洗礼式に先立ち、洗礼による聖霊の命をシェアしました。
要約(約800字)
本動画は、洗礼式と聖餐式が行われる礼拝において語られた説教です。冒頭、讃美歌312番を背景に、イスラエルの民がエジプトの奴隷状態から解放された出エジプトの物語が語られます。十の災いの最後、羊の血を玄関の門柱に塗った家だけが神の裁きを「過ぎ越し」たように、聖餐式で覚えるキリストの十字架の血もまた、私たちの罪を過ぎ越し、私たちを癒し許すものであることが強調されます。鞭打たれ血を流したキリストの深い恵みにより、私たちの罪は「雪よりも白く」されるのです。
続いて、「聖霊」の働きについて触れられます。聖霊は人格を持ち、風や火、そして水のように捉えどころのないものですが、私たちに命の息吹を与え、心の渇きを潤す存在です。説教者は、素晴らしいピアノの音色や聖書の朗読を通して「乾いた土に水が染み込むように」心が温かくなる体験を例に挙げ、それが聖霊の働きであることを示します。
洗礼を受けた後も、私たちの歩みは「三歩進んで二歩下がる」ようなものです。心の中が「ひっちゃかめっちゃか」になり、他者に対して不平不満や裁く言葉が浮かびそうになることもあります。しかし、私たちはすでに「神の娘、神の息子」として受け入れられているため、ただ「神様大好きです」「守ってください」と祈るだけでよいと語られます。
自分の力だけで不平不満を抑え、他者を励まし立て上げることはできません。だからこそ、私たちには日々イエス・キリストが必要であり、キリストに頼り委ねることで、一歩一歩平安が与えられるという「福音」が宣言されます。最後に、これから洗礼を受ける方が新しく生まれ変わる約束を信じ、共に祈りつつその恵みに立ち会おうという呼びかけと祈りをもって説教は締めくくられます。
説教の理解を深めるための質問(5個)
- 過ぎ越しの恵みとキリストの血 エジプトで羊の血を塗った家が災いを免れたように、キリストの血によって私たちの罪が「過ぎ越され」「雪よりも白くなる」というメッセージがありました。自分の過ちや罪悪感に対して、この「過ぎ越しの恵み」はどのような安心感を与えてくれますか?
- 聖霊の働きを感じる時 説教の中で「乾いた土に水が染み込むようなピアノの演奏」や「礼拝で心が温かくなる体験」が聖霊の働きとして紹介されていました。あなたが日常生活や教会の交わりの中で、心が潤されたり、目に見えない神様の働き(聖霊)を感じたりするのはどんな時ですか?
- 「三歩進んで二歩下がる」信仰の歩み 洗礼を受けた後も、心の中が「ひっちゃかめっちゃか」になることがあると語られました。信仰の歩みや日々の生活の中で、成長を感じつつも後退してしまう(二歩下がる)と感じる具体的な葛藤はありますか?
- 自分の力ではなく、キリストに頼る 「不平不満を言わず他者を励ますことは、自分の力ではできないからこそキリストが必要だ」という言葉がありました。人間関係や困難な状況において、つい自分の力で解決しようとして限界を感じた経験と、それを神様に委ねる(頼る)ために必要なことは何だと思いますか?
- 神の娘・神の息子としてのアイデンティティ どんな時でも「私たちは神様の娘、息子だから大丈夫」という励ましがありました。この「神の子」であるというアイデンティティは、あなたが日々直面する不安やプレッシャーに立ち向かう上で、どのような力になりますか?
