行人坂教会 公式サイト ご案内

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 教会へのアクセス・・・当教会への交通、付近の地図、連絡先です。
牧師ご挨拶・・・・・・・当教会牧師のご紹介で、本人のプロフィールもあります。
牧師の書斎から・・・・・当教会牧師のメッセージ、記事を集めています。
 会報巻頭言など・・・・当教会会報「行人坂」に掲載された牧師のメッセージ集です。
 こんにゃく問答・・・・同じく、会報「行人坂」に掲載された教理問答集です。
教会からのお知らせ・・・各種イベント(イースター、クリスマス諸行事、バザーなど)のご案内です。
毎週の礼拝案内・・・・・毎週の主日礼拝のご案内(概要)があります。
      *最新情報*礼拝終了後は当日の音声録音を聴くことができます
毎週の講壇から・・・・・毎週の主日礼拝での説教の要約をまとめてあります。
教会アルバム・・・・・・当教会で過去開催された行事の写真集です。
オリジナル賛美歌など・・当教会の会員有志が作成したオリジナル賛美歌をご紹介します。
リンク・・・・・・・・・日本キリスト教団他の関連サイトへのリンク集です。

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それでは、どうぞご覧下さい。なお、以下は最近の記事です。


2019年06月18日

6月第4主日礼拝

       6月23日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 聴く耳はあるのか=@       朝日研一朗牧師
聖  書  ルカによる福音書 8章4〜10節(p.118)
讃 美 歌  27、339、490、53、577、29
交読詩編  詩編33編4〜11節(p.38)

・讃美歌練習(7月の月歌:86番)   礼拝後     礼拝堂

posted by 行人坂教会 at 06:00 | 毎週の礼拝案内

2019年06月17日

冬があるから花は咲く【イザヤ35:1〜2】

聖句「荒れ野よ、荒れ地よ、喜び躍れ。砂漠よ、喜び、花を咲かせよ 野ばらの花を一面に咲かせよ。」(35:1)

1.《飼い犬の死》 日本の昔話「花咲か爺さん」を御存知でしょう。心の優しい老夫婦が飼い犬の示す所を掘ってみたら、大判小判が出て来ます。隣家の意地悪な老夫婦が犬を借り受け、同じように掘りますが、出るのは瓦や瀬戸片ばかり。無残にも犬は殺されますが、犬の墓の傍らに植えた木が成長して、それで臼を作り、老夫婦が餅を搗くと宝物が出て来ます。意地悪夫婦が同じことをすると汚物が出て来ます。彼らは臼を焚き付けにして灰にしてしまうのです。

2.《塵と灰から》 老夫婦が灰を集めて帰って来ると、夢に犬が現われ、「桜の枯れ木に灰を撒け」と言います。爺さんが灰を撒くと枯れ木が蘇り、花咲き、通り掛かりの殿様から褒美を貰います。死んだ愛犬の遺体が木に、臼に、灰に生まれ変わるのです。そして、その灰が死んだ桜を蘇らせて花を咲かせるのです。灰は死んでしまった大切な誰かです。大切な人を喪った悲しみのシンボルです。けれども、その悲しみの灰が次に新しい命を与えてくれるのです。命は塵と灰から生まれます。本当の命は悲しみの中から生まれるのです。

3.《薔薇の名前》 聖書の神さまは、まるで「花咲か爺さん」です。半世紀もバビロンに捕らわれていた民が故国に帰還する、その旅路を、花を飾って、喜び迎えて下さるのです。花は喜びや悲しみの共感を示すのです。「野ばら」と訳されていますが、サフラン、クロッカス、水仙、百合とも訳されます。球根植物も種から始まります。種から育てると開花までに数年かかります。絵本作家のターシャ・テューダーは「冷たい冬があるから、美しい花が咲くのよ」と言います。私たちの人生にも凍える冬の季節、灰と塵に塗れて悲しみに沈む日があります。しかし、だからこそ、新しい命に目覚める日が来るのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 20:54 | 毎週の礼拝案内

2019年06月11日

6月第3主日礼拝(子どもの日・花の日)

       6月16日(日) 午前10時30分〜11時30分
説  教 冬があるから花は咲く=@音楽    朝日研一朗牧師
聖  書  イザヤ書 35章1〜2節(p.1116)
讃 美 歌  27、339、62、U26、173、29
交 読 文 

・・・当日の音声録音を聴く
posted by 行人坂教会 at 06:00 | 毎週の礼拝案内

2019年06月10日

孤児の叫びに応える霊【ヨハネ14:15〜24】

聖句「わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたのところに戻って来る。」(14:18)

