一致の象徴たるべき聖餐を、政争の道具として用いた結果、教団内部に大きな分裂をもたらしてしまいました。

現状はどうでしょう。主義主張は別として、殆どの教会が礼拝の中で聖餐式を執行できなくなり、中止しているのです。日本基督教団に限って言うなら、それは、あたかも神さまからの罰のように感じられます。「聖餐を重んじている!」と主張していた教会が、公同の礼拝で、聖餐に与ることが困難に成っているのです。

勿論、それでも聖餐を行なっている教会もあります。そのためにマンナンライフの「蒟蒻畑」を思わせるポーション(1人前小分け)カップに入ったグレープジュース(高価です)に、亀田製菓の「揚げ一番」のような小袋のお菓子を、パンの代用として使って居られるようです。実に涙ぐましい努力です。しかしながら、同じ場所で会衆が飲食することについては、危惧を感じない訳ではありません。

かと思えば「オンライン聖餐式」を行なっている教会もありました。各人がパンと葡萄酒(もしくは葡萄ジュース)を事前準備して、PCやタブレット端末の前に陣取り、一斉に聖餐に与るという手筈です。何と、この教会のHPには「種無しパンの作り方」と称するレシピまでが掲載されていました。しかし、オンライン等に無縁な「情報弱者」と言われる人たち(高齢者の多くが含まれます)は置き去りにされてしまいます。

3.主の血肉

聖餐のことを思い巡らして悶々としていたら、往年の名画『汚れなき悪戯』(1955年、スペイン)が思い出されました。原題は「Marcelino,Pan y Vino/マルセリーノとパンと葡萄酒」です。19世紀初め、フランス軍によって破壊されて廃墟となった修道院を再建しようとして、12人の修道士が働いていました。ある日の事、門前に赤ん坊が捨てられていました。修道士たちは、その子に「マルセリーノ」と名付け(丁度、その日がローマの殉教者マルチェリヌスの聖日だったから)、皆で育てるのです。

5歳に成ったマルセリーノは「ぼくのお母さんはどこにいるの?」と尋ねます。修道士は「神さまのもとにいる」と答えます。ある日、彼が「入るな」と禁じられていた屋根裏部屋に入ると、そこには十字架のキリスト像がありました。マルセリーノはキリスト像に話し掛けます。像は痩せていて、如何にも空腹そうに見えたので、厨房からパンを持って来て与えます。すると、像はそれを受け取ります。

やがて像は十字架から降りて来て、椅子に腰掛けます。彼が「私は誰か分かるか?」と尋ねると、マルセリーノは「神さまです」と答えます。こうして、マルセリーノは毎日、パンと葡萄酒を盗んでは、せっせと、キリスト像に運びます。キリスト像が「お前は良い子だから、願いを叶えて上げよう」と言うと、マルセリーノは迷わず「お母さんに会いたい」「あなたのお母さんにも」と答えます。

炊事係のトマス修道士は不審に思い、様子を伺っていたのですが、その目の前で、像はマルセリーノを膝に抱いて眠らせます。他の修道士たちも駈け付け、キリストが十字架に戻るのを目撃します。光輝く椅子の上で、マルセリーノは微笑みながら息絶えていました…。

「ヨハネによる福音書」のトマスは、外出していたために、復活のキリストに会いそびれて、最後まで信じられなかった使徒です。そのトマスと同じ名前の修道士が、最初に奇跡を目撃するのです。そして、マルチェリヌスは「ローマ典礼」の「聖体拝領の祈り」の中に、その名が挙げられる聖人です。

ズッと長い間、聖餐に与るのが当然、信徒なら与って当然と、私たちは思っていました。でも、当たり前の事なんか何一つ無かったのです。

牧師 朝日研一朗

【2020年10月の月報より】

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2020年08月30日

霊魂の送り迎え

1.子守唄

「五木の子守唄」と言えば、熊本県球磨郡五木村が発祥とされています。その歌詞を覚えて居られるでしょうか。♪「おどま盆ぎり盆ぎり/盆から先ゃおらんど/盆が早よ来りゃ/早よもどる」。「おどま」は「私たちは」、「盆ぎり」は「盆限り」、「おらんど」は「いないよ」です。つまり、その歌詞は「私らは、お盆までという約束で、この家に子守奉公に来ているんだ。/お盆が過ぎたら、もういないよ。/お盆が早く来たら、早く家に帰れるのになあ」という意味です。

数多くの子守唄が作られた江戸時代、社会は安定期を迎えると共に、士農工商の身分制が確立しました。農村においても「地主と小作」という階級差(経済格差)が固定化して行きました。更には、身分制の中にも入れられずに「穢多非人(えたひにん)」と蔑まれ、謂われ無き差別を受けた「部落」の人たちの存在も忘れてはなりません。

明治期に入っても、相変わらず身分差別や貧困は続き、農村では「間引き」や「口減らし」が日常的に行なわれ続けました。子どもたちは7〜8歳にも成れば奉公に出されました。何と5歳で奉公に出されたという記録まであります。女の子は「守り子」をさせられました。5歳くらいの女の子が奉公先の赤子を背負って、日中歩いている姿が、かつては、この国の各地で見られたものです。

そうした「守り子」が呟くように、呻くように歌った恨み歌の1つ、それが「五木の子守唄」なのです。2番は「おどま勧進勧進/あん人達ゃよか衆/よか衆よか帯/よか着物」でした。ここに歌われる「勧進」は「乞食、貧民、非人」を意味します。自分の奉公先の人たちを「あの家の人たちは、綺麗な帯に立派な着物のお金持ちだ」と、自分の惨めな境遇と比較して揶揄しているのです。

2.盆義理

「五木の子守唄」の「盆ぎり盆ぎり」で、遠州・三河地方の「盆義理」なる習慣を思い出しました。要するに「初盆」なのですが、かの地では葬式そのものよりも盛大に行なわれるそうです。お盆の夕方に「初盆」を迎えるお宅に、親族、近所の人たちは勿論の事、会社の同僚たち、学校時代の旧友たちに至るまで、次々に訪ねて来て「御仏前/不祝儀袋」(相場は千〜3千円)をお供えして行くのだそうです。とにかく「浜松では葬儀は2回行なわれる」と言われる程だと聞きました。本当に「義理堅い」ことですが、「初盆をもって、葬祭の義理が終了する」の意味で「盆切り」でもあるという、興味深い考察もありました。

