2008年08月24日

キリスト教こんにゃく問答W「全能の神」

1.大惨事

大地震に襲われた中国四川省の惨状を伝えるニュース番組を見ました。瓦礫の中から助けられた人、もう既に死んでいた人、子供を失って泣き叫ぶ母親たち、生活基盤を無くして途方に暮れる大勢の人たち…。何も語るべき言葉がありません。ただ、神さまにお祈りするばかりです。

1993年、「北海道南西沖地震」の際、津波の直撃を受けて、奥尻島の漁村は壊滅しました。地震の僅か五分後に津波が村を襲いました。一瞬にして、数百軒の家屋が消失し、数百人の人命が失われたのです。

この大惨事から一週間ばかり経った頃でしょうか。この奥尻島に、ハンドマイクを手にした宗教団体が乗り込んで来て、「これは神の罰である。悔い改めなさい」と叫んで、伝道活動を始めました。当然ながら、村の人々から石を投げられ、追い払われたそうです。その場にいたなら、私も迷うことなく石を投げたことでしょう。

この団体はキリスト教系のカルト「愛の家族」でした。「アッセンブリ・オブ・ゴッド」の牧師が「神の子たち」というグループを作って独立し、それが「愛の家族」と改名したのです。因みに、現在では、単に「ファミリー」と名乗っています。

日本基督教団北海教区も、地震後に対策委員会を設置して、現地入りをしました。奥尻に教団の教会があった訳ではありません。しかし、無為無策でいる訳には参りません。何度も島に渡り、数年にわたって、地元の人たちと交流し、定期的に必要な援助を続けました。その結果、ある時、すっかり打ち解けた漁師の一人が「あんたらは、あの連中とは本当に違うんだね。よく分かったよ」と口にされたそうです。

2.大地震

1995年、「阪神淡路大震災」発生の直後から、私の後輩のYは現地入りして、救援活動を始めました。当時、同志社大学の学生だった彼は、障碍者の生活援助ボランティアをするグループに属していました。所謂「健常者」でも大変な事態です。身心に障碍があれば、危険な場所から自力で脱出することも困難です。

そんな状況の中に飛び込んで行って、働いたのですが、その中で、何度も何度も、思わず天を仰いで泣き叫びたくなる場面に、彼は遭遇しました。家族が埋まっている瓦礫の前に立ち尽くしている人たち、毎朝、震災の時刻に発作を起こす避難所の子供たち、医療環境が整わず亡くなっていく高齢者たち、どこにも行き場のない障碍者たち…。

その度に「神さま、この人が何で、こんな酷い目に遭わんといかんのですか!」と、心の中で呟き続けていたのです。そして、ある時、彼はこんな風に悟ったそうです。「もしかしたら、神さまって、無力なんじゃないか」と。この震災の体験を経て、彼は神学部で勉強を再開して、現在は牧師になっているのです。

私の前任教会で「阪神淡路大震災」のことを学ぶために、そのY牧師に来て、体験を語って貰ったことがありました。しかし、この証しを聞き終えて、ある教会員の姉妹が私の所に抗議に来ました。憤懣やる方なしという顔つきで、「あの牧師の言っていることは間違っている。『神が無力だ』なんて。神さまは全知全能のはずです!」と告発されたのです。ホーリネス系の単立教会で信仰を育まれた人でした。「イエスさまも十字架の上で、全くの無力だったんじゃありませんか。大きな災害や惨事を前にして、私たちが無力感に打ちのめされている時、イエスさまも私たちと一緒に立ち尽くして居られる、私たちの悲しみを知っていて下さるのじゃないんですか。Yさんは『全能の主』ではなく、『無力の主』に出会われたから、牧師になられた。凄いことではないですか」と、私は申し上げました。

しかし、彼女は納得が行かなかったようで、何年かして別の教会へと転出されてしまいました。「全知全能」という教義のお題目が怪しくなっただけで、不安を感じられるようになったのでしょう。

3.全能者

「神はこんな石からでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる。」(マタイによる福音書3章9節)、「神にできないことは何一つない。」、(ルカによる福音書1章37節)等と、神の全能を思わせる聖句もあります。そして、神御自身も「わたしは全能の神である。」 (創世記17章1節)と自己紹介して居られます。

しかし、もしも、神が全能であるとすれば、神が与かり知らないことも、神が関わっていないことも何一つ無いということです。極論を言えば、中国四川省に大地震を起こし、ミャンマーに大型サイクロンをもたらして、何万人もの人間を殺したのは、御心(神罰)ということになります。奥尻島の「愛の家族」の言動からも遠からずです。