1.《あしなが》 昭和30年代には、交通事故死者数が年間1万人を超えて「交通戦争」と呼ばれました。そんな中で「交通遺児支援あしなが運動」を始めたのが玉井義臣と岡嶋信治のお二人です。お二人の家族も暴走車や酔っ払い運転の犠牲に成っているのです。現在「あしなが育英会」は、病気や災害、自死によって親を亡くした子どもたちを肌理細やかに援助する活動を展開しています。

2.《孤児物語》 「あしなが」とは、ウェブスターの児童文学『あしながおじさん』から来ています。思えば、19〜20世紀の児童文学は「孤児文学」でもあったのです。『アルプスの少女ハイジ』『赤毛のアン』『秘密の花園』『小公女』『トム・ソーヤーの冒険』『オリバー・ツイスト』…『ハリー・ポッター』シリーズに至るまで、主人公は皆、親を亡くした子どもたちです。Ch・ブロンテの『ジェーン・エア』も孤児です。『レ・ミゼラブル』のコゼットも、孤児として虐待されているのをジャン・ヴァルジャンに救い出されるのでした。

3.《愛する霊》 ペンテコステは「聖霊降臨節」ですが、私たち自身も、聖霊についてはよく分からないのです。むしろ、正直に「よく分からない」と言うべきなのです。神の御心を何もかも分かっているかのように嘯く者の方が、却って不敬虔です。よく分からないからこそ、信じるのです。イエスさまは弟子たちに、聖霊(パラクレートス/助け手、慰め手、弁護者)を送って、「あなたがたを孤児のままに捨て置かない」と約束なさいました。つまり、ネグレクト(育児放棄や虐待、愛さないこと)の反対なのです。孤児(寄る辺ない思いに苦しむ者)を受けて入れて、我が子として愛することです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 23:15 | 毎週の講壇から

ペンテコステ礼拝

ペンテコステ礼拝です。

20190610ペンテコステ礼拝
posted by 行人坂教会 at 15:00 | 教会アルバム

2019年06月04日

ペンテコステ(聖霊降臨日)礼拝

       6月 9日(日) 午前10時30分〜11時40分
説  教 孤児の叫びに応える霊=@音楽    朝日研一朗牧師
聖  書  ヨハネによる福音書 14章15〜24節(p.197)
讃 美 歌  27、339、490、341、352、80、29
交読詩編  詩編33編4〜11節(p.38)

・ペンテコステ愛餐会     礼拝後       階下ホール
 メニュー:鉄板焼きそば、会費:無料(カンパ大歓迎)

・・・当日の音声録音を聴く
posted by 行人坂教会 at 06:00 | 毎週の礼拝案内

2019年06月03日

す巻きにして海に沈めろ!【マルコ9:42〜50】

聖句「わたしを信じるこれらの小さな者の一人をつまずかせる者は、大きな石臼を首に懸けられて、海に投げ込まれてしまう方がはるかによい。」(9:42)

1.《コンクリ》 東京湾には、コンクリで固めて沈められた死体が多数あるという都市伝説があります。今でも、死体をセメントで固めて海に沈めて遺棄しようとする犯罪者がいる(尼崎事件)のは事実です。戦前のヤクザ、博奕打ちの世界では「す巻きにして」川や海の中に放り込む習慣がありました。吉原の女郎も掟を破ると、殺された後、荒菰で巻かれて浄閑寺の境内に投げ込まれました。中学生がマットで巻かれて圧死した事件(山形圧死事件)もありました。

2.《身体刑罰》 今から2千年前の中東という時代状況を考えると、ここに語られているのは、単なる譬えではなく、実際に存在した刑罰や処刑法ではないでしょうか。国や地域によっては、今でも窃盗犯に「断手刑/手切り」が行なわれているようです。古代中国では、逃亡罪と偽証罪に「臏刑/足切り」が適用されました。神殿や宮殿の不法侵入者、姦通した女性に「抉眼」を行なった記録もあります。西欧の人権団体は身体刑を「拷問」として反対しますが、公開処刑や身体刑が犯罪抑止力に繋がると信じる人たちは今も存在しているのです。

