日本キリスト教団 行人坂教会

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キリスト教こんにゃく問答U「神観」
(行人坂教会 at 09/23 07:10)
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約聖書に「主」と訳されているのは、「ヤハウェ」という神の名前です。「神」と訳されているのは、「エール」、もしくは「エロヒーム」という神の名前です。他にも、「いと高き神」と訳されている「エル・エルヨーン」(創世記14章18〜22節)、「全能の神」と訳されている「エル・シャダイ」(創世記17章1節、49章25節)、「永遠の神」と訳されている「エル・オーラム」(創世記21章33節)等も、本来は、それぞれ別の神の名前だったようです。「エル・シャダイ」はエルサレムの、「エル・オーラム」はベエル・シェバの地域神だったようです。そう言えば、「士師記」9章46節には「エル・べリット」(契約の神)という、シケム人の神の名前が出て来ます。預言者エリヤの時代に、イスラエルのヤハウェ信仰と対決することになる、カナンの土着神「バアル」も、元々は「主」という意味です。バアルの性質は旧約聖書の「主/ヤハウェ」 の描写にも影響を与えているようです。よく「聖書の信仰は一神教だ」と言いますが、聖書学的には、それは大きな間違いです。名前が色々あるということは、人種や部族、地域や習慣によって、神観が違っていたということです。そして、神の名前を発音することは、それ自体が信仰告白です。私たちがよく知っている、最も短い信仰告白は「イエス・キリスト」です。これは「イエスこそ、キリスト(救い主)である」という意味です。「神は愛なり」を掲げて「愛の神」をこそ、聖書の証する神と信仰告白する、日本的なキリスト教の展開は、世界全体から見れば、少数派なのかも知れません。しかし、そうであれば、尚のこと、価値あるものだと思います。但し、私たちの信仰が普遍的なものだと思い込んではいけません。多分、そうではないキリスト教も一杯あるのです。
【会報「行人坂」No.235 2007年9月23日発行より】
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