反対に、神は善なのであるから、それは悪魔の責任とします。すると、悪魔を神に括抗する勢力と認めることになり、忽ち「二元論」に陥ってしまいます。悪魔は神にも比する力の持ち主となり、もはや神は全知でも全能でもなくなります。このように、神の「全知全能」という観念そのものが「二重拘束」を抱えているのです。いずれにせよ、論理的に破綻してしまうのです。

ヴィトゲンシュタインの「語り得ぬものについては、沈黙しなければならない」という有名なテーゼ(「論理哲学論考」)を出すしかありません。むしろ、自らにこそ問い掛けるべきではないでしょうか。全知でも全能でもない私たちが「全知全能の神」等と、神を定義すること自体が冒涜なのです。無力な人間である私たちが語り得るのは「無力な神」「無力な者と等しく、自らへりくだり給うた神」だけなのです。

因みに、ヘブル語の「全能」は「エル・シャツダイ/全能の神」の「シャツダイ」ですが、その元々の意味は不明です。族長たちに嗣業を約束をなさる場面の自己紹介に多いので、便宜的に「全能の」と訳しているだけです。もう一つの 「アヴィル/勇者」も「全能者」と訳されますが、単に「強い」という意味に過ぎません。その「強い」も、私たちが考えるような「強さ」 ではないと思います。子供たちがカードゲームでランキングするような「強さ」ではありません。「神の弱さは人よりも強い」 (コリントの信徒への手紙T1章25節)と言われるような「弱さと強さ」 です。

結局、聖書をもってしても「全能」の内実は少しも明らかではないのです。しかし、私は思います。自らの強い立場に汲々としがみ付くのが「全能」ではないでしょう。むしろ、時には、自らを無力なものとすることをも恐れない、そんな神さまなのではないでしょうか。


【会報「行人坂」No.237 2008年8月24日発行より】

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2008年02月03日

キリスト教こんにゃく問答V「一神教」

1.一神教vs.多神教?

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は、ただ一人の神を信じる宗教、「一神教」「唯一神教」と言われています。けれども、そのようにカテゴライズすることは、本当に正しいことなのでしょうか。一神教と多神教との対立図式の中で、人間の文明や歴史を捉えることは、とても明快に見えて、実際には単純化し過ぎてはいないでしょうか。

日本の多くの「知識人」と言われる人たちは、「一神教は、ただ一人の神を信じるが故に、異なる価値観や考え方に対して不寛容であり、自分たちの信念を押し付けて来るために、対立や衝突を避けることが出来ない」と考えています。そして、そのような発言を通念や常識として学習した一般の人たちは、キリスト教に対して、そのままの偏見と先入観をもって接することになるのです。具体的に、そのような発言を挙げましょう。宗教哲学者の山折哲雄は『世界大百科事典』(平凡社)で「一神教」を以下のように説明しています。「一神教は一般に神と人間のあいだの断絶を強調するが、それは一神教の起源が砂漠に関係があることによるとされている。自然的景観の荒涼たる砂漠では、地上から超絶する天上の神が祈願の対象とされたからである。この砂漠の一神教は農耕社会に基盤を有する多神教と対比されるが、しかし歴史的には農耕文化との接触によって偶像崇拝や多神教的な要素をとり入れていった。たとえばカトリック教会やギリシア正教会がそうである。なお日本では、近世以降流入したキリスト教の信徒(キリシタン)は、多神教的風土の厚い壁にはばまれて、人口の1%を超えることがなかった。」

山折氏の文章には、基本的な事実誤認があります。例えば、1590年には、日本のキリシタン信徒数は数十万人に達したという記録があります。旧約聖書を少しでも読んだことのある人なら誰でも分かる事ですが、最初から「一神教」等というものがあった訳ではありません。そして、ムハンマド(モハメット)がイスラム教を創唱する以前は、アラビア半島は砂漠でありながら、何千年もの間、全くの多神教社会でした。しかし、そんなことよりも何よりも、「砂漠の一神教」対「農耕社会の多神教」という考えが余りにも図式的に過ぎるのです。

2.悪いのは一神教?

