2017年06月25日

天使の挨拶

1.現代の保育園

近所に「アンジェリカ保育園」があります。有名なラブホ「目黒エンペラー」の並び「パークキューブ目黒タワー」という高層マンションの1階に入っています。当然、園庭などというものは存在しません。頭の古い私などは、それだけで「託児所」としか思えません。試しにHPを見てみると、「会社概要」「社名」「代表取締役」「株式会社」等の語が並んでいて益々、保育園とは思えなくなります。

「各園のご紹介」を見ると、東京23区内に手広く15施設を経営されているとの由。「大切にしていること」として「食育」「英語」「リズム」「絵本」を挙げて居られます。特に「食育」については、埼玉県の直営農園で栽培した安全な野菜を使用した給食であること、それを子どもたちが実体験するためのカリキュラムもあることが書いてありました。「リズム体操」は、園庭の無いことを補うためのプログラムでしょう。

「英語」は「ネイティブの先生が保育士として子どもたちに接する機会を設けています」とのことです。「ネイティブの先生」と言っても、どうやら「原住民の先生」や「先住民の先生」のことではないようです。私などは「色々な少数民族の先生が来たら面白いのに!」と思ってしまうのですが、残念ながら、単に英語の「ネイティヴ・スピーカー/母語話者」という意味のようです。そう言えば、時折り幼児を「お散歩カー」(映画『猿の惑星』で人間を捕らえて入れる檻の馬車みたいな)に入れて、彼らが英語の童謡を歌いながら移動している珍妙な風景を目にしたことがあります。

とにかく、旧態依然の私たちが抱く保育園のイメージで捉えると、今風の「保育園」には大きなギャップを感ぜざるを得ません。でも、きっと、これが現代の親御さんたちが求めている保育に違いないのです。

2.天使とエロス

私が「アンジェリカ保育園」のことを書きたいと思ったのは、郵便局に用を済ませた帰りに、丁度、お昼寝の時間だったのでしょう、保育士の女性がお二人、外で相談をされている場に出くわしたのです。側を通り過ぎる時に、私は見るとも無く、彼女らの揃いのTシャツを目にしたのでした。そこには「nursery Angelica」というカッコ良いロゴと共に、弓矢を弾く2人の「天使」の姿が描かれていました。

ん、違うぞ。「弓矢を弾く天使」って…。これ「天使」ではなくて、ローマ神話の「クピードー」でしょう。つまり、ギリシア神話の「エロース」でしょう。「アンジェリカ」の名前もイタリア語の「angelicato/天使のような」から派生した女の子の名前「Angèlica/アンジェリカ」から採ってお付けになったに違いありません。でも、エンブレムは「天使」ではなくて、「エロース」なのです。つまり、恋愛と性愛とを司る神なのです。エロースの「黄金の矢」で射抜かれた者は愛情に取り憑かれ、反対に「鉛の矢」で射抜かれた者は恋愛を嫌悪するのです。左右対象に描かれた2人のエロース(反対方向を向いている)は、当然、黄金の矢と鉛の矢を示していますから、恋愛依存症と恋愛恐怖症とを暗示しているのです。子どもの親御さんたちは、そんなことは思いも寄らないでしょう。実際、殆どの日本人は「天使」と「クピードー/エロース」の違いを意識していません。

お菓子メーカーの「森永」と言えば「エンゼル」が有名です。「森永」の創業者、森永太一郎は熱心なクリスチャンでありました。終生、伝道の意欲を失わなかった人です。米国で製菓修行を終えた森永が、帰国して最初の発売したマシュマロは「天使の糧」として売り出されました。勿論、「出エジプト記」の「天の糧/マナ」のイメージでしす。その発想は今も「森永マンナ」というビスケットの商品名として受け継がれています。しかし、エンブレムに描かれていたのは、聖書由来の「天使」ではなくて「クピードー」でした。しかるに、彼はその登録商標を「エンゼル/天使」と呼んだのです。以来、誰もがあれを「エンゼルマーク」と呼んでいるのです。

「天使」と「クピードー/エロース」との混淆を招いた一因は、確かに森永太一郎にあります。但し、これは彼独りの責任ではありません。当時の米国でも「天使」、即ち、聖書由来の「ケルビム/智天使」「セラフィム/熾天使」を描く場合には、幼児体型の「クピードー」を模していたのです。既に西欧社会でも混同されていたのです。

3.天使の挨拶を

ラテン語の慣用句には「天使」に纏わる面白い言葉があります。「angelica vestis/アンゲリカ・ウェスティス/天使の衣装」と言ったら「白い死に装束」をも意味します。「angelus tutelaris/アンゲルス・トゥーテーラーリス/後見の天使」と言ったら「守護天使」のことです。そして「angelica Salutatio/アンゲリカ・サルーターティオー/天使の挨拶」は、「ルカによる福音書」1章28節「おめでとう、恵まれた方」という「受胎告知」の第一声を意味します。所謂「アヴェ・マリア」です。

「サルーターティオー」には「挨拶、敬礼」以外に「訪問」という意味もあります。形容詞の「サルーターリス」には「健康に良い、有用な、無病息災の」と共に「救いの」という意味があります。それらを溯ると「サルース/健康、幸い、無事、安全/救済」という語に辿り着きます。「挨拶」が「健康」や「救済」に繋がって行くのです。これは、とても大切なことのように思うのです。自分から挨拶をするのは、何より、自身の健康のため、自身の救いのためであることを忘れてはなりません。

そして、あなた自身もまた、誰かにとっての「天使」かも知れないのです。神さまから遣わされた「御使い」となる可能性を、お互いに誰もが秘めているのです。

牧師 朝日研一朗

【2017年7月の月報より】

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2017年05月28日

教会の臓器移植

1.怪盗ニック

短編ミステリーの名手、エドワード・D・ホックの代表作に「怪盗ニック」というシリーズがあります。現在、翻訳で『怪盗ニック全仕事』(木村二郎訳、創元推理文庫)第1〜2巻が入手できます(以後、第6巻まで刊行予定)。

「怪盗ニック」こと、ニック・ヴェルヴェットは2〜3万ドルという高額な報酬を受けて、依頼品を盗み出すプロの「泥棒代行業者」です。「価値のないもの、もしくは誰も盗もうとは思わないもの」を専門にしています。当然、依頼は珍妙極まるものばかりです。「プールの水を盗め」「既に公演が終了した芝居の切符を盗め」「服役中の囚人のカレンダーを盗め」「大リーグの弱小野球チームを盗め」「シャーロック・ホームズのスリッパを盗め」「博物館のティラノサウルス骨格標本の尾を盗め」…。

