2007年09月23日

キリスト教こんにゃく問答U「神観」

1.神は愛…とは限らない

川端純四郎さんと言えば、長年、東北学院大学で教鞭を執られたキリスト教神学者、また、バッハ研究家としても有名です。東北学院を定年退職された今も、仙台北教会のオルガニストとして奉仕をなさっています。その川端先生から、彼が若き日に、ドイツに留学した時のエピソードを伺ったことがあります。非常に印象深いので、皆さんにもご紹介したいと思いました。

川端先生がドイツに留学なさったばかりの頃、同級生から教授、牧師、教会や町の人たちに至るまで、出会った信徒たちに片っ端から訊いて回ったそうです。「あなたにとって、神は何であるか?」と。日本人信徒ならば十中八九、「神は愛なり」と答えるでしょう。けれども、ドイツ人信徒は大半が「神は義である」 と答えたそうです。

どちらが正しいかという話ではありません。これは国民性の違いなのです。なるほど、聖書には「神は愛」とも「神は義」とも書いてあります。他にも「聖」や「力」、「言葉」や「光」や「霊」とも書いてあります。しかし、一般的に、日本人は「神は愛」と言い、ドイツ人は「神は義」と言うのです。

聖書の告知する同じ神であっても、同じクリスチャンであっても、日本人とドイツ人とでは、こんなにも神に対するイメージが違っているのです。きっと、私たちのメンタリティーの中には、「観音様のような慈愛に満ちた存在こそが神である」 という、イメージの方程式のようなものがあるのです。そう言えば、私たちがイメージするイエスさまのお顔も、限りなく優しいイメージです。古代教会のイコンに描かれている鬼神のような(仁王さんのような) 形相をしたイエス像を見て、違和感を抱くのは、私だけではないでしょう。

2.信仰の受容と土着化

 アメリカやヨーロッパの宣教師を通じて、私たち日本人がキリスト教信仰を受け取って、120年余が経過しました。その一世紀にも及ぶ期間に、日本の教会によって育まれた神観が「愛の神」としての「聖書の神」だったのです。宣教師が運んで来たものは、所詮「欧米化したキリスト教」に過ぎませんから、それが日本的な展開をすることは当然の成り行きでした。

そうなった理由の一つに、日本の信徒が牧師たちから、旧約聖書を省いて、新約聖書を中心に読むように教育を受けて来た事実もあるかも知れません。一例を挙げると、随分前に天に召された信徒で、よく教会のために奉仕をされた古河さんという方がいました。弟さんも教団の教会で牧師をしていらっしゃって、根っからのクリスチャン・ホームに育たれた人です。その人が「恥ずかしながら、私は旧約聖書は、ただの1ページも読んだことがないのです」と告白されたことがありました。

戦前の牧師たちは、教会でも神学校でも、専ら新約聖書だけを学ばされたようです。従って、牧師になっても、信徒に旧約聖書を教えることは滅多にありませんでした。この傾向は戦後もしばらくは変わらなかったようです。言わば、牧師の短期養成、信徒の早期入信を促がすため、旧約聖書は端折られていたのです。

ごく近年まで、日本のキリスト教が比較的リベラルで、聖書を一字一句、文字通りに信じる「逐語霊感説」や「ファンダメンタリズム」「原理主義」が影響力を持たなかったのは、旧約聖書を切り捨てた結果だったのかも知れません。新約聖書の場合には、字句そのままを信じても、それ程、周囲との分裂や亀裂を生み出すことはないでしょう。しかし、旧約聖書を逐語的に信じていけば、生物学も歴史学も考古学も否定していかなくてはなりません。もしも、膨大な分量の旧約を短い新約と等価と見なせば、それだけでも、イエス・キリストの生涯と十字架の位置は縮小されていくことでしょう。

ブッシュ大統領がアフガン戦争やイラク戦争の根拠に使用したのも旧約聖書でした。「聖戦」の動機づけに引用するのに便利なのです。そういう状況の中で、非戦という立場から、井上洋治神父が「いっそ、旧約聖書をキリスト教の正典から外そう」という大胆な提言をしたのでした。些か皮肉なことですが、「旧約聖書は読まなくてもよい」という戦前の牧師たちの教えは、ある意味では、見識と言えるかも知れません。

