2019年02月24日

アキレスと亀

1.クドカンは韋駄天

私は毎週、NHKの大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』を楽しみに観ています。しかしながら、何でも、前作『西郷どん/SEGODON』を超えるワースト低視聴率を記録していると聞きます。「どうして!?」「クドカン(宮藤官九郎)の脚本は、こんなに面白いのに!?」「VFX(特撮による視覚効果)で再現された明治の東京の風景も、こんなに美しいのに!?」「これだけの豪華キャストなのに!?」「音楽(大友良英)も、タイトルデザイン(山口晃)も、題字(横尾忠則)も、こんなに凄いのに!?」と、私が独りで喚いているのを、家族は冷ややかな眼差しで見詰めています。

連ドラ『あまちゃん』とカブる楽屋落ちキャスト(杉本哲太、平泉成、橋本愛、小泉今日子、荒川良々、ピエール瀧)が要所に配してあるのも愉快です。古今亭志ん生(ビートたけし)の内儀、りんの役で(志ん生の実の孫)池波志乃が出ていたりするのも粋な計らいです。森山未來、パンクバンド「銀杏BOYS」の峯田和伸、劇団「大人計画」の松尾スズキ、岩松了、田口トモロヲというコアな脇役(何と姜尚中まで登場!)、誰も彼もキャラが立っています。若い女性視聴者への目配せもあるものの(生田斗真、松坂桃李、星野源、神木隆之介)、結果的には、玄人好みに走り過ぎているのでしょう。

妻が家事をしながら台詞だけを耳で聞いていて「お芝居を観ているみたいね」と漏らしていました。結局、低視聴率の原因はこれに尽きるのか…。恐らく、クドカンは突っ走り過ぎて、マニアではない普通の人を置き去りにしているのでしょう。その意味で、クドカンこそは文字通り、現代の日本エンタメ界の「韋駄天」であることは間違いありません。

2.大森兵蔵と安仁子

さて、東京高等師範校長(にして講道館館長)嘉納治五郎(役所広司)に協力して、「大日本体育協会」を運営しているのが、大森兵蔵(おおもりひょうぞう)(竹野内豊)と安仁子(シャーロット・ケイト・フォックス)の夫妻です。ドラマの中では、アメリカ帰りの兵蔵が思わず英語を口走り、安仁子が日本語に翻訳し直すという、まるでコントを見ているような、頓珍漢な場面が頻発します。

ドラマの主人公、金栗四三(かなくりしそう)(中村勘九郎)のストックホルム五輪出場が決まるや、安仁子が英会話とマナーの特訓をするのですが、四三を「フォーティスリー!/Forty-Three!」と呼び、東京高師助教授の可児徳(かにいさお)(古舘寛治)を「ミスター・クラブ!/Mr.Crab!」と呼ぶのです。古舘の顔が本当に「蟹」のように見え始めます。

大森兵蔵は日本初のオリンピック代表チームの監督となります。彼は同志社普通校(同志社大学)、東京商業学校(一橋大学)を中退して渡米、スタンフォード大学、国際YMCAトレーニングスクールを卒業して、東京YMCA初代体育主事となった人物です。バスケットボールとバレーボールを日本に導入したのも大森です(因みに、可児徳はドッヂボールを日本に導入した人物です)。

大森安仁子こと、アニー・シェプリーは兵蔵と結婚した時、既に50歳で、兵蔵は19歳も年下でした(Ch・K・フォックスは若くて綺麗過ぎです)。ドラマの中でも、永井道明(ながいどうめい)(杉本哲太)と可児徳の二人が、「あの出しゃばり女め!」「何でも兵蔵はあの女のハウスボーイだったらしいですよ」「ハウスボーイって何だ?」「小僧ですよ!」「道理で尻に敷かれているはずだよな!」と陰口を叩く場面があります。ところが何と、衝立(ついたて)の向こうには大森夫妻がいて、何もかも筒抜けだったのです。冷や汗を流す二人に、安仁子が憎々しげな表情で「何にも、聞こえませんでした!」と怒鳴る所は抱腹絶倒の名場面でした(この時、兵蔵が咳き込んでいるのは、後々の伏線です)。

大森夫妻は私財を投じて、貧困のため学ぶことの出来ない子どもたちのための教育と生活文化向上のための施設「有憐園」を、淀橋区柏木(現・西新宿8丁目)に開設します。日本のセツルメント事業の草分けです。

大森夫妻はクリスチャンでしたが、欧米の信仰や文化を一方的に押し付ける人たちでは無かったようです。ですから、兵蔵が英語を口走るとか、安仁子のマナー教室に四三が疲れ果てるとか、それは飽く迄、コントのネタです。何しろ、安仁子は日本文化にも造詣が深く、64歳の時には「紫式部日記」「和泉式部日記」「更級日記」を併せて英訳し(土居光知と共訳)、それは後に米国で出版されているのです(「Diaries of Court Ladies of Old Japan」)。

3.日本の走るコース

「韋駄天」はヒンドゥー教の軍神「スカンダ/Skanda」が仏教に入って来たものです。スカンダは常に雷神インドラをライバル視していて、決着をつけるため、二人はカイラス山の周りを走って競争するのです。恐らく、この話から「足の速い人」のことを「韋駄天」と呼ぶように成ったのでしょう。

西洋で「韋駄天」と言えば、ギリシア神話の「アキレウス/Achilleus」でしょうか。トロイア戦争の形勢を逆転させた英雄ですが、弱点の踵(かかと)を、敵将パリスの弓で射抜かれて(アキレス腱)、壮烈な戦死を遂げます。そこで思い出されるのが「アキレスと亀」というゼノンのパラドックスです。この世で最も歩みの遅い亀と、最も速いアキレスが徒競走をするのですが、ハンデを貰って先の地点から出発した亀を、アキレスは永遠に追い抜くことが出来ないという数学上のパラドックスです。

アキレスでは無いにせよ、猛ダッシュで西欧文明に追い付こうとした明治日本、戦後日本ですが、未だに追い付けないでいるように思います。何だか、私たちは当初から、自分の走るべきコース(走路)を間違えてしまっていたような気がしてならないのです。

牧師 朝日研一朗

【2019年3月の月報より】

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2019年01月27日

感じて、漢字の世界

1.珍妙な当て字

子どもの頃、新聞記事の見出しに「米軍」という文字があるのを(ベトナム戦争の戦況を伝えていたのでしょう)見て、父親に尋ねたことがあります。「アメリカ人はパン食で、米を食べないのに、どうして「米軍」なの?」。勿論、すぐに父は「アメリカ」の漢字音写「亜米利加」の「米」であることを教えてくれました。

ところが、私も子どもながら簡単には引き下がりません。「それじゃあ、どうして頭文字の「亜」では無いの?」。父が答えます。「他にも「亜弗利加/アフリカ」や「亜拉比亜/アラビア」や「亜爾然丁/アルゼンチン」があるからだ」。私は更に重ねて「フランス人は仏教徒ではなくて、大半はキリスト教徒なのに、どうして「仏」等という文字が当ててあるの?」と尋ねたのでした。父の答えは「音写は適当に近い音の漢字を当てているので、特に深い意味内容は無いのだ」ということでした。父は大学での専攻が人文地理学だったので、こういう話はお得意だったのです。