第1巻の6話目にあるのが「聖なる音楽を盗め/The Theft of the Sacred Music」、「教会の巨大なパイプオルガンを盗め」という依頼です。近日中に、オルガン奏者としても知られる高名な医師が、近所の聖公会の教会のオルガンを演奏し、それをレコード会社が録音しにやって来る予定です。それまでにオルガンを盗み出し、その後は元通りに戻して欲しい(依頼人は「教会の人たちには何の恨みもないので…」)と言うのです。

その依頼の場面が傑作です。キャロル・オランダー夫人は「怪盗ニック」に、臓器移植の専門医にして高名なオルガン奏者、ドクター・エルキンの話をした後、「オルガンを盗んでいただきたいのです」と依頼します。それを受けて、ニックは「心臓とか腎臓といった内臓器官(オルガン)のことですか?」と聞き返すのです。

2.オルガヌム

オルガンはラテン語で「オルガヌム/organum」と言います。「道具、楽器、オルガン、器、器官、臓器」と意味が派生して行きます。因みに、近年よく使われる「オーガニック/有機的な」という語も「オルガニクス/organicus/道具の、機械の、楽器の、音楽の」が語源になります。

以前にも、私は「オルガンは教会の内臓」という趣旨の文章を書いたことがあります。今回は、その「教会の内臓」の「臓器移植」についてのお話です。

我らが行人坂教会では、ドイツ製の「アルボーン/Ahlborn」というメーカーの電子オルガンを使って参りました。今は無き「クロダオルガン/クロダトーン」が輸入していたオルガンです。伊藤多恵子さん(元フェリス女学院オルガニスト、伊藤義清牧師の夫人)が主唱されて、1983年12月に導入したオルガンです。『行人坂教会百年史』には「天上の高い礼拝堂に響くその音色はパイプオルガンに勝るとも劣らぬ素晴らしいものである」と絶賛されています(まあ、パイプオルガンも「ピンからキリまで」ありますしね)。

パイプオルガンに比して如何かはともかく、私たちは30年以上も、あのオルガンの演奏で瞑想し、あのオルガンの伴奏で讃美を歌い続けて来たのです。礼拝堂が満員の時もガラガラの時も、葬式の時も結婚式の時も、喜びの日も悲しみの日も、牧師の離任の時も着任の時も、無牧師の月日も、変わらずに、あのオルガンが私たちを力付け続けてくれたのです。あの音色には、深い愛着を感じています。

しかし、数年前から急に音が出なくなったりすることが発生し始めました。オルガニストの咄嗟の機転で、スイッチを切り替えたら、音が出るようになったこともあったようです。それこそ宥(なだ)め賺(すか)して、騙し騙しして、何とか保って来たのです。けれども、昨年秋の特別音楽礼拝の際、音楽指導に来て下さった飯靖子さん(霊南坂教会、青山学院大学オルガニスト)から遂に、「もう、いつ壊れても不思議ではない」「新しいオルガンの購入を計画した方が良い」と「余命宣告」を受けたのでした。

それ以来、牧師とオルガニスト、役員会の間では「もしも、礼拝中に突然音が出なくなったら、ピアノ伴奏に切り替えましょう」と話し合いをしていたのです。

3.夢見る者ら

「壊れても部品が無い」「修理を請け負う代理店も無い」と「無い無い尽くし」の中で、オルガンが鳴らなくなったら「建築等基金を取り崩してオルガンを購入しようか」等と、役員会では話し合っていました。そんな時、大口献金をして下さった方があったのです。聖句を添えて献金して下さった方の献身の祈りを、私たちの礼拝を導くオルガン(器官)として活かすことが、御心に適っていると確信しました。

そこで役員会での決議の後、教会音楽委員会に業者と機種の選定をして頂くことになりました。相談に乗って頂いた飯靖子さんからは「アーレン/Allen」を推薦されました。また、非公式ながら伊藤多恵子さんからも「今買うならアーレンね」とのご意見も伺いました。飯さんから、日本での代理店「パックスアーレン」の社長さんを御紹介いただき、3月30日に、お話を伺うことが出来ました。また、4月5日には、オルガニストが実際に弾き比べて機種選定が出来るように計らって頂きました。

その結果報告などを踏まえて、4月23日の定例役員会、5月21日の臨時役員会において「アーレンオルガンCHANCEL(チャンセル)CF-4型」と決定、再度細かいことを協議して契約を承認しました。8月末に納入予定の運びと成りました。秋から春にかけての、新オルガン購入についての急展開は、まるで夢を見ているようでした。

「詩編」126編1節「主がシオンの捕らわれ人を連れ帰られると聞いて/わたしたちは夢を見ている人のようになった」。お献げ下さった御家庭、オルガニストの方々に感謝します。そして何よりも、主に栄光を帰したいと思います。ハレルヤ。

牧師 朝日研一朗

【2017年6月の月報より】

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2017年04月30日

明日この世界が終わるとしたら

1.悪魔の選択

「朝鮮人民軍」創設85周年記念日に、北朝鮮が弾道ミサイルを発射するか、核実験をするかして「挑発行動」を取るかも知れない。それに対して、米国が「懲罰」として何等かの軍事作戦を展開するかも知れない。すると、それは「朝鮮半島有事」に発展するかも知れない…。浅田真央の引退記者会見の騒動が治まるのと入れ代わるようにして、そんな言説が盛んに報道されるようになりました。

何しろ、崖っぷちの北朝鮮の独裁者は金正恩(キム・ジョンウン)、それに対峙する米国の大統領は、何を仕出かすか分からないドナルド・トランプです。韓国は朴槿恵(パク・クネ)大統領罷免により権力の空白状態が続き、日本の安倍晋三首相はひたすら米国のお追従。その周りを取り囲んでいるのは、中国の習近平(シー・チンピン)、ロシアのウラジミール・プーチンと、カネと権力に己が魂を売り渡しているという意味では、いずれ劣らぬ「悪魔的」な政治指導者たちです。

この人たちには、人の命を大切に思う心も、平和を願う祈りも、正義と公平を実現しようとの情熱も、そんなものは一欠けらもありません。彼らの頭の中にあるのは、お金儲けのこと、自国の(いや、自分の)権力や面子だけです。まさに、私たちは「悪魔」の手の中に置かれていることが明らかになりました。たとえ今回、無事に終わったとしても、この「悪魔的」状況はこれからも続くのです。

私たちは、毎日の暮らしが如何に脅かされているか、この機会に認識すべきです。また、自分たちが当たり前と思っている世界が如何に脆弱なものか、バランスが崩れかけているかに、思いを向けるべきかも知れません。

2.命の瀬戸際

北朝鮮のやっている危険な駆け引きを、政治用語では「瀬戸際政策」「瀬戸際戦術」と言います。英語で「ブリンクマンシップ/Brinkmanship」と言います。緊張を高めることで、相手の譲歩を引き出そうと迫る政治手法のことです。「ブリンク/brink」が「縁、端、瀬戸際、危機」、「…マンシップ/-manship」が「技量、手腕」です。しかし、その危険なパワーゲームのせいで、結果的には、日本に暮らす私たちまでもが、否応無く「瀬戸際」に立たされているのです。

