行人坂教会 公式サイト ご案内

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それでは、どうぞご覧下さい。なお、以下は最近の記事です。


2019年05月26日

黒いペンテコステ

1.告発歌曲

クラシック音楽ファンならば、エドワード・エルガー、マイケル・ティペット、ベンジャミン・ブリテン等の20世紀英国を代表する作曲家の名前は知っているはずです。

エルガーと言えば、行進曲「威風堂々」(Pomp and Circumstance)、アニメやドラマになった『のだめカンタービレ』に使用された「ヴァイオリン・ソナタ ホ短調」、ピアノの発表会で弾かれることも多い「愛の挨拶」(Salut d’amour)で知られています。また、ブリテンと言えば、「青少年のための管弦楽入門」(The Young Person’s Guide to the Orchestra)、能の「隅田川」を翻案した歌劇「カーリュー・リヴァー」(Curlew River)、圧倒的なスケールの「戦争レクイエム」(War Requiem)が有名です。ティペットは、前者2人には知名度で及びませんが、ナチスのユダヤ人迫害に抗議して作曲されたオラトリオ「われらの時代の子」(A Child of Our Time)があります。

このエルガー、ティペット、ブリテンの後継者がピーター・マックスウェル・デイヴィス(1934〜2016)です。彼の作品に「黒いペンテコステ」(Black Pentecost)という歌曲があるのです。メゾソプラノ+バリトンとオーケストラによる4部構成の作品です。マックスウェル・デイヴィスは音楽家として絶頂期にあった頃、ロンドンを離れて、スコットランドのオークニー諸島へ移住、終生そこに暮らしました。

マックスウェル・デイヴィスは、1979年、オークニー諸島出身の詩人にして作家、ジョージ・マッカイ・ブラウン(1921〜1996)と親交を結び、彼の『グリーンヴォー』(Greenvoe/「緑の入り江」とでも訳したら良いのでしょうか)という小説(1971年)をテクストにして、上記の歌曲を作曲しました。

2.環境汚染

この作品は、1960年代末から70年代の初め、英国の軍産複合体がオークニー諸島に「黒星作戦/Operation Black Star」というプロジェクト名で、巨大な石油コンビナートを建設した結果、深刻な環境汚染が引き起こされたことを告発したものです。私は「黒星作戦」のことは何も知らないのですが、想像するに、恐らく、北海油田の基地として建設されたのではないでしょうか。

マックスウェル・デイヴィスには、ウラン鉱山の採掘による環境汚染を、ミュージカル風に告発した「イエローケーキ」(Yellow Cake Revue)という作品もあります。英国の名女優、エレノア・ブロンが主役を演じたそうです。

「イエローケーキ」と言うと、「くまのプーさん」の「蜂蜜ケーキ」を思わせる美味しそうな名前ですが、実は、ウラン鉱石精製過程の濾過液から得られるウラン含有の高い粉末のことです。今年4月、東京都内の男子高校生が高性能爆薬「四硝酸エリスリトール/ETN」を製造、所持していたことで書類送検されました。「ETN」はプラスチック爆弾として知られる「ペンスリット」と似た爆薬です。しかも、彼はインターネットでウランを購入、精製した「イエローケーキ」をオークションサイトに出品していたのです。昨年8月、19歳の大学生が高性能爆薬「過酸化アセトン/APEX」を作って検挙されたのですが、その関連で、今年に入ってから「イエローケーキ」高校生も書類送検されたのです。驚くべきことに、高校生が放射性物質を製造販売していたのです。

因みに「過酸化アセトン」は「サタンの母/Mother of Satan」とも呼ばれ、各地のテロ事件(2015年パリ、16年ブリュッセル、17年マンチェスター:アリアナ・グランデのコンサート、19年復活日のスリランカ等)に使用されています。

さて、マッカイ・ブラウンの詩「黒い天使たち/Black Angels」の最後に「黒いペンテコステ/Black Pentecost」という語が出て来るのです。「今こそ、凍える天使たちよ/黒いペンテコステの狂騒と燃え殻から/谷間を守り給え」。原詩は「Now,cold angels,/keep the valley from the bedlam and cinders of a Black Pentecost」となっています。

