1903年に始まった行人坂教会の礼拝。その日から今日まで、主イエス・キリストの福音を語り続けてきました。初代牧師・二宮邦次郎の志を胸に、120年をこえて今もなお、地域に開かれた教会として歩んでいます。
1903年2月8日

最初の礼拝
日清戦争が終わり、日露戦争へと向かう中、日本は近代国家へと急速に変化していた。東京の京橋は活気に満ちていた。松山教会の牧師であった二宮邦次郎牧師が神の示しを受け、京橋新肴町で伝道を開始し、1903年(明治36年)2月8日に数名の信徒とともに礼拝を守った。
1908年

京橋時代
二宮邦次郎の心血を注ぐ伝道と信徒達の献身的な努力とが相俟って、5年後には京橋日吉町に移り自給独立教会となった。12年後、京橋木挽町の報徳銀行の建物を買い取って活動の拠点とし、日本組合京橋基督教会と称した。1919年、新会堂が献堂されるや高橋皐三(ゆうぞう)牧師が着任。
1923年

目黒の地へ
1923年9月1日、関東大震災で教会堂が焼失、教会員の多くは京橋近辺から山手方面に移った。この間、礼拝その他の集会は教会員の家庭を転々として続けられた。
活動拠点を求めていた教会は、神から目黒の地に会堂を建てることを示された。ここは目黒川の清流に木々が緑を映す美しい地だった。当時、下町から山手方面に人の移動があり、目黒は住宅地として発展が予想される「乳と蜜の流れる地」であった。
1925年秋

献堂
1925年秋、献堂と同時に日本組合行人坂基督教会と改称して伝道を開始した。1936年11月、高橋皐三は旧満州国新京の教会に転任。1937年、吉田隆吉(りゅうきち)が着任。この間、教育館を建設し1941年4月に文部省の認可を受けて幼稚園を開設した。
1941年

日本キリスト教団へ
1941年6月24日、30余派の福音主義(プロテスタント)教会は日本政府の要請に応える形で合同し、日本基督教団を結成した。日本組合教会もこれに加わり、当教会は日本基督教団行人坂教会と改称した。この合同で日本にプロテスタントが宣教されて以来の悲願が実現した。
1942年
戦中
1942年3月、吉田隆吉は京都教会に転任し、定家都志男が着任。戦局は厳しくなり、集会は殆どできない状況となったが、僅かな教会員が教会を守った。1945年7月、定家都志男は北海道での開拓伝道に従事するため辞任。
1946年
戦後の歩み
戦争が終わり荒廃した東京の街に平和が戻ってきた時、教会は無牧であった。1946年4月、三井久が牧師として着任。この頃、教会には道を求める多くの人々、特に青年達が集まってきた。
1950年6月、三井久は浪花教会に転任し、教会は無牧になった。1951年6月、塚原要が着任したが、1955年3月、日本基督教協議会へ転任した。二年間の無牧の後、1957年2月、木村知己が着任ました。
1962年

1962年5月に新会堂を献堂。新会堂の現在の階下ホールが幼稚園として使われました。当時の幼稚園の職員さんが私達の教会員の中にもいらっしゃいますが、保護者の方など地域とのつながりが幼稚園をとおしてできていたそうです。1981年9月、木村知己は辞任して衣笠病院へ転任した。無牧の半年間、南支区諸教会の支援を受けて主日礼拝を守った。

90周年
1982年4月、伊藤義清が着任。牧師館の改修・電子オルガンの設置のほか、必要な修理・改装・整備を実施した。1989年から二度にわたって、教会創立記念文集『行人坂教会と私』を発行した。1991年からは主日礼拝で『新共同訳聖書』を用いるようになった。1993年2月には90周年が祝われた。幼稚園は次第に少子化の影響を受けるようになり、1995年3月末をもって休園するに至った。同年3月、伊藤義清は西大井教会に転任。無牧となった教会は棟居勇(奥沢教会牧師)を代務者に迎えた。

100周年
1996年4月、第9代小川義雄が着任。1998年から主日礼拝で『交読詩編』と『讃美歌21』を用いるようになった。以後、階下ホールは目黒区障害児訓練事業のために貸し出されている。2002年から2004年まで、キスト岡崎エイブラハム・さゆ里両宣教師が当教会をベース教会として音楽礼拝など宣教活動に当った。2001年から2005年にかけて、教会創立百周年記念事業として、バリアフリーを目指した教会内部の改修工事および会堂外壁と屋根の補修工事、記念礼拝、感謝会、そして『行人坂教会百年史』の発行がなされた。 2005年3月末、小川義雄は辞任。
2006年
110周年
2006年4月、10代朝日研一朗が着任。2010年10月、階下ホール牧師館等設備改善(バリアフリー)工事を施した。2023年3月、朝日先生は安中教会に転出。
2023年

120周年
行人坂教会120周年を迎えた2023年に関智征(せきともゆき)が招聘され、11代主任担任教師として着任した。時代の変化にあわせ教会は新しい船出をし、現在に至る。