恐らく、本当の「有事」の際には、私たちには殆ど何も知らされないと思います。1962年10〜11月の「キューバ危機」の時、米ソは全面核戦争寸前の状態にありました。しかし、その事実関係が詳細に分かったのは冷戦終結後のことです。9月の段階で、キューバには、ワシントンを射程に置く中距離弾道ミサイル42基(核弾頭150発)が配備済みでした。もし仮に、カーティス・ルメイ空軍参謀(大戦中、日本の焦土化計画を立案実行した)の主張に従って、ジョン・F・ケネディ大統領がキューバの基地に空爆を加えていれば、直ちに核戦争が勃発したことでしょう。その際、ニキータ・フルシチョフ首相は、ワルシャワ条約機構軍を西側に侵攻させて、ヨーロッパでも戦争を始めるつもりでいたのです。しかし、幸いにも戦端は開かれず、私たちは命拾いしたのです。さもなくば、私たちの現在は無くなっていたはずです。この「もしも」が明らかになるまでには、二十数年もの長い歳月を必要としたのです。今思えば、あの時、全世界の人間と生態系が「命の瀬戸際」に立たされていたのです。

あの時、ケネディやフルシチョフのような、人間味に溢れる指導者が与えられていたのは幸運でした。それに比べて、先に挙げた政治指導者たちの顔ぶれを思い描くと、あの時よりも危機的に思われるのは、私だけでしょうか。しかも、米ソ二大国の対立という分かり易い構図ではなく、中国も加わっての「三竦(すく)み」です。いずれが蛇で、いずれが蝦蟇(がま)、いずれが蛞蝓(なめくじ)かは知らねども…。

3.りんごの木

4月24日の夕食の時、妻が子どもたちに訊きました。「もし、明日この世界が終わるとしたら、何をして過ごしたいか?」と。息子たちの答えは同じでした。「いつもと同じようにして過ごしたい」と。大変に善い答えだと思いました。いつ何が起こってもおかしくないのであれば、いつ何が起こるか分からないのであれば、尚の事、不安に怯えて無為に過ごすのではなく、淡々と日々の務めを果たして行きたいと思うのです。

「たとえ私が明日世界が滅びることを知ったとしても、私は今日、私のりんごの苗木を植えるだろう/Und wenn ich wüsste dass morgen die Welt unterginge,so würde ich doch heute mein Apfelbäumchen pflanzen」という言葉があります。

マルティン・ルターの言葉として引用されることが多いのですが、ルターの著作文献には、そんな言葉は認められません。どうやら、20世紀以降に流布するようになった格言であるらしいのです。ルーマニアの作家、コンスタンチン・ゲオルギウの小説『第二のチャンス』の巻末に引用されて、日本でも広く知られるようになりました。この言葉について詳しくお知りになりたい方は『ルターのりんごの木/格言の起源と戦後ドイツ人のメンタリティ』(マルティン・シュレーマン著、棟居洋訳、教文館)をお読みください。

「知ったとしても」なのか「知ったとしたら」なのか、訳し方も迷いますが、いずれにせよ、この人は「知った/wüsste」のです。私たちは「知らないまま/ohne zu wissen」終わってしまう気がします。…でも、そんなことで満足して良いはずはありません。

「そりゃあ、大人は十分生きたんだから、死んだっていいよ!」「でも、この子たちは未だ幾らも生きちゃいないんだよ!」。黒澤明の『夢』(1989年)第6話「赤富士」、原発事故でメルトダウンする赤富士を前にして、小さな子たちを連れて逃げ惑う母親の絶叫です。

牧師 朝日研一朗

【2017年5月の月報より】

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2017年03月26日

雲に乗る者

1.雲上の神

「わたしたちは子供のころ、親を仰ぎ見た――つまり、下から見上げるという動作をした――ものだが、子供にとっては親は神にいちばん近いものではなかっただろうか。だからきっとわたしたちは、大人になると今度は神を慕って天を見上げるのだ。もちろん、雨が降ったり日が照ったりするからでもある。人知のおよばない天候に人間の生死がかかっているのだ。理由はどうあれ、わたしたちは神を求めて雲を見上げ、神と雲とを結びつけてきた。飛行機で空を飛べるようになった今日、雲の上に神がいないとわかってしまったのは、寂しいかぎりではないか。」(G・プレイター=ピニー著、桃井緑美子訳『「雲」の楽しみ方』)

それでも私は、毎日のように空を見上げています。時には、空を見上げて祈ることすらあります。そして、雲を見ると、何となく神さまがその辺りに居られるような、そんな気がするのですから、我ながらどうかしています。文字通り「雲の上の御方」を思って、天を仰いでしまうのです。21世紀を生きていながら、私たちの観念の中には、未だに、そのような文脈が残ってしまっているのです。

2.春ぎらい

春は天候が不安定です。晴れの日と雨の日とが交互に訪れるのも、この季節の特徴です。朗らかな陽射しの日があるかと思えば、どんよりと雲が垂れ込める日もあったりします。爽やかな風に心が浮き立つ日もあれば、突然の「春の嵐」に浮き足立つ日もあります。

そもそも気温が安定しないので、誰もが体調を崩し易い季節です。昔から「木の芽時」等と言って、精神の失調も起こし易い。花粉症をはじめとするアレルギーに苦しむ人にとっても、実に悩ましい季節です。年度替りで、新しい職場や転居先、学校やクラスに馴染めずにストレスを抱える人も数知れません。

私にとっても、春は苦手な季節でした。けれども、教会生活を重ねる中で、この季節を受け入れることが出来るようになりました。それは「レント/受難節」を通してです。イエスさまの十字架を偲ぶ「レント」こそは、教会が最も教会らしい季節だと思ったからです。そんな「レント」の到達点として「イースター/復活日」を迎える時、大嫌いだった季節が、それ程に嫌いなものに感じられなくなったのでした。ですから、「教会暦」に沿って、キチンと礼拝生活を守ると、身心の健康が保たれるのです。これは紛れもない事実です。それこそが、神の秩序の中に身を置くということです。

「暑さ寒さも彼岸まで」等と言って、誰しも、夏の暑さ、冬の寒さを乗り越えることに思いを向けがちなのですが、最も気を付けなくてはならない季節は春なのかも知れません。実際、春をしくじると、不調が一年中続いてしまうのです。

3.ユーミン

荒井由実(松任谷由実)に「ベルベット・イースター」という歌があります。♪「ベルベット・イースター/迎えに来て/まだ眠いけど ドアをたたいて//空がとっても低い/天使が降りてきそうなほど/一番好きな季節/いつもと違う日曜日なの」。