ペンテコステのイメージカラーは「炎の舌」の赤です。もしくは、聖霊による洗礼の白です。米国では、ペンテコステを「Whitsunday/ホイットサンディ」と言います。「ホワイト・サンディ/白い日曜日」のことです。特に浸礼(全身ドブンッと洗礼槽に漬かる)の伝統を守る教会において、ペンテコステに受洗志願者たちが「白い衣」を着て、式に臨んだことから来ているのです。そうしてみると、「黒いペンテコステ」の黒は、重油による海洋汚染を示すことで、神の創造された自然を汚す人間たちの欲望を告発していることが分かります。

3.聖霊冒瀆

「はっきり言っておく。人の子らが犯す罪やどんな冒瀆の言葉も、すべて赦される。しかし、聖霊を冒瀆する者は永遠に赦されず、永遠に罪の責めを負う」(マルコによる福音書3章28〜29節)。「マタイによる福音書」の並行文では「人の子に言い逆らう者は赦される。しかし、聖霊に言い逆らう者は、この世でも後の世でも赦されることがない」と付け加えられています。また「ルカによる福音書」12章10節には「人の子の悪口を言う者は皆赦される。しかし、聖霊を冒瀆する者は赦されない」と言われています。

イエスさまの悪口を言う者ですら赦されるが、聖霊に対する冒瀆(悪口、呪い、誹謗中傷、侮辱、汚し)は赦されないと、主は仰るのです。勿論、聖霊を自己目的(商売、組織拡大)に利用しようとする輩などは一溜まりもありません。

どうして聖霊の冒瀆は赦されないのか、私たち人間には分かりません。ただ、何となく、ペンテコステを迎えるに当たり、「黒いペンテコステ」の楽曲を思い出したのです。そして、この世には、赦されない罪というものも確かにあるのでは無いかと思ったのでした。

牧師 朝日研一朗

【2019年6月の月報より】

posted by 行人坂教会 at 06:00 | ┣会報巻頭言など

2019年05月21日

5月第4主日礼拝

       5月26日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 聖なる者となれ=@音楽       朝日研一朗牧師
聖  書  レビ記 19章1〜18節(p.191)
讃 美 歌  27、36、490、50、421、28
交読詩編  詩編102編13〜19節(p.114)

・讃美歌練習(6月の月歌:339)   礼拝後    礼拝堂

・・・当日の音声録音を聴く
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2019年05月20日

ぼんやりと見えます【マルコ8:22〜26】

聖句「すると、盲人は見えるようになって、言った。『人が見えます。木のようですが、歩いているのが分かります。』」(8:24)

1.《チコちゃん》 人気番組「チコちゃんに叱られる」では、質問に答えられない回答者に向かって、5歳児のチコちゃんが「ボーッと生きてんじゃねぇよ!」と喝を入れます。しかし、認知神経学の立場からすると、ぼんやりしている時にこそ、人は自己中心の世界から脱却して、他者に共感したり、社会的視点を獲得したり、物語を紡いだり、発見や発明をするのです。「ボーッとしている」状態は人が人として生きるために絶対に必要な時間なのです。

2.《ぼんやりと》 パウロは「愛の賛歌」の中で「私たちは今は、鏡に朧に映ったものを見ている」と言いました。「朧」は「ぼんやり」、ギリシア語の「アイニグマ/謎」という語です。近現代と違い、古代の鏡は銅と錫の合金、もしくは水鏡です。ぼんやりとしか見えないのです。また、神さまの御心は、この世に生きる私たちにとっては「謎」でしかありません。私たちが「はっきり」知るのは、恐らく天国に行った時でしょう。私たちには、はっきりと見えない、「ぼんやり」で良いのです。信仰も愛も希望も見えるものではないからです。

3.《はっきりと》 イエスさまはベトサイダの盲人を村の外に連れ出して、癒しの御業を行なわれますが、彼の視力は完全に回復しません。「人」が「木」のように見える。「歩いている」から「人」だろうと言うのです。そこで再び主は彼の目に両手を置いて癒されるのです。祈りの反復の大切さを思います。イエスさまですら何度も手当てをして下さるのです。私たちも繰り返し祈りましょう。私たちは人間や世界、物事が明確に見えている訳ではありません。況して、神さまの御心など知る由もありません。でも、それで良いのです。神さまの御心は遥かに高く、その御思いは底知れず深いのですから。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 20:53 | 毎週の講壇から