今年は新型コロナウイルス感染拡大防止の立場から、多くの人たちが「お盆の帰省」を自粛しました。お盆に帰省する義理も立たなくなってしまったのです。日本でお盆に親族が集う習慣があるのは、お盆に先祖、即ち、死者の霊魂(50年忌以前の未だ「祖霊」に成っていない「死霊」)が家に戻って来ると信じられているからです。それ故に、霊が迷わぬよう「迎え火」を焚いて迎え、「送り火」を焚いて送り出すのです。

「大文字焼き」で知られる京都の「五山送り火」も死霊を黄泉に送り帰す行事です。これは「山の送り火」ですが、「海の送り火」(海に送り帰す火)もあります。「燈籠流し」「精霊(しょうろう)流し」です。いずれにしても、死者の世界(黄泉、冥土)は山の彼方、海の彼方にあるという日本の古い観念です。

余談に成りますが、グレープ(さだまさし)のヒット曲「精霊流し」(1974年)の一節に♪「約束通りに あなたの愛した レコードも一緒に流しましょう」と歌われていて、その当時から、私は「塩化ビニールを川や海に流すなんて、酷い環境破壊だ」と思っていました。ところが、同じ歌の中に♪「線香花火が見えますか 空の上から」の歌詞もあって、死んだ人が「空の上から」見てくれていると言っているのです。死んだ人の霊がいるのは山なのか、海なのか、それとも空の上なのか…。とにかく「彼方」なのでしょう。お盆は仏教行事の体裁を採っていますが、その深層は土着の民間信仰です。それでは、現代の私たちは、先に逝った人たちは「どこにいる」と感じているのでしょうか。

3.盂蘭盆

最後に、京都市伏見区竹田に伝わる「竹田の子守唄」で終わりましょう。「赤い鳥」が1971年のシングル盤A面に入れて、ミリオンヒットを記録しながらも、被差別部落の労働歌だったとの謂われから、放送局が自主規制を掛けて、20年以上も放送禁止歌に成っていました。B面の「翼をください」が音楽の教科書に載り、人気合唱歌として歌われ続けていること(2009年の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』にも使われて、アニメファンにも人気)と、余りにも対照的ではありませんか。

♪「守りもいやがる/盆から先にゃ/雪もちらつくし/子も泣くし」「盆がきたとて/なにうれしかろ/帷子(かたびら)はなし/帯はなし」「この子よう泣く/守りをばいじる/守りも一日/やるせやら」「はよもゆきたや/この在所こえて/むこうに見えるは/親のうち」。この唄にも、毎日の暮らしの辛さ、遣る瀬無さが沁み込んでいます。

それにしても、ここでも再び「盆」が登場します。やはり、子守奉公の期間なのでしょう。「帷子」は「初夏から初秋にかけて着る、裏地の付いていない和服、単衣(ひとえ)」のことです。「綺麗な着物も帯も無いのに、盆が来たからと言って何が嬉しいか」と言いながらも、それでも「親のいる家に早く帰りたい」と歌っているのです。お盆になれば実家に帰れるのです。このように、死霊の送り迎えと、奉公人(現代なら労働者)の帰省とが重なっていることに、何とも知れない、不思議な符号を感じるのです。そう言えば、仏教用語の「盂蘭盆」は、古代イランのアヴェスター語「ウルヴァン/霊魂」が語源だとする説がありました。

牧師 朝日研一朗

【2020年9月の月報より】

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2020年07月26日

どこへ行くのか

1.ゴートゥ事業

新型コロナウイルス感染拡大が続く中、政府は1兆6千8百億円もの大規模な補正予算を組んで、「Go Toキャンペーン事業」を始めました。

第一弾は「Go To Travel」、大きな打撃を受けた観光業者に対する支援策です。期間中に旅行代理店を通して旅行、宿泊したら、代金の2分の1程度のクーポンが貰えるそうです。第二弾は「Go To Eat」、飲食業者に対する支援策です。期間中にオンライン予約サイトを通して飲食をしたら、ポイントが貰えるそうです。

実は、まだ続きます。第三弾は「Go to Event」、期間中にチケット会社を通してイベントやエンタメ(劇場や娯楽施設)のチケットを購入したら、2割分のクーポンが貰えると言うのです。第四弾は「Go to 商店街」、この辺りに成ると、もうサッパリ分かりませんが、地域の商店街がイベントを開催したり、公告や販売促進活動をしたり、新商品を開発したりするのを支援するようです。

しかしながら、皆さんも御存知の通り、旅行を奨励する第一弾から躓いてしまいました。都道府県知事や地方自治体の首長から一斉に、感染拡大を懸念する声が上がり、東京都民は「Go To Travel」から外されてしまいました。既に旅行を予約していた東京都民のキャンセルが相次ぎ、そのキャンセル料を、政府が補償することになったそうです。このドタバタ振り、まるで下手糞な喜劇のようです。

とは言え、これによって、またもや国民の血税が湯水のように流されて行くのですから、笑って済ませられるものではありません。税金泥棒して特定業者にだけ手渡すと言うので、「強盗キャンペーン」、感染拡大させた上に財政破綻を招くと言うので、「Go To Hell(地獄行き)キャンペーン」と揶揄されるのも当然です。

2.キャンペーン

それにしても、いつから日本政府は「商業キャンペーン」を企画する会社の真似事を始めたのでしょうか。我が国の国土交通省や経済産業省は、広告代理店の「電通」に乗っ取られてしまったのでしょうか。

「キャンペーン/campaign」とは「組織的運動、活動」のことです。「交通安全運動」「販売促進運動」「募金活動」等が「キャンペーン」の代表です。でも、米国で「キャンペーン」と言えば、大統領選や議員選、州知事選などの「選挙活動、選挙戦」です。その意味では、「Go To キャンペーン」も、旅行業者、飲食業者、チケット業者、商店街と順番に特定業種を支援することで(と言っても、単なる税金のバラ撒きですが)、秋に行なわれるとも噂される総選挙のために、支持票獲得を狙った「企画」なのかも知れません。

そもそも「キャンペーン」等というチャラい語が謳い文句として出て来ること自体が、日本国の国家政策に相応しくないと、私は思っているのです。振り返れば、バブル時代は「キャンペーンガール」(略して「キャンギャル」)の全盛期でした。高度経済成長期には「イベントコンパニオン」と称していたものです。

私にとっては「キャンペーン」と言えば、街頭で「キャンギャル」が、ハイレグ水着やレースクイーンのコスプレで「販売促進」のプロモーションをやらされている、そんなイメージなのです。要するに、完全な「色物」なのです。

3.行き先が不明

先日、NHKの「BSシネマ」で『クォ・ヴァディス』(Quo Vadis)を放映していたので、録画して観たのでした。ポーランドの作家、ヘンリック・シェンキェヴィチの原作を、ハリウッドで映画化した懐かしの名画(1951年)です。所謂「聖書もの」「キリスト教もの」の「スペクタクル映画/Epic Film」です。