日本のポピュラーソング史上、初めて「イースター」を季語として歌い込んだ歌ではないでしょうか。「まだ眠い」春の日、「天使が降りてきそうなほど」「空がとっても低い」曇り空なのです。「いつもと違う日曜日なの」も、今改めて聞き直すと、イースター(復活日)が日曜日であることがさり気無く表現されています。「ベルベット」は「ビロード、天鵞絨(てんがじゅう)」ですから「パイル織りの」文様が目に浮かび、重苦しい質感と手触りの滑らかさとが同居した複雑な味わいです。

現在、ユーミン自身は「天河財辯天社」という教派神道の信者さんらしいですが、聖公会の立教女学院高校の出身です。当然、周囲にクリスチャンの友人知己もいたはずです。某教会のAさんは元教師で、「私は、ユーミンに教えたことがあるのよ」「中学時代から凄い才能があってね、『先生、見てください』って、放課後に譜面を持って来ていたのよ」と、私に思い出話を聞かせてくれました。

4.雲上の人

「ベルベット・イースター」は、1973年のユーミンのデビューアルバム、「ひこうき雲」のB面1曲目に入っていました。偶然にも先日、学芸大学東口商店街の中古レコード屋「サテライト」で、このアルバムを私は手に取ったのでした。A面1曲目は、勿論「ひこうき雲」です(名曲ですが、今思えば、プロコル・ハルムの「青い影/A Whiter Shade of Pale」とコード進行がクリソツ!)。

2013年に、宮崎駿監督のアニメ映画『風立ちぬ』のエンディングに使用されたので、最近の人たちの耳にも馴染んでいる歌です。♪「空に憧れて/空をかけてゆく/あの子の命はひこうき雲」というサビの部分は誰もが覚えているでしょう。

一説によると、荒井由実は自死した友だちのことを歌っているそうです。そう言われてみれば、♪「高いあの窓で あの子は死ぬ前も/空をみていたの 今はわからない/ほかの人には わからない」という部分は、聴く度にグッと胸を摑まれる思いがします。

先に逝った人たちのことを思い出す時にも、私たちは空を見上げます。私たちは普段から「天に召された」と言い習わしていますが、そうではない、ノンクリスチャンの人でも、思わず空を見上げるのではないでしょうか。それは「手の届かなさ」を、「もう届かない思い」を吐露しているのでしょうか。でも、私は言いたいのです。「また届くよ」と。

私たちは誰でも皆、神さまの御もとに行くことが出来るのです。愛する心、信じる心、待ち望む心があれば…。

牧師 朝日研一朗

【2017年4月の月報より】

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五百年前の白薔薇

「ドイツ聖書協会」から「ルター聖書/Lutherbibel」の「宗教改革五百年記念版」が出ていました。デザインや装丁が素晴らしく、カラー写真や図版も多数掲載されていて、思わず衝動買いをしてしまいました。やはり、何よりも先ず、書籍は美しくなくちゃいけません。触り心地が大切です。

表紙には「ルターの薔薇」として知られる「白薔薇」の紋章が刻印されています。黒いラテン十字架の下に真っ赤なハート、それを受けるのは五瓣の白薔薇、その下地には天上の青い空(ヘヴンリーブルー)、それを金色の輪が囲んでいます。「日本福音ルーテル教会」HPによると、次のように解説されていました。「黒い十字架が付いた赤いハートは、死んで蘇えったキリストへの信仰を/その周りの白薔薇は、この世を超えた喜び、慰め、平和を/空色の地は、天の喜びの始まりを表わし/それらを囲む金色の輪は、永遠にして高貴な救いを与えられていることを象徴しています」と。

この紋章の由来ですが、画家のルカス・クラーナハの紋章からヒントを得て、ルターが自分で考案したと言われています。確かに、クラーナハの絵画には、蝙蝠の翼を持つ蛇が刻まれたルビーが描かれています。また、一五四三年のルターの誕生日に、妻のカタリーナが夫へのプレゼントとして、家の入り口に彫らせたとも言われています。

金色の輪の外に「Des Christen Herz auf Rosen geht,wenn’s mitten Kreuz steht.」という題字が施されているデザインもあります。曰く「薔薇の上に置かれたキリスト教徒の心臓は、十字架の真下にある時に脈打つ」。ルターが唱えた宗教改革のスローガン「信仰のみ、恵みのみ、聖書のみ/Sola Fide,Sola Gratia,Sola Scriptura」が囲んでいるデザインもあります。ルター自身の紋章として「ML」のイニシャル付きの物もあります。因みに、私の買った聖書の表紙では、空色の地の中に「VIVIT」の文字が描かれています。恐らく、ラテン語の「生きている」でしょう。つまり「主は生きて居られる」です。

五瓣の白薔薇も二種類あって、一枚の瓣が真上を向いているバージョンと、二枚の瓣が左右対称に上にあり、二枚の間が真上に成っているバージョンとがあるらしいのです。どうやら、当時、ルターの発行するパンフレットにも、数多くの海賊版が出回ったので、白薔薇の向きを微妙に調整することで、正式な出版物の印としたそうです。

ドイツ語訳聖書を参照する時には、学生時代に「指定」で買わされた(フルドリッヒ・ツヴィングリの)「チューリヒ聖書/Züricher Bibel」を開けることが多かったのですが、これからは、せいぜい「ルター聖書」も活用したいと思います。それにしても、どうして「チューリヒ」を指定されていたのだろうかと、三十年以上も経った今頃に成って思い返します。ツヴィングリだけに一切の装飾を廃した、色気のない聖書でした。たとえ、五百年前に咲いた薔薇(姥桜ならぬ姥薔薇?)でも、薔薇は薔薇、聖書にも「花」が必要です。


【会報「行人坂」No.254 2017年3月発行より】

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2017年02月26日

刻印を押された人

1.スタンプラリー

去る1月30日、JR東日本が開催している「そうさ今こそ!DRAGON BALLスタンプラリー」のために、1日乗車券を使って山手線を一周して来ました。アニメ『ドラゴンボール』のファンである二男のたっての頼みです(彼も体が不自由でなければ、自分で回っていたことでしょう)。是非もありません。

方法は簡単。各駅の改札を出た所、もしくは「みどりの窓口」の中に、『ドラゴンボール』のキャラクターのスタンプ台が設置してあり、各駅のスタンプを「専用スタンプ帳」に押して行くのです。スタンプを数多く集めると、オリジナルの賞品が貰えるというイベントです。「7駅制覇」「30駅制覇」「全駅制覇」で、それぞれ賞品が貰えるのです。「全駅制覇」と言っても全65駅もあります。東は取手(とりで)、西は西荻窪、南は羽田空港第1ビル、北は赤羽まで拡がっているのです。取手に至っては、柏や我孫子の更に向こうです。さすがに行けそうにもありません。しかし、せめて心意気だけでも示そうと思い、息子のためなら「えんやこら」と山手線一周だけはすることにしたのです。