しかし、相変わらず、その後も、私の頭の中には「米飯給食のアメリカ(亜米利加)軍」「仏像のように螺髪になったフランス(仏蘭西)人」「ハミ子のドイツ(独逸)人」「チューリップならぬ胡蝶蘭を手にしたオランダ(阿蘭陀)人」「土まみれのトルコ(土耳古)人」「埃まみれのエジプト(埃及)人」「いつも素っ裸で歩くロシア(露西亜)人」「ワインに悪酔いしたポルトガル(葡萄牙)人」「インスタント縮れ麺を食べるビルマ(緬甸)人」等が徘徊することになったのでした。

そう言えば、何年か前、八王子在住のドイツ人の漢字研究家が祖国「ドイツ」に「独」の漢字を当てるのは「不愉快だから止めて欲しい」と訴えている新聞記事を読んだことがあります。「獣偏」を使っている所に差別意識が伺えるとのことでした。その関連で言うと「ユダヤ」も「猶太」と書きましたね。「猶」は、猿の一種で疑い深い性質なので「疑う、躊躇う」の意味があるそうです。こっちの方が余程、問題です。

2.映画と当て字

長じて映画ファンに成った私は、戦前の映画を好んで観るように成りました。そしたらあるわあるわ、読めない漢字の外国映画の題名…。まあ、『聖林(ハリウッド)ホテル』に『巴里(パリ)祭』くらいは、誰でも読めるでしょう。

リア・デ・プティのハリウッド進出第1作のヴァンプ物『神我に二十仙(セント)を給ふ』、英国のスパイ映画『空襲と毒瓦斯(ガス)』、ジャネット・マクドナルドの歌も有名な、災害スペクタクル映画『桑港(サンフランシスコ)』、社会諷刺劇『市俄古(シカゴ)』、怪人フー・マンチュウの『成吉斯汗(ジンギスカン)の仮面』、マルレーネ・ディートリッヒ主演の『西班牙(スペイン)狂想曲』、恋愛喜劇の『大紐育(ニューヨーク)』、青春の思い出を描く名作『たそがれの維納(ウィーン)』…。『桃源郷』に「テュランドット」、『胡椒娘』に「パプリカ」とルビを振るに至っては、もはや完全な遊び心です。

「ハリウッド」に「聖林」の漢字を当てたのは「Hollywood」の「holly/柊」を「holy/聖なる」と読み違えたことから来ているのですが、映画の都、即ち、映画ファンにとっての「聖地」という意味で、今でも日本では「ハリウッド」=「聖林」が通用してしまうのですから馬鹿に出来たものではありません。

『七年目の浮気』の香港版のポスターを見た時に、主演女優が「瑪麗蓮・梦露」と成っていたのにも感動しました。言うまでもありません、マリリン・モンローです。「瑪瑙(めのう)」や「睡蓮」のように「麗しく」、「梦(夢)」のような美女で、少し「露出」あります…みたいな…。面白すぎる。

他にも挙げて置きます。エリザベス・テイラーは「伊莉沙白・泰勒」、ソフィア・ローレンは「蘇菲亞・羅蘭」、ブリジット・バルドーは「碧姫・芭社」、グレイス・ケリーは「格蕾絲・凱利」、エヴァ・ガードナーは「愛娃・嘉コ納」、キャサリン・ヘップバーンは「凱瑟琳・赫本」、オードリー・ヘップバーンは「奥黛麗・赫本」です。漢字を見ると発情してしまいそうです。

3.聖書と当て字

礼拝のメッセージや聖書研究の準備などをしていて、疲れた時には、私は中国語訳聖書を開くようにしています。「和合本/Chinese Union Version」という、中国語圏で最も普及している翻訳聖書です。

中国語訳聖書の何が面白いかと言って、やはり、固有名詞の当て字です。「伊甸園/エデンの園」、「亞當/アダム」と「夏娃/エバ」、「該隠/カイン」と「亞伯/アベル」、洪水と来たら「挪亞/ノア」、族長は「亞伯拉罕/アブラハム」「以撤/イサク」「雅各/ヤコブ」。エジプトからカナンへ「約瑟/ヨセフ」「摩西/モーセ」「約書亞/ヨシュア」「參孫/サムソン」。王様は「大衛/ダビデ」「所羅門/ソロモン」。預言者は「以利亞/エリヤ」「以利沙/エリシャ」に「以賽亞/イザヤ」「耶利米亞/エレミヤ」「以西結/エゼキエル」…。

女性の名前を補充しましょう。「撤拉/サラ」「利百加/リベカ」「利亞/レア」「拉結/ラケル」「她瑪/タマル」「米利暗/ミリアム」「大利拉/デリラ」「路得/ルツ」「拔示巴/バトシェバ」「耶洗別/イゼベル」「以斯帖/エステル」…。

新約に移って、「耶穌基督/イエス・キリスト」は言うに及ばず、「馬利亞/マリア」「希律/ヘロデ」「約翰/ヨハネ」「撤但/サタン」「拿撤勒/ナザレ」「西門・彼得/シモン・ペトロ」「法利賽/ファリサイ」「耶路撤冷/エルサレム」「本丟・彼拉多/ポンティオ・ピラト」「巴拉巴/バラバ」「各各多/ゴルゴタ」「抹大拉的馬利亞/マグダラのマリア」「保羅/パウロ」。福音書記者は「馬太/マタイ」「馬可/マルコ」「路加/ルカ」です。

牧師 朝日研一朗

【2019年2月の月報より】

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2018年12月30日

新しい時をめざし

1.大アルカナ

荒木飛呂彦の人気マンガ『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズには、ディオ・ブランドーという強烈な悪役が登場します。彼は己の野望を遂げるために、自ら「石仮面」を被り、吸血鬼と成る道を選びます。更には、魔女エンヤ婆によって「スタンド/Stand/幽波紋」と呼ばれる超能力を手に入れるのでした。「スタンド」とは、能力者(術者)が自由に操ることの出来る守護霊のような存在です。

第3部では「DIO」という名前で、大勢の「スタンド使い」を手下に加えて、世界を支配しようとしています。このDIOが操るのが「世界(ザ・ワールド)」というスタンドです。時間を停止させた上で、敵を自由に攻撃する事が出来るのです。そして、DIOがスタンドを発動させる時、「『世界(ザ・ワールド)』ッ! 時よ止まれ!」と叫びます。そして、彼が「時は動き出す」と呟いた時には、既に敵は死んでいる訳です。

「世界/ザ・ワールド」とは、タロットカードの「大アルカナ」第22番目のカードです。カード番号は0から始まりますので、「]]T」と表示されていますが、実際には22番目なのです。「大アルカナ」はヘブライ語のアルファベット22文字に対応するとされています。最終カードですから「ターウ」に該当します。「成就、完成、総合、完璧」等の意味があります。ギリシア語なら「オメガ/Ω」(「わたしはアルファであり、オメガである」)、英語なら「ゼット/Z」(『ウルトラマン』の「ゼットン」、『マジンガーZ』、『ドラゴンボールZ』、『ワールド・ウォーZ』)です。

2.時よ止まれ

「時よ止まれ!」という宣言は、恐らく、ゲーテの戯曲『ファウスト』の禁句から来ているのでしょう。この世に絶望したファウストの前に、悪魔メフィストフェレスが現われて、契約を交わします。

(メフィストフェレス)「どうです、手を打ちませんか。/御契約をなさいませんか、あなたがこの世にある限りは/わたしの術でたんと面白い目を見せて差し上げます。/まだ人間が見たこともないような面白いものをね」。(ファウスト)「己がある刹那に向かって、『とまれ/お前は本当に美しい』といったら/己はお前に存分に料理されていい。/己はよろこんで滅んで行く。/そうしたら葬式の鐘が鳴るがいい/その時は君の奉公も終るのだ。/時計が停り、針も落ちるがいい。/己のすべては終るのだ」(高橋義孝訳)。