東方遠征から凱旋したローマ帝国の軍司令官、マルクス・ウィニキウスが、ローマに捕囚されている、小国(スラブ系)の王女、リギア(キリスト教徒の娘)と出会って、恋に落ちるのですが、ネロ帝によるローマの大火とキリスト教徒に対する迫害の中で、信仰に目覚めるという筋書きです。彼らに関わる人物として、使徒ペトロやパウロも登場します。ネロの廷臣として、『サテュリコン』のペトロニウスやセネカも登場します。

さて、タイトルの「クォ・ヴァディス」の由来です。ネロ帝の迫害を逃れたペトロが、ローマを去るべくアッピア街道を歩いていた時、朝の光の中に、キリストが顕われます。思わずペトロは「主よ、何処にか行き給うや?」と問うのです。それが「Quo vadis,Domine?」です。ラテン語の発音は「クォー・ウァーディス・ドミネ」です。すると、キリストが答えて曰く「汝、我が民を見捨てなば、我、ローマに行きて今一度、十字架に掛からん」。それを聴いたペトロは殉教を覚悟して引き返して行くのです。

この「主よ、何処に…」は「ヨハネによる福音書」13章36節に出て来るペトロの台詞でもあります。「主よ、どこへ行かれるのですか」。英訳では「Lord,where are You going?」と訳されています。

新聞やテレビのニュース番組で、政府主導の「Go To キャンペーン事業」の一連の騒動を見たり聞いたりしながら、しきりに「クォ・ヴァディス」の問いが思い出されて仕方がありませんでした。私たちは、一体どこへ連れて行かれようとしているのでしょうか。

総額260億円(調達費184億円、配送費76億円)を使ってしまったという厚生労働省の「アベノマスク」配布事業と言い、後戻りは出来ないのでしょうか。引き返すことは出来ないのでしょうか。因みに、旧約聖書では「悔い改め」という語は「シューブ」というヘブライ語です。即ち「悪しき道から離れること」「御もとに立ち返ること」を意味します。

牧師 朝日研一朗

【2020年8月の月報より】

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2020年06月28日

信仰は冠す coronat fides

1.自発的奉仕

去る4月7日、日本政府は「改正新型インフルエンザ等対策特別措置法」に基づき「緊急事態宣言」を「発出」しました。それを受けて、東京都は都内事業者に対する「休業」と都民に対する「外出自粛」を要請しました。

私たちの教会でも、信徒(教会員と教友、教会学校の子どもたちと家族)の生命と健康を最優先に考えて、教会の諸集会を完全に休止しました。そして、当初5月6日までとされていた「休業要請期間」は延長されて、5月31日まで続きました。

折りしも5月31日は、ペンテコステ(聖霊降臨日)当日でした。幾つかの福音派教会では、この日を記念して大きなイベント(「伝道集会」「決起集会」「復興聖会」等)を打っていました。私たちの教会では、ペンテコステは辛抱して、もう1週間の猶予をもって準備をして、6月7日の三位一体主日から主日礼拝を再開としました。それでも、礼拝出席や公共交通機関の利用、外出そのものに不安を感じる人たちも多いと思いましたので、奉仕の当番を外した上で、「無理して礼拝に出席しなくても良い」「家族の反対を押し切ってまで来ることは無い」と通知しました。

実際には矛盾もあります。コロナ禍以前と同じく「奏楽者/オルガニスト」は当番制で奉仕を続けて居られます。礼拝の「司式者」には事前の祈りと準備が欠かせません。誰かが予め引き受けなくてはなりません。当日、早めに来て受付に立つ「礼拝担当者」も同様です。私たちの教会の場合、「司式」と「担当」は、役員と役員経験者による奉仕と成っていますが、現在までの所、自発的な申し出に委ねています。

2.礼拝の継続

そう言えば、所謂「自粛期間」の中にあっても、牧師と役員だけで礼拝を続けていた教会がありました。役員(教派によっては「長老」「執事」等とも言う)は一般信徒(平信徒)とは異なり、教会形成に対して特別な責務を負うと考えられているのです。

同じプロテスタント教会でも、カルヴァン派の流れを汲む教会では、「長老/Presbyter」は牧師や神学教師と共に「平信徒/Layman」の訓練に携わる特別な立場にあります。因みに、「執事/Deacon」と言う場合には、本来、施与や慈善などの奉仕に当たる者ですが、現在では、教会運営を主導する「役員」と同様の意味で使われるように成りました。それはともかく、牧師もまた「宣教長老」、長老の一人に過ぎません。と言う訳で、「自粛期間」にも拘わらず、牧師と長老(役員)だけで礼拝を守り続けた教会があったのです。

会衆派の流れを汲む教会(私たちの教会もそうですが)では、牧師を含めて、礼拝出席者の全員が「会衆/Congregation」という立場を採ります。ですから、「会衆/集められた人たち」がいないにも拘わらず、礼拝を行なう必要はありません。しかし、大規模教会では、牧師や副牧師、伝道師、主事だけで礼拝を守っていたようです。

カトリック東京大司教区は3月半ばには「非公開ミサ」としました。つまり、一般信徒が「主日ミサに与る義務を免除」したのです。カテドラル(大聖堂)では、聖職者だけで典礼を行ない、中小規模教会では「司祭が自室でミサを奉げた」そうです。プロテスタント教会の対応(牧師と役員だけで礼拝を守る、教職だけで礼拝を守る)も概ね、カトリックの「非公開ミサ」を参考にしていると思います。

そもそも、礼拝出席10人前後の小規模教会では、いつもと同じように礼拝をしていたという話も伝え聞きました。但し、近所の「自粛警察」からのクレームと飛沫感染を怖れて、声を出さずに讃美歌の歌詞を心の中で読んだそうです。

これを機に「YouTube」「Zoom」等による映像のネット配信を始めた教会もありました。何が正しい事なのかはさて置き、どの教会も苦労していますね(苦笑)。

3.やってる感

教会の姿勢として、日曜日の礼拝は何が何でも続けるという意識が働いているのです。出来る限り「休止」という語は使いたくないみたいです。「非公開ミサ」やってる、「ネット配信」やってる、少人数礼拝やってる、教職だけの礼拝やってる…。「やってる感」を大切にしていたのです。自粛で「開店休業」状態のラーメン屋と同じく、悲痛な「やってる」が各個教会でも展開されていたのです。斯く言う私も、日曜日の定時には礼拝堂に行き、30分から1時間を祈ったり、賛美したりして過ごしていました。

