「キリストの血の意味〜聖所と至聖所」

・聖書:「ヘブライ人への手紙」9:1−12(新約聖書 p.410)

皆さんは、映画「インディー・ジョーンズ失われたアーク」を観たことはありますか?スティーブン・スピルバーグ監督の作品です。ハリソン・フォードがアークを探して世界中を巡る物語です。「失われたアーク」とは、聖書の「契約の箱」のことです。年に一度の「大贖罪日」に大祭司が「契約の箱(アーク)のふた」に動物の血をふりかけました。それによりイスラエルの民の1年間分の罪が赦される、というのが古い契約です。その赦しは不完全なものでした(旧約)
(*スケープゴートは「身代わり」という意味で日常的に使われたりしますが、もともと聖書の動物の犠牲が由来のことばです)

しかし、イエス・キリストにより契約は更新されました。イエスがただ一度、十字架にかかり、その血が流されたことで、私たちは誰もが赦され、天の父の前に大胆に出ることができる、ということです。真の大祭司キリストの十字架の犠牲で、完全に私たちの罪は赦されました(新約)

もともと人類はエデンの園におけるアダムとエバの「善悪を知る木の実事件」で、神様と断絶しました。しかし「私は道であり、真理であり、命である」とおっしゃるイエス様が、神様と私たちとの間に和解の道を備えてくださいました。十字架上で流されたイエス・キリストの血により私達の罪は赦され、癒やしと平和を得ました。そして、主イエスの十字架による赦しの道は、今も誰に対しても開かれています。

「ペンテコステ」というのは三位一体の神である「聖霊」が私たち教会にプレゼントされた、ということです。私たちの体が「聖霊の住む宮」であるということです。ペンテコステ礼拝では、イエス様の体(パンとぶどう酒)をいただく「聖餐式(せいさんしき)」があります。聖餐式では、イエス様の血で自分が赦された感謝を想い起こして喜び、お祝いしようではありませんか。

目次