取り敢えず目黒駅から「内回り」で出発しました。各駅の改札を出て、スタンプを押してから、再び電車に乗って次の駅へと繰り返して行きました。

2.四国八十八箇所

その駅とキャラクターとの間に、何となく関連を感じさせる所もあります。例えば、「高田馬場」は「占いババ」とか、「日暮里」「西日暮里」が「人造人間17号」「人造人間18号」(双子の姉弟なのです)とか、「蒲田」が「餃子(チャオズ)」とか…。でも、殆どはテキトーな組み合わせに成っているみたいで、実は全く何も考えないところが、如何にも『ドラゴンボール』です(何しろ、その主題歌で♪「頭カラッポの方が/夢詰め込める」と歌っていたくらいですから)。

さて、山手線一周、実際にやってみると、思いの他、大変なのです。失敗も何度かありました。例えば、鶯谷で降りてみたら、そこは参加していない駅でした。駒込、巣鴨あたりに達すると、脱水症状を起こしました。目白では、スタンプを押してプラットホームに出るや丁度、列車が到着、慌てて乗ったら、池袋に戻ってしまいました。既にスタンプ押印済みの新宿に降りて、スタンプ台の前で愕然としました。

しかし、こんな馬鹿げたことでも、やり続けていると、奇妙な充足感に囚われるから不思議です。そもそも「30駅制覇」「全駅制覇」等は、最初から目指していません、つまり、賞品目的で行なっているのではありません。私の場合、純粋な動機でしています。こう成ると「四国八十八箇所」の霊場を廻る「お遍路さん」と同じような心境です。「同行二人」です。たとえ、途中で行き倒れても、仏さま…じゃなかった、イエスさまが私を天国に連れて行って下さるのです。

3.御朱印ガールズ

「四国八十八箇所」で思い出されたのが「御朱印ガール」です。最近は、若い女の子たちの間で、寺社仏閣を訪ねて、愛用の「御朱印帳」に御朱印を押して貰うのが流行しているという話です。「四国八十八箇所」に限らず、多くの寺社仏閣では、参拝した人に朱印を押してくれるのです(有料の場合が多い)。最近では、朱印や朱印帳がネットオークションでプレミアムが付いて転売される程にブームなのです。

それで、私は冗談半分に「各教会でも御朱印を作ったら、どうか?」とか「教団の諸教会7つの礼拝に出席して、朱印を押して貰ったら、オリジナルグッズが貰える」とか、しばらく、そんなアイデアを練っていたのです。

ある日、「真宗大谷派東本願寺」のHPを開けてみたら、御朱印ブーム批判が書いてありました。曰く「…回ったお寺の数だけ朱印が増えていくことは楽しみでありましょう。また、八十八箇所とか三十三所というように決められた場所をすべて回ったときには、何らかの達成感があることもわかります。でも、ちょっと待ってください。お寺とは朱印を集めるためにお参りするところなのでしょうか。それならば、一度朱印をもらえば、二度とお参りすることはないでしょう。大事なのはお参りしたことがあるかどうかではなくて、お参りして教えに出遇(であ)ったかどうかです。また、どんな教えに出遇(であ)ったかということであるはずです。…」

文字通りに「釈迦に説教」されたような気分でした。「お前は、それでもイエスの弟子なのか?」「キリスト教の牧師なのか?」と。

4.十字架のしるし

「ヨハネの黙示録」7章4節に「刻印を押された人々」14万4千人が出て来ます。「救われる人たち」には天使、もしくは聖霊によって、特別な印が付けられていると言うのです。因みに「14万4千人」とは実数ではなく「12×12000」という「象徴数」「完全数」です。大切なのは数字の解釈ではありません。救われる人たちは「刻印を押されている」というメッセージの方が重要なのです。

恐らく家畜に焼き印を押して、誰の所有かを明らかにするイメージから来ているのでしょう。「神のもの」「神の民」であるという確証です。私たちが洗礼を受け、聖餐に与り、信仰を告白し、礼拝において共に賛美して祈り、献身のしるしを奉げる、それらは全て、その「刻印」を明らかにする行為だったのです。そして、言うまでも無く、私たちにとっての刻印とは、キリスト・イエスの十字架に他なりません。それ以外にあり得ません。

牧師 朝日研一朗

【2017年3月の月報より】

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2017年01月29日

非誕生日プレゼント

1.私の好きな季節

1年の中で、私が一番好きな季節が冬です。でも、11月と12月はクリスマスが近付いて来て多忙を極めるので、決して好きではありません。1月も初旬は嫌いです。あの「正月気分」というのが苦手です。クリスマスまで熱心に礼拝に来ていたはずの人たちが、年末年始になると、お寺や神社に鞍替えするのも堪りません。

唯一、お正月の良いところは、東京の人口がごっそり減って、空気が清浄に変わることです。「みんな、このまま永遠に戻って来なければ良いのに…」と独りごちています。

ともかく、結論から申し上げるならば、私の一番好きな季節は、1月中旬から2月上旬までということです。「1月が好きだ」と言えば、大抵「自分の誕生月だからでしょう」と返されるのですが、断じて、そうではありません。

私の誕生日は1月3日で、この日を愛おしく思ったことは一度もありません。「おせち料理の残飯の日」なのです。もとより「おせち料理」等に何の愛着もありませんが、その残り滓を処分しなければならないのです。それが私の誕生日でした。ですから、むしろ、私が好きなのは、自分の誕生日が終わってから始まる、寒々しい今の季節なのです。

2.誕生日じゃない

そんな捻くれ者の私が、小学校の時に見て熱狂した映画があります。1951年のディズニーのアニメ映画『不思議の国のアリス』(Alice in Wonderland)です。ウォルト・ディズニーの作品の中では「野心的だが失敗作」との烙印を押された、所謂「呪われた映画」の1本ですが、世間の評価などは、この際どうでも良いのです。

「狂ったお茶会/A Mad Tea-Party」に、アリスが出席する場面があります。そのお茶会を主催するのは、頭の狂った「帽子屋/Hatter」です。テーブルに就いているのは、この変質者の他に「三月兎/March hare」と「ネムリ鼠/ヤマネ/Dormouse」です。このお茶会にアリスが加わります。ディズニー版では、ここで「お誕生日じゃない日のうた/非誕生日の歌/Unbirthday Song」が登場します。

「誕生日は1年に1度きり/そうとも、たったの1回さ/でも、生まれない日は364日ってことは/年がら年中お祭りだ!万歳!」等という内容の歌なのです。歌の中で、何度も何度も「生まれない日おめでとう!/a very merry Unbirthday to You」と繰り返されるのです。観た当時「我が意を得たり!」と大いに感動したものです。