3.《小さな者》 旧約聖書の世界では、身体に欠損のある者は神殿や聖所に入ることを許されませんでした。神は完全な御方であるから、不完全な者は立ち入るべきではないとされたのです。しかし、イエスさまは「たとえ片手、片足、片目になっても天国に入ることが出来る」と主張されているのです。むしろ、天国に入れないのは、身体障碍のある人たちを差別排除する者たちです。「つまずかせる」とは、障碍を理由にして「信じる者の邪魔をする」ことです。それと共に、イエスさまは、私たち自身もまた「小さな者(ミクロン、神の子ども)の一人」とされていることに気付かせてくださるのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 20:50 | 毎週の講壇から

2019年05月28日

6月第1主日礼拝(アジア・エキュメニカル週間)

       6月 2日(日) 午前10時30分〜11時50分
説  教 す巻きにして海に沈めろ!音楽   朝日研一朗牧師
聖  書  マルコによる福音書 9章42〜50節(p.80)
讃 美 歌  27、339、490、238、409、79、29
交読詩編  詩編33編4〜11節(p.38)

・・・当日の音声録音を聴く
posted by 行人坂教会 at 06:00 | 毎週の礼拝案内

2019年05月27日

聖なる者となれ【レビ19:1〜18】

聖句「あなたたちは聖なる者となりなさい。あなたたちの神、主であるわたしは聖なる者である。」(19:2)

1.《殿堂入り認定》 「聖者、聖人」と言うと、マザー・テレサを思い浮かべる人が多いでしょう。実際、2016年に彼女はローマ教皇庁から列聖されています。20世紀には、シュヴァイツァー、ガンディー、賀川豊彦が「世界三聖人」と謳われた時代がありました。特に賀川は米国のワシントン大聖堂に彫像が設置されており、殆ど野球やゴルフの「殿堂入り」を思わせます。この「名誉の殿堂」という顕彰の習慣は、カトリック教会の列聖の世俗化したものでしょう。

2.《聖徒の交わり》 キリスト教史上初の聖者は、十字架の強盗ディスマスとされています。教皇庁などの認定ではなく、主御自身が「今日あなたは私と共に楽園にいる」と宣言されたのです。カルヴァンが聖人崇敬を偶像礼拝と否定して以来、その流れを汲むプロテスタント諸教派では、全てのクリスチャンは「聖徒」とされています。事実、聖書によれば「聖なる」は、人間の道徳的特性(功徳)を言うものではありません。真に「聖なる」のは独り神御自身のみです。神の義と聖と贖いによって結ばれた仲間(ともがら)が「聖徒」なのです。

3.《神の民として》 主が「あなたがたは聖なる者」と宣言されたのも「会衆」です。個人としての「聖者」は存在しません。呼び掛けに応えて集まった「聖徒」が存在するだけです。主が「聖なる者」だから、会衆も「聖徒」とされるのです。「聖なる者となれ」「聖なる者とならなければならない」と訳されますが、命令でも強制でもなく、本来は「私が聖なんだから、聖なるはずだよ」とのエールではなかったでしょうか。「聖」とは「清」ではなく「取って置き」の意味です。この後に続く律法も規則ではなく、況してや救いの条件でもなく、聖徒(神の民)として生きるための日々の実践が語られているのです。

朝日研一朗牧師

posted by 行人坂教会 at 10:52 | 毎週の礼拝案内

2019年05月26日

黒いペンテコステ

1.告発歌曲

クラシック音楽ファンならば、エドワード・エルガー、マイケル・ティペット、ベンジャミン・ブリテン等の20世紀英国を代表する作曲家の名前は知っているはずです。

エルガーと言えば、行進曲「威風堂々」(Pomp and Circumstance)、アニメやドラマになった『のだめカンタービレ』に使用された「ヴァイオリン・ソナタ ホ短調」、ピアノの発表会で弾かれることも多い「愛の挨拶」(Salut d’amour)で知られています。また、ブリテンと言えば、「青少年のための管弦楽入門」(The Young Person’s Guide to the Orchestra)、能の「隅田川」を翻案した歌劇「カーリュー・リヴァー」(Curlew River)、圧倒的なスケールの「戦争レクイエム」(War Requiem)が有名です。ティペットは、前者2人には知名度で及びませんが、ナチスのユダヤ人迫害に抗議して作曲されたオラトリオ「われらの時代の子」(A Child of Our Time)があります。

このエルガー、ティペット、ブリテンの後継者がピーター・マックスウェル・デイヴィス(1934〜2016)です。彼の作品に「黒いペンテコステ」(Black Pentecost)という歌曲があるのです。メゾソプラノ+バリトンとオーケストラによる4部構成の作品です。マックスウェル・デイヴィスは音楽家として絶頂期にあった頃、ロンドンを離れて、スコットランドのオークニー諸島へ移住、終生そこに暮らしました。