3.神の名前は色々ある

実は、旧約聖書に「主」と訳されているのは、「ヤハウェ」という神の名前です。「神」と訳されているのは、「エール」、もしくは「エロヒーム」という神の名前です。

他にも、「いと高き神」と訳されている「エル・エルヨーン」(創世記14章18〜22節)、「全能の神」と訳されている「エル・シャダイ」(創世記17章1節、49章25節)、「永遠の神」と訳されている「エル・オーラム」(創世記21章33節)等も、本来は、それぞれ別の神の名前だったようです。「エル・シャダイ」はエルサレムの、「エル・オーラム」はベエル・シェバの地域神だったようです。そう言えば、「士師記」9章46節には「エル・べリット」(契約の神)という、シケム人の神の名前が出て来ます。

預言者エリヤの時代に、イスラエルのヤハウェ信仰と対決することになる、カナンの土着神「バアル」も、元々は「主」という意味です。バアルの性質は旧約聖書の「主/ヤハウェ」 の描写にも影響を与えているようです。

よく「聖書の信仰は一神教だ」と言いますが、聖書学的には、それは大きな間違いです。名前が色々あるということは、人種や部族、地域や習慣によって、神観が違っていたということです。そして、神の名前を発音することは、それ自体が信仰告白です。私たちがよく知っている、最も短い信仰告白は「イエス・キリスト」です。これは「イエスこそ、キリスト(救い主)である」という意味です。「神は愛なり」を掲げて「愛の神」をこそ、聖書の証する神と信仰告白する、日本的なキリスト教の展開は、世界全体から見れば、少数派なのかも知れません。しかし、そうであれば、尚のこと、価値あるものだと思います。但し、私たちの信仰が普遍的なものだと思い込んではいけません。多分、そうではないキリスト教も一杯あるのです。


【会報「行人坂」No.235 2007年9月23日発行より】

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2007年03月18日

キリスト教こんにゃく問答 I  「教理問答」 

1.論争はお好き?

とかく、宗教をしている人は論争(ポレミック)が好きです。けれども、私自身は論争が苦手です。教区総会などに出席しても、発言する事はありません。きっと、頭が悪いのでしょう。議事とか会議制とかが得手ではないのです。「論争のための論争」という事も世の中には多く、熱心に自己主張している人を見ると、「それじゃあ、お譲りしますわ」 という気分になってしまうのです。

編集委員会で 「連載を書くように」と仰せ付かりました。しかも、信徒教育の立場から「教理問答を」とのことです。「教理問答」とは、英語で「カテキズム」と言って、キリスト教の信仰、教理(教義)を教えるためのカリキュラムです。古代には、テキスト(書物)ではなくて、口頭で問答することで、教師は入門者に教えたそうです。ギリシア語で「カテケシス」と言って、「教会教育」を意味します。

例えば、パウロは「わたしは他の人たちをも教えるために、教会では異言で一万の言葉を語るより、理性によって五つの言葉を語る方を取ります。」 (コリントの信徒への手紙114章19節) と言っていますが、ここで「教える」 と訳されているのが「カテケシス」です。パウロも教会教育、信徒教育の必要性を痛感していたのです。「キリスト教の信仰や教えを正しく継承していきたい」 という信仰の先達の思いがあったのでしょう。あるいは、他宗教や他宗派からの批判に対しても、「信徒たる者、ちゃんと自らの信仰を弁明できなければ…」という熱意から、教理 (教義) というものが整理され、積み重ねられていったのでしょう。

しかし、西方のキリスト教は論争に傾き過ぎたきらいがあります。「教理問答」が熱心に行なわれるようになったのは、ワルドー派、モラヴィア兄弟団、フス派、ウィクリフ派などの 「分派」 が登場した時代から、宗教改革の時代にかけてなのです。分派 (セクト) が自らの理論武装のために、競い合って 「教理問答集」 を作ったのです。この辺り、安保闘争時代の左翼と似ています。

日本にキリスト教が入って来た戦国時代にも、キリスト教と仏教との宗論(宗教論争)は各地で盛んに行なわれました。1569年(永禄2年)、織田信長の御前宗論では、ザビエルの弟子フロイスが法華宗の朝山日乗を論破したとの記録が残っています。けれども、論破したからと言って、何でしょうか。