「とまれ、お前は本当に美しい/Verweile doch! Du bist so schön」。「この瞬間よ止まれ、汝は如何にも美しい」とか「時よ止まれ、君は美しい」等、訳し方は色々ですが、要するに「それを言っちゃあ、おしめぇよ」です。禁じ手だけに強烈な力のある呪文(ファウストにとっては自己呪詛)と成っているのです。

さて、マンガの世界と違って、私たちには「時を止める」ことは出来ません。旧約聖書の「列王記下」20章(もしくは「イザヤ書」38章の並行記事)には、神さまが「日時計に落ちた影を、十度後戻りさせ」て、つまり、時を巻き戻して、ヒゼキヤ王の病を癒して寿命を延ばす徴としたというエピソードがあります。しかし、神ならぬ人の身である私たちには、勿論、時間を巻き戻すことも出来ません。

しかし、一つだけ出来ることがあります。新しく出発することです。元日に新年の抱負を語り合ったり、その決意を書初めにしたりするのも、再出発のチャンスとするためです。初夢にその年の運勢が表われると言ってみたり、初詣に行った人たちが御神籤を引いてみたりするのも、仕切り直しでしょうか。日本で「正月三が日」を休んでいるのは、仕事を休むことで、象徴的に「時を止める」宗教的な儀礼なのかも知れません。

3.新しい時を

古今東西、新年は大きな節目とされて来ましたが、毎日を新しい日として受け止めることも出来ると思います。例えば、古代エジプトでは、1日は夜明けと共に始まるとされていました。日本と同じです。ところが、メソポタミアでは、1日は夕方から始まったのです。ギリシアでは、1日は日没から日没までとされていました。ローマでは、現在と同じく夜半から1日の時間経過を考えていました。このように国や文化、宗教によって「始まり」の感覚は違うのです。

旧約聖書でも幾つかの文脈では、1日が朝から始まったとする表現があります。しかしながら、比較的後期の文書では、1日は日没から日没までとしているのです。そして、ユダヤ教では1日を日没から考えるように成りました。旧約聖書の中ですら、異なる考え方があったということです。

ともかく、毎日毎日を新しく生きることが望ましいのですが、残念ながら「日日是好日」として「日々新たにされて」生きるのは、案外と難しいことなのです。

そこで1週間ごとに「新たにされて」出発しようというのが「主日礼拝」を守る習慣です。古代のクリスチャンたちは「週の初めの日」を「主の日/キュリアケー・ヘメラ、ヘーメラ・トゥ・キュリオゥ」として守りました。ラテン語で「Dies Domini/ディエース・ドミニ」と言いました。フランス語の「ディマーンシュ/dimanche」もイタリア語の「ドメニカ/doménica」もスペイン語の「ドミンゴ/domingo」も「ドミヌス/Dominus/主」という語が起源です。日曜日ごとに復活の主を礼拝し、日々の罪を赦され、思い煩いを取り払われ、イエスさまの慰めと励ましを頂いて、再出発することが出来るのです。

現代人は肉体の健康や美容にばかり目を奪われて、魂の健康と美容は疎かにしているように思います。新しい年、主日を守る生活をすることで、内面から輝こうではありませんか。

牧師 朝日研一朗

【2019年1月の月報より】

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2018年11月25日

いま来たりませ

1.安らぎと幸せ

2012年のNHK連ドラ『純と愛』は、宮古島で祖父が営んでいた「魔法の国」のようなホテルを再建しようと奮闘するヒロイン、純(夏菜)に、「人の心が見える」という不思議な能力を持つ青年、愛(いとし)(風間俊介)が絡んで来るドラマでした。

ヒロイン純が情緒不安定の上、相手役の愛も心の病気を抱えています。愛と母親(若村麻由美)との確執も見ていて辛くなる程です。更に、ヒロインの母親(森下愛子)は若年性アルツハイマーに成るわ、父親(武田鉄矢)は海で溺れて死んでしまうわ、純と愛は結婚するものの、愛は脳腫瘍で倒れて、昏睡状態のまま、ドラマが終了するわ、不幸の釣瓶落としのような、その展開は「朝ドラ」ではなく「深夜ドラ」でした。吉田羊や黒木華が一躍注目されたドラマですが、視聴率は振るわず、評判も芳しくありませんでした。今でも「トラウマ系連ドラ」の烙印を押されています。

このドラマは「オオサキプラザホテル」という大阪(北浜の辺りでしょうか)の格式あるホテルに、新入社員のヒロインが出社する所から始まりました。そのホテルのロビーには「PAX INTRATIBVS/SALVS EXEVNTIBVS」=「パクス・イントランティブス/サルース・エクセウンティブス」というモットーが掲げられていました。「訪れる者に安らぎを、去り行く者に幸せを」という意味です。社長役の舘ひろしが楽しそうに説明する場面があったように記憶します。それが唯一、心の和む場面でした。

2.誰もに祝福を

上記の碑文も、小文字なら「pax intrantibus,salus exeuntibus」と書きます。ラテン語の「U」と「V」、「I」と「J」は交換可能なのです。そもそも古代のラテン文字には小文字も無く、「J」「W」「U」の文字も無かったのです。だから、高級時計メーカー「ブルガリ」も気取って「BVLGARI」と銘打っているのでしょう。

1989年のスピルバーグ監督の『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』(Indiana Jones and the Last Crusade)のクライマックス、キリストの聖杯に至る第二の試練は「神の言葉を辿れ」という指示でした。石畳の床石には、アルファベットの文字が一文字ずつ彫ってあります。「『神の言葉』とは『神の名』だ!」と気付いたインディが、「ヤハウェ。いや、中世はエホバと呼んでいた!」と「JEHOVA」の文字石を踏もうとしますが、冒頭の「J」を踏んだ途端に石が崩れて危機一髪。インディは「IEHOVA」と踏み直して渡り切るのです。でも、よく考えてみたら、「古代から生き永らえている」という聖杯の騎士が守る神殿に「J」だの「W」だのの文字があるはずは無いでしょう。

さて、上記の碑文は、羽田空港第二ターミナルにもプレートとして掲げられていますが、本家本元は、南ドイツはバイエルン州ミッテルフランケン行政管区のローテンブルクの街の「シュピタール門/Spital Tor」に刻まれているそうです。「門」を意識して訳すなら「入るものには平安、出づる者に安泰」とでも言いましょうか。「シュピタール/Spi’tal」と言えば「ホスピタル/Hospital/病院、養老院、救貧院」の事です。とにかく、ローテンブルクの正式名称は「ローテンブルク・オプ・デル・タウバー/Rothenburg ob der Tauber/タウバー川を臨む丘の上のローテルブルク」で、「ブルク/Burg」と言うだけあって「城塞」都市だそうです。中世の街並みが綺麗に保存されていて、所謂「ロマンティック街道」の中でも一番人気、「中世の宝石箱」と呼ばれているとか…。

かの碑文との類似が指摘されているのは、旧約聖書「申命記」28章6節「あなたは入る時も祝福され、出て行く時も祝福される」です。また、ラテン語の成句には「住まう者(留まる者、滞在する者)に祝福を/Benedictio habitantibus/ベネディクティオー・ハビタンティブス」があります。訪れる者も去り行く者も、入る人も出る人も、そこに留まる人も祝福される。関わった人、誰もが全て祝福されるのです。それこそ「クリスマスの心」です。キリストの教会たる私たちも、このようにありたいものです。