コロナウイルスの「コロナ/冠」という語との関連で「coronat fides/コローナート・フィデース/信仰は冠す」というラテン語の成句を思い出しました。「信仰は必ず報いられる」という意味です。但し、「とにかく主日礼拝だけは守り続ける」という拘りが、本当に「信仰」と言えるのか、これについては吟味が必要です。単なる「やってる感」のもたらした自己満足では無かったのか。つまり、これらの礼拝やミサは、本当に神さまとの応答や交流をもたらしていたのか、それが問われるべきでしょう。

ネット配信の場合などが具体的に分り易いと思いますが、メッセージや賛美や祈りを在宅の信徒に届けると言ったら綺麗ですが、「ちゃんと礼拝を続けていますよ」というアリバイのようにも思われるのです。つまり、人に届けることにのみ執心していて、そこで神さまの御臨在は置き去りにされている、そんな面は無かったと言い切れるでしょうか。これは、私自身の「5分間礼拝」配信に対する反省でもあります。

礼拝堂で、私が独り行なっていた「ぼっち礼拝」も然り。執り成しの祈りを忘れなかったつもりですが、続ける内「やってる感」に終始していたかも知れません。やはり、礼拝は召され集められた者たちが時間と空間を共にする処から生まれると、私は思っています。

牧師 朝日研一朗

【2020年7月の月報より】

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2020年05月30日

ビハインド・ザ・マスク

1.ハクション大魔王

私たちが外出する際には、マスクが欠かせなくなりました。私などは、スーパーに買出しに行こうと、ドイツ陸軍放出品の背嚢を背負い、「戦車兵の歌/Panzerlied」を歌いながら、勢い良く家を飛び出したものの、権之助坂に上がる途中で、マスクをしていないことに気付いて、すごすごと退却したことの、何度あったことでしょうか。

スギ花粉アレルギーや寒暖差アレルギーを持っているくせに、私はマスクが大の嫌いで、滅多に着用しませんでした。勿論、インフルエンザの季節に、入院中の会員、高齢の会員をお訪ねする際には、必ずマスクを着けて行きましたが、プライベートでは、酷いクシャミに悩まされながらも、どれくらい遠くまでハクションが響くか、何メートル飛沫を飛ばせるか、それを楽しんでいたようなところがありました。

ところが、そんな私が今では、マスクを2枚重ねで着用しているのです。下には使い捨ての「不織布マスク」(この「不織布」という語も最近漸く発音できるように成りました)、その上にデザイン物の布マスクです(こちらは洗って再使用できます)。しかしながら、2枚重ねで着用していると、さすがに息が切れるのです。

最近では、暑さと湿気の余り、禿げ上がった額から汗が滴り落ちるように成りました。帰宅して、マスクを外したら、口髭から湯気が立ち上っていたこともありました。このまま行くと「熱中症」でダウンするのは火を見るよりも明らかです。聞くところによると、夏向けに保冷剤を入れる「ひんやりマスク」「冷やしマスク」も販売されたとの由。千円以上する高額商品ですが、今夏の必須アイテムに成りそうです。

2.マスクの裏の事情

さて「マスク」と言えば、思い出されるのが、YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)の名曲「ビハンド・ザ・マスク/Behind the Mask」です。つい先日、同じくテクノポップを代表する「クラフトワーク/Kraftwerk」の創設者、フロリアン・シュナイダー(Florian Schneider)が亡くなって、ラジオから「アウトバーン/Autobahn」や「ヨーロッパ特急/Trans-Europa Express」「ロボット/Die Roboter」が流れていました。それを耳にして、自然に、日本のYMOが思い出されたのでした。

「ビハンド・ザ・マスク」は、YMOの2作目のアルバム「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー/Solid State Survivor」(1979年)のB面1曲目に入っていた楽曲です(クリス・モズデル作詞/坂本龍一作曲)。1986年には、エリック・クラプトンが「オーガスト/August」の中でカヴァーしています。それに先立つ1982年に、かのマイケル・ジャクソンもまた、自身が別の歌詞を付けてカヴァー録音しています。アルバム・プロデューサーのクインシー・ジョーンズ(Quincy Jones)の推しで「スリラー/Thriller」に収録されるはずが、なぜかボツに成り、結局、死後に発表された未発表楽曲集「マイケル/Michael」(2010年)で、私たちは初めて聴くことが出来た訳です。勿論、坂本がセルフカヴァーした12インチシングル(1987年)も忘れてはなりません。

「今あなたが着けている仮面(マスク)は/無表情で毛羽立っている/皺と涙、年齢と怖れ/年老いて行けば情熱も冷める/それは私?それとも、あなたか?/仮面の裏側で、私は尋ねる」。そんな歌詞です。「仮面/マスク」はケバい化粧のことだと言う人もいます(何しろ、1980年代後半はバブル期でしたから)。しかし、この楽曲が生まれた1970年代末の日本社会は閉塞感の方が強く、素直に感情や信条を表面に出せない、管理社会が到来することを警告していたように、私は感じています。そもそもアルバム名の「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」には「全体主義的国家体制(あるいは管理社会)の中で生き残れるか!?」的な含みがありました。謂わば、ジョージ・オーウェルの『1984』的デストピア(暗黒郷)が表現されていたように思います。

3.素顔じゃない社会

これから私たちは、全く予想もしなかった形で「ビハインド・ザ・マスク」生活をしなければならないかも知れません。これまでも外出の際にはマスクを着用する人は大勢いました。しかし、医療や衛生、食品に携わる人はともかく、殆どの人は職場や学校、現場に着けば、素顔でいることが出来たのです。マスク着用が義務付けられる職場でも、休憩時間とも成れば、マスクを外して同僚と歓談できたのです。

これからは、他人(特に複数の)と接する時、マスク着用がエチケットに成るでしょう。私たちは素顔を隠したまま、社会生活をすることに成ります。YMOと同じ1970年代末に、ビリー・ジョエル(Billy Joel)は「I love you/Just the way you are//素顔のままの君が好きなのさ」と歌いました(私のカラオケの持ち歌でもあります)が、これからは、中々お互いの素顔を見られなくなるのでしょう。もしかしたら、余程、親しい間柄でない限りは「Zoom」「Line」「Skype」等の通信画像を通して、初めて素顔に接する等という、寂しい事態にも成り兼ねません。

キリスト教会も他人事ではありません。讃美歌を唱和する時、詩編を交読する時、主の祈りや使徒信条を唱和する時、しばらくはマスクを着用せざるを得ません。それは、いつまで続くのでしょうか。共に聖餐や愛餐に与る日は、いつ来るのでしょうか。その内、司式者の礼拝祈祷も、牧師の説教も「マスク着用で」と言われるかも知れません(既に講壇にはプラスチックシールドを設置しています)。

