くじびきの衣

受難節第5主日、私たちは5本目のろうそくの火が消えるのを見ながら、イエス・キリストが歩んだ十字架の道を心に思い描きます。詩編22篇は「わが神、なぜ私をお見捨てになるのか」という叫びで始まり、神の沈黙の中での深い孤独が描かれています。この詩はメシアや贖いについて直接語りませんが、イエスの受難と重ねられ、預言として受けとめられてきました。

イエスの十字架の苦しみを象徴する三つの場面に注目します。第一に、兵士たちがイエスの下着をくじで分け合った場面。これは詩編22:18の成就であり、神の前に立ちながらイエスを見失う人間の愚かさを象徴しています。第二に、イエスの「渇く」という叫びと、ヒソプにしみ込ませたぶどう酒が与えられた場面。ヒソプは出エジプトの過越の儀式に用いられた植物であり、イエスが過越の小羊であることを示しています。第三に、神の沈黙。詩編22:19にあるように、苦しみの中で神を呼ぶも答えがないように思える時でも、神は確かに働いておられます。

イエスの「成し遂げられた」という言葉は、苦しみの終わりではなく、救いの完成を意味します。イエスの犠牲によって私たちは赦され、旧約の祭儀に代わる新しい命がもたらされました。
受難週に入った今、この十字架の愛を深く黙想し、来週のイースターに向けて心備えを整えましょう。

目次