3.救世主の到来

今年の10月24日、日本の「来訪神(らいほうじん)」の習俗が「ユネスコ無形文化遺産」に登録されました。秋田県牡鹿のナマハゲ、石川県能登のアマメハギ、鹿児島県甑島のトシドシ、沖縄県宮古島のパーントゥ他10件です。「来訪神」とは、年1回、決まった時期に、人間界を訪れる神で、豊穣と幸福をもたらす存在と考えられています。ですから、ナマハゲに脅された子どもが号泣しても、親は微笑んでいますし、パーントゥに異臭を放つ泥を塗られても、住民は楽しそうです。どの「来訪神」も仮面を付けています。仮面を付ける事で、演者は神の依り代に成っているのです。

実は、ヨーロッパにもオーストリアのペルヒタ、スイスのクロイセ、ドイツのベンデル等、真冬に仮面を付け、異形の妖精や悪魔の姿をした演者が、民を来訪する祭りがあるのです。そんな民俗がまた、見事にクリスマス、エピファニー、レント、イースター等の教会行事に織り込まれているのです。例えば、ペルヒタや黒いピート、クランプスやクネヒト・ルプレヒト等は、聖ニコラウスやシンタクラース(サンタクロースの原型)の従者として登場します。イタリアの魔女ベファーナはエピファニー(公現日)という語が訛って付けられた名前です。「来訪神」と言えば「三人の博士たち」も登場します。宗教改革をしたはずのルター教会が支配する地域ですら、クリストキント(幼子キリスト)という名前の妖精が深夜に訪れ、クリスマスツリーの下にプレゼントを置くと信じられています。

そして、イエス・キリストこそは、天から地上に送られた「来訪神」そのものです。何しろアドベント(待降節)とは「アドウェントゥス/adventus/到来」なのですから。

牧師 朝日研一朗

【2018年12月の月報より】

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2018年10月28日

喧嘩上等 Bring It On!

1.けんかえれじい

バザーの終わった翌日、NHK-BS「プレミアムシネマ」で、鈴木清順監督の『けんかえれじい』(1966年)が放映されていて、思わず見入ってしまいました。子どもの時に観た時には、何とも思わなかったことが、とても印象深く感じられるのです。

時代は昭和10年、南部麒六(高橋英樹)は、カトリック信者の家庭に下宿して、旧制第二岡山中学に通っていました。下宿の娘で岡山聖心の女学生の道子(浅野順子)に秘かに思いを寄せる優しい男の子です。日曜日には、道子と一緒にミサにも通っています。

ところが、麒六は「キリストと先輩の命令と、どちらが大切なんや」と、無理難題を押し付ける上級生を、思わず殴り飛ばしてしまいます。その場面を目撃したOBのスッポン(川津祐介)に喧嘩の才能を見出され、喧嘩の極意を教わるのです。実は、麒六の父親も、スッポンもまた、カトリック信者なのです。

喧嘩修行の後は、師匠の勧めで、第二中学の硬派団体「OSMS(オスムス)団」(「岡山セカンド・ミドル・スクール」の略称だそうな)に入団して、喧嘩の実践を積み、忽ち「喧嘩キロク」と仇名され、副団長にまで上り詰めます。ところが、軍事教練の教官に楯突いたことから、岡山を出奔する事に成るのでした。ここまでが前半です。

会津若松の親戚の家に転がり込んだ麒六は、喜多方中学に転校しますが、ここでも喧嘩に明け暮れることに成ります。何かと言えば「会津魂」を口にする癖に、余所者をからかい、強い教師には萎縮し、弱腰の教師は舐めて掛かる同級生の態度に立腹して「会津魂とか、勿体ぶったことを抜かし居るが、お前らケツの赤い山猿じゃ!」と叫びます。

この後、同級生の金田と、肥え溜めの中を転げ回る喧嘩をやり、会津中学の「昭和白虎隊」相手の大立ち回りへと続きます。

2.爆走する機関車

映画には、道子と麒六が通うカトリック教会が出て来ます。ミサの帰り道でしょうか、二人が桜並木を歩いていると、道子が嬉しそうに話します。「今年のイースターも素晴らしかった。去年のイースターはお父様と一緒だった。今年のイースターは麒六ちゃんと」。思わず、道子の手を握る麒六…。そんな二人を見咎めた「OSMS団」の団長、タクアンは麒六を「軟派」「軟弱」となじり、二人は取っ組み合いの一触即発。その場はスッポンの介入で事無きを得ましたが、別れ際、悔し紛れに、タクアンがステッキで満開の桜の枝を叩くと、麒六と道子に桜の花びらが舞い散ります。この辺りが清順美学なのです。

後半の会津篇でも、喜多方中学の同級生を怒鳴り付けて、そのまま下校する麒六の背景には、なぜか教会の尖がり屋根が映っています。特徴的な尖がり屋根が気になって、ロケ地を調べると、何と、『けんかえれじい』は全編、長野県上田市でロケされていたのです。岡山も喜多方も会津若松もありません。会津若松の鶴ヶ城公園とされている場面も、実は上田城跡公園。岡山のカトリック教会は上田カトリック教会。旧制岡山第二中学は上田高等学校。尖がり屋根は、日本基督教団上田新参町(しんざんちょう)教会なのでした。

因みに、上田新参町教会を設計したのは、古橋柳太郎(1882〜1961年)という建築家です。大谷石を使った安中教会「新島襄記念会堂」、旧後楽園球場、麻布中学・高等学校校舎などを手掛けた人物です。新参町教会は、1897年(明治30年)創立ですが、1935年(昭和10年)に現在地に移転新築しています。「昭和10年」を設定した本作にはピッタリです。

映画の幕切れで、麒六と同級生の杉田が「東京で青年将校が叛乱」の号外を駅で見ます。「喧嘩だ、大喧嘩だ!」「これを見なくちゃ男が廃る。行こう」と叫ぶ杉田。麒六は号外に見覚えのある男の顔を発見します。「叛乱の思想的指導者、北一輝」と記された写真は、会津若松のカフェーで見た眼光鋭い男だったのです。思わず叫ぶ麒六、「杉田、東京に行くぞ!」。吹雪の中を東京に向けて爆走する蒸気機関車。

アニメファンなら御承知かと思いますが、この場面はOVA版『機動警察パトレイバー』(1988年)第5話「二課の一番長い日/前編」で、そのまま使われているのです(監督は押井守、脚本は「平成ガメラシリーズ」の伊藤和典)。苫小牧の泉野明(のあ)(富永みーな)の実家に来ていた篠原遊馬(あすま)(古川登志夫)がテレビを見ていると、「自衛隊がクーデター」のニュースが流れます。「遊馬、行こう。ここでやらなきゃレイバー隊の名が廃る」と野明。画面に映し出された「反乱の思想的指導者」の写真に「蕎麦屋で見た男!」と気付き、「野明、東京に行くぞ!」と叫ぶ遊馬。吹雪の中を爆走する蒸気機関車。

3.踏まれる十字架

それに先立って、道子が遠路遙々、喜多方まで麒六に別れを告げに来る場面があります。「長崎の修道院に入る決心をした」と言うのです。麒六の下宿を出た彼女が、雪の降り積もった狭い道を歩いていると、唐突に、次々と兵士たちが走って来て、彼女は弾き飛ばされて倒れたまま、誰からも助け起こして貰えません。彼女の大切にしていたロザリオが軍靴に踏み付けられて、白い雪の下に沈んで行きます。