所謂「口角泡を飛ばして」の熱弁振るう牧師のイメージも、今や過去のものに成りつつありますが、これを機に本当に消滅してしまうかも知れません。

牧師 朝日研一朗

【2020年6月の月報より】

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2020年05月08日

散りゆく光の中で

1.散らされて

聖書学には「ディアスポラのユダヤ人」という語がよく出て来ます。一般には馴染みの薄い語ですが、「ディアスポラ/Diaspora」とは、ギリシア語で「散らされている者」という意味です。パレスチナ以外の土地に移り住んでいるユダヤ人を言います。

旧約続編「マカバイ記U」1章27節に「(主よ、)離散した同胞を集め、異邦人のもとで奴隷にされている者たちを解放し、虐げられ、疎まれている者たちにも心を配ってください」という祈りが綴られていますが、「七十人訳聖書/Septuaginta」(紀元前1世紀頃に完成したギリシア語「コイネー/ヘレニズム帝国の公用語」訳)には、この「離散した同胞」が「ディアスポラ」という語で表現されています。

アッシリア帝国、新バビロニア帝国による「捕囚」政策によって、メソポタミア地方に連れ去られた民がありました。また、王国の滅亡に際して、難民としてエジプトに逃れた者たちがナイル川上流やアレクサンドリアに移住したと言われています。ペルシア帝国やヘレニズム(ギリシア)帝国の時代には、シリアや小アジア(トルコ)各地、遠くカスピ海にまで移住させられた者たちもいました。そして、紀元1〜2世紀、ローマ帝国に対して、何度か叛乱を起こしたものの、その都度、鎮圧され、その挙句、遂に5世紀には、パレスチナから殆どのユダヤ人は追放されてしまったと言われています。

「使徒言行録」2章には「エルサレムには天下のあらゆる国から帰って来た、信心深いユダヤ人」が、聖霊に満たされた弟子たちによって「自分の故郷の言葉が話されているのを聞いて、あっけにとられてしまった」と書かれています。あれこそ、巡礼にやって来た「ディアスポラのユダヤ人」に他なりません(中には、ユダヤ人ではない、異邦人からの改宗者もいたみたいですが…)。

2.集められて

しばしば、教会は「呼び集められた者の群れ」であると言われます。これは、旧約聖書に言われる「会衆」という語(ヘブライ語の「カーハール」)を読み砕いたものです。これが先程の「七十人訳聖書」では「エククレーシア/召集された市民の集会、議会」というギリシア語に翻訳され、そのまま、ラテン語に転訛されて「エックレーシア/ecclēsia」は「教会」という意味で使われるように成ったのです。

私たちの教会は「組合教会」、即ち、英国、米国の「会衆派」の流れを汲むものですが、「会衆派教会/Congregational Church」の「会衆/Congregation」という語もまた、ラテン語の「congregātiōnes/共に集まれし者」に由来します。動詞「con-gregō/コングレゴー/集める、結合する」⇒「grgēgō/グレーゴー/呼び集める、召集する」に至るのです。

それ故に「会衆」あっての「教会」と申すことが出来るでしょう。従って「会衆」不在の状態、「集会」を呼び掛けることの困難な状況は、教会にとって「死」を意味します。カトリック教会の「非公開ミサ」(一般信徒には閉じられたまま、聖職者のみで聖体祭儀を行なう)、プロテスタント教会の「無会衆礼拝」(教職のみで礼拝を行ない、それをネット配信する)の試みを頭から否定するつもりはありませんが、それを「公同の礼拝」とするのは、残念ながら「嘘も方便」の域を出ません。

この点に関しては、言い逃れ出来ません。「呼び集められた群れ」、即ち「会衆」が存在しない今、教会は死んだも同然、もはや死に体なのです。私たちの教会は勿論、どんな大規模教会も(聖イグナチオ教会であれ、聖マリア大聖堂・関口教会であれ、ルーテル市ヶ谷教会であれ、聖公会聖アンデレ教会であれ)、礼拝を休止している教会は死んだのです。しかしながら、会衆の誰か、あるいは、その家族や友人の誰かを死の危険に晒すことを潔しとはしなかったのです。その意味では、主の十字架と同じく「死に渡された」と言えましょう。

3.散り行く光

ところで、私たちが「教会」として「呼び集められる」のは、再び「散らされる」ためだと主張する人もいます。現代を生きるキリスト者は「散らされる」という語を、より積極的な意味で捉え直そうとしています。

例えば、「使徒言行録」には、「ステファノの殉教」に端を発する、新たな宣教の展開が描かれています。8章1節「その日、エルサレムの教会に対して大迫害が起こり、使徒たちのほかは皆、ユダヤとサマリアの地方に散って行った」のですが、4節「さて、散って行った人々は、福音を告げ知らせながら巡り歩いた」と続きます。エルサレム教会の弾圧によって信徒たちが「散らされて行った」結果、サマリアでの宣教が始まるのです。

私たちの教会は「迫害、弾圧」を受けている訳ではありませんが、教会というものは、そもそも「呼び集められ」、また「散らされて行く」ものだと言えるのです。そこには「宣教」(主の御言葉、主の御心を宣べ伝える)という目的があるのです。すると、すかさず「このウイルス禍こそは、家族伝道の絶好のチャンスです!」と、能天気な牧師なら言うでしょう。ドナルド・トランプ並みの(かなり危険な)楽天的エゴイズムです。

迫害と弾圧は、恐らく、当時の「エルサレム原始教会/Primitive Church of Jersalem」に、破滅と言っても良い程の打撃を与えたと思うのです。エピファニオス(サラミスの主教)によると、4世紀初頭まで残存していたそうですが、次第に衰退して行ったのに違いありません。しかし、そこから「散って行った人々」が新しい教会を作って行ったのです。

それは丁度、倒れて朽ち行く樹木を苗床として、そこから新しい芽が生まれていったようなことでは無かったでしょうか。自分が肥え太るのではなく、自分自身が肥やしに成って、新芽を育てる、そのような大きな循環(自然サイクル)を見る思いがします。

牧師 朝日研一朗

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2020年04月23日

教会の一大痛恨事

1.小さな世界

4月5日の「棕梠の主日」の礼拝までは、辛うじて守ることが出来ました。礼拝出席は13名でした。政府や自治体、感染症対策の専門家は、マスコミを通して「土日の不要不急の外出は控えるように」とのアピールを繰り返していましたので、3月以後、礼拝出席者は激減していたのです。特に持病のある方、高齢者は礼拝出席に不安を抱かざるを得ません。家族も心配して「礼拝に行くな」と言います。そして遂に4月7日、「緊急事態宣言」が発出されました。教会の諸集会を全て休止することを(役員と相談の上で)決断し、「教会からの重大なお知らせ」として書面で郵送し、現在に至ります。