2019年05月18日

旭日亭菜単(続き)その51

  • 「プリニウス」第8巻(ヤマザキマリ+とり・みき作、新潮社)
    本作を連載していた「新潮45」が休刊に成って心配していましたが、何とか続きを読むことが出来るようです。前回の大ピラミッドに続き、アレクサンドリアの灯台と図書館、クレタ島の迷宮(ミノタウロスも)、ロドス島の巨像が描かれていて、絵的には大きな見せ場に成っています。物語の見せ場の方は、専らネロ帝を巡るローマの陰謀譚が担当しています。大抵、ネロの悪行の原因とされている皇妃ポッパエアを、病的な夫に献身する女性として描き、ティゲッリヌスが大悪人として描かれています。そして、あの「サテュリコン」のペトロニウスも一場面、ティゲッリヌス関連で登場しています。
  • 「霊能者列伝」(田中貢太郎著、河出書房新社)
    最初に、丸山教の伊藤六郎兵衛、金光教の川手文治郎、大本教の出口直、黒住教の黒住宗忠と、江戸末期から明治初期に生きた4人の新興宗教の教祖が採り上げられています(どうして、天理教の中山みきが無いのでしょうか)。金光教は、金神(こんじん)の祟りによる不幸で始まりながら、後年、教祖川手は方位や呪(まじな)い、穢れ等を一切否定してしまう程の変わりよう、これには興味を持ちました。後半は、所謂「教祖」に分類できない人たち5人が採り上げられます。「日本のラスプーチン」飯野吉三郎の評伝には、ジョージ・ノックス(明治学院)、植村正久、本多庸一(青山学院)、巌本善治(明治女学校)、津田仙(津田塾)、押川方義(東北学院)、根本正(東京禁酒会)等、明治期の基督者たちの錚々たる顔ぶれも言及されていてビックリ。零落して、世間から見放された「メシヤ仏陀」宮崎虎之助の生前葬の招待を受けて、羽織袴姿で頭山満(玄洋社)が出席する辺り感動的です。頭山が金玉均(キム・オッキュン)への支援を最後まで続けた逸話なども思い出されます。生きながら神仙界に移された河野久の評伝は幻想小説さながらです。
  • 「夜は千の目を持つ」(ウィリアム・アイリッシュ著、村上博基訳、創元推理文庫)
    この作品、映画化されて日本でも公開されているのですが、評判は芳しくありません。主題歌(バディー・バーニア作曲、ジェリー・ブレイニン作詞、ボビー・ヴィー歌)だけが、ジョン・コルトレーンやソニー・ロリンズ、ホーレス・シルヴァーらに採り上げられて、ジャズの名曲として生き残っています。曲は知っていたのですが、原作を読むのは初めてです。身投げしようとする娘を、夜の川べり散歩を趣味にしている刑事が助けたことから事件が発覚するのですが、彼女の「告白」部分には圧倒されました。これだけで立派な短編小説です。そこから間髪を入れず「捜査活動のはじまり」に切り替わる大胆な構成。事件の鍵を握るのは、的中率百%の「予言者」、幻想小説の一歩手前で踏み止まる(推理作家としての)著者の矜持を思います。猛獣(ライオン)が「死の宣告」に絡んで来るのは、前回読んだ「黒いアリバイ」の黒豹と似ていますね。
  • 「聖遺物崇敬の心性史/西洋中世の聖性と造形」(秋山聰著、講談社学術文庫)
    「聖人ないし聖遺物は、いわば神がその力を地上で行使するためのメディア(媒体)だった」と定義されています。聖遺物の「ウィルトス/virtus/力」はウィールス(virus)のように感染力を持っていて、それに見たり触れたりした人々を癒したり、近接する物や場に霊力を与えたりするのです。フリードリヒ賢明公のヴィッテンベルク聖遺物コレクションの殆どが散逸する中、唯一、聖エリザベートのグラスだけが現存しているのですが、それは聖遺物を崇敬しないルターが自分のビールグラスにしていたからという皮肉。更には、そのルター当人もまた、デスマスクや手形を取られて、蝋人形のように展示されて、ルター教徒の崇敬の対象にされていたという皮肉。巻末の「注」まで楽しめる本でした。
  • 「夢の本」(ホルへ・ルイス・ボルヘス著、堀内研二訳、河出文庫)
    西は「ギルガメシュ叙事詩」から東は「荘子の夢」まで、古今東西の夢の話を集めてあります。それにしても「ヨセフの夢に現われた主の使」で「彼女の胎内にあるものは精霊による」と成っているのは如何なものでしょうか。たとえ原典が「Espíritu」とだけ書いてあったとしても(「Santo」が抜けていても)、ここは「聖霊」と訳すべきではあるまいか。訳者自身が「本書翻訳の過程で、原書からの直接訳を参照すべく、大学図書館の書庫の中の、ふだんはほとんど訪れることのない聖書関係の書架、…文学等の書架をしばしば訪れた」と「あとがき」に記しているだけに訝しく思われます。それはともかく、フランシスコ・デ・ケベードの「最後の審判の夢」が笑えます。何しろ、マホメットとルターとユダとが一緒に地獄をマヨマヨしているのですから。
  • 「ゴールデンカムイ」第17巻(野田サトル作、集英社)
    尾形百之助が樺太国境線を越えた時から、いずれ出て来ると思っていました、日露スナイパー対決が巻頭を飾ります。同時に爆弾屋キロランケの過去も開陳されて、構成と展開に破綻がありません。これだけのヒットマンガですから(テレビアニメ化も続いているし)、今や、かなり手堅いスタッフによるチームワークに成っていると見ました。「山猫」は「狙撃手」と「芸者の子」の二重の意味を持つ隠語です。そこに、さり気なく「メコオヤシ/オオヤマネコ」を登場させたりするのです。
posted by 行人坂教会 at 15:03 | 牧師の書斎から