子どもの頃には、全く脈絡が摑めず、意味も分からず、ただただ、その異様な雰囲気に圧倒されたのですが、今見直してみると、「二・二六事件」勃発を受けて緊急出動した、会津若松の歩兵第29連隊(第2師団派遣部隊)だった訳です。また、これは、彼女が長崎の原爆によって亡くなるのでは無いかと予感させる場面でもありました。

第29連隊に蹂躙される十字架は何を意味しているのでしょうか。旧制中学の大らかなバンカラの気風も喧嘩三昧も、青春の悶々も純情も、否応なしに軍国主義と戦争の渦の中に巻き込まれて行くのです。「無垢の終わり/End of Innocence」とでも言いましょうか。

牧師 朝日研一朗

【2018年11月の月報より】

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2018年09月30日

バザールでござーる

1.教会バザー

「ミス・マープルが、オールド・ホール荘に出かけたのは、教会でひらくバザーに屋台を出してほしい、と頼むためだった」。アガサ・クリスティの「ミス・マープルもの」、1942年の短編『申し分のないメイド』(The Case of Perfect Maid)の一節です。クリスティの探偵ではエルキュール・ポアロと双璧を成す、ゴシップ好きの教会婦人(古い言い方をすれば「老嬢」の)ミス・マープルが事件を解決していく推理小説です。

「教会でひらくバザー」と訳されていますが、原文では「the vicarage fete/ザ・ヴィカリッジ・フェイト」と成っています。直訳は「牧師館の慈善バザー」と言ったところです。英国国教会では「牧師館」を「ヴィカリッジ」と言います。元々はラテン語の「ウィカーリウス/vicārius/代理人」です。「キリストの代理人」たるローマ教皇の、そのまた「代理人」として、その教区(町や村)を託された司祭のことです。

エリザベス1世の治世、1599年、「首長令/Act of Supremacy」と「統一令/Acts of Uniformity」によって、英国議会は国内の教会をローマ教会の支配から独立させます。つまり、ローマ教会の所有する土地建物その他の財産を没収して、エリザベスを首長とする国教会の支配下に置いた訳です。英国国教会の信仰内容はプロテスタント、特にカルヴァン主義の影響を強く受けていますが、制度上の用語はローマカトリック時代の語が、そのまま使われる場合が多いのです。

「牧師館/パーサニジ/parsonage」という語があるにも拘わらず、相も変わらず「司祭館/ヴィカリッジ」と呼び続けているのも、ローマカトリック時代の名残りです。従って、「ミス・マープルもの」で一番有名な『牧師館殺人事件』(あるいは『牧師館の殺人』)も、その原題は「The Murder at the Vicarage」なのです。

20世紀以後に建て直した教会ならいざ知らず、「ミス・マープル」の暮らすケント州の村にあるような教会は、建物もローマカトリック時代からの古式ゆかしき様式です。礼拝堂を礼拝以外の目的に使うことはありません。恐らく、教会の敷地(もう少しハッキリ申しあげると「牧師館の庭」)を会場に露店、屋台(stall-holders)を出していたのでしょう。

2.お祭りと市

「慈善バザー」と訳されている「フェイト/fete」は「フェア/fair」と同じ意味です。屋外で開催される娯楽イベントです。米国の「ステートフェア/state fair」が有名です。日本語では「農畜産物品評会」と訳されていて、面白くもありませんが、実際には、楽しいお祭りなのです。往年のミュージカルファンならば、ウォルター・ラング監督、ジーン・クレイン主演の『ステート・フェア』(State Fair)(1945年)を御存知でしょう。戦後、日本で初めて公開された総天然色(テクニカラー)のミュージカルです。それをリメイクしたのが、ホセ・フェラー監督、パット・ブーン主演による同名作品(1962年)。いずれも『サウンド・オブ・ミュージック』の名コンビ、オスカー・ハマースタインU世作詞&リチャード・ロジャース作曲の歌曲に彩られています。この『ステート・フェア』、戦前にも映画化されていて『あめりか祭』(1933年)という題名を付けて、日本で公開されています。こちらはヘンリー・キング監督、ジャネット・ゲイナー主演でした。

音楽ファンには、サイモン&ガーファンクルの歌で知られる英国のバラッド「スカボロー・フェア/Scarborough Fair」があります。「パセリ、セージ、ローズマリー&タイム」とハーブの名前が何度も繰り返される名曲です。1967年の映画『卒業』(The Graduate)の挿入歌としても知られています。「スカーブラ/Scarborough」は英国ノースヨークシャー州の港町、「フェア」はそこに立つ「市」のことですが、米国にもカナダにもオーストラリアにも南アフリカにも同名の町があり、その名は何かしら遍在性を伴っているのです。何しろ、フィリピンと中国と台湾、ベトナム等が領有権を主張し合って係争中の南シナ海にも「スカボロー礁」があるくらいです。

ビージーズの「メロディ・フェア」(Melody Fair)も忘れてはいけません。こちらも、1971年の映画『小さな恋のメロディ』(Melody)の主題歌として使われて有名に成りました。但し、こちらの「フェア」は『マイ・フェア・レディ』の「フェア」、「汚れなく美しい」の意味でしょう。「メロディ」はヒロインの名前でしたから…。

とにかく「フェア」と言えば「市」に「お祭り」の気分が加わっているようです。

3.慈善と定価

「バザー/Bazaar」は「バザール」、中東やインドの「市場」を指すペルシア語だそうです。原語は「バハ・シャール/物の値段を決める場所」、つまり、定価は存在しないのです。売り手と買い手とが個別に交渉して、値段を決定する「取り引き」が行なわれるべきなのです。バザーで売り子をしていると、しつこく値引きを要求するお客さんに辟易する時がありますが、「バザー」という語の本来の意味からすると、お客さんは間違ってはいないのです。あるいは、私たちが値付け作業をして、定価を書き込んでいくのは、本来的には「バザー」に相応しくないのです。

どうして、そして、いつの頃から、この「バザー」という語が日本で定着し、教会はもとより学校や幼稚園、施設や福祉作業所などで広く使われるように成ったのか、残念ながら寡聞して知りません。戦前には「チャリティ・バザール」の訳語として「慈善市」等と称した場合があったようです。しかし、やはり「教会バザー」という語も古くから使われていたようでもあります。ともかく、その昔は「バザー」と言えば「慈善市」でしたから、値引き要求をする不心得者などは、凡そ存在しなかったようですが…。

牧師 朝日研一朗

【2018年10月の月報より】

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2018年07月29日

太陽を背にうけて

1.楳図漫画

小学生時代に読んでいた「少年画報」という雑誌に、楳図かずおの『笑い仮面』という気持ちの悪いマンガが掲載されていました…。

その頃、楳図マンガは少女雑誌(「なかよし」「週刊少女フレンド」)から少年雑誌(「週刊少年マガジン」)へと、徐々にシフトして来ていました。「少年マガジン」には、楳図が作画した『ウルトラマン』が連載されていたのですが(1966〜1967年)、どうしようもなくホラーな絵なのです。「ウルトラマン」好きの私が避けて遠ざける程でした。

あの陰気臭いベタと異様に丁寧なペン入れ、特にキャラが悲鳴を上げた時の口元の線が、当時の私にとっては、如何とも受け入れ難く、楳図マンガは指で挟んで置いて、そのページだけを飛ばして読むようにしていたものです。それでも何かの拍子に(お菓子を取るとか、中座したとか)ペラッと、偶然そのページが開いてしまって「ぎゃあー!」「また、イヤなもん見てまった!」と、その後味の悪さから中々立ち直れませんでした。