しかしながら、教会から何の「音沙汰も無し」と言うのでは「福音」の名折れです。そこで、4月12日のイースターから毎週日曜日、行人坂教会HP上で、5分間礼拝「小さな世界/minutum mundum」という番組を音声配信しています。讃美歌と聖書朗読とメッセージと祈り、それで数分です。

通常の式順通りに「無会衆礼拝」を行ない、その模様(1時間以上)を「YouTube」「Line」「Zoom」「Skype」等を利用して、映像配信している教会もあります。所謂「オンライン礼拝」です。しかし、映像が余り良くないと聞きました。また、誰もいない礼拝堂や牧師の姿だけが映し出され、切り替えも無い映像など退屈極まりありません。

映像配信を行なうツールも準備も無かったというのが正直な所ですが、今回は「音声のみの配信」「数分間に限る」という選択をしました。メッセージの内容は、ノンクリスチャンも共に聴いて下さる事を前提にしました。実際に「未信者の御家族と聴いている」「数分なので一緒に聴いて貰える」という嬉しい反応を頂いています。

2.ぼっち礼拝

この5分間礼拝「小さな世界」、日曜日ごとに1本が配信されていますが、予め週日に2回分ずつ録音されたものです。でも、それとは別に、日曜日午前10時30分から、牧師は独り、礼拝堂で「独りぼっちの礼拝」を守っています。音声配信を利用するか否かは別として(実際、PCやスマホをお持ちでない方たちは利用できません)、この時間に合わせて、各家庭で祈りの時を持って下さっている信徒の方たちがいると信じているからです。

そして何より、日曜日の朝に、主の礼拝堂にあって、祈る者が誰一人いないという状況はあり得ないと思ったのです。神さまに申し訳が立ちません。そこで「独りぼっちの礼拝」を4月12日から始めました。いささか自嘲気味に「ぼっち礼拝」と呼んでいますが、どんな風に礼拝しているのか、具体的に申し上げましょう。

何の準備も無く、聖書と讃美歌だけを携えて、礼拝堂に行きます。@黙想を続けます。A讃美歌を数曲うたいます。Bその合間に聖書を読みます。C声に出して祈ります。E「主の祈り」やF「使徒信条」を唱えます。この7つの要素を順番も決めずに、聖霊の御導きのままに行なっています。

「フレンド派/基督友会/The Religious Society of Friends」、俗に言う「クエーカー/Quakers」の日曜礼拝を経験なさった方はお分かりに成ると思います。プログラムの無い礼拝です。牧師も司式者もいません。どちらかと言えば「沈黙の礼拝」です。「フレンド」の人たちは「内なる光/Inner Light」と言いますが、神の働きに導かれるままに、その礼拝の時を過ごします。私の「ぼっち礼拝」が「フレンド」の礼拝と違うのは、讃美歌をうたうという所だけでしょう。

私の「ぼっち礼拝」は30分と決めています。余り長い時間を続けると、次回に繋がらないと思うのです。毎回、心を集中させて新鮮な気持ちで礼拝するために、時間を限っているのです。勿論、時間を計っている訳では無くて、上の7要素をゆっくりと行なっていると、丁度30分くらいに成っているのです。

3.不要不急?

今回の「コロナ禍」で最も悲しく思ったのは「不要不急」という語でした。主日礼拝に出席する事は、信仰者、クリスチャンの暮らしにとって、何よりも「重要」なはずですが、それが「不要」とされてしまったのです。実際に、未信者の家族から礼拝に行くのを止められた信徒も大勢いらっしゃいます。そこに「不要不急」という看板(大義名分)が立ち塞がっていたはずです。

家族が「控えるように」言うのは、我が身を心配しての事とは分っているのですが、それでも「不要/重要では無い」と言われた事によって、私たちの信仰は深く傷付けられたのです。師岡カリーマ・エルサムニーが「東京新聞」のコラムに書いて居られました。イスラム教のどこかの国では、本来なら礼拝への呼び掛けであるべき「アザーン」の放送が、嗚咽しながら「モスクに来るな」「自宅で待機せよ」と為されたとの由。

その記事を読んだ時、私も胸が詰まりました。本当は、私自身も声を上げて、泣き出したいような気持ちだったのです。そんな思いを無理に押さえ込んで、理性的に装って、礼拝休止を決定したのでした。でも、本当は悲しかった。本当は、魂が引き裂かれるような気持ちだったのです。

個人的に「礼拝を休む」とか「礼拝をサボる」とか、または「礼拝を寝過ごした」とか、そんな事ではありません(そう言えば「アザーン」の一節には「礼拝は睡眠にまさる」というのがありましたっけ)。「公同の礼拝/Ecclesia Catholicus」を休止したのです。これ以上の痛恨事はありません。「主なる汝の神を拝し、ただこれにのみ仕うべし」(「ルカ傳福音書」4章8節)、この主の戒めを守れなかったのです。

牧師 朝日研一朗

【2020年5月の月報より】

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2020年04月07日

暗夜に光を求めて

牧師 朝日研一朗

2020年4月12日、私たちは「復活日/イースター」を迎えます。しかし残念なことに、主の復活をお祝いする礼拝に、私たちは参集することが出来ません。辛うじて「受難週」の始まりを告げる「棕梠の主日」は、礼拝を守ることが出来ましたが、「洗足木曜日」の礼拝、「受難日」の祈祷会は断念せざるを得ませんでした。私たちは「受難節/レント」の途中で、その歩みを止めるしかありませんでした。これが首都圏の現状です。

猖獗(しょうけつ)を極める「新型肺炎コロナウイルス」を前にして、国内のみならず、世界中が嘆きと呻きに溢れています。今まさに罹患して苦しんでいる人たち、命を落とさんとする人たち、愛する者を奪われた悲しみと孤独の中に置き去りにされた人たちがいます。多くの人たちが不安の中で逼塞(ひっそく)した暮らしを続けています。こんな状態にあっても尚、働かなくてはならない人たち(食品、運輸、流通、救急、警察)、務めを果たさなくてはならない人たち(特に医療従事者)のことも忘れてはいけません。

英国では「5G(第5世代)移動通信システムがコロナウイルス感染を拡大させている」とのフェイクニュース(虚偽報道)を信じた人たちにより、英国国内数ヶ所で電波塔が放火されたそうです。勿論、完全なデマ(流言飛語)なのですが、ウイルスと同じく、電波もまた目に見えませんし、情報もまた人と人とを繋いだり、人から更に多くの人へ拡散したりするものです。