マックスウェル・デイヴィスは、1979年、オークニー諸島出身の詩人にして作家、ジョージ・マッカイ・ブラウン(1921〜1996)と親交を結び、彼の『グリーンヴォー』(Greenvoe/「緑の入り江」とでも訳したら良いのでしょうか)という小説(1971年)をテクストにして、上記の歌曲を作曲しました。

2.環境汚染

この作品は、1960年代末から70年代の初め、英国の軍産複合体がオークニー諸島に「黒星作戦/Operation Black Star」というプロジェクト名で、巨大な石油コンビナートを建設した結果、深刻な環境汚染が引き起こされたことを告発したものです。私は「黒星作戦」のことは何も知らないのですが、想像するに、恐らく、北海油田の基地として建設されたのではないでしょうか。

マックスウェル・デイヴィスには、ウラン鉱山の採掘による環境汚染を、ミュージカル風に告発した「イエローケーキ」(Yellow Cake Revue)という作品もあります。英国の名女優、エレノア・ブロンが主役を演じたそうです。

「イエローケーキ」と言うと、「くまのプーさん」の「蜂蜜ケーキ」を思わせる美味しそうな名前ですが、実は、ウラン鉱石精製過程の濾過液から得られるウラン含有の高い粉末のことです。今年4月、東京都内の男子高校生が高性能爆薬「四硝酸エリスリトール/ETN」を製造、所持していたことで書類送検されました。「ETN」はプラスチック爆弾として知られる「ペンスリット」と似た爆薬です。しかも、彼はインターネットでウランを購入、精製した「イエローケーキ」をオークションサイトに出品していたのです。昨年8月、19歳の大学生が高性能爆薬「過酸化アセトン/APEX」を作って検挙されたのですが、その関連で、今年に入ってから「イエローケーキ」高校生も書類送検されたのです。驚くべきことに、高校生が放射性物質を製造販売していたのです。

因みに「過酸化アセトン」は「サタンの母/Mother of Satan」とも呼ばれ、各地のテロ事件(2015年パリ、16年ブリュッセル、17年マンチェスター:アリアナ・グランデのコンサート、19年復活日のスリランカ等)に使用されています。

さて、マッカイ・ブラウンの詩「黒い天使たち/Black Angels」の最後に「黒いペンテコステ/Black Pentecost」という語が出て来るのです。「今こそ、凍える天使たちよ/黒いペンテコステの狂騒と燃え殻から/谷間を守り給え」。原詩は「Now,cold angels,/keep the valley from the bedlam and cinders of a Black Pentecost」となっています。

ペンテコステのイメージカラーは「炎の舌」の赤です。もしくは、聖霊による洗礼の白です。米国では、ペンテコステを「Whitsunday/ホイットサンディ」と言います。「ホワイト・サンディ/白い日曜日」のことです。特に浸礼(全身ドブンッと洗礼槽に漬かる)の伝統を守る教会において、ペンテコステに受洗志願者たちが「白い衣」を着て、式に臨んだことから来ているのです。そうしてみると、「黒いペンテコステ」の黒は、重油による海洋汚染を示すことで、神の創造された自然を汚す人間たちの欲望を告発していることが分かります。

3.聖霊冒瀆

「はっきり言っておく。人の子らが犯す罪やどんな冒瀆の言葉も、すべて赦される。しかし、聖霊を冒瀆する者は永遠に赦されず、永遠に罪の責めを負う」(マルコによる福音書3章28〜29節)。「マタイによる福音書」の並行文では「人の子に言い逆らう者は赦される。しかし、聖霊に言い逆らう者は、この世でも後の世でも赦されることがない」と付け加えられています。また「ルカによる福音書」12章10節には「人の子の悪口を言う者は皆赦される。しかし、聖霊を冒瀆する者は赦されない」と言われています。

イエスさまの悪口を言う者ですら赦されるが、聖霊に対する冒瀆(悪口、呪い、誹謗中傷、侮辱、汚し)は赦されないと、主は仰るのです。勿論、聖霊を自己目的(商売、組織拡大)に利用しようとする輩などは一溜まりもありません。

どうして聖霊の冒瀆は赦されないのか、私たち人間には分かりません。ただ、何となく、ペンテコステを迎えるに当たり、「黒いペンテコステ」の楽曲を思い出したのです。そして、この世には、赦されない罪というものも確かにあるのでは無いかと思ったのでした。

牧師 朝日研一朗

【2019年6月の月報より】

posted by 行人坂教会 at 06:00 | ┣会報巻頭言など