例えば『半魚人』(1965年)は、両親を亡くした少年に異常な行動が目立つようになり、金魚を食べたり、鱗が生え始めたりして、次第に理性を失い、最後は海に消えて行くホラーです。物語の中では「千年後に陸地は水没するので、徐々に魚人化する人間が出始めている」的な説明が為されています。でも、そんな理屈は問題ではありません。圧倒的なのは楳図かずおの絵なのです。茫然と立ち尽くす弟の眼前で、遂に魚人化した兄が、裂けた口から牙を剝き出して「シャーッ!」と咆哮するのが最後の場面ですが、そんなページが開いてしまったりして、それから幾晩うなされたか知れません。

2.異常高温

さて、問題の『笑い仮面』(1967年)です。1940年に九州の日裏村で生まれた赤ん坊が全員、真っ黒な蟻のような姿に成る事件が起こりました。その後、全国各地で同じような赤ん坊が生まれ、生まれてすぐに走り回り、人を襲うので、彼らは皆殺しにされてしまいます。この赤ん坊たちは「アリ人間」と名付けられます。

天文学者の式島博士は、この「アリ人間」化現象が11年周期の太陽黒点と関連のあることを訴え、22年後の「大黒点の年」には、太陽熱に灼き尽くされて、地上の生命は絶えてしまうだろうと予言します。「アリ人間化」現象は生存本能によって引き起こされた、地底に逃れるための突然変異なのです。しかし、帝国陸軍は式島博士を危険思想の持ち主として捕縛して、博士の頭に鉄仮面を被せた上から「溶接」してしまうのでした。その鉄仮面が「笑い仮面」なのです(この仮面が気持ち悪い!)。

その後の『笑い仮面』の展開は、どうぞ各自お読み頂きたいと思います。なぜ突然、私が『笑い仮面』を思い出したかと言えば、やはり、この「熱波」のせいです。連日連夜、テレビの気象予報士やニュース番組のキャスターが「不要不急の外出はお控え下さい」と訴えるものですから礼拝出席者も激減です。いや、斯く言う私自身も、外出から帰宅した後には、脱水症状を起こしている自分に驚いています。

近年「太陽の光」や「日焼け」は「健康」のイメージから急速に「病気」のイメージへと変わりつつあります。もはや、紫外線がシミやソバカスの原因となると、女性が気にする美容レベルの話ではなく、「皮膚癌」や「白内障」までが憂慮されるようになりました。直接、陽光に当たらなくても、全国各地で、異常高温が原因の熱中症で多数の人々が救急搬送され、中には、そのまま帰らぬ人も出て来ています。「命の危険があるような暑さ」「災害レベルの高温」という言葉も、頻繁に漏れ聞くようになりました。

「アリ人間」ではありませんが、私たちも「シャンバラ」とか「アガルタ」とか「アルザル」とかの地下都市を建設して、いよいよと成れば、地底に移住する時が近付いているのかも知れない等と、真剣に考えてしまいそうです。

3.命の危険

こんな季節に読むべきは、やはり、この「詩編」の聖句でしょう。「主はあなたを見守る方/あなたを覆う陰、あなたの右にいます方。/昼、太陽はあなたを撃つことがなく/夜、月もあなたを撃つことがない」(詩編121編5〜6節)。

英語に「ムーンストラック/moonstruck」という単語があります。直訳すると「月に撃たれた」ですが、そこから「気がふれた、感傷的に成って心を乱れた、茫然とした」という意味に成ります。昔の人は、月の光が狂気をもたらすと信じていたのです。この対語に成っているのが「サンストラック/sunstruck」です。「太陽に撃たれた」、つまり「日射病、熱中症に罹っている」という意味です。

古代イスラエルの人たちにとっては、太陽も月も恐るべき存在であったのです。ところで「サンストラック/熱中症」を精神的に読み直すと、そこには、何かに取り憑かれたように「熱中する、熱狂する」の含みもあるのでは無いかと思います。イスラエルの詩文は「二行一句」に成っているからです。「月の病」があるなら「日の病」もあるのです。心乱れるのも熱中するのも、余り度を越すと病気なのです。

これらの精神的な病気は、宗教や信仰の領域と近接しています。霊の依り代と成るシャーマンも、神の御言葉を告げるイスラエルの預言者も、日常の社会生活から見れば、明らかに異常です。とは言え、ある程度は「ON/OFF」のスイッチがあるはずです。その微妙な閾値を自分でコントロール出来れば良し。あるいは、信頼できる家族や仲間がサポートしてくれても構いません。しかし、放置すると「命の危険がある」ことも忘れてはいけません。主なる神は、そのような躁鬱や熱狂からも、私たちを守って下さるはずです。

牧師 朝日研一朗

【2018年8月の月報より】

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2018年06月24日

日曜はダメよ

1.日曜は鶏料理

「毎週日曜日、私らはチキンを食べて/牧師さんは巡回する。/毎週日曜の朝には、父さんが私ら皆を街に連れてってくれる。/私らは映画に行ったり、野原のピクニックに行ったりするんだ。/ああ、これぞ庶民/そんな私に大満足」。

「日曜は鶏料理」(Chicken Every Sunday)という歌の一節です。米国のカントリー・ミュージックのシンガーソングライター、ドリー・パートン(Dolly Parton)の7枚目のソロ・スタジオ・アルバム「ジョシュア/Joshua」(1971年)の中の1曲です。

私は「牧師さん」と訳してみましたが、原詩では「the preacher/説教師」です。ドリーの祖父はペンテコステ派(チャーチ・オブ・ゴッド)の牧師であり、彼女自身も6歳から会衆の前で賛美の先唱者を務め、7〜8歳からはギターを手に讃美歌を独唱していたそうです。ペンテコステ派の教会では、牧師は何より「語り」のパフォーマンスを披露する「説教師/preacher」なのです。

「庶民」と訳した語も、原詩では「the lower class/下層階級」です。ドリーが生まれ育ったのは、テネシー州の田舎の村「グレート・スモーキー・マウンテン」で、そこはペンテコステ派の信徒が数多く居住する地域でした。父親は農業労働者と建設作業員を兼業し、ドリーには11人も兄弟姉妹がいて(文字通り「貧乏人の子沢山」!)、一家14人は一部屋しかない掘っ立て小屋(cabin)に身を寄せ合って暮らしていたそうです。

「日曜は鶏料理/chicken every sunday」は、貧しい庶民の御馳走の事です。貧しいながらも、主の復活を祝う日曜日だからと奮発して、御馳走のチキンを食べるのです。ジョージ・シートン監督(『三十四丁目の奇蹟』)の映画にも、同タイトルの『日曜は鶏料理』(1949年)という人情喜劇があったことが思い出されます。こちらは、ヤマッ気が多いくせに、お人好しの夫が、何かと借金を作って来るので、家政の遣り繰りに苦労する主婦の話です。

2.聖日厳守主義

牧師としての最大の苦悩は、日曜日の礼拝に信徒が集まらないことです。年々、礼拝に集う信徒の数が減って行くというのに、それに対する策が1つしか思い当たらないことです。しかも、その策は、リベラル(自由主義的)な立場を採る教会にとっては、既に「禁じ手」とされてしまっている事柄なのです。

それは「聖日厳守主義」とか「安息日主義」と呼ばれるものです。英語で「サバタリアニズム/Sabbatarianism」と言います。日曜日を、あたかもユダヤ教の「安息日/Sabbath」であるかのように、特に聖別された日として、厳守を強制するのです。