この報道に接した時、この感染症は「苦しみの連鎖」かも知れないと思いました。人から人へと、人伝(ひとづて)に病苦や死が伝播(でんぱ)して行くのです。しかも、潜伏期間中には自覚症状が無い人、症状が出ても軽い人もありながら、それでいて、感染した他の誰かにとっては致命的であったりするのです。それはあたかも、私たちが他者の苦しみに対して、極めて鈍感、無感覚であることの隠喩(メタファー)のようです。その点、何だか現代社会を反映しているように思われるのです。

「苦しみの連鎖」と言いましたが、苦しむ人と苦しまない人とがいます。ペストやコレラやインフルエンザにも、耐性のある人と無い人、発症する人としない人とがあると思いますが、ここまでの大きな差異は無かったと思います。「陽性」と診断されても、殆ど健康状態に変化の無い人もいるのです。

今たまたま、私たちの健康が保たれているとすれば、今こそ、苦しみの中にある人たちに心を寄せて祈るべきことが是非とも求められています。それは「レント」に当たって、主イエスの苦難と十字架を念ずることに通じます。そのことを通してのみ、私たちは「復活/イースター」へと到達することが出来るのです。

私たちは、苦しみ悩む人たちのために、喘ぎ苦しむ世界のために祈りましょう。「苦しみの連鎖」を「祈りの連鎖」へと変えて参りましょう。

(2020年4月7日)

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2020年03月29日

疫病をおくるのは神か悪魔か

1.ペオルのバアル

旧約聖書「民数記」25章に「ペオルにおけるイスラエル」という物語があります。

エジプトを脱出したイスラエルの民は、モーセに率いられて「約束の土地」を目指しますが、その途上、死海北東のモアブ平野の町「シティム/Shittim」に宿営します。モアブの住民たちは(恐らく、純粋に歓迎の意図だったでしょう)イスラエルの民を祝宴に招きます。しかしながら、古代人の食事は、自分たちの神々に犠牲を捧げて、その相伴に与ることを意味します。つまり「神人共食儀礼」です。

彼らが犠牲を捧げた現地の神は「ペオルのバアル/Baal-Peor」と言いました。「バアル」はカナン地方全体で広く信仰されていた神です。ギリシア神話のゼウスと同じく、雷と雨を司る主神です。そもそも「バアル」は「主」とか「神」という意味です。地方ごとに色々な「神/バアル」が崇拝されていたようです。「ペオル」は「開く」の意味で、人身御供に処女が捧げられていたとも言われます。イスラエルの民が「ペオル神」の儀式である会食に参加したことに対して、主なる神(ヤハウェ)は激怒して、モーセに「民の長たちをことごとく捕らえ、主の御前で彼らを処刑し、白日の下にさらしなさい」と命じます。

ところが、この物語には、もう1つの異なる伝承(異伝)が重なって錯綜しています。主なる神は、イスラエルの民が異民族との「雑婚」によって、他の神々を拝むようになったことに憤り、民の上に何等かの「災害」を下したようです。その渦中、モーセと民が嘆き悲しんでいるのを尻目に、あるイスラエル人男性が異教徒のミディアン人の女性(モアブ人ではなくなっています)をテントに連れ込んで同衾していたのです。すると、祭司の家系であるピネハスが槍を取り、交わっている男女を串刺しにします。「それによって、イスラエルを襲った災害は治まったが、この災害で死んだ者は2万4千人であった」(「民数記」25章8〜9節)と、物語は結ばれているのです。

2.ベルフェゴール

新型肺炎コロナウイルスによる世界の死者数が1万人を超えた時、この「民数記」の物語を、私は思い出しました。「2万4千人」という死者数がリアルに感じられたのです。

「民数記」には「イスラエルを襲った災害は治まった」と書いてありますが、その肝心の「災害」が何であったのかは、なぜか書かれていません。しかし「災害」と訳されている「マンゲーファーハ」は、現代ヘブライ語では「疫病、伝染病」を意味します。そもそも、旧約聖書の「怒りの神」が民に下す神罰は、@疫病、A飢饉(旱魃)、B剣(異民族の攻撃)の3段階に成っているのです。その中で一番ポピュラーな災いが「疫病」なのです。これは深刻さの順位ではなく、頻発した順位ではないかと、私は考えています。古代社会の民は、それだけ数多く疫病の流行に悩まされたということではないでしょうか。

さて、カナンの神「ペオルのバアル」は転訛して「ベルフェゴール/Belphégor」という悪魔に矮小化されました。ベルフェゴールは、キリスト教の悪魔学では「怠惰の化身」とされています(怠惰は「七つの大罪」の1つ)。ユダヤの密教「カバラ」では、彼は元来「生命の樹/セフィロート」の第6番目の「セフィラー/球界」、即ち「ティフェレト/美」を支配する天使でしたが、ルキフェルと共に天界を追放されて、見るも醜悪な悪魔と成り果てたとされています。但し、男性を誘惑する時だけは、美少女の姿で現われるそうで、その辺り、かつて「美」を支配した余韻があります。

ベルフェゴールへの捧げ物は排泄物とされています。その伝承から来ているのでしょう、19世紀フランスの作家、コラン・ド・プランシーの『地獄の辞典』では、穴の開いた椅子(トイレの便器)に座っているイラストが付されています。そのイメージに加えて、出典とされる「民数記」25章の「疫病」とが混淆したのでしょう、やがて「疫病をもたらす悪魔」と言われるように成ったのです。

3.蝿王ベルゼブル

これと似た例として、旧約聖書「列王記下」1章に名前の出て来る神「バアル・ゼブブ/Baal-zebub」があります。南北朝時代の北王国の王、アハズヤが病気に成り、地中海沿岸のペリシテ人の都市国家エクロンで崇拝されている神、バアル・ゼブブに「この病気が治るかどうか」伺いを立てよと、使者を遣わしたのです。この時も、主なる神(ヤハウェ)は「イスラエルに神がいないとでも言うのか」と怒って、預言者エリヤをアハズヤ王の宮殿に遣わして、王の死を予告させるのです。これまた身も蓋も無いお話です。

本来は「バアル・ゼブール/住居の主」という名前の神を、「列王記」の記者が揶揄して「バアル・ゼブブ/蝿の主」と言い換えたようなのです。新約聖書の時代には、悪霊の名前として定着していたようで、共観福音書では、イエスさまが「悪霊の頭ベルゼブル」と言って居られます。そんなこんなで、地獄を支配する巨大な蝿の姿で表現されるように成ってしまったのです。英国のノーベル賞作家、ウィリアム・ゴールディングの名作『蝿の王』(Lord of the Flies)の題名の由来です。その蝿の姿から「疫病をもたらす悪魔」とされています。