私の観た吹き替え版では、確かに「生まれない日おめでとう!」と言っていたと思うのですが、最近の吹き替えでは「なんでもない日」に変わっていると聞きました。そう言えば、この翻訳の変更が原因と成って、大きな物議を醸したことがありました。2015年8月9日の事件です。その日「ディズニージャパン」の公式ツイッターに「なんでもない日おめでとう!」という文章が出たのです。しかし、その日は「なんでもない日」等ではなくて、長崎に原爆が投下された「原爆忌」の日だったのです。しかも、「ディズニージャパン」は米国法人の子会社、現地法人です。当然、抗議が殺到して炎上。「ディズニージャパン」は即日午後には削除、夜には謝罪がツイートされたのでした。

「なんでもない日」等という下らない意訳をしたのが運の尽きでした。

3.落ちて割れる卵

しかしながら、ルイス・キャロルの原作『不思議の国のアリス』を読んでみると、お茶会では、ひたすら言葉遊びとナゾナゾの応酬があるばかりで、「生まれない日おめでとう!」等という言葉は出て来ません。

実は、これが出て来るのは続編の『鏡の国のアリス』(Through the Looking-Glass)の方なのでした。高い塀の上に座っている卵の形をした奇怪な人物「ハンプティ・ダンプティ/Humpty Dumpty」(日本語で言えば「ずんぐりむっくり」でしようかね)、この奇人が自分の着けているネクタイは「非誕生日プレゼント/Unbirthday present」だと、アリスに説明するのです。「誕生日のプレゼントは、1年に1回だけ。でも、非誕生日プレゼントは365マイナス1で、364回も貰えるから、ズッとお得」と言うのです。

「ハンプティ・ダンプティ」と言えば、「マザー・グース」の童謡が有名です。「ハンプティ・ダンプティが塀の上に座った/ハンプティ・ダンプティが落っこちた/王様のお馬と家来が皆かかりっきりになっても/ハンプティを元には戻せなかった」。

「王様のお馬と家来が皆」の部分は「All the king’s horses,all the king’s men」です。米国には、この歌の一節から題名を採った『すべて王の臣』(All the King’s Men)という政治小説があり、2度も映画化(1949年、2006年)されています。理想に燃えて州知事になった男が、政治の権謀術数の中で自分を見失って行く物語です。

ニクソン大統領を辞任に追い込む結果となる「ウォーターゲート事件」を暴いた2人の新聞記者の活躍を描いたのが、1976年の『大統領の陰謀』という映画です。原題は「すべて大統領の家臣/All the President’s Men」という傑作なモジリでした。三谷幸喜脚本のテレビシリーズ『古畑任三郎』(1994年)の最終話が「すべて閣下の仕業」という題名でした。恐らく、あれも「All the King’s Men」のモジリだったのでしょう。

「落っこちた卵は、もう二度と元に戻らない」のです。きっと割れてしまうはずです。その「割れちゃった卵」が王様や閣下や大統領などの権力や地位であれば、こちらは一向に構わないのですが、地球そのものであったりすると困ります。トランプ大統領就任式のニュースを見ながら、環境破壊と自然災害、国家エゴと人種差別、各地の紛争や戦争の火種に成るかも…と暗澹たる気持ちになりました。これこそ「アメリカ帝国の滅亡」でしょうか。

牧師 朝日研一朗

【2017年2月の月報より】

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2017年01月01日

日課と勤行と覚醒

1.朝の顔ぶれ

朝の7時半頃、二男の車椅子を押して、スクールバスの停車場所に送って行くのが、私の日課です(お迎えは妻が担当してくれています)。朝は出勤時間、登校時間ですから、また、ジョギングや犬の散歩も日課ですから、ほぼ同じような顔ぶれの人たちと擦れ違います。やはり、朝は皆が一定の方向性をもって動き始める時間帯なのです。それに比べると、夕方のお迎え時間はバラツキが大きいようです。  最近の定番を紹介しましょう。先ず家を出ると、向かいのマンションの清掃作業員、次に隣のマンションのKさんに「お早うございます」。バーコード会社の「SATO」に出社する中年男性2〜3名(50歳代)、女性2名(30歳代)、若手社員1名(20歳代)等が歩いています。雅叙園に向かって急ぐフィリピン人の女性(30歳代)が見えます。二男の小学校時代の同級生IS子ちゃんの家の前を通ると、出勤するお母さんに遭遇することもあります。「お早うございます」。  「セブン-イレブン」の角でタバコを吸っている会社員2名(40歳代)、建設作業員1〜2名(20〜40歳代)、「セブン」から太鼓橋の間で、女子高生、40歳代OL2名、若いフリーター風男性(30歳代)、ジョギングの女性(30歳代)、太鼓橋の上で女子高生、黒いプードル3匹を散歩させる奥さん(60〜70歳代)、そして、毎日、橋の上には、コンビニのパンと珈琲の朝食を食べている若禿げで背の低い男性(30歳代)がいます。女子中学生(以前、教会学校に来ていたMMちゃん)と会うこともあります。「お早う」。

2.去り行く人

こうして毎朝、同じような顔ぶれを見ていると、挨拶を交わさぬ人であっても、自ずと親近感が湧いて来るものです。そうかと思えば、ある時から、急に見なくなる顔もあるのです。転勤、転居、退職、労働時間帯の変更もあるかも知れませんが、場合によっては、その人の不在が、そのまま「その人の死」を意味します。  例えば、「ヤマト運輸」に務めていた男性(50歳代)は、教会に集金に来ていた時期があったので、顔馴染みでしたが、ある日、太鼓橋の上を、お連れ合いの介助を受けつつ、脚を引き摺りながら歩いているのを見て、驚いたものです。それから時折り、朝のリハビリに出会っていたものの、挨拶を交わすだけで、お尋ねする余裕はありませんでしたが、恐らく、脳梗塞か何かで麻痺した体で散歩されていたのです。しかも、その何ヶ月か後には、車椅子に乗ったお連れ合いを、今度は、彼が押していたのです。最近お見掛けしませんが、回復されて仕事を再開されたのなら良いのですが…。  昨年までは、日出高校の男女生徒が登校する姿をよく見掛けたものです。余りにも仲が良さそうなので、私たちは「高校生夫婦」と名付けていました。その昔、鶴見辰吾と伊藤麻衣子が主演した『高校聖夫婦』という大映ドラマがあったのです。戯れ合いながら登校している姿を遠目に見ながら、私は思わずビートルズの「All You Need Is Love」を口ずさんでしまいました。「Love,love,love」という歌い出しは、二男も知っていて(子ども番組の「ポンキッキーズ」で流れていたからでしょう)、目の前を歩く二人の姿と音楽が重なったと見えて、笑いを堪えるのに必死だったようです。  朝、二人を見る度に、私たち親子は「Love,love,love」と(勿論、本人たちの耳には届かないように)囃し立てて、歌っていたものです。二人が蛸のように吸い付いて歩いている日もあれば、喧嘩をしているのか、距離を置いて歩いている日もありました。しかし、私たちは変わらず「Love,love,love」と歌い続けました。卒業してしまったらしく、今年度から姿を見なくなってしまいました。今も仲良く暮らしているでしょうか。あれだけ私たちを笑わせてくれたのですから、別れていなければ良いのですが…。