 もう一つ、よく耳にするのは、「現代文明は一神教によって生み出されたものである。従って、現代世界を覆う諸問題の多くは一神教が原因である。日本のような多神教的な文明こそが、一神教的な限界を乗り越えて、問題解決に貢献することが出来る」という考えです。まさに、「砂漠の一神教」が「地球環境の砂漠化」の直接原因であるかの如きの論調です。

 塩野七生と言えば、「ローマ人の物語」がベストセラーになりましたが、彼女は「東亜日報」のインタビューの中で、次のような話を展開しています。

「ローマの特徴は『自由』と『寛容』だ。これは多神教から出た。ローマ人たちは征服された民族の神であれ、すべて自分たちの神として祀り、ローマの神は30万にのぼった。いっぼう、一神教は自分の宗教だけが正しく、他人の宗教は誤っているという考えに基いている。」

更に、彼女は「イスラム教原理主義」が猛威を振るう現代を「一神教の恐怖」に重ね合わせていきます。要するに、一神教は排他的・独善的・好戦的・自然破壊的であり、それに対して、多神教は包括的・協調的・友好的・自然共生的であるというお話です。山折、塩野のみならず、「バカの壁」がベストセラーになった養老孟司も、彼らと同じような論陣を張っています。

彼らの話を綜合すると、キリスト教の中でも、カトリックやハリストスは「偶像崇拝」のような多神教要素を持っているから、未だしも寛容であるらしい。どうやら、聖母子像や聖人像、イコンのことを言っているらしいのです。神父さんや司祭さんが聞いたら、ブッ飛ぶような話ですが、言外に悪者扱いされてるのはプロテンタントであるようです。恐らく、彼らの頭の中では、ブッシュ政権を支えるアメリカの右派キリスト教徒が、具体的な「悪者」としてイメージされているのでしょう。

確かに、アメリカや韓国には「ファンダメンタリスト」と呼ばれる人々が数多くいます。「逐語霊感説」と言って、聖書の言葉は一言一句に至るまで、聖霊によって書かれたと信じています。そこで、ダーウィンの進化論を否定して、「創世記」の創造を歴史として捉えたりすることになる訳です。これらファンダメンタリストの「迷妄ぶり」は、彼らの格好の標的になっているのです。養老孟司の言うところの「バカ」です。

3.型破りな信仰者

 彼らの意見や論評が偏見と先入観に満ちているとしても、それでも尚、そこから、現代に生きるキリスト者である、私たちに対する問いかけを読み取る努力も大切でしょう。果たして、キリスト教は、高校の「世界史」の教科書が言うように「一神教」なのでしょうか。キリスト教は、そんなにも排他的で独善的なのでしょうか。私たちは、そんなにも好戦的で自然破壊的なのでしょうか。

少なくとも、私はそうは思いません。私が信じるキリスト教信仰を、彼らが規定する「一神教」として、私自身は決して認めません。私のキリスト教は「砂漠の宗教」ではありません。それは、私自身の魂が日本の山々の中で育ったからです。従って、私の魂によって受け止められたキリスト教は、もはや「砂漠の宗教」等ではあり得ないのです。私のキリスト教の中には、私が幼い日に遊んだ寺や墓場、相撲を取った神社の境内、お地蔵さん、道祖神などの風景が含まれています。水木しげるの妖怪や成田亨の怪獣なども含まれています。砂漠というイメージに対しても、一種の異国趣味的な憧れを抱いていますが(映画「アラビアのロレンス」のような)、実際に砂漠に住みたいと思ったことはありません。

しかしながら、キリスト教徒が現世で信仰を追求する中にあって、信仰と不寛容との間で大いに揺れたことも歴史的な事実です。十字軍や宗教戦争があり、異端審問や魔女裁判があり、宗教改革と反宗教改革があり、植民地主義と世界宣教が密接に絡み合った時代もありました。その中で、私は、プロテンタントが「異端」や「魔女」として殺された人々の流れを汲んでいるという密かな自負心を持っています。

聖書の中にあっても、寛容と不寛容とが交互に姿を現わします。主なる神が「どうして私が、アッシリアの都ニネベを惜しまずにいられようか」と語り掛ける「ヨナ書」の直後に、「アッシリアもエジプトも、イスラエルに敵対した国々は全て滅びる」と預言する「ミカ書」が控えているのです。「約束の土地から先住民を根絶やしにせよ」と書いてある、その直後には、「寄留の外国人や奴隷が休めるように、主は安息日を備えられた」と書いてあるのです。聖書もまた、一枚岩ではないのです。

「キリスト教徒が不寛容」なのではなく、「キリスト教徒の中にも不寛容な人がいる」ということに過ぎません。仏教の門徒の軒にも、神道の氏子の中にも、クリスチャンの中にも、不寛容な人も寛容な人もいるのです。スリランカ仏教の過激派はテロを行ないます。神道は未だに戦前の国家神道主導による戦争について沈黙したままです。キリスト教会も仏教界も戦争協力を惜しまなかったことについては、全く同じです。