キリスト教において、日曜日を「新しき契約の日」「新しき創造の日」「聖霊による約束の成就の日」と説いたのは、セビリアの大主教イシドルス(Isidorus/560〜636)が嚆矢とされます。以来、「主の日/ドミニカ/Dominica」は、ユダヤ教の安息日との類比で取り上げられることが多くなり、中世末期には、厳格な就業禁止令が敷かれることとなります。

「聖日厳守主義」は、聖書主義を掲げるプロテスタント諸教派にも受け継がれます。例えば、ジャン・カルヴァン(Jean Calvin/1509〜64)が神権政治を確立したジュネーヴでは、市民には日曜日と水曜日に教会に行く義務が課せられていました。誰か義務を怠っている者はいないかと、警察官が街路、店、家庭を巡回しました。彼らは市民を尋問し、カルヴァンの信仰に反すると判断された人は処罰され、投獄されたのです。

英国においても、ニコラス・バウンド(Nicholas Bownde/〜1613)が、1595年に『安息日の真の教説』という著書の中で、日曜日にピューリタンが集会を行なう権利と義務を主張しました。それを汲んで、ピューリタン革命後には、繰り返し日曜厳守の法的裏付けが議論されました。遂に1718年には「主日遵守に関する法令/Lord’s Day Observance Act」が議会を通過し、日曜日には遊技場が閉鎖(スポーツ禁止)されることになりました。

スコットランドでも、17世紀には「聖日厳守主義」が影響力を強め、日曜日には宗教書以外には手を触れないとか、世俗音楽の演奏と鑑賞を控えるという習慣があったそうです。

3.悲しい日曜日

日本の教会でも、戦前からの信徒が「日曜日」を「聖日」と呼ぶことが多いのは、背景に「聖日厳守主義」があります。「十戒」の「安息日を憶(おぼ)えて、これを聖潔(きよく)すべし」と教えられたことを忠実に守って居られるのです。一昔前には、信徒の戸主は家族を引き連れて、礼拝に出席するのが当たり前でした。妻も子も入信するのが当然でした。教会生活や信仰が、ある種の強制力を持っていたのです。

20世紀末からは、律法主義的に礼拝出席を強制する「聖日」ではなく、「喜びの日、光の日、慰めの日、憩いの日」(「讃美歌21」204番)である「主日」を、多くの牧師たちは呼び掛けて来ました。私自身もその一人です。礼拝への主体的参加(自由意志による出席)が期待されていたのです。しかし、残念ながら、このような自由主義的な風潮は、強制力の無さ故に、結果的に礼拝出席者の減少と、リベラルな教会の衰退を招いています。個人主義、高齢化、人口減少なども相俟って、この傾向には歯止めが掛かりません。

従って、今後のキリスト教界全体の趨勢としては、保守反動化して、再び「聖日厳守主義」が主流に成ることでしょう。組織としての生存本能から言って、そのように成らざるを得ないかと思います。「日曜日に礼拝に集わなければ祝福されない」のです。裏を返せば「日曜日に礼拝に集わない者は呪われる」のです。かつて、某牧師は信徒に「這ってでも来い!」と怒鳴って説教していました。また、そんな時代がやって来ます。

私が「礼拝に集って欲しい」と願うのは、そんな「悲しい日曜日」はイヤだからです。

牧師 朝日研一朗

【2018年7月の月報より】

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2018年05月22日

楽しい音を奏でるために

1.グッドニュース

先日、銀座「教文館」に行った帰り道、妻が「子どもらにお土産を」と「大角玉屋」で和菓子を買いました。その際、栗が丸々1個入った「どら焼き」がショーケースに展示してあり、商品名が「福音」と成っていてビックリ(!)。けれども、改めて熟視してみると、小さく「Fukune」と別記されていました。後で聞けば、この店の看板商品との由。何でも「ふくいん」と読んでしまう、これ等も職業病の一種でしょう。

 聖書の用語「福音」は、ヘブル語の「ベソーラー」、ギリシア語の「エウアンゲリオン」から来ています。「良き音ずれ、良い知らせ」という意味です。英訳聖書では、伝統的に「ゴスペル/the gospel」と訳されていましたが、最近では「グッドニュース/the good news」の訳語を当てる聖書が多く成りました。

 『がんばれ!ベアーズ』(1976年)という少年野球を題材にした映画がありました。リトルリーグの最下位チーム「ベアーズ」に、吞んだくれのコーチ兼監督(ウォルター・マッソー)とその娘のピッチャー(テイタム・オニール)がやって来て、遂に決勝戦にまで進出するという作品でした。女子のピッチャーと言うと、私たちにとっては「水原勇気」、水島新司のマンガ『野球狂の詩』(1972〜77年)が思い出されますが、ポール・R・ロスワイラーの小説『赤毛のサウスポー』(The Sensuous Southpaw/1976年)の影響でしょう。阿久悠が作詞したピンク・レディーの「サウスポー」の出典でもあります。

 さて、『がんばれ!ベアーズ』の原題は「The Bad News Bears/悪い噂のベアーズ、厄介なベアーズ」です。勿論、これは「The Good News for Mr.So-and-so/誰某に福音(朗報、耳寄りな知らせ)!」という定番の商品広告を思い出させるものです。

2.悪い噂の福音派

5月14日、ドナルド・トランプが在イスラエルの米国大使館を、テルアビブからエルサレムへ移転したことで、中東情勢が極度に悪化しています。ガザでの騒乱だけではなく、イランとの間で戦争まで勃発しそうな気配です。5月9日のイラン核合意からの米国の離脱、イランに対する経済制裁の復活も含めて、米国のイスラエルロビーの介入が露骨です。

 それはともかく、昨今の日本のテレビニュースや新聞記事では、それに関連して、トランプの偏った「イスラエル支持の背景には、米国の有権者の4分の1を占めるキリスト教福音派の票取りの目論見がある」と解説されているのです。NHKのキャスターが、まるで鬼の首でも取ったようにフリップを捲ると「福音派」という文字が登場します。日頃から日本の政治に対しては、無批判なキャスターなのに、トランプやイスラエルの時には「由々しき問題」という面立ちで語っていて、非常に腹が立ちます。

 そもそも「福音派/Evangelicals」というのは、非常に大雑把な括りです。その信仰も政治的立場も多種多様なのです。それを、多くの日本人がキリスト教について無知であるのを良いことに、したり顔で「福音派」が原因のように言うのです。

 「プロテスタンティズム/Protestantism」の訳語は「福音主義」なのです。つまり、広義においては、私たちの教会も「福音主義」なのです。しかし、プロテスタント諸派の枠組みの中で、敢えて「福音」の看板を掲げる場合には「自由主義神学の立場を取らず」のニュアンスに成ります。「福音派」の多くは「聖書無謬説」の立場を取っていますが、その殆どは一言一句ではなく、「全体として」聖書は真理であるという主張をしています。お互いの相違についても、割合に鷹揚なのです。私自身は「聖書無謬説」を採りませんが、それもまた、信仰の1つだと認めたいと思います。

 但し、その中には、頑なまでに「聖書無謬説」を主張する人たちがいます。彼らのことを「原理主義者/Fundamentalists」と言います。彼らが一般の「福音派」と異なるのは、自分たちの意見を採らない者に対して「敵対者」のレッテルを貼り、憎しみを煽り、より攻撃的に成っていることです。簡単に言えば「二元論」に陥っているのです。これは、かなり有害です。その意味では、キリスト教など何も知らないくせに、十把一絡げに「福音派」を悪者扱いする日本のマスコミも、同じく「二元論」に陥っていると申せましょう。