現代社会では、さすがに悪魔や悪霊が疫病をもたらすとは考えません。しかし、パンデミックのような災厄を前にして、何等かの神罰では無いかと感じてしまうのも事実です。人間は目に見えないもの(細菌やウイルス)を恐れて、同じく目に見えない悪魔や悪霊、あるいは鬼神(怒りの神、荒ぶる神、祟り神)のせいにするのです。

私たちの主、キリストは「多くの痛みを負い、病を知っている」(「イザヤ書」53章3節)と告白されています。病(神罰)を人間にもたらすのではなく、病者の痛み苦しみを共に負われる神、病者に寄り添い、看取り、お癒しになる神なのです。

牧師 朝日研一朗

【2020年4月の月報より】

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2020年02月22日

蒼ざめた馬を見よ

1.マスク不足

毎月の恒例行事です。掛かり付けのクリニックに行き、血液の検体を取って(簡易キットによる測定もあります)、ドクターと世間話をしました。その後、調剤薬局に行って、処方箋を出して、雑誌を読みながら待っていました。すると、初老の女性が薬局に入って来て、いきなり「マスク、ありますか!?」と叫ぶのです。薬剤師が「いいえ、ありません」と応えるや、すぐに出て行きました。

私は思わず薬剤師と顔を見合わせました。薬剤師は「最近、毎日、ああいうのが何人も来ますよ」と呟きました。「買占めですね」「マスクはウイルスを他人に移さないための物で、自分がウイルス防御をするなら、むしろ介護用手袋(ラテックスの)でも買った方が良いのにね」と言うと、薬剤師は我が意を得たりとばかりに「そうです、そうです。その通りです」と頷いていました。

翌朝のニュースバラエティ番組では、中国人の「転売ヤー」が大挙して日本に乗り込んで来ていて、マスクを買い占めている、しかも、1箱5百円程度のマスクを、中国本土で1万円の高額で売り捌いている等というネタを紹介していました。そう言われてみれば、調剤薬局で叫んだ女性も(中国人かどうかは定かではありませんが)、自分の必要のためではなく、転売目的のように思われました。

妻に頼まれて、近所のドラッグストアに、消毒用のアルコール液を買いに行ったら、これまた、店員から「今日は入荷ありません」と言われる始末。そこで漸く「新型コロナウイルス禍による買い占めか」と悟った次第です。何と呑気なことでしょう。そして世の中には、パニックを煽って、それを機に儲けようとする商売人が大勢いるのですね。

2.ウイルス禍

パニックを煽るのは何も商売人だけではありません。武漢(ウーハン)が「新型コロナウイルス禍」に見舞われたのは、神の裁きであると喧伝している「キリスト教の牧師」も居られるようです。何でも、その牧師によると、中国共産党がキリスト教を弾圧し、会堂を撤去したり、十字架を燃やしたりしたことに対して、「神の怒り」が下ったのだそうです。そんな風に主張なさっている牧師のフェイスブック投稿(写真画像含む)を、私も目にする機会がありました。

実質的に、中国には「信教の自由」は存在せず、政府公認の教団しか運営が許されていません。例えば、カトリックなら「中国天主教愛国会」ですが、バチカンとの国交を認めていない中国では、教皇の叙任権は及びません。プロテスタントの方も「三自愛国教会」「中国基督教協会」がありますが、戦時体制下の「日本基督教団」と同じく、政府の厳しい監視と指導の下に置かれています。その他の教派(特に福音派)は地下教会(家の教会)として活動しています。貧富の格差と共産党独裁という二重の苦しみの中で、数千万人もの人民(レェンミィン)がキリスト教、イスラム、新興宗教に救いを求めていると言われています。

さて、中国保険局によると、2月16日現在、新型ウイルスの感染者は7万人を超え、死亡した人は1770人に及んだとのことです。恐らく、肺炎を発症したり、亡くなったり、家族を亡くしたりした人たちの悲惨な現実があるだけで、そこに「クリスチャンか否か」等という選別は成り立たないと思うのです。「出エジプト記」12章の「過越」のように、災厄がイスラエル人の家の前だけを過ぎ越して、エジプト人の家だけを打つ等と、そんなに都合よくは行っていないと思うのです。

キリスト教に限らず、大きな災害や人災(地震、津波、原発事故、台風、水害、火事、飢饉)が起こると、それを「天罰」「神罰」と捉える固定観念は拭い難く、私たちの脳味噌にこびり付いています。確かに自らの中にある罪や悪を省みるチャンスかも知れません。しかしながら、自分は痛くも痒くもない場所にいながら、他者の苦難に対して「神罰」等と嘯くのは、キリスト者として相応しくありません。東日本大震災の時に「天罰」と放言した石原慎太郎(当時の都知事)級の「低レベル廃棄物」です。

3.疫病と信仰

勿論、旧約聖書では「疫病」は「剣」(他国の侵略)「飢饉」(旱魃)と並ぶ「神罰」です。ヘブライ語の「疫病」、即ち「デベル」は「神罰としての疫病」を、「マッゲーパーハ」も「ネゲフ/打つこと」から派生した語です。神が民を打つのが疫病なのです。

新約聖書では「ロイモス」というギリシア語ですが、面白いことにキリスト教の宣教に対して使われているのです。「使徒言行録」24章5節「実は、この男は疫病(ロイモス)のような人間で…」と、パウロが告発されているのです。ユダヤ教徒からすれば、イエスの福音を広める使徒こそが、非常に厄介な「疫病」のように思われたのでしょう。古代ギリシアには「ドリーア人との戦争(レモス)が起こると、疫病(ロイモス)が一緒にやって来る」という諺があります。イオニア人(アテナイ)の立場から、ドーリア人(スパルタ)との戦争の厄介さを言っているのでしょう。

ラテン語では「疫病」は「ペースティス/pēstis」と言います。ここから「ペスト/黒死病」という語が生まれました。英語の「疫病/ペスタランス/pestilence」の語源です。中世ヨーロッパでは、ペストもまた神罰、もしくは「終末に訪れる大患難の前兆」とされていました。「ヨハネの黙示録」の「青白い馬」の騎手が「死/タナトス」であり、「陰府/ハデース」を引き連れていたように、疫病流行のイメージは大量死と繋がり易いのです。そして、死の現実に直面して初めて、人間は己の非力を悟ります。そこで信仰による救いを願うのです。「助かったら現世御利益、助からなくても極楽」という訳です(やれやれ)。

牧師 朝日研一朗

【2020年3月の月報より】

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