2019年05月14日

5月第3主日礼拝

       5月19日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 ぼんやりと見えます=@音楽     朝日研一朗牧師
聖  書  マルコによる福音書 8章22〜26節(p.77)
讃 美 歌  27、36、490、446、317(1〜5)、28
交読詩編  詩編102編13〜19節(p.114)

・・・当日の音声録音を聴く
posted by 行人坂教会 at 06:00 | 毎週の礼拝案内

2019年05月13日

すがりつく信仰【ルカ8:40〜56】

聖句「この女が近寄って来て、後ろからイエスの服の房に触れると、直ちに出血が止まった。」(8:44)

1.《タッチとタッグ》 キリスト教美術には「ノリ・メ・タンゲレ/私に触れるな」という主題があります。イエスさまがマグダラのマリアに復活のお姿を顕わされた場面を描いています。「タンゲレ」はラテン語の「タンゴー/触れる」という動詞で、英語の「タッチ」です。また「タグ/下げ札、値札」や「タッグ/鬼ごっこ、プロレスのタッグマッチ」の語源でもあります。

2.《主の心に触れる》 イエスさまがマリアの接触を拒否されたのは、復活して霊の体に成っているので、肉の体を持つ者が触って汚してはならないと、神秘主義的な説明をする人もいます(シュタイナー)。しかし、それでは、トマスの前に顕われた主が「触ってみなさい」と仰ったことと矛盾します。主が復活された以上、もはや私たちが身体的接触を求める必要は無いのです。イエスさまと繋がるのは心と心の絆によるのです(ズンデル)。「触ってはいけない」は、単なる禁止や制限、タブーではありません。「触れずに信じる人は幸い」なのです。

3.《ただ信じなさい》 「ヤイロの娘とイエスの服に触れる女」の記事は2つの事件が重なり合って構成されていてドラマチックです。しかし、物語作者の作為やドラマツルギーによるのではありません。同じ福音が述べられているのです。長血の女が癒されたのは、主の御衣ではなく、御心に触れたからです。それを「信仰」と言います。私たちは皆「信仰」によって救われるのです。「信仰」は私たち自身の「真実」であり、私たちが「主の真実なることに思いを致すこと」です。御心に触れる者を、イエスさまは救って下さいます。その時、イエスさまがタッグを組んで、人生という舞台を共に闘って下さるのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 19:52 | 毎週の講壇から

2019年05月12日

母の日

母の日にカーネーションを飾りました。

20190512母の日にカーネーションを
posted by 行人坂教会 at 16:29 | 教会アルバム