「クリスチャンはこういう人」とか、人を何かのカテゴリーに押し込めるのはいけないと思うのです。部落差別や外国人差別、性差別や世代差別も、本当は多様な人間の個性を、型に押し込めるところから始まるのです。その意味では、私たちは「型に嵌まったクリスチャン」ではなくて、「型破りなクリスチャン」を目指そうではありませんか。「型破りな人間」でありたいと思います。


【会報「行人坂」No.236 2008年2月3日発行より】

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2007年09月23日

キリスト教こんにゃく問答U「神観」

1.神は愛…とは限らない

川端純四郎さんと言えば、長年、東北学院大学で教鞭を執られたキリスト教神学者、また、バッハ研究家としても有名です。東北学院を定年退職された今も、仙台北教会のオルガニストとして奉仕をなさっています。その川端先生から、彼が若き日に、ドイツに留学した時のエピソードを伺ったことがあります。非常に印象深いので、皆さんにもご紹介したいと思いました。

川端先生がドイツに留学なさったばかりの頃、同級生から教授、牧師、教会や町の人たちに至るまで、出会った信徒たちに片っ端から訊いて回ったそうです。「あなたにとって、神は何であるか?」と。日本人信徒ならば十中八九、「神は愛なり」と答えるでしょう。けれども、ドイツ人信徒は大半が「神は義である」 と答えたそうです。

どちらが正しいかという話ではありません。これは国民性の違いなのです。なるほど、聖書には「神は愛」とも「神は義」とも書いてあります。他にも「聖」や「力」、「言葉」や「光」や「霊」とも書いてあります。しかし、一般的に、日本人は「神は愛」と言い、ドイツ人は「神は義」と言うのです。

聖書の告知する同じ神であっても、同じクリスチャンであっても、日本人とドイツ人とでは、こんなにも神に対するイメージが違っているのです。きっと、私たちのメンタリティーの中には、「観音様のような慈愛に満ちた存在こそが神である」 という、イメージの方程式のようなものがあるのです。そう言えば、私たちがイメージするイエスさまのお顔も、限りなく優しいイメージです。古代教会のイコンに描かれている鬼神のような(仁王さんのような) 形相をしたイエス像を見て、違和感を抱くのは、私だけではないでしょう。

2.信仰の受容と土着化

 アメリカやヨーロッパの宣教師を通じて、私たち日本人がキリスト教信仰を受け取って、120年余が経過しました。その一世紀にも及ぶ期間に、日本の教会によって育まれた神観が「愛の神」としての「聖書の神」だったのです。宣教師が運んで来たものは、所詮「欧米化したキリスト教」に過ぎませんから、それが日本的な展開をすることは当然の成り行きでした。

そうなった理由の一つに、日本の信徒が牧師たちから、旧約聖書を省いて、新約聖書を中心に読むように教育を受けて来た事実もあるかも知れません。一例を挙げると、随分前に天に召された信徒で、よく教会のために奉仕をされた古河さんという方がいました。弟さんも教団の教会で牧師をしていらっしゃって、根っからのクリスチャン・ホームに育たれた人です。その人が「恥ずかしながら、私は旧約聖書は、ただの1ページも読んだことがないのです」と告白されたことがありました。

戦前の牧師たちは、教会でも神学校でも、専ら新約聖書だけを学ばされたようです。従って、牧師になっても、信徒に旧約聖書を教えることは滅多にありませんでした。この傾向は戦後もしばらくは変わらなかったようです。言わば、牧師の短期養成、信徒の早期入信を促がすため、旧約聖書は端折られていたのです。

ごく近年まで、日本のキリスト教が比較的リベラルで、聖書を一字一句、文字通りに信じる「逐語霊感説」や「ファンダメンタリズム」「原理主義」が影響力を持たなかったのは、旧約聖書を切り捨てた結果だったのかも知れません。新約聖書の場合には、字句そのままを信じても、それ程、周囲との分裂や亀裂を生み出すことはないでしょう。しかし、旧約聖書を逐語的に信じていけば、生物学も歴史学も考古学も否定していかなくてはなりません。もしも、膨大な分量の旧約を短い新約と等価と見なせば、それだけでも、イエス・キリストの生涯と十字架の位置は縮小されていくことでしょう。