3.宙吊り状態

エドガー・アラン・ポーの短編に『ヴァルデマール氏の病気の真相』という恐ろしい作品があります。催眠術の研究をしている「私」は、友人のヴァルデマール氏の協力を仰ぎ、彼の臨終の瞬間に催眠術を掛けるのです。すると、ヴァルデマール氏はトランス(催眠夢遊)に陥りつつ、尚も生き続けている「宙吊り状態」に成ってしまうのでした。肉体は死んでいるのに意識が半分残っているのです。  やがて、彼の肉体は腐敗が進み、周囲の人間が耐え難い程に成りました。それでも意識が完全に失われることがありません。遂に「私」は催眠術を解く決心をして、彼の意識を覚醒させます。そして、意識が覚醒すると同時に、忘れていた死の現実がヴァルデマール氏の精神に流れ込んで来て、瞬時にして肉体は崩れ去って行くのでした。  毎日、同じことを繰り返していると、ヴァルデマール氏のような状態に置かれているような気分に成ることがあります。同じ電車に乗り、同じ職場や学校に通い、同じような顔ぶれで、同じようなことを繰り返しているような錯覚に陥ります。  しかし「宙吊り状態」は「サスペンス/緊張状態」でもあるのです。タロットカードにも「宙吊りにされた男」があります。逆さに吊るされていて手も足も出ませんが、実は、大きな可能性を秘めたカードなのです。  私は、朝のルーティーンな日課であっても、意識することによって、トランスからリアルへの移行が出来ると考えています。「宙吊り状態」は不安なので、誰もが逃れたいと思いますが、実は、そこに心を向けることによってしか、私たちは現実を生きることは出来ないのです。「聖務日課/Liturgia horarum」とは、1日の定時に祈るための祈祷文ですが、同じ務め(勤行)を繰り返すことで、初めて信仰生活は深められるのです。

牧師 朝日研一朗

【2017年1月の月報より】

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2016年11月27日

通い続ける意味

1.信楽焼きの狸

私が小さい頃、しばしば、家族の会話の中に「カヨイ」という語が聞かれたものです。子供心に「カヨイ」とは何なのか気に成っていましたが、結局、改めて親に尋ねることも無いままに、いつか、記憶の底に沈んでしまっていました。

それが「通い帳」の略であること、「通い帳」とは、主に「銀行預金通帳」のことを言っていたのだと閃いたのは、ごく最近のことです。このように何十年も放置していた語の音が、ある日突然、記憶の底から浮かび上がって来て、年齢を経てから了解することがあるのです。それにしても、「通帳」が死語化した時代に突入してから、漸く「カヨイ」の正体に思い至るとは、皮肉な話です。実際、クレジットカード全盛の昨今では「通帳」そのものが死語に成りつつあります。未だ辛うじて「通帳」は存在していますが、それを持ち歩く人は少ないと思います。

「カヨイ」と言えば、もう1つ、信楽焼きの狸を思い出されるのではないでしょうか。あの狸は、編み笠を被り、右手に「徳利」を、左手に「通い帳」、もしくは「御通」と書かれた台帳を持っています。商売繁盛の置き物ですから、「タヌキ」は「他を抜く」に、「徳利」は「利徳、儲け」に通じます。「通い帳」は「売り掛け帳」です。通常は信用売買(ツケ)をしている取引先も、大晦日には支払いをしなければなりません。それで、あの狸は「カヨイ」を手にしているのです。この季節(師走)にピッタリの置き物と言えましょう。

2.いつも一緒に

キリスト教会もまた、アドベント(待降節)、クリスマス(降誕節)を迎えようとしています。昔から、教会には「クリスマス信者」というカテゴリーがあり、クリスマスにだけ来る会員(クリスマスにしか来ない会員)がいるのです。クリスマスは、日頃、礼拝から遠ざかっていた人たちが帰って来る季節なのです。

「信楽の狸」で言えば、主日礼拝に通わないで、溜まりに溜まったツケの支払いが回って来るということかと、そんなイヤミなことを考えてしまいます。

しかし、この「クリスマス信者」にしても、見方を変えることで、こちらの心持ちが全く違って参ります。「たとえ、クリスマスだけでも来てくれるから嬉しい」と感謝して歓迎するか、「クリスマスにしか来ない『恵み泥棒』」等と陰口を叩くか、その心持ち1つで、私たち自身の信仰の在り方までが左右されてしまうのです。

この「恵み泥棒」というのは、昔の牧師たちが多用していた語です。礼拝出席も奉仕も献金もせず、教会を支える義務も果たさずに、神さまの御恵みにだけ与ろうとしている姿勢を揶揄した表現なのです。

「『恵み泥棒』に成ってはいけません!」等と戒めて、真面目な信徒たちを養成するために、牧師が編み出した用語と思います。しかし、その佇まいたるや、どこかしら「放蕩息子の譬え話」(ルカによる福音書15章11〜32節)に登場する、狭量な兄の風情を思い出させるのです。真面目な兄は、畑仕事から帰って来て、祝宴が開かれているのを見ると、拗ねてしまいます。「この通り、私は何年もお父さんに仕えています。言い付けに背いたことは一度もありません。それなのに、私が友だちと宴会をするために、子山羊1匹すらくれなかったではありませんか。ところが、あなたのあの息子が、娼婦どもと一緒にあなたの身上を食い潰して帰って来ると、肥えた子牛を屠っておやりになる」。

拗ねてしまった兄に対して、父親は何と言って答えていたでしょうか。「子よ、お前はいつも私と一緒にいる。私のものは全部お前のものだ」。

「いつも一緒にいる」と、その有り難味は見えなくなり、取り立てて喜びや感謝を感じなく成るものです(家族、仕事や日課、日常生活、健康、空気や水)。失ってみて初めて、その有り難さに気付くのが、私たちの常です。教会生活、神さまの恵みも同じです。その中にいると、それが当たり前に成って、殊更に意識しなくなるのです。

しかし「いつも一緒にいる」は、それこそ、アドベントのメッセージそのものです。「この名は、『神は我々と共に居られる』という意味である」(マタイによる福音書1章23節)。そして、もう1つのアドベント、再臨へと向かう希望でもあります。「私は世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」(同28章20節)。

3.信仰を貯える

「いつも一緒にいる」というのは「暮らし」のことです。主日礼拝が日常生活の中心に成っている場合に、そのように言うことが出来ます。1年に日曜日が52回として、45回以上の回転数があって、シングルな(一人前の)会員なのです。