3.安易なレッテル

真に恐るべきは、安易な「レッテル貼り」です。16億人のイスラーム(ムスリムとムスリマ)が全員「イスラム国/ISIL」ではありません。その多くは穏やかで敬虔な人たちです。また、米国の有権者の4分の1を占める「福音派」の信仰を持つ人たちが皆、イスラームを憎んでいる訳でもありません。その殆どは愛と正義を重んじる人たちです。「聖書無謬説」を採る人たち誰もがトランプの仲間ではありません。その多くは生活困窮者です。

 今の世の中は、世界が高度に情報化され、ネットワーク化された反動として、体温を感じるような確かな出会いや安心感が失われているのだと思います。その代わりに、ネットやメディアを通して、表面的な知識や一面的な理解だけが先行して、安易な「レッテル貼り」が横行する結果と成っているのでは無いでしょうか。

 米国では「歴史的な教会が凋落することで、悪い宗教団体が台頭している」との警告があります(「ニューヨーク・タイムズ」のコラムニスト、ロス・ドウザット)。個々人は真面目な、敬虔な人たちであっても、悪い宗教団体の指導者(彼らは常に「断言」口調です)によって、その政治的志向によって、簡単に操作されたり、誘導されたりしてしまう。そのような状況も起こっているようです(その際に、聖書の言葉を引用します)。

 私たちは、キリストの「福音」を信じる者ですから、安易で危険な「レッテル貼り」をする事にもされる事にも、十分に気を付けて、喜びの和音を奏でたいと思うのです。

牧師 朝日研一朗

【2018年6月の月報より】

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2018年04月29日

味覚が変わる面白さ

1.果実酒の味

ある若者の話です。彼は何事に対しても渇きを感じていました。金にも女にも、世の中に対しても渇いていました。ある日、森の中を通り過ぎようとすると、彼を呼び止める声がありました。それは、毒々しく赤く色付いた果実を、その枝という枝に湛えた大きな果樹でした。果実の重みに苦しむ樹は若者に言いました。「ねぇ、あんた、私を食べて」。

若者は躊躇しました。これだけ沢山の実を結んでいるというのに、人が果実を取り入れたり、野の鳥が啄ばんだ様子もありません。しかし、樹は改めて呼び掛けます。「遠慮しなくていいからさ。さあ、食べてみて」。若者は渇きを覚えていたので、思い切って果実に手を伸ばし、口に含んでみました。果実は苦く、思わず若者は吐き出して文句を言いました。「折角だけど、こんな物は食べられないよ」。樹は笑いました。「何だ、未だ熟していないんだわ、きっと」「じゃあ、持ってお帰りなさい。そして瓶に詰めて、アルコールにでも浸して置きなさい。何年かしたら、きっと、あんたの舌に合うお酒に成るわよ」。彼は言われた通りにして、棚の奥に瓶を仕舞いました。

その後、若者は御多分に漏れず、知らなかった世界を少しずつ味わいました。時には失望したり、嫌悪を感じたりもしましたが、そんな事にも慣れっこに成りました。結婚をして、人の親にも成りました。ある日、彼は棚の奥に仕舞い込んだまま忘れていた果実酒の瓶を見付けました。「どう成ったろう」「もう飲んでも良いのだろうか」。

グラスに注いだ酒を恐る恐る飲んでみると、意外なことに、とても甘かったのです。彼はその不思議な感覚のギャップに酔いました。「あんなに強い香りだった酒が、こんなに甘く溶けている」。そうしてみると、今度は反対に、あの時に感じた苦さが、何か、もう手の届かない懐かしい痛みのように甦って来るのでした。

2.失われた味

それから更に、また何年か過ぎたある日、今やすっかり成長した息子が、赤く色付いた果実を両手に抱えて帰って来ました。それを見て、今やすっかり年齢を重ねて、若者ではなくなった父親が尋ねました。「お前、その果実をどこで手に入れたんだ」。若者は応えました。「貰ったんだよ。今は食べられないから果実酒にしろってね」。

父親はその答えに目を輝かせて言いました。「それだ!」「その実だ!」「お父さんにその果実を1つくれないかね?」。若者は躊躇しました。「だって、苦くて食えたものじゃないよ」。父親は益々、目を輝かせて言いました。「知ってるよ」「お父さんは、それが欲しいんだ。そいつを酒にした物がここにある。お前には、こっちの方が甘くて、口に合うだろう。飲んでみてごらん」。

若者は果実酒を一口含んで顔をしかめました。「苦い」「どっちも同じ味だよ」。…「そんなはずはない。その酒は…」、そう言いながら、父親は息子の持って帰って来た果実を手に取りました。果実を食べてみると、やはり甘かったのです。昔はあんなに痛い程に苦く感じたのに…。彼はそこで初めて気付いたのです。月日が変えていたのは、果実の味ではなく、彼自身の方だったのだと…。

これは、高橋葉介の短編集にあったマンガです。内容はメモに書き留めてあったので、辛うじてお伝えすることが出来ましたが、原本は古本屋行きと成って久しく、どうしても題名が思い出せません。しかし、残酷な味わいの幕切れで、とても印象に残っています。私自身、二十歳の頃に読んだのですが、今や物語の通りに、盛りを過ぎた父親の立場に成っています。今改めて、物語の展開を復誦してみると、加齢による「味覚障害」のこと等も思われて、単なるアナロジーに終わらぬリアリティも感じます。

3.味覚の変化

少年時代に観た映画、見逃していた映画をBS録画して観ているのですが、何より自分の感覚の変化に驚いています。フランコ・ネロ主演のマカロニ西部劇『真昼の用心棒』(Tempo di Massacro)〔1966年〕は、ドスの利いた主題歌が有名な作品で、期待して観てみたら大変な肩透かしでした。ところが、同じフランコ・ネロ主演のマカロニでも、『ガンマン大連合』(Vamos a Matar,Compañeros)〔1970年〕には痺れました。マカロニ終焉期の作品なのですが、今一番この時代に(いや、自分自身に)足りない野蛮なエネルギーに満ち溢れているように感じました。

試しに『ドクトル・ジバゴ』(Doctor Zhivago)〔1966年〕を久しぶりに観てみたら、明らかに自分の感覚が変わっていることに気付きました。子どもの頃に観て印象に残っているのは、第一次大戦の敗残兵の場面とか、パルチザンと白衛軍との戦闘場面とか、優しい苦学生から恐怖の殺戮者に変貌するストレルニコフとかだったのです。ところが、今に成って心魅かれるのは、ラーラとトーニャの間で揺れ動く、中年医師ユーリのモジモジぶりだったりするのです。やはり、中年にしか中年男の気持ちは分かりません。

長く見逃したままだった『王になろうとした男』(The Man Who Would Be King)〔1975年〕は、この年齢に成ってから観て良かったと思いました。こちらも、中年に差し掛かった英国の退役軍人2人が、欧米人の未踏の地「カリフスタン」(アフガニスタンの奥地か)に乗り込んで、対立する部族を統一して王国を立てようとする話です。野望を実現したと思われた矢先に、全て水泡に帰するのですが、この苦み走った後悔に満ちた幕切れは、公開当時に観ていても理解できなかったでしょう。

年齢を重ねると共に、味わいが変わります。映画だけの話ではなくて、小説も美術も、お酒も、聖書も味わいが変わるのです。勿論、変わったのは私たち自身の方なのです。

牧師 朝日研一朗

【2018年5月の月報より】

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