ブッシュ大統領がアフガン戦争やイラク戦争の根拠に使用したのも旧約聖書でした。「聖戦」の動機づけに引用するのに便利なのです。そういう状況の中で、非戦という立場から、井上洋治神父が「いっそ、旧約聖書をキリスト教の正典から外そう」という大胆な提言をしたのでした。些か皮肉なことですが、「旧約聖書は読まなくてもよい」という戦前の牧師たちの教えは、ある意味では、見識と言えるかも知れません。

3.神の名前は色々ある

実は、旧約聖書に「主」と訳されているのは、「ヤハウェ」という神の名前です。「神」と訳されているのは、「エール」、もしくは「エロヒーム」という神の名前です。

他にも、「いと高き神」と訳されている「エル・エルヨーン」(創世記14章18〜22節)、「全能の神」と訳されている「エル・シャダイ」(創世記17章1節、49章25節)、「永遠の神」と訳されている「エル・オーラム」(創世記21章33節)等も、本来は、それぞれ別の神の名前だったようです。「エル・シャダイ」はエルサレムの、「エル・オーラム」はベエル・シェバの地域神だったようです。そう言えば、「士師記」9章46節には「エル・べリット」(契約の神)という、シケム人の神の名前が出て来ます。

預言者エリヤの時代に、イスラエルのヤハウェ信仰と対決することになる、カナンの土着神「バアル」も、元々は「主」という意味です。バアルの性質は旧約聖書の「主/ヤハウェ」 の描写にも影響を与えているようです。

よく「聖書の信仰は一神教だ」と言いますが、聖書学的には、それは大きな間違いです。名前が色々あるということは、人種や部族、地域や習慣によって、神観が違っていたということです。そして、神の名前を発音することは、それ自体が信仰告白です。私たちがよく知っている、最も短い信仰告白は「イエス・キリスト」です。これは「イエスこそ、キリスト(救い主)である」という意味です。「神は愛なり」を掲げて「愛の神」をこそ、聖書の証する神と信仰告白する、日本的なキリスト教の展開は、世界全体から見れば、少数派なのかも知れません。しかし、そうであれば、尚のこと、価値あるものだと思います。但し、私たちの信仰が普遍的なものだと思い込んではいけません。多分、そうではないキリスト教も一杯あるのです。


【会報「行人坂」No.235 2007年9月23日発行より】

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2007年03月18日

キリスト教こんにゃく問答 I  「教理問答」 

1.論争はお好き?

とかく、宗教をしている人は論争(ポレミック)が好きです。けれども、私自身は論争が苦手です。教区総会などに出席しても、発言する事はありません。きっと、頭が悪いのでしょう。議事とか会議制とかが得手ではないのです。「論争のための論争」という事も世の中には多く、熱心に自己主張している人を見ると、「それじゃあ、お譲りしますわ」 という気分になってしまうのです。

編集委員会で 「連載を書くように」と仰せ付かりました。しかも、信徒教育の立場から「教理問答を」とのことです。「教理問答」とは、英語で「カテキズム」と言って、キリスト教の信仰、教理(教義)を教えるためのカリキュラムです。古代には、テキスト(書物)ではなくて、口頭で問答することで、教師は入門者に教えたそうです。ギリシア語で「カテケシス」と言って、「教会教育」を意味します。

例えば、パウロは「わたしは他の人たちをも教えるために、教会では異言で一万の言葉を語るより、理性によって五つの言葉を語る方を取ります。」 (コリントの信徒への手紙114章19節) と言っていますが、ここで「教える」 と訳されているのが「カテケシス」です。パウロも教会教育、信徒教育の必要性を痛感していたのです。「キリスト教の信仰や教えを正しく継承していきたい」 という信仰の先達の思いがあったのでしょう。あるいは、他宗教や他宗派からの批判に対しても、「信徒たる者、ちゃんと自らの信仰を弁明できなければ…」という熱意から、教理 (教義) というものが整理され、積み重ねられていったのでしょう。

しかし、西方のキリスト教は論争に傾き過ぎたきらいがあります。「教理問答」が熱心に行なわれるようになったのは、ワルドー派、モラヴィア兄弟団、フス派、ウィクリフ派などの 「分派」 が登場した時代から、宗教改革の時代にかけてなのです。分派 (セクト) が自らの理論武装のために、競い合って 「教理問答集」 を作ったのです。この辺り、安保闘争時代の左翼と似ています。