但し、そのような幸いは長くは続きません。中には、何十年も、そのような教会生活を続けることの出来た人もあります。しかし、病気や怪我その他の患いによって、礼拝に通えなくなったり、高齢に成ると共に、礼拝へ行く回数を減らさざるを得なくなったりします。誰もが遂には、全く通えなくなるのです。

私たちは、主日礼拝に通える間に、出来るだけ通って置かなくてはなりません。やがて通いたくても通えなくなるからです。「クリスマス信者」等と言わずに、久しぶりに会えた人を喜んで迎えなくてはなりません。やがて会いたくても会えなくなるからです。

「教会暦」を何度も巡って、教会の歳時記が肌身に付いて、礼拝生活をするのが当たり前に成ったら、その時こそは(たとえ有り難味を感じなくなっていたとしても)、神さまが「あなたといつも一緒にいる」暮らしなのです。この暮らしの実感を、しっかりと貯えて置くことが、信仰のエネルギーなのです。

牧師 朝日研一朗

【2016年12月の月報より】

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2016年10月30日

交替の時を待ちながら

1.ボブ・ディラン?

去る10月13日、「ボブ・ディランにノーベル文学賞!」と、冗談のようなニュースが流れました。それは冗談でもデマでも無く、ノーベル委員会の正式な決定だったようです。

子どもたちに「ボブ・ディランって誰?」と訊かれて、アニメ『ジョジョの奇妙な冒険/ダイヤモンドは砕けない』で、岸辺露伴の使うスタンド「ヘブンズ・ドアー」から説き起こし、私のカラオケの持ち歌「Knockin’ on Heaven’s Door」を披露して聞かせたものです。この歌は、ディランがサム・ペキンパー監督の映画『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』(1973年)のために書いたものです(ディラン自身も出演しています)。

さて、その後、委員会からディラン本人に連絡が付かず(と言うか、ディラン本人がノーベル委員会からの連絡に応じようとしなかったのでしょう)、委員会は困惑。委員長のペール・ベストベリィは「ディラン氏は無礼で、傲慢だ。でも、それが彼ってもんだ」とコメントしたという話です(「朝日新聞DIGITAL」より)。

まあ、実際、ボブ・ディランが礼服を着用して、ノーベル賞受賞記念晩餐会の席に座って、ヴィクトリア皇太子(さすが、スウェーデンは女性の皇太子です!)、カール・フィリップ王子やマデレーン王女などのベルナドッテ王朝の面々、スウェーデンの王族たちと語らっている姿など、私には想像できません。

2.ウディ・ガスリー

ボブ・デイランは、ウディ・ガスリーに憧れてギターを弾き、歌い始めた人です。ウディ・ガスリーとは、20世紀初めの大恐慌時代に活躍したフォークシンガーです。全米を季節労働者として放浪した人です。

銀行の抵当に農地を奪われて、オクラホマからカリフォルニアへ移住して行く貧農たちの事を「オーキー/Okie」と言いました(スタインベック『怒りの葡萄』)。また、汽車賃が無くて、列車の屋根にタダ乗りする「渡り鳥労働者」の事を「ホーボー/Hobo」と言いました。ガスリーこそは「オーキー」「ホーボー」として暮らしながら、その中から、庶民の歌(フォークソング)を作った人だったのです。

ガスリーの「我が祖国/This Land Is Your Land」を知らぬ人はいないでしょう。あの曲は貧しい放浪生活の中から生まれたのです。それは、アーヴィング・バーリン(「ホワイト・クリスマス」で有名な)作曲の愛国歌、「神よアメリカを祝福し給え/God Bless America」に対する強烈なアンチテーゼ、ガスリーからの痛烈なアンサーソングと言われています。

そんな「ガスリーの再来」「ガスリーの後継者」であったボブ・ディランであっても、2012年には、オバマ大統領から「大統領自由勲章」を授かっているのです。「大統領自由勲章」の過去の叙勲者を見ても、思想信条の違いに彼が拘っていないことは明らかです。名誉とか名声を否定している訳でも無さそうです。しかし、やっぱり、ノーベル賞の受賞記念講演や晩餐会は不似合いな気がします。

3.マイ・リリース

ボブ・ディランはユダヤ人ですから、彼の歌詞の中には、旧約聖書の引用やパロディが沢山あります。「アイ・シャル・ビー・リリースト/I Shall Be Released」(1967年)は、その前年の「ルービン・カーター事件」を歌ったものとされています。

ルービン・カーターはアフリカ系アメリカ人、プロボクサーで、ウェルター級の元チャンピオンでしたが、1966年に3人の白人を拳銃で撃ち殺した容疑で逮捕され、凶器も発見されぬまま、全員白人の陪審員によって終身刑を言い渡されました。以後、検察側の隠蔽工作が露見して、冤罪の可能性が高まり、1988年に釈放されます。22年間も投獄されていた訳です。この事件は、デンゼル・ワシントン主演の『ザ・ハリケーン』(1999年)という映画でも採り上げられています。

ディランの「I Shall Be Released」は「俺は釈放されるべきなんだ」と訳されています。しかし、これが旧約聖書「ヨブ記」からの引用であることは、意外に知られていません。「ヨブ記」14章14節「人は死んでしまえば、もう生きなくてもよいのです。/苦役のような私の人生ですから/交替の時が来るのを私は待ち望んでいます」。「苦役」と訳されている「ツァーバー」というヘブル語も「兵役、服役、賦役」という意味で、確かに、ディランの歌に通じています。

最後の「交替の時が…」云々の部分は「NRSV/新改訂標準訳」では「until my release should come」と成っています。まさに「リリース」です。「直訳に近い」との定評のある、前の「口語訳/協会訳」では「わが解放の来るまで待つでしょう」と訳されていました。ところが、ヘブル語原典は「解放」ではなく「ハリーフィーム/物々交換」なのです。だから「新共同訳」は熟慮の末に「交替」と訳したのです。

このように「ヨブ記」を背景にして読み直してみると、ストレートなプロテストソングではなく、かなり厭世的な歌詞という印象が深まります。「ルービン・カーター事件」を想定して「解放」や「釈放」と読むと、内容が特定の時代や事件に限定されてしまって、却って、つまらないと思うのです。

ディラン自身がオートバイ事故のために重傷を負っての休養中に、この曲は「地下室」で収録されたと言われています。むしろ、体験としての痛みや苦しみ、個人的な疲労感や倦怠感を歌っていると、私は感じるのです。因みに「ハリーフィーム」には「リニューアル」の意味もあり、イメージは「再開、復活、元気回復、蘇えり」まで拡がります。あるいは、本当は「早く元気にしてくれよ」と、神に祈っていただけかも知れません。

牧師 朝日研一朗

【2016年11月の月報より】

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