2.問いと答え

「問答」と言う以上、「問い」とそれに対する「答え」が用意されています。けれども、現実の信仰生活に「答え」は用意されていません。神さまへの問いかけ、神さまからの問いかけ、自らへの問いかけ、他人への問いかけ…。信仰生活には「問いかけ」があるだけです。厳粛な人生に、安直な答えは相応しくありません。聖書は人生の「虎の巻」ではありません。せいぜい、「考えるためのヒント集」 です。

神さまは、私たちに 「答案用紙に模範解答を書くように」と命じられている訳ではなく、「あなたなりに、精一杯、信仰の人生を生きてみなさい」 と仰っているのです。それは、聖書の様々な物語から始まって、私たち自身の人生や生活の物語に続いているのです。ですから、何か答えを出すことが大切なのではありません。真理を求め続けること、色んな事を考えたり思ったりして、気づいて行くことが大切なのではないでしょうか。たとえ、小さな事でも、アクションを起こして行くことが大切なのです。

時折、キリスト教主義の学校などで、聖書科の教師が生徒たち(多くは未信者)に「旧約聖書39巻、新約聖書27巻」の題名を丸暗記させているという話を耳にします。「うちの学校の生徒たちは、9割方の子が聖書の巻名を正確に覚えています」等と、得々として語る教師を見ると、呆れ果てて溜息が出ます。テストを採点するのには便利でしょうが、大切なのは、教えの心でしょう。多分、イエスさまがお聞きになったら、怒って教壇を引っ繰返すことでしょう。

それでも、「私なりの答え」というものは、少しくらい用意してあった方が、何かと便利かも知れません。しかし、答えが用意されるためには、日頃からの問いかけの姿勢が必要なのです。算数の試験と違って、模範解答のために設問があるのではなく、私たちが問いかけながら生きる姿勢があって、そこに答えが与えられていくのです。つまり、問いかけるのは私たち、答えて下さるのは神さまです。反対に、神さまから問いかけられて、私たちが答えを求められることもあるでしょう。

このような応答関係が信仰生活なのです。いつでも、関係が安定しているはずはありません。夫婦だって、親子だって、波風はあります。相手が神さまなら尚更です。迷ったり、疑ったり、躓いたりしながら、それでも投げないで、諦めないで、しぶとく付き合っていくからこそ、信頼や愛が膨らんでいくのです。

3.こんにゃく問答

 基本的に、私は「無信者」とは論争をしません。せいぜい「負けるが勝ち」 と心得て置きましょう。キリスト者は、神さまから問いかけられ、神さまに問いかける生活をしています。キリスト信者に限らず、本当の宗教者ならば、そのような問いかけを有しています。映画を見ない人、映画の嫌いな人と、映画の話をすることはありません。同じように、宗教に何の関心も興味もない人と議論しても詮なきことです。

三笑亭夢楽の落語に 「こんにゃく問答」 というのがあります。ひょんな行き掛かりから、こんにゃく屋の六兵衛さんが和尚に化けて、永平寺の修行僧、沙弥托善と禅問答をする羽目になってしまいます。問答は、両者の誤解から、六兵衛さんの圧勝に終わります。六兵衛はこんにゃくを売る話をしていたのですが、相手の僧は仏教の奥義について論じていると誤解してしまっていたのです。

そう言えば、昔、同じような内容の映画を見たことがあります。1979年のアメリカ映画「チャンス」(Beeing There)です。無学な庭師の言うことを、政界の大立者や大統領までが受け入れていくのです。主人公は単なる庭師に過ぎません。彼は庭の話をしているだけなのですが、政治家たちは、それを政治や経済の隠喩と誤解してしまうのです。しかし、キリスト教のシンボリズム (象徴学) に詳しい人なら、「庭師」がキリストを表わしていることは、すぐに察しが付きます。

行き掛かり上、私も牧師になってしまいました。ですから、差し詰め、こんにゃく屋の六兵衛のような者ではないかと、自分では思っています。私自身は「庭師」ではなく「こんにゃく屋」に過ぎません。きっと、私には、世間一般の立派な牧師のように「教理問答」は出来ません。けれども、六兵衛が化けた偽和尚のように「こんにゃく問答」は出来るでしょう。これから、そういう連載をしてみたいと思っています。


【会報「行人坂」No.234 2007年3月18日発行より】

posted by 行人坂教会 at 07:46 | ┗こんにゃく問答