日本にキリスト教が入って来た戦国時代にも、キリスト教と仏教との宗論(宗教論争)は各地で盛んに行なわれました。1569年(永禄2年)、織田信長の御前宗論では、ザビエルの弟子フロイスが法華宗の朝山日乗を論破したとの記録が残っています。けれども、論破したからと言って、何でしょうか。

2.問いと答え

「問答」と言う以上、「問い」とそれに対する「答え」が用意されています。けれども、現実の信仰生活に「答え」は用意されていません。神さまへの問いかけ、神さまからの問いかけ、自らへの問いかけ、他人への問いかけ…。信仰生活には「問いかけ」があるだけです。厳粛な人生に、安直な答えは相応しくありません。聖書は人生の「虎の巻」ではありません。せいぜい、「考えるためのヒント集」 です。

神さまは、私たちに 「答案用紙に模範解答を書くように」と命じられている訳ではなく、「あなたなりに、精一杯、信仰の人生を生きてみなさい」 と仰っているのです。それは、聖書の様々な物語から始まって、私たち自身の人生や生活の物語に続いているのです。ですから、何か答えを出すことが大切なのではありません。真理を求め続けること、色んな事を考えたり思ったりして、気づいて行くことが大切なのではないでしょうか。たとえ、小さな事でも、アクションを起こして行くことが大切なのです。

時折、キリスト教主義の学校などで、聖書科の教師が生徒たち(多くは未信者)に「旧約聖書39巻、新約聖書27巻」の題名を丸暗記させているという話を耳にします。「うちの学校の生徒たちは、9割方の子が聖書の巻名を正確に覚えています」等と、得々として語る教師を見ると、呆れ果てて溜息が出ます。テストを採点するのには便利でしょうが、大切なのは、教えの心でしょう。多分、イエスさまがお聞きになったら、怒って教壇を引っ繰返すことでしょう。

それでも、「私なりの答え」というものは、少しくらい用意してあった方が、何かと便利かも知れません。しかし、答えが用意されるためには、日頃からの問いかけの姿勢が必要なのです。算数の試験と違って、模範解答のために設問があるのではなく、私たちが問いかけながら生きる姿勢があって、そこに答えが与えられていくのです。つまり、問いかけるのは私たち、答えて下さるのは神さまです。反対に、神さまから問いかけられて、私たちが答えを求められることもあるでしょう。

このような応答関係が信仰生活なのです。いつでも、関係が安定しているはずはありません。夫婦だって、親子だって、波風はあります。相手が神さまなら尚更です。迷ったり、疑ったり、躓いたりしながら、それでも投げないで、諦めないで、しぶとく付き合っていくからこそ、信頼や愛が膨らんでいくのです。

3.こんにゃく問答

 基本的に、私は「無信者」とは論争をしません。せいぜい「負けるが勝ち」 と心得て置きましょう。キリスト者は、神さまから問いかけられ、神さまに問いかける生活をしています。キリスト信者に限らず、本当の宗教者ならば、そのような問いかけを有しています。映画を見ない人、映画の嫌いな人と、映画の話をすることはありません。同じように、宗教に何の関心も興味もない人と議論しても詮なきことです。

三笑亭夢楽の落語に 「こんにゃく問答」 というのがあります。ひょんな行き掛かりから、こんにゃく屋の六兵衛さんが和尚に化けて、永平寺の修行僧、沙弥托善と禅問答をする羽目になってしまいます。問答は、両者の誤解から、六兵衛さんの圧勝に終わります。六兵衛はこんにゃくを売る話をしていたのですが、相手の僧は仏教の奥義について論じていると誤解してしまっていたのです。

そう言えば、昔、同じような内容の映画を見たことがあります。1979年のアメリカ映画「チャンス」(Beeing There)です。無学な庭師の言うことを、政界の大立者や大統領までが受け入れていくのです。主人公は単なる庭師に過ぎません。彼は庭の話をしているだけなのですが、政治家たちは、それを政治や経済の隠喩と誤解してしまうのです。しかし、キリスト教のシンボリズム (象徴学) に詳しい人なら、「庭師」がキリストを表わしていることは、すぐに察しが付きます。

行き掛かり上、私も牧師になってしまいました。ですから、差し詰め、こんにゃく屋の六兵衛のような者ではないかと、自分では思っています。私自身は「庭師」ではなく「こんにゃく屋」に過ぎません。きっと、私には、世間一般の立派な牧師のように「教理問答」は出来ません。けれども、六兵衛が化けた偽和尚のように「こんにゃく問答」は出来るでしょう。これから、そういう連載をしてみたいと思っています。


【会報「行人坂」No.234 2007年3